4 宰相のお仕事 その一
制度を整え、人員が集まり、机や紙など道具や設備も十分用意できた。これで必要なものは揃った。ようやく宰相本来の業務ができると言うものである。
彼の役職は宰相。つまりは国家の運営における最高位の権力者。であるが、20世紀後半から21世紀における政治のような極めて複雑である政はしない。というより、不可能である。要因は、エイジはあくまで一般人であるため政治の知識は人並み、ましてや経験などなく、それ以前そもそもこの世界の文明レベルではそれほど高度な能力は要求されないのである。
そのことを十分理解したうえで、彼が今現在取り組もうとしている業務は、書類整理をはじめとするデスクワークで以って情報の整理、魔王国の現状の把握である。
という訳で早速仕事開始。さっき指示は出したので自分のする事から始める。
さっき持って来られた束をてきとうに五等分する。それにざっと目を通し判別する。一枚につき判別にかかる時間は、読みやすさにもよるが3〜5秒ほどだ。
「ん〜、まぜこぜだな。まずは大まかに判別しないと」
「あっ……申し訳ございません! 私が始めから分別しておけば……」
エイジが唸ると、シルヴァがハッとして謝罪する。
「いや、構わないさ。何事も初めてのこと。考えが及ばなかったりミスしたりは仕方ない。ただし、その分は働いて取り戻したまえよ?」
しかしエイジにとってしてみれば、そこに気づくだけでも十分だと思っている。それだけで他の者とは違うことがわかる。
「はっ! 承知いたしました」
シルヴァはビシッと綺麗な敬礼を決める。そこには熱意があった。
「じゃ、やってこ。はい、ここに兵站。そこに魔導院の。そっちが倉庫に関するもの。先日の森の調査の資料があったら私に直接渡して欲しい。さてシルヴァ、白紙を二十枚ほど持ってきてくれるかな?」
「かしこまりました」
命じられるや否やシルヴァは颯爽と部屋を出ていき、エイジが資料を五、六枚ほど判別したと思ったら戻ってきた。
「持って参りました。予備を含めて三十枚です」
「速っ⁉︎ んじゃそのうち二枚を横向きに切って四等分して。」
三枚ほど整理……
「完了しました」
「え、もう?」
腰から取り出したナイフでまっすぐ綺麗に切られていた。折り畳まれた跡すらない。机に痕も残っていない。
エイジはその紙を受け取り、山になりつつある書類の麓に何関係であるか記述しておく。これで紛れは少なくなるはず。
「よし、ある程度仕分けが進んできたから君たちはさらに細かく判別するんだ。統計をとるのは後。まずは整理だ。シルヴァも大まかな判別手伝って」
細かい判別。例えば兵站一つとっても、武器なのか物資なのか、兵士の数状態種族についてだったりする。その判別は部署の仕分けよりよほど難しく時間がかかるのは言うまでもないだろう。
エイジは元はサラリーマン。デスクワークに慣れているから判別は速い自信はある。しかし、チート使ってるとはいえまだ魔族語に慣れていない。そんな彼と同速、或いはそれ以上の速度で捌いている者がいる。
「す、すごいなシルヴァ……」
「お褒めに預かり光栄です。貴方様のお役に立てることこそ我が悦び」
「……そうか」
__むしろ少し怖いくらいだ__
「負けてられねえな。ミスしない程度の最高速度で捌いてやる!」
エイジは半ば一方的にシルヴァに競争を仕掛けたわけだが、そのお陰か数をこなしていくうちに目が慣れ、作業速度は自分でも分かる程に向上していく。やればやるほど速くなり、どんどん集中していく。そんな時……
「宰相殿ォ‼︎」
突然扉が開け放たれ悪魔族らしき者が姿を現す。当然…
「どわぁ⁉︎ びっくりしたぁ……ノックぐらいしたまえ君!」
「す、すみませ…ひぃ⁉︎」
突然変な声をあげるものだから、ギョッとしたエイジが周りを見てみると、凄まじい絶対零度の殺気を放つ者が隣に。
「次にこの方の作業を邪魔するようなことがあれば、頭をぶち抜きますよ」
「さ、流石にそこまでしなくていいよ……あくまで注意喚起にとどめておいて」
「承知しました。作業に戻ります」
__この秘書、やっぱヤバいわ。__
「さて、総員傾注! 大まかな判別作業には目処がたった。さっきみたく紙は増えるかもしれないがとりあえず今は無視。詳細に判別する作業は続け、判別されたものから情報を統計統一整理する。例えばこんな風に……」
