1 宰相になった理由 ③
視界が光に覆われて僅か数秒。浮遊感が消え、転移の光から視力が回復すると、そこには
「◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️」
鎧姿の大男? が立っていた。体長は2mを軽く超し、頭から爪先に至るまで、漆黒というよりは闇のような、濃い紫の光沢を放つ甲冑を着込んでいる。所々のパーツが発光していて、鎧というより最早ロボットのようにも思える。
「◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️」
その傍らには灰色っぽい、中世ヨーロッパの貴族礼服のような衣装を着た、真っ白な髪の長身の男が立っていて、その鎧に何かを話しかけているようだ。
「◾️◾️◾️◾️◾️!」
突然強い敵意と共に、エイジは礼服男にサーベルを向けられた。彼には何を言っているかわからないが、もし先程得た能力が問題なく発動するなら……
「………だ! 何者だと訊いているのだ‼︎」
__聞き取れた!__
「お、オレは!」
「ッ……!」
声を発した途端、灰色の男の警戒度が上がった。
__落ち着けオレ! まずは……__
「あ、あなたは誰ですか⁉︎」
鎧姿の大男に名を問う。こちらの者の方が重要人物、階級が上な気がした。
「不敬であるぞ‼︎」
それに礼服男が怒鳴る。
「落ち着くのだ、将軍。私は構わぬ。」
至極落ち着いた態度で鎧男が宥める。
「私の名は、魔王ベリアルである。」
「……は?」
__魔王だと⁉︎ マジでやりやがったのかあのモザイク! と、とにかく最初からピンチだ。どうやってこの場を切り抜けようか…__
「貴殿の名は、なんというのだろうか?」
彼が物思いに耽っていると、ベリアルと名乗った全身鎧が先に話を振る。
「あ、えっと、オレはエイジと言います!」
「ふむ、発音しやすい良い名だ。さて、ではなぜ、この場に現れた」
__あ、えっと、神に遣わされてとか言ったら殺られそうだ。どうすれば……ええい、ままよ!__
「その、突然謎の光に包まれたかと思ったら、ここに…」
苦しい言い訳だが、魔王の反応やいかに。
「………」
魔王は顎に指を当て、値踏みするようにエイジを見ている。
「わ、私に敵対の意思はありません‼︎」
両手を上げ、膝をつき、投降の意思を示す。
「あの、は、話を聞いていただけませんか?」
「構わんぞ、言え」
許しを得たことでやや緊張が緩んだ。話をするために、彼は足を動かし片膝をつき、手を床につけ、頭をやや下げながら魔王の目を見据える。そして、かつてないほどの速度で頭を動かし始める。危機であるためだろうか、思考が冴え渡り、世界がゆっくりであるようにさえ感じる。
「で、では僭越ながら。魔王様は王と呼ばれていらっしゃるほどなので、国を治めていらっしゃるのではないでしょうか?」
エイジの声音は低く落ち着いたものへと変わる。王に謁見する臣下のようだ。
「そうだな、私は一国の王だとも。」
「政治は、お一人でされているので?」
「ああ、その通りだ。」
「では……宰相というものを、ご存知ですか?」
必死に頭を回転させていたためだろう、余裕なく、ふと思いついた単語を口にしてしまった。
「ふむ、人間の国にはそのようなものがあると聞いたことはあるが、詳しくは知らんな。どのようなものなのだ?」
「……宰相とは、王の補佐として、もしくは代わりに政治を行う者です。私はそれなりに学があります。それに発展していて豊かな世界、魔王様からすれば異世界の知識も持ち合わせております故、陛下のお役に立てるかと。どうか、私にチャンスを!」
頭を下げて返答を待つ。
__我ながら宰相とは突拍子もない。天界らしきとこで事前に仕入れた情報から、この世界を無意識に見下していたのかもな__
次の瞬間首を切り落とされてもおかしくない状況だ。
「……なるほどな、少し考えさせてもらおう……。将軍よ」
魔王ベリアルはその隣の男の方を向き、話し合いを始めた。
「魔王様! まさかあの様な者の、酔狂な進言を受け取るつもりですか⁉︎」
「私とてそう易々と認めはしない。それはお前も承知であろう?」
「しかし…」
礼服男は顔を酷く顰めている。それとは対照に、魔王は貫禄を見せつけるかのように落ち着き払っている。
「我らはひっ迫した状況のまま停滞している。異なる世界から来たというあの者に、私は賭けてみたい。博打など、私らしくないとお前は思うかもしれないがな」
「ですが!」
そんな彼らを、不安そうに見つめるエイジの視界の端に、何か小柄な影が横切った。まるで、ローブのようなものを纏っていたような……。
「メディアの予言。お前も聞いただろう。それにあの者が今すぐ我らに仇なす存在に見えるか? 私には混乱しながらも、必死に自らの価値を主張し、命乞いをしているただのニンゲンにしか見えぬ。彼に敵対の意思はなく、私やお前より強いとも思えん」
尚も食い下がる将軍と呼ばれる男に、ベリアルは諭すように言葉を紡ぐ。
