5 エイジの肉体改造計画 ①/3
「オレを魔族にしてくれ!」
魔導院の者達と魔王様を呼び、エイジは開口一番そう言い放った。最近は仕事も軌道に乗ってきたので、一度大きめの休みを取り、新たな事を始めようと思ったのだ。
「お、おう……なんでまた、いきなりそんな事を?」
「いや〜それがですね、オレまだ魔族にはなってないでしょう? だから魔族になろうとも思いまして。今のこの体は人間のもの。魔族になれば体はより強靭に、さらに魔力量が増えたり、あとはその種族としての特殊能力を得られたりもするのでしょう? それに魔王国のナンバー2が人間というのも締まりが悪いですし。まあ何はともあれ、魔族になればオレはもっと強くなれるに違いないと考えたからですよ」
エイジは熱く弁舌を振るう。魔族への憧れ、強さへの渇望、そういったものがあるようにも思える。
「ほう。だが、人間が後天的に魔族になれるとでも思っているのか?」
「ええ。幻魔器の移植、その付随効果として、幻魔器の主である魔族の特性を得ることができる。そういった記述を、この前魔導院の研究論文の中に見つけましてね。以前書簡にてそのことをフォラスに伝え相談した結果、仮想実験より実現可能性は高いため、実際に私が試すということになりました」
このことを聞いたベリアルは驚いた。といっても魔族化の方ではなく、彼がこんなことを知っていたことにだが。
「魔族……なるとしたらどれだ?」
「そうですねぇ……例えばインキュバスかな」
「なぜよりによってインキュバスなんだ? インキュバスは下級の魔族だぞ」
「インキュバスは夢を見せたり入り込んだり操作したりと自由でしょう? あと幻を見せる力。加えて自他の性欲の察知とコントロール。これはきっと役に立つ事間違いなし! まあ、出来ればインキュバスだけでなく他の魔族の性質も入れたいんですけど」
魔族化の手術を受けるにあたって、エイジは事前に様々な種族の特性などを調べていた。
「そうか、お前の考えは分かった。しかし身体が変化するんだ。それに他の魔族も併せて入れるとなると慣れるまで身体への負担と苦痛は大きいぞ」
「うっ、やっぱりか……。でもまあ、やりますよ!」
やはり、こうまっすぐ言われると臆してしまう。しかし、尻込みしてばかりではいられない。
「では問うが、何になりたいんだ?」
「まずは、通常の悪魔種です。それに慣れてきたらインキュバスに。他には出来れば堕天使や龍種、猫科や狼系の獣人にヴァンパイアなども」
「随分と盛りだくさんだな……ん? なぜに堕天使なのか?」
注文の多さに若干引いたのち、引っかかる部分があったのか質問をするベリアル。
「それは、ほら、オレが天使になったとして、堕天せずにいられると思いますか? それに、魔族感がないじゃないですか」
「い、いや、そうだな、うん……ああそうだ、龍種になるのはかなり厳しいぞ。その種族になりたければ、その種族の幻魔器、もしくは心臓が必要になる。幻魔器の方が望ましいがな。そしてその者が実力者、上位であればあるほどお前の力も強くなる。まあ弱くていいなら魔王国騎士団のワイバーンがいるが」
「ん〜……じゃあそれもお願いする。しかしそうとなると、ヴァンパイアや堕天使の討伐も必要になるか……?」
「いや、それらなら我が軍で戦死した者の心臓が保管されている。まあ、他の魔族になりたいなんて酔狂なことを考える奴はいないから余ってるだけなんだがな、フハハハハ。だよな、フォラス?」
「ええ、確かありましたね。ところで君、悪魔やヴァンパイアになると日光に弱くなるが、いいのかね? 他にもそんなに特性を詰め込んでは弱点も多くなるように思うのだが?」
日光、気温、属性攻撃、加護や特攻など逸話のある武器など、その身に宿す特性が多ければ多いほど弱点も増える。当然かなり多く詰め込むなら、それぞれの有利不利が相殺されることもあるかもしれないが、どうしても弱点の方が多くなってしまうだろう。
「ああ、多分大丈夫だ。オレの封印能力を使えば、使いたくない時は制御して弱点をなくすことができるかもしれない。それに賭けよう。まあ、日光に強いヴァンパイアとかいればそれがいいけど」
「太陽に強いヴァンパイアは混血か突然変異、もしくはデイウォーカーと呼ばれる者や、彼等の眷属となったものくらいだな。当然ながら極めて稀少だ」
「そうか、やっぱりきついか…」
「まあ、変異種のがあるけどな」
「あるんかい! ところで、そいつは強かったんですか?」
「ああ、次期幹部と目されていたが、強さと血統故に傲慢で慢心する癖があってな。罠にはめられてあっさり討たれてしまった。なんとか遺体だけは回収できたがな」
「じゃあ、それで」
話はおおよそまとまったようだ。フォラスが待ってましたと言わんばかりに眼鏡のブリッジをクイッとする。
