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魔王国の宰相 (旧)  作者: 佐伯アルト
Ⅱ 魔王国の改革
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7 外交 〜獣人編 ①/2

 休暇後の執務作業も再び幾らか落ち着き、部下達に任せられるようになった頃。宰相はキリがいいからと、先日話題に上がった獣人とエルフについての問題を片付けることにした。前に進むには、後方の問題をなんとかしなくては。


「というわけで、オレはこれから二日間くらい出張で留守にする。あとは任せたよ」


 と、告げた次の日の昼前くらいに、必要な量の水と食料を持ち、一人で城を発った。次の日にした理由は、最近城の動きは彼を中心にしているために、いきなりいなくなると混乱が起こり大変な事になるからだ。単独行動が好きとはいえど、そこは宰相としてちゃんと弁えている。




 城を出たあとは、ひたすら北東に向かって移動した。まあ歩いてても仕方ないと魔術で空を飛んだが。一応、出来が怪しいけど地図をもらったので、おおよその場所を頼りに進んでいるが、彼にとってはそんなものより千里眼の方がよっぽど信用できる。


 地図に記されたおおよその場所まで飛んで行き、千里眼で森の中を見渡すと、見つけた。人口数百人の村。これが恐らく獣人達の集落とみて間違いないだろう。


 しかし、突然行っても怯えさせるだけだ。温和なコンタクトをとるにはどうすればいいだろう。そう考えながら村から十分離れた森の中に降下する。良いアイデアが浮かばず倒木に腰掛け考え込んでいると、


「キャー!」


 悲鳴が聞こえた。こんな森の中での悲鳴なら、それは間違いなく獣人によるものだ。彼は取り敢えず悲鳴の上がった方に向かう。すると視界が開け、岩に囲われ追い詰められた十歳ほどの少女が、棍棒を持った亜人族系魔物に襲われかかっていた。その魔物は、生息場所的に魔王国所属ではないだろう。


「い、いや……来ないで……イヤーーッ‼︎」


 魔物が少女に飛びかかろうとした瞬間、弓を呼び出し魔物の脳天を撃ち抜く。


「え、あれ?」


 突然倒れた魔物に戸惑っているようだ。


「大丈夫? 怪我はないかい?」


 エイジはゆっくり近づき、話しかける。その少女に近づきよく見ると、その少女にはキツネのような耳と尻尾が付いていた。


「あ、あなたは…?」

「ボクかい? ボクは通りすがりの旅人だよ」


 黒コートを着ている軽装の男が旅人な訳ないけど。


「あ、ありがとうございます。あっ……」


 グウゥ〜という音がする。少女のお腹が鳴ったようだ。気が抜けて腹が減ったのだろう。


「これ、いるかい?」


 後ろに手を回して穴が見えないようにビーフジャーキーを取り出し、渡す。


「ねえ、ちょっとお話ししようか」




 どうやらこの少女は、予想通り獣人族の村の住民らしい。名はイズナ。見た目通りキツネの獣人で、数時間前好奇心から村の外に出たら迷ってしまったらしい。


「おにいさんはどうしてこんなところに?」

「言ったろ、ボクは通りすがりの旅人だ。理由なんてないさ」


「え、でもこの辺りには魔王がいるって聞いたような」

「……__う、痛いところをついてくるな__」


 返答に窮し、エイジの顔が僅かに歪む。


「でも、おにいさんって私を見ても驚かないし、助けてくれるし、優しいんだね」


「あ、アハハ……そうかい? ……__違いまーす。優しくないでーす。村との交渉材料になりそうだから助けただけでーす。オレは優しいお兄さんではなく腹黒い大人でーす。だからそんな純粋な眼でオレを見ないでくださーい。良心が痛いでーす__」