「宰相ですよ? あの者の発言によると、宰相とは王の代わりに政治を行う者。つまりこの国において陛下の次に権力を持つ、ということです。その重みを、貴方ともあろうお方が分からないはずもない! 他の幹部達だって__」
「ああ。だから賭けだと言っている。異なる世界より来たりし者、彼の能力を測るのだ。彼の知識や能力が我らの役に立つか、為政者として我らを導き、この苦境より脱せられるか。そうでなくとも、長き時を生き、凝り固まった頭を持つ我々魔族にとって新たなる風、良き刺激となるやもしれん。私はあの者を試すつもりだ。まだ異論はあるか?」
「……承知しました。あなたがそこまで言うのでしたら、私はそれに従うまでです」
観念したように礼服の男は瞠目した。
どうやら結論が出たようだ。
「貴様の処遇が決まった。まずしばらく、お前の様子を見る。そしてその異世界の知識や、お前自身の能力が我ら魔王国の役に立つようなら、宰相として採用してやろうではないか。もし仮に宰相としては認められなかったとしても、役に立つものがあるのなら、我ら魔王国の一員として其方を歓迎しよう。」
魔王はそう答えた。
__良かった、九死に一生を得た……!__
礼服男はまだ、やや不服そうだったが。
「では、エイジと言ったな、付いてこい。レイヴン、お前もだ。」
灰色の礼服の男は、レイヴンというらしい、結局彼は自らの口から名乗り出ることはなかった。
「魔王様からの恩赦だ、光栄に思えよ!」
__はいはい光栄光栄__
レイヴンの高圧的な態度に、エイジは少し辟易している様子だ。
魔王自ら先導の下、エイジは城を案内された。石造りの物々しい、いかにも魔王城といった風情だ。すれ違った者達は、皆違わずファンタジーな物語などで見たことのあるような、異形の出立ちをしていた。そしてエイジは、彼らから奇異の目で見られるのであった。ただ、エイジも負けじと奇異の目で見返していたが。
「今日はここで過ごしたまえ」
不意にベリアルは、ある扉の前で立ち止まった。そしてエイジを部屋に促す。
部屋の中は、高級感の漂う立派な部屋だった。赤いカーペットが敷かれ、照明はシャンデリア風。そしてフカフカそうなベッドが、部屋の真ん中に鎮座している。窓も付いており、城の四階から周辺の景色を一望できるうえ、タンスやクローゼット、化粧机などの家具まで完備されている。そしてこれらの家具はアンティークで、高級感がある。突然現れた不審者なのにこんな好待遇なのか、彼はと萎縮してしまう。いや、部屋はこのレベルが普通なのか? とも思ったが。
「明日の朝、私が迎えに行く。それまで寛ぐがいい。」
二人が出ていくと同時に、エイジの気が抜ける。今になって手に震えがきて、呼吸が乱れる。凄まじい恐怖と緊張を感じていたのだ、仕方ないだろう。
__今日はもう眠れないかもしれないが、明日から忙しくなりそうだ、しっかり休んでおこう__
と思ったはいいものの、やはり動揺しているのか、目を覚ましてしまった。急な環境の変化は、誰しも苦手とするものだ。さて、外はまだ薄暗い。体感で言えば、五時過ぎくらいか。もう一眠りできそうだが、エイジはそうしようとしなかった。落ち着くために、状況把握を始めようと起き上がる。
__まず、自分は誕生日の夜中、いやほぼ翌日だったが、ある天界らしき場所を経由し、異世界へと生きたまま転移した。経由場所で天使と名乗る存在から、条件付きだがチート級の能力を十個も手に入れた。だが今はその能力の本来の力の十分の一も扱うことができないのが現状。慣れるには相当な時間をかけ鍛錬する必要があると思われる__
再び横になって天井を見上げながら思考を巡らせる。
__次点。この世界には人間と地球と同じような動物、魔物に魔族そして魔法が存在する。というのをあのモザイクから聞いた。詳しいことは分からないが、まさにファンタジーの世界だ__
そこまで考え、寝返りをして目を瞑りさっきの危機的状況を思い出す。どうにも落ち着かず、動きが忙しない。
__いやしかし助かった。よくもあんな状況で宰相になるだなどと言えたなオレよ。もしあの魔王ベリアルとかいう奴が聞き入れてくれなければ、せっかく能力もらったにも関わらず死ぬところだった。なぜあいつがオレを見極めるための期間を与えてくれたかは全く分からない。……もしかして今までの人生で最も危険で、かつ最も運が良かったかも知れない__
再び仰向けになって、腕を頭の後ろで組む。さっきまで寝ていたはずのベッドより、気持ちいいマットレスの反発を感じながら、今度は魔王の顔を思い浮かべる。
__でも……第一印象として、あの魔王は思ったよりいい人なのかもしれない。少なくとも、人類を脅かすような極悪魔王には見えなかった。しかも何者かも得体の知れないオレにチャンスをくれた。ならば、あの魔王を信じてみるか。そうでなくとも認められなければ殺されるだけだが……__
そんなことをつらつらと考えるうちに、再び彼を睡魔が襲う。今度こそ明日に備えて寝よう。最後にそう考えると、再び意識が沈んでいった。