7 外交 〜獣人編 ②/2
着弾した火炎玉は爆ぜ、周囲を火の海に変えた。そんな中から、
「いってえじゃねえか…」
エイジはふらつきながら立ち上がった。口から血を一筋垂らし、服は所々が焼け爛れ、顔は煤まみれ。側からわかるほどに、なかなかのダメージを負っていた。しかし、その眼の闘志は衰えず、それどころかさらに鋭く。
「ペッ……やってくれやがって」
口内の血を吐き、垂れた血を拭うと、獰猛な笑みすら見せた。
「らぁッ!」
魔力弾を作ると牽制に投げつけ、近くに刺さっていた愛剣を召喚して、再び接近。魔力弾を息の一吹きで払った九尾は、前足で叩きつけ迎撃するが、突如足裏からの魔力爆破で、慣性を無視したかのような急制動を見せたエイジによって躱され、胸に数発の武器を浴びる。そこにエイジは、もう片足で再び魔力を噴射し突っ込む。だが幻獣は胸に浅く刺さった武器を無視して、全身から熱波を発しつつもう片方の前足で剣を防ぎ、鍔迫りのようになる。
そこで暫し拮抗する。エイジは熱波を受けながらも剣に魔力を込め続け、遂に幻獣の爪が溶け始めたところで…
「かぁ…!」
力負けし吹き飛ばされてしまう。その勢いのまま転がり、肩から巨木にぶつかり止まる。
動かなくなったエイジに、やや警戒しながら狐は忍び寄る。そして九尾の体一つ分にまで近づいたところで、彼の指が動く。気づいた幻獣は動きを止め、彼の様子を見る。
エイジは先ほどよりゆっくりと立ち上がる。その眼は、静かで、それでいて凄まじい怒りと、冷酷な殺意を湛えていた。その目を見たダッキは一歩後ずさる。
「……フーッ」
息を吐く。それと同時に魔術が発動。多重に回復魔術がかけられ一気に全快。さらに破れた服は逆再生のように修復され、足元に展開された魔術陣が彼の体をスキャンするかのように上ると、煤や埃といった汚れもまた全て消えた。
「冷静に…狂え……三割だ‼︎」
エイジが吠えると、彼の魔力は爆発的に上昇する。
「仕切り直しといこうか……覚悟しやがれ」
回復したことで殺意や怒りはほんの僅か穏やかになったが、それでもその重圧はさらに増していた。
エイジは、一歩踏み出す。次の瞬間、幻獣に視認できない速度で背後に回り込むと、後頭部を殴りつける。直撃した九尾は顎を強打し姿勢を保てなくなって、這いつくばるように潰れる。そこに真横に降り立ったエイジは、脇腹を蹴り飛ばす。その蹴りで九尾の巨体は30m以上軽く吹き飛ぶ。敵は悲鳴をあげる暇すらない。そして吹き飛ばされた幻獣の動きが止まった瞬間、エイジは指先から何発もビームを撃つ。光線は着弾するたび小規模ながら爆ぜ、その土埃でダッキの姿は消えた。
土埃で完全に視認できなくなったところで、エイジは光線を撃つのを止める。そして、千里眼を用いて敵の状態を確認する。
「少しは効いてる、か」
幻獣は所々より出血しながらも、まだある程度の余裕が残っていると見受けられる。土埃が晴れる頃には体勢を立て直し、両者睨み合いとなる。
睨み合い、間合いを測り、ジリジリと距離を詰める。そして緊張が爆ぜ、両者が激突する。片や剣、片や爪。片や尻尾、片や足。片や火玉、片や魔術。パワーやスピードはおおよそ互角。しかし回復したエイジがやや優勢か。両者幾度激突し、再び距離を取って着地。
未だ涼しげなエイジに対し、ダッキは消耗し息が荒れている。勝負の優勢は決まったかに見える。しかし、
「まだ決めきれんか。いいだろう、今度こそ本気だ! 種族値、三割解放!」
能力とは別枠に完全封印していた魔族の力を、解き放つ。そして彼の力は再び増加。その威圧感を感じ取ったか、幻獣の目に怯えの色が浮かぶ。
先ほど実力は伯仲していた。しかし、今となっては完全に力の差が浮き彫りとなった。エイジが詰め寄っていくが、狐はその場から動けない。
ある距離まで近づいたところで、エイジが飛び出す。それに合わせるよう、九尾は決死の形相で噛み付く。その牙はエイジを捉えた。はずであった。しかし空振りである。不思議に思ったのかダッキは数歩下がり、正面を見直す。するとそこには三人のエイジの姿が。
「幻影だ、マヌケ」