 少女の視線が痛いエイジ。耐えられなくなってきたので、慌てて本題へ。


「じゃあ、君の村に行こうか。迷子なんだろ? 送っていくよ。実はボクもこの森の奥に用があるんだ」




 イズナと手を繋ぎ、たまに現れる魔物を瞬殺しつつ、千里眼を頼りに村に向かう。途中から、やや遠くから監視されながら。


__気付いてますよーっと__


 そして、


「あ、ここ見覚えある!」


 安心したらしく、目に見えてテンションが上がるイズナ。そして村の正門から入り数歩進むと、


「止まれ、侵入者!」


 前後左右360度を獣人に囲まれた。見たところ、皆弓などで武装している。


「その子を放せ!」


 リーダー格の、恐らくオオカミの女獣人が吠える。


「はいはい、放しますよっと。さあ、行きなさい」


「おにいさん?」

「いいからいいから」


 不思議に思いつつも素直に側を離れるイズナ。彼があっさり解放した事に戸惑いながらも、周りの獣人は警戒を緩めない。


「私はこの村の自警団隊長のハティだ。何の用だ、ニンゲン!」


 それを聞くとエイジは両手を軽く挙げ、


「私に敵対の意思はない。現に彼女にも君らにも危害を加えていないだろう。納得していただけたかな? ではこの村の村長に会わせてくれ。話がしたい。勿論監視してもらって結構だ」


 訝しみつつも村の中へと通される。当然まだ弓などを向けられたままだが。




 この村の彼らを見て、エイジは気付いたことがある。それは獣人にも二種類いること。一つは人間ベースに耳と尻尾が付いた型。獣人の力を解放したエイジと同じタイプ。もう一つは動物がそのまま人型になった感じ。鼻柱が高く、全身が毛皮に覆われている。


 そんなこんなで村長と面会する事に成功する。ここまでくれば、あとは簡単だろう。どう警戒されずに村に入るかが問題だった。


「こんなところに、ニンゲンが何の用かな」


 村長はどうやら犬系で、獣寄りの型だ。そしてかなり老いている。しかしその皺だらけの顔の目はいまだ鋭く、不審者を睨め付けている。


「失礼、まずはお名前を。私はエイジと申します」

「儂は族長のバウムだ。して、なんだね。儂らを奴隷にでもしに来たか」


「ああ違います。二つ、違います。まず、私はあなた方に危害を加える気は全くありません。そして私は、人間ではなく魔王国の者ですよ」


 周囲に動揺が広がる。どうやら魔族は人間よりもよっぽど恐怖の対象のようだ。族長もまた驚きで目が揺れる。


「そ、そんなアンタが、なんでこんな所に……」

「それはですね族長さん、和平を結びにきたのですよ」


「わ、和平だと……」


「ええ、和平を結んでいただければ、我々はあなた方に一切危害を加えません。もし危害を加えるようなことがあれば、その者を厳重に罰しますよ。ただ、条件もありますがね」


「き、聞こうじゃないか」


 和平は彼らにとっても望ましいようだ。しかし、どんな条件が出されるかビクビクして待っている。そんな彼らが条件を聞いたらどんな反応をするかワクワクしながら、エイジは案を提示する。


「では。まずあなた方の村から、数十人程労働力をお借りします。当然重労働は強いませんし、魔族基準に合わせることなく、しっかりと休ませます。後は有志で兵役ですかね。勿論、衣食住満足できるまで提供しますとも。そしてこの村から魔族の町に移住していただければ、我々魔王国の一員として庇護下に入れます。先に述べた通り、危害を加えた者はこちらで厳重に裁きます。そして、獣人達の間で問題になっている奴隷について。我々はこれから人間達と戦争をする予定でございまして、奴隷にされている獣人達を発見次第解放、及び庇護対象として保護し、あなた達に受け渡します。以上です。どうでしょう?」


__どうよ、これ以上無いほどの好条件だろう? どうだ! どんな酷い条件が出されるか待ち受けていたところに超好条件の、メリットしかないような条約を持ちかけられた気分は。悩んでる悩んでる、フフフフフ……__


 魔王国が守り、獣人たちはその分労働力を提供する。魔王国にとってのデメリットさえない、双方が満足できる条約だ。


「し、しかし…」

「何を悩むところがあるというのです。さては信用がないんですね?」

「い、いや…」


 族長は言い淀んでしまう。エイジは嘘は吐いていない。それは彼らとて本能的に分かっているはず。それを予期していたエイジは、すんなりと飲まれるはずだろうと考えていた。それ故に、即答されなかったことに苛立ちを見せる。とはいえその予想には、たかが獣人風情が複雑なことを考えるはずがない、という偏見もあったことは否定できないが。


