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魔王国の宰相 (旧)  作者: 佐伯アルト
Ⅱ 魔王国の改革
32/291

5 エイジの肉体改造計画 ②/3

「さて、やってみるか」 


 そう言うと、鏡の前に立ってエイジは目を瞑り集中する。手術が終わった後、彼は自室に戻ってきていた。種族の力を使いこなす練習のために。


 二十秒、瞑想が終わり彼が目を開けると、彼の体から翼や尻尾などといったものは消失していた。


「よし、読み通り。成功だ。これなら少しずつ馴染ませていける」


 彼が発動したのは制御能力。それで種族としての能力を封印したのだ。それと同時にさっきまで感じていた違和感や苦痛がキレイに消えた。


「目の色は……戻らないか」


 手術前までは黒かった彼の目。その後右目は紅く、左目は紫になったが、魔族の要素を封印し魔眼も封印しても目の色が戻ることはなかった。


「まあ、いいか。さて、鍛錬は……よし、明日からやるか」


 手術が終わった頃には日が暮れかかっていた。それに施術直後で体に強い負荷がかかった。今酷使すれば体を壊すことになると踏んだエイジは、身体的特徴が顕れない程度に封印を解放して寝ることにした。少ない負荷で体を馴染ませるためだ。全く封印していても適合は進まない。




「さてと……早速、やっかぁ!」


 頬を叩き気合を入れる。施術の翌日朝、エイジは鍛錬場にいた。服装はいつものから外套だけ省いたもの。彼の服は魔力を通すと形状を変化させられる。そのため尻尾や翼を生やす際変形させて穴を作るので、いちいち脱いだり服をダメにしたりすることはない。そして鍛錬場にはやや似つかわしくないもの、エイジの自室の鏡がある。鏡を見て確認しながら行うのだが、加減を間違えると部屋が傷つく可能性もあるので自室でやろうとは思えなかった。ちなみに、今日の鍛錬場に人気はない。


「まずは発現と制御訓練だな」


 昨日やったのは、まとめて発現率を調整しただけだ。今日は個別に発現できるよう訓練する。特殊能力を扱うのはそれから。


 彼がその身に宿す種族の力は、悪魔、吸血鬼、夢魔、飛竜、イヌ・ネコ科獣人、そして堕天使だ。この種族を一つずつ、時には同時に発現出来るようにしなくてはならない。


 鍛錬開始より、最初のうちは困難を極めた。あれが出たらこれも出る。これを封じれば別も縛られる。必死に集中することで、やっと一種だけの解放ができるようになった。


「ふう、やっとできた……え、もう2時間⁉︎」


 休み休みとはいえ、完璧に一つの種族を解放するだけでこんなに時間が経っている。


「こりゃ、今日はこれだけしかできないな……間に合うか?」


 統括部の休暇は六日間。初日は休み、二日目に手術をしたので、期限は今日を含めて四日間しかない。それが明ければまた仕事が忙しくなり、鍛錬に集中していられなくなってしまう。


 エイジは自身の手に目を落とし、握っては開き、また握って開く。


「……なんとなく、わかってはきたかな」


 深く息を吐いて、目を瞑る。開いて鏡を確認すると、堕天使の羽と悪魔の尻尾が。再びやると今度は角とネコ尻尾が。しかし次は牙だけが生え他は発現しなかった。また試すとケモミミと皮膜の翼、しかし次は堕天使の羽根のみとなる。


「成功率は間違いなく上がっているな」


 一時間前の成功率は一割、今は四割。着実に成長しているが、十割にしなければならない。それに身体の変化を抑えたまま完全解放したり、0か1ではなく中途に解放したりと制御一つとってもできるようになるべきことは山積みで、さらにここから特殊能力の扱いも物にしなくてはならないのだ。