腕を組んで見下したり、手で煽ったり三人が思い思いに挑発する。それを見た幻獣は、暫し震えると鎌首をもたげ、火炎ブレスを照射する。十秒にも及ぶ攻撃の末に…
「危ないなぁまったく」
茶褐色の翼を体の前面で交差させ、炎を防いだエイジの姿があった。その翼を勢いよく広げると突風が巻き起こり、周囲の炎さえ消し飛ばした。
その風圧に乗って後退したダッキに向かって、翼をしまったエイジは一気に飛びかかる。それに対しダッキは、既にこの突撃に何度も騙されてるので様子見。
「残念ホンモノ!」
一気に懐に潜り込み、胸元にアッパーを喰らわせる。
「ギャァァァア!!!」
九尾は悲鳴をあげてノックバック。そこにエイジは軽い足取りで悠々と近づく。一見無防備なエイジに、ダッキは爪に炎を纏わせての引っ掻き。二方向から迫る攻撃を、きちんと一瞬で召喚した愛剣と盾で受け止め、
「隙だらけだぞっ、と!」
顎をサマーソルトキックの要領で蹴り上げ、
「よいしょっとぉ!」
戦鎚で頭部を横殴りにして吹き飛ばす。
「たんと味わえ! バースト‼︎」
そこに追撃とばかりに武器を幾つも連続で召喚し、撃ち込んでいく。同時に魔術もランク4のものを無詠唱で放つ。ダッキも迎撃とばかりに周囲に火玉を浮かべ放つが、手数に差がありすぎた。これは流石に堪えたようだ。起き上がったが、脚が震えて、うまく立ち上がれないようだ。
「ではそろそろ、トドメとしよう」
アロンダイトを呼び出し、八相の構えをとる。そこに魔力を込めていくにつれ、刀身が青白い輝きを放つ。言葉を解したのか、はたまたただならぬ雰囲気を感じ取ったのかは分からないが、相手も応えるように魔力を高めていく。そして同時に、
「アロンダイト、セイバーー!!!」
「グアアァァァ!!!」
剣に込めた魔力を解き放ったビームと全力の火炎放射がぶつかる。両者は最初は拮抗していた。しかし、剣の魔力が押し始め、
「ヒッ⁉︎ ギャアアァァァァァ………」
遂に炎は押し負けて、九尾の狐は光の中へと消えていった。
「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ……どうだ、やったか? いや、これフラグだな……」
正直なところ、短時間で中々の魔力を消費したから、エイジは頭がクラクラした。もう、暫くは戦闘は出来ないだろう。しかし、それは杞憂だったようだ。化けギツネの姿はどこにもない。
ところが。ビームの跡にちょこんと、紅白の単衣を着た二十代前半と見られる女性が、女の子座りしていた。髪は金で、後頭部で縛っているが二股に分かれている。その瞳もまた金であった。
そして狐の耳と、一本だけだが尻尾もある。そちらは茶色、いわゆる狐色。多分九尾の人間形態だろう。煤だらけでボロボロに見えたが、服は無事のようだ。出血も幻獣形態より酷くないようである。
向こうもこちらに気づき、黙って見つめ合う。声を掛けるタイミングを見失い、気まずい沈黙が流れたが。暫くすると痺れを切らしたように、
「な、なにか喋ったらどうですの⁉︎」
「えっと、じゃあ、アンタ誰?」
「わたくしは白面金毛九尾の幻獣、ダッキですわ! えっへん!」
「………」
「ま、また黙りましたわね⁉︎」
ダッキが話しかけてきた。
「んで、ダッキさんはなんでこんなところに? 物好きだなぁ」
「わたくしだって好きでこんなところにいませんわ! ただ、ちょっと人間をからかって遊んでたら封印されてしまいまして……てへ⭐︎」
「完全に自業自得じゃねえか!」
「あっ、でもでもぉ、もう悪さは致しませんわ。なのでぇ、拾ってください、ご主人様ぁ?」
口調は高飛車、態度と声音は媚びっ媚び。
「ご主人様? やっぱダメだな、コイツは駆除しよう」
「あっ、あー! わ、わたくしはですね、あなた様に惚れたんですよぉ〜。だから、助けてください、ダーリン!」
「誰がダーリンじゃボケ。どこに惚れる要素が……」
「あの、ほらっ、封印を解いてくださったじゃないですか! それに、貴方の魂と戦いぶりに惚れました!」
この二人、初対面にも関わらず、まるで夫婦漫才のように応酬を繰り広げる。