「言わなくてもわかってますよ。では聞きますけど、これからも魔物や魔族、そして人からの脅威に震えながら過ごすおつもりですか? これからも敵だらけで先の見えない生活をするよりは、いっそ騙されようくらいの気持ちで受けてみてはいかがでしょう」


「だ、だが…」


 ほとんど認めかけているのに、あと一歩というところから進まない。結論はとうに定まっているはずなのに、もどかしい。指で机を叩き、語気が強くなっていくエイジ。それに比例し警護の獣人たちの間にも緊張が走る。そしてついに…


「あ〜も〜、歯切れが悪いなぁ! 正直言ってあなた方にこのまま居られると邪魔なんですよ! 従わないなら森ごと燃やしますよ! さあ、どうします⁉︎」


「それなら、そうされる前に貴様を殺すまでだ!」


 ちょっと強請ろう。そう思ったが、本能の強い獣人は我慢弱く、手が出るのが早い。その場にいたハティが吠え、剣を抜く。


「ほ〜う、そうですかぁ……」


 エイジはゆらりと立ち上がる。そして一瞬で彼女の背後に回り込み、武器を取り上げ捻じ伏せる。


「ぐう……!」

「一応、こういう大事なこと任されるくらいには、オレ、魔王軍の中でも強いんだよねえ。君らが敵うとは思えないけど。どうする?」


 周囲一帯に緊張と敵意が満ちる。そして、今にも仲間を助けようと獣人たちが飛び出そうとした時。


「止めるのだ‼︎」


 族長が一喝し彼等を諫めた。


「すまぬ、エイジ殿。儂が決断を渋ったばかりに。私達は貴方の条件を呑み、和平を結ぼうと思う」


「いえいえ、こちらこそすみません。つい怒鳴ってしまって。交渉に臨む者の態度ではなかったですね。では、こちらが契約書になります。こちらにサインを」


 押さえていた手を離し、孔から格式張った羊皮紙を取り出す。


「儂らの村の紋様の印でもよいか?」

「ええ、貴方の同意が示せる物ならなんでも」


「ではこれで……ぬおっ!」

「ッ⁉︎ 何事だ!」


 族長が印を捺そうとした瞬間、地響きが起こったのだ。恐らくこれは地震ではなく、魔力的なものによって引き起こされているものだろう。原因を探る為、エイジは族長の家から出る。すると、


「あれは、何だ…?」


 400mほど離れた山の中腹に、祠のような横穴がある。千里眼を使うと、そこに人影が見えた。あれが震源だろうか。と、ソレを捕捉した次の瞬間、突然その姿が変化した。十五mほどの巨大な九つの尾を持つ黄金色の狐の姿に変わったのだ。


「なんだあれは⁉︎」


「あ、あれは村の伝承に伝わる、ダッキという者らしい……数十年に一度目覚めては、辺り一帯を焼き払うという……儂も、初めて見た……」


 あの狐は日本や中国に登場する妖怪、白面金毛九尾の狐と特徴が一致する。まさかここに来て和の化生に出くわすとは。そんでもって、あれはただの魔物ではない。幻獣と称される存在だ。


 幻獣は魔物魔獣の上位版のような存在だ。魔物より圧倒的に強大な魔力を持ち、その魔力そのものによる攻撃は、魔術を使わずとも非常に高い破壊力がある。幻獣は大抵知性に優れ、人語を解するものもいるらしい。その実力は上位の魔族に匹敵、あるいは上回る。ともかくそんな存在に、彼は初めて遭遇した。


「あれ、これって結構ピンチかも……?」


 敵は強大な存在である幻獣であり、頼れる魔王軍の仲間もいない。そしてソイツが目覚めて封印を破ったのは、エイジの魔力に反応したのかもしれない。つまり彼を狙ってくるかもしれないということだ。その証拠に、現在もバッチリ目が合っている。