「ふう、少し疲れてきたな、仮眠を取ろう」


 ちょうど今はお昼前。軽い昼寝には丁度いい。鏡を収納し、自室に戻って行った。




「起きてくださいませ、ご主人様!」

「い、一時間半、経ちましたよ…」

「ん…ううん………もうそんなに経ったのか……」


 双子メイドのフィリシアとフェルトに起こされ、呻きながら起き上がるエイジ。寝過ぎてはならないと思い、二人に目覚ましを頼んでおいたのである。


「すまないな…寝起き悪くって」


 伸びをして、大欠伸しながら二人に感謝するエイジ。


「あの、ご主人様は今休暇中のはずですが、午前は何をされていたんですか?」

「ちょっと鍛錬をな。ああそうだ、見せてあげよう。そこに立ってて」


 双子の間に鏡を置くとそれと対面するように立ち、集中する。そして…


「いくよ。ハッ!」


 エイジが気合を入れると同時に、堕天使の羽がバッと広がり、頭上に崩れかけの輪っかが浮く。


「つぎは、こうっ!」


 羽と輪が引っ込んだと思うと、次はケモミミと尻尾が生える。双子は呆気にとられていた。


「そして、こうだ!」


 飛竜の翼、側頭部の角、悪魔の尾に、吸血鬼の牙が生える。


「す……すごい、です…!」


 この変化に双子は目を丸くして驚いていたが、


「あ、あれ……? できちゃった?」


 エイジも驚いていた。今完全に思った通りの発現ができたのだ。


「やっぱり休憩って大事なんだねぇ…」


 感嘆した後、少し考え、午後の鍛錬に向けて動き出した。




「よう、レイヴン。時間あるか?」


 彼が向かったのはレイヴンの執務室。司令室は五階にあり、部屋はやや横に広く、正面だけでなく左右にも出入り口がある。そして正面奥に宰相の机に勝るとも劣らない机が鎮座している。が、その主人は今机に着いていない。その前に立ち、数人の魔族と話をしていた。


 エイジの呼びかけに気づいた将軍もとい総司令は、軽く目配せをして気づいたことをアピールしたのち、部下に向き合い二言三言告げるとエイジの方へ向かった。


「エイジ、何の用だ? 仕事か? 今お前は休暇のはずだが」

「ふっ、みんなそれ言うなあ、全く……いや、私用だよ。オレの鍛錬に付き合って欲しいの」


「それだったらエレン……いや、奴は俺と同じくらい忙しいか。ベリアル様やノクトでもいいんじゃないか?」

「いや、お前にしか訊けないことがあるんだ」


「………明後日。明後日ならいくらか余裕がある。そこでもいいか?」

「ああ。助かるよ、ありがとう」


 感謝を告げると退室し、再び鍛錬場へと向かうのだった。




「さて、何をしようか…」


 再び鍛錬場に戻ってきたエイジ。レイヴンの手が空くまで、何をしようか悩んでいる。当然すぐに手が空くことはないだろうと予想していたが、残り二日になろうとは。少し困った。


「よし、まぐれかもしれんし、もう一回制御訓練だ」


 再び切り替えていく。三十分ほどやって、成功率は8〜9割くらいに、つまり仮眠前の倍ほどになっていた。


「うん、まずまず。及第点だな。んじゃ次は…」


 体に変化を顕さないまま性質を帯びることと、半端な解放率での維持である。




「うん、無理だ」


 中途半端な割合での解放はできた。だが解放率が六割を超えると、どうしても体に変化が出てしまう。ちょっとの訓練でどうにかなるものではなさそうだ。


「こればかりは仕方ないか……よし、次のを始めよう」


 そう呟くと、エイジは尻尾を生やす。それはサルや猫のように細くしなやかで、彼の頭髪と同じ灰色の毛がフサフサと生えていた。長さは先端が地面につくかつかないか、およそ1m程だろう。そして同時に耳も生える。何をするかというと…