「辛いぞー?」
ベリアルが再三忠告する。どうにも心配のようだ。
「うぐ…、がんばりまーす………。そうだ‼︎ 魔眼とかってある? 石化系の!」
「欲張りな……。まあ辛さが増すだけだ、良いだろう」
まだ注文はあったようだ。そして魔眼も普通にあるという。
「ところで弱点は? 鏡で自分見たら石化とか?」
「いや、むしろ石化に対しての耐性を得るな。同じ能力同士は相殺して効きにくくなると聞いたぞ」
「ほうほう、じゃあ左眼に頼みまーす」
「フォラス」
「ええ、分かりました。滅多にない経験ですからね、興奮してきましたよぉ! ヒーヒッヒッヒ‼︎」
__いや、怖いよ__
「うわぁ、やっぱコワイ!」
上半身裸で台にしっかり固定されているから暴れられないが、ともかく非常に怖い。彼は手術の経験とかないから尚更に。
「なあ、寝てて良いか⁉︎」
「激痛で寝れないと思いますよぉ」
「鎮痛系魔術は?」
「解けたとき慣れてないから辛いですヨォー!」
興奮している術者がさらに恐怖を煽る。
「いいや、麻酔系魔術かけよう。手術中暴れて手がつけられなくなるからな」
「ではそれで! 掛けますよぉ〜、そおれ!」
そこで魔術がかけられ、意識が途絶えた。
「……………。ううん? なっ、う、うぐああああ!!」
起きた瞬間、痛い、とは少し違った、体の中で様々なものがひしめき合う違和感、圧迫感、そして苦痛。そういったものがエイジの体を走り抜ける。その苦痛のあまり飛び起きようとした、が、固定されていて動けない。今の彼にできるのは絶叫し身悶えしながら、新たな性質が体に定着し安定するまで苦痛に耐えることだけである。
「あがあああああ! しゅ、手術は、終わったんだよなあああああああ!!?」
「ええ、終わりましたが、まあ、こうなるでしょうからしっかり固定させていただきました。ああ、手術はなかなか面白い体験でしたよぉ!」
「うぐ、うぐおお、うがああ、あああああああ!!!」
それから約二十分。
「あがあああ……はぁはぁ………ぁぁぁ。よ、よおし、ようやく引いてきた……」
「ふむ、大丈夫そうですね。では、拘束具を外します。」
「……鏡はあるか? 変わったところを確認したい」
「うん? ええどうぞ。鏡は隣の部屋にあります。」
言われた通り移動し、隣の部屋の大きな鏡で自分のいでたちを確認する。
「ん、何コレ?」
背中と尻に何かついている。それは、翼と尻尾であった。蝙蝠のような、皮膜のある翼に、堕天使の羽の二対がついている。尻尾は先が三角に尖っているのと猫の尻尾みたいなのが。頭には猫だか犬だかのような三角耳、そして側頭部からはやや上に曲がった角が。さらに頭の上には所々が崩れかけ朽ちたような、くすんだ輪っかがあった。そして左目に違和感があり見てみると、
「あれ、色が変わってる?」
右目は紅く、左目は紫色に変わっている。さらによくみると紋様らしきものが確認できる。そして、口にも違和感があり、見てみると、
「これは…牙?」
人間のものとは思えない、大きな犬歯が生えていた。
「そうか、魔族になったんだ……って、オイ‼︎」
あることに気づき、手術室に飛び込む。
「ん、そんなに慌ててどうかしましたか?」
「どうかしたかも何も、まさか要求したもの全部同時にやりやがったのか⁉︎」
「ええ、何か問題でも?」
「オレは! 順番に! 徐々に加えていくって言ったよな⁉︎」
「えぇ? そうでしたっけ? まあ、無事に終わったのでいいではありませんか」
「う、うぐぐ…」
徐々に加えていく苦しみに比べれば、とは思うが。それでもコレはちょっとひどいと不満げである。
「そういえば……」
気になったことがある。魔眼になった方の目は千里眼が使えるのか。左目だけを瞑り、能力を発動させる。すると、きちんと城内を見渡すことができた。
「ようし、大丈夫だ!」
「そうですか、それは良かっ………………」
「ん、どうし……あっ」
千里眼を使う時、目に意識を集中させた。そして同時に、つい魔力も込めたのだった。そりゃ魔眼が発動して、目があったフォラスは石化するだろう。動きが完全に止まっている。
「ええっと、どうすればいい……そうだ!」
もう一度目に魔力を込めてフォラスを見つめる。すると彼の硬直が解け、よろめき、転んだ。
「はあ、解除できたな」
「な、何をするんですか!」
「え、えっと、ざまあみろ?」
「状態異常に耐性がある私でも硬直するなんて……なかなか強力でよかったじゃないですか」
「うん、そうだな。ところでこれは、石化じゃなくて硬直の魔眼なのか?」
「いいえ、ちゃんと石になるはずですよ。私は耐性があるので。魔力を込める度合いで停止や石化など、効果の度合いも変わるでしょう」
「うん、手術は成功という訳だな。じゃあ、新たに手に入れた力を使いこなせるよう、鍛錬しなければな!」