 兎にも角にも、このままでは和平どころではない。攻撃されていないのは、今は距離が離れているからだろう。


 しかし不幸中の幸いか、幻獣は封印を破った直後なので本調子ではないようにも見える。倒すなら今しかない。




 村に被害を出さないようにする為、エイジはすぐにその場から離れる。やはりヤツは彼がお目当てのようだ、しっかり見られている。と思った直後、幻獣の周りに紫炎が浮いたと思うと、エイジに向かって飛んできた。


「あっつ!」


 咄嗟に躱したが、横を通り抜けたその炎はかなり熱かった。やはり纏っている魔力は尋常ではない。敵が万全なら、幹部の本気くらいに相当するかもしれないだろう。そしてあの炎は、やはり魔術によるものではない。認識を改める必要がある。今までと違い、これはかなり本気でなければ勝てない相手だ。


「能力解放率、平時10%から戦闘時20%に上昇」


 現在解放可能、つまり完全に制御できるのが三割強。まだ幾らか余裕はあるが、ここまでで仕留めたい。そして本気の合図、アロンダイトを持ち強化する。


 敵との距離は目算300m強。本気で走れば数秒だ。数秒後の未来予知を発動して弾道を予測、そして突撃。向かってくる炎を避け、斬り払い一気に距離を詰める。


「ハァッ!」


 肉薄し、剣の腹で相手の肩を殴って吹き飛ばす。


__この幻獣は先程まで人型だった。恐らく捕獲に成功すれば利用価値がある。殺すつもりはない。しかし倒すのは殺すより難しい。できないようなら諦めよう__


 吹き飛ばされた九尾が態勢を立て直し、火炎弾を再び放ってくる。


「チッ、『liquidリキッド wallウォール』!」


 水属性の防御魔術で防ぐ。それから


「『cold curtainカーテン』」


 冷気を纏い炎の威力を減退させる。そして飛び上がり、


「『punishパニッシュ thunderサンダー』!」


 雷撃を撃ち出す。おまけに、落下する前に強化済みの武器を十本射出。着地するや否や、


「『tailwindテイルウィンド』」


 風で自分を吹き飛ばし、攻撃を躱す。幻獣は自らの全方位に熱波を放つが、纏った冷気が相殺し熱くない。そして再び距離を詰めつつ跳び上がり、アロンダイトを左手に、右手に大剣を持ち、大上段からの一撃を喰らわせる。その反動で退がったところで、


「『darknessダークネス impulseインパルス』‼︎」


 魔術を撃ち怯ませたが、尾の反撃が来る。それをジャンプで躱し、真下を通ったところに槍を突き刺す。


「ギャァァ!」


 ちゃんと効いているようだ。と、顔がこちらを向き、口から炎を吐き出す。


「ッ、『upheavalアップヒーバル』!」


 着地して地面に手をつく。緑色の魔術陣が展開され、そこから隆起した岩盤が炎を防ぐ。同時に、


「『eruptionイラプション』」


 幻獣に向けて手を突き出す。その先、腹の下に魔術陣が展開されると、噴火するように爆発。これまた地属性魔術で、強く腹を打つ。


「まだ、倒れないか…」


 強化した武器はC+相当で、放っている魔術も軒並みランク3なのだ。発声こそしないものの、わざわざ脳内詠唱している。幾らかは効いてはいるようだが、果たして。


「グルルゥ……ガァ!」


 般若の形相でこちらを睨む幻獣。その様子は、ここからが本番とばかりだ。


「へえ……こいよ」


 案外余裕だったな、とばかりに剣を下げる。次の瞬間


「なにっ…ぐぁ!」


 油断したばかりに反応が遅れた。幻獣の突進をまともに喰らい、打ち上げられる。そこに、飛び上がり肉薄したダッキ尻尾の叩きつけもノーガードで受けてしまい、地面に強かに打ち付けられる。


「…かはっ⁉︎」


 肺から空気が抜け、呼吸がままならなくなる。混乱しているエイジ目がけ、九尾はトドメの火炎玉を吐き出した。

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