「よし、ではコイツから使えるようにしよう」


 尻尾をブンブンと振る。尻尾は本来人間の体には付いていないものである。慣れるまではその感覚に酷い違和感を感じることに違いない。はずだが…


「ふむ、これはいい。第五の手足みたいなもんだな」


 動かす方にはもう慣れてしまっているようだ。そしてその尻尾を自分で触ってみると…


「うん……くすぐったいな。慣れてないからか結構敏感な……自分以外には触られたくないな」


 地面に軽く触れたり、自分で振った時はいいが、それ以外は風がほんの少し吹き付けるだけでゾワゾワとする。予想だにしない感触がしたら、きっと酷く驚くことになりそうだ。しかし、変わったのは尻尾だけではない。


「……感覚自体が鋭敏になってるのか」


 聴覚、嗅覚、触覚といった五感が研ぎ澄まされた感触。目を瞑ると、最初は匂いがしないと思っていたが、武器の金属や木材、さらには先程まで持っていたと思われる者の匂いまでまで微かにする。それに同じフロア、さらには上の一階まで足音が聞こえる。頭にある耳に鼓膜はないから判別はできないが、振動を細かく感じ取り、本来の耳もまた澄んでいる。


「ちょっとこれで城の中歩いてみるか……」


 尻尾を腰にベルトのように巻き付け、外套に袖を通し鍛錬場を出ていく。とその時あることを思いつく。それは、誰にも見つからないように城の中を移動できるのか、というもの。そろそろいい時間なので、部屋に戻るついでにいろいろ試してみようという魂胆だ。


 部屋を出てすぐ耳を澄ます。


「周囲に気配なし…」


 確認すると足音を殺しながらサッと移動する。次の通路の角に身を潜めると、また耳を澄まし。


「あっちに三人……こっちは…」


 目を瞑り耳を研ぎ澄ます。目を瞑ればこのフロアの約三分の一の範囲の音が聞こえる。


「こっちか」


 別の通路に迂回。その後も何度か確認をして、階段までたどり着く。しかし本番はこれから。元より地下に来る者は少ない。


 魔王城の階段は一気に上まで上がれないよう、一階を除いてフロアの端から端になるようになっている。つまりフロアを横切ることになる。不便ではあるが防衛目的であるので仕方ない。ちなみに空を飛べる者は、城の外から窓経由でフロアを一気に移動することがある。そして見つかっては怒られている。


 階段とその周辺に人影がないことを確認すると、一息に階段を上り切る。何度も確認したのち一気に階段まで移動して二階に移動した。


 二階は下級、中級魔族の仮眠室などが中心である。その為か今までの階より匂いが強くなり、獣人化前までは感じなかった分も嗅ぎ取れるので、少し気分が悪くなってしまう。


 仕事部屋は三階以上に集中しているので、今は人気は少ない。そのため、少し迂回するだけで三階までの階段に到達してしまった。宰相としては、見つかって欲しいものであるが。


 三階。最後の鬼門である。この時間最も人員が集中する階。上がってすぐに魔族がいたので階段の影に身を潜める。そこから通り過ぎても二分ほど待ち、隙ができたところを狙って素早く通り抜ける。


 そして三階の真ん中あたりにまで到達。次に曲がれば階段までもう少し。通路の角に隠れながら目で見て様子を窺っていると…


「やあ、何してるんだい?」

「うわああ⁉︎」


 後ろからノクトが声をかけ、それに驚いたエイジは尻餅をついてしまう。鼻と耳を澄ませていたつもりなのに、ノクトの接近する気配を察知できなかったのである。


「そんなに驚かなくても〜……お、何それ? かわいいねぇ」


 尻餅をついたエイジに、ノクトがニコニコしながら、しかし手をワキワキさせながら近づいてくる。そしてノクトの手が頭に触れようとした時……エイジは飛び退くと同時に制御して耳と尻尾を消す。


「フンッ」

「おっと、残念」


 そのままエイジは踵を返して部屋に戻っていった。その顔は羞恥でやや赤くなっていた。


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