「はあ、やはり魔性だな。そもそもオレは封印を解いてなぞいない。素直に見逃してとか言えねえのか」
「見逃してください‼︎」
即正座して、見事な土下座をかます。超必死だ。
「ダメだ」
「そ、そんな…! わたくし、なんでもいたしますから! あなたに尽くします! 夜のお供だって何だって!」
血も涙もないように、エイジはツンッとそっぽを向く。対するダッキはちょっと涙目。
「ダメだ、見逃せない」
「な…何でもって言ってるじゃないですか! 見逃してって土下座までしたのに。うぅ……ケチ‼︎」
「ダメだな、やっぱ魔王城に連れ帰るしかねえか」
「………ほえ?」
連れ帰る。魔王城などという不穏なワードが一瞬聞こえた気がしたが、ダッキはもう気にしない。藁にもすがる思いのようだ。
「やはり見逃す事はできない。見逃したらまた悪事を働くだろう。近くに置いて、監視する」
「えっ、じゃあ…!」
「命は助けてやる。その上惚れたご主人様に仕えられるんだ、いいことずくめじゃないか」
「えっと……それはぁ……は、はい! 精一杯ご奉仕いたしますぅ!」
腹黒くて扱い難いだろうが、強力な味方が加わった。これは思わぬ収穫だろう。
「討伐終わったぞ、待たせたな」
あの漫才らしきもののあと、エイジは村に戻ってきていた。
「おお、あの獣を倒したのですか⁉︎」
「ああ、少してこずったがな。さて、印を」
「はい、では。これでいいでしょうか?」
「ああ、これで、和平は成立だ。ちなみにこれが控えです」
確かに印が押されているのを確かめると、満足げに丸めて仕舞う。
「良かったですね、ご主人様♪」
「のわっ、いつの間に…」
ダッキが甘えるように腕を絡めて来る。外に魔道具の鎖で繋いでおいたはずだが、コイツはあっさり抜け出しやがったようだ。
「お前、さては余力を残してるな?」
「テヘペロ⭐︎」
「まあ、今回は許してやるか…」
前途多難である気しかしない。
「こ、この者は…?」
「コイツがダッキだ。まあ、それは置いといて、君らの中から、代表として魔王城に来てくれる者を選んでくれ」
「それならもう出来ております。次期族長候補の猫獣人のシャルと、自警団団長のハティ。あとは、若くて働き盛りの者達を選んでおります」
「シャルだにゃ。よろしくにゃ、エイジさん。ウチが付いて行ってやることに感謝するがいいにゃ」
「フン。族長の命だから仕方なく、だ」
「うわぁ、あのシャルって娘、あざとぉい」
ヒソヒソとダッキが囁いてくる。圧倒的お前が言うな感。
「……まあ確かに、あの生意気な態度は気にくわないな。そしてハティの好感度も上げたいところだ…」
手を後ろに回して孔を開く。そこから取り出したのは、
「これなら、どうだ?」
猫じゃらしだ。棒の先っちょに羽をくくりつけて、小さな鈴を付けた簡素な物。獣人が相手なら役に立つかなと用意しておいた。それを左右にちょこちょこ揺らす。
「ええ〜、そんなのに引っかかりますかねぇ?」
ダッキは呆れ顔。だが二人とも興味ないふりしながらも、猫じゃらしに興味津々でウズウズしている。目が完全に釘付けだ。そして遂にその時が…。
「うにゃー!」
「うりゃー!」
二人同時にかかった。勿論二人同時も想定済みで予備があり、左手にもおんなじものを持つ。そして二本の棒を巧みに操り、じゃれさせる。そして、
「「とりゃー! 獲った!」」
「おっと、ついに捕まってしまったかぁ。よーしよし、よく出来ました」
じゃらしを捕まえた二人の頭を撫でる。
「「えへへ……はっ、私はなにを⁉︎」」
我に帰る瞬間までもが見事に一致した。
「はい、頑張った二人にご褒美だ」
ハティにビーフジャーキーを、シャルに魚肉をミンチにしたものを与える。二人とも美味しそうにそれを食べた。餌付け成功。
「ええ〜、引っかかるんですか……」
「オレ、昔から人には嫌われたが、動物には好かれてたんだよなぁ。ペット飼ってたことあるし」
「へぇ……愛玩動物……それ、ちょっと詳しく教えてくださいます?」
「お前のことを教えてくれたら、引き換えにな〜」
こうして、獣人族達との和平交渉は穏便(?)に終わったのだった。