武器庫の紙をいくらか抜き取り見る。手元の紙に武器種などジャンルを記載し、細かい項目を並べていく。項目の横に棒線を立てていき、四本立てて五回目は斜線。全て終わったらアラビア数字を記入する。(魔王国は本来ローマ数字に近いものを使っているため不親切である。一応対応表を作っているし、両方書いているけれど)
「これはほんの一例。全く同じである必要はないよ。ある程度分かりやすくしたら情報院に投げ込む。そこが最終整理場所だから。あとここの部署以外から書類の搬送員を用意しておいてくれ。それと、余裕がある者はこの書簡を宛名通りのとこに送って。今はまだ機密ではないけど、基本的に覗き見は厳禁だからね? さて次の作業開始!」
書簡の内容はエレンに城下町のマップを作り、幾らか複製してここと情報、モルガンのとこに送る旨を記したものと、モルガンへの催促通知だ。実は司法治安戸籍系の書類は未だ来ていない。そして仕分け中にチラリと見た魔導院の研究成果論文に興味深い記述があったので、それを用いた設備と兵器の開発依頼、及びある実験に立ち合いたい件について。あとは各部署にもう少し分かりやすく記録するように喚起するもの。
__さて、俺も詳細仕分けを始めつつ、少し分かりやすくなった情報に目を通して色々覚えていきますか。__
という訳で一章プロローグに繋がったのである。
「ぐっはぁ……疲れた。今日はここまで‼︎」
朝から夜までほぼぶっ通して慣れない作業をしたためか、恐ろしいほど疲れた。最初に来た書類は片付けたが、追加でまたその2/3増えた。夜のうちにさらに増えるだろう。
「お疲れ様でした……」
完璧超人と思えた秘書でさえ、やや疲れの色が見える。
彼は苦い経験をしたことがあるから、ブラックにするつもりはなかったのだが。やはりノルマ分のタスクが終わらないと気分が悪い。魔族は体力があるとはいえ、デスクワークにはそれもあまり期待できない。
「みんなお疲れ様! 残念だが明日も同量の仕事があると思われる。だんだん慣れていって疲れにくくはなるとは思うが、それまでの間、いやそうなっても、しっかり休息をとるように! 明日はもう少し早めに終わらせられるよう頑張るぞ!」
もしかしてブラック企業の社畜体質が身に染みてしまっているのだろうか……と、このくらい疲れるのは当然でしょ、などとさっきまで考えていたエイジは、寝る前にそう思わずにはいられなかった。
その二日後。やはり皆作業に慣れたのか、初日程度の量のタスクなら日が暮れる前に終えられるようになった。部署の紛れを仕分けする仕事が減り、他の部署も書類作成に慣れて資料が読みやすくなったりになったのも一因だろう。それにきちんとモルガンのところからも資料が来た。とはいえ弊害もあり、統括部に舞い込む仕事の量も多くなった。
統括部の仕事は本来、部署同士の架け橋である。情報や指示をここを介して運ぶこと。言わばCPU的なことである。しかし今やっているのは情報の整理統合。本来情報部がやるべきであるのだが、統括部の人員は特別優秀で、規模が小さいため動きやすく、また宰相が、自分がいて、いろいろやりやすいからこちらでやる、って言ってしまったからでもある。
その日の正午、一時間半の昼休み中。今までの休み時間のルーティンを思い出したエイジは秘書にあることを問う。
「なあシルヴァ、紅茶とかコーヒーってある? 喉が渇いた」
「こうちゃ…? すみませんが、存じ上げません」
今までそんなものは聞いたことがないといった様子だ。
「……やはり嗜好品は無いのかな……よし、厨房に行ってみよう!」
「……やっぱり無いかぁ」
厨房や食品保管庫に行ってみたものの、やはりそれらしきものは見当たらず。
「紅茶やコーヒーというものは、一体何なのでしょうか?」
「飲み物の一種だよ。苦くてね、体にいい成分もあって頭がスッキリするんだよ。仕事の合間に飲みたかったんだけど……」
「そういえば、商業国家ポルトには大陸中の食品が集まり、その多くをジグラト帝国が輸入しているため帝国の食文化は豊かである、と聞いたことがあります」
「なるほどね……帝国にヒントがあるかもかぁ」
目当ての物がなかったため、エイジは仕方なく真水を飲んで我慢した。とはいえ手掛かりがなかったわけではない。やりたいこと、やるべきことが多い中どうするべきか、作業は素早く正確に行いながら考える。
そして午後六時半、つまりエイジが決めた魔王城の定時。宰相は解散前にメンバーを部屋に集めブリーフィングを行なった。
「やあ君たち、今日もおつかれさま。今仕事は極めて忙しいと思うが、そろそろピークなはずだ。慣れない作業で疲れただろう? 仕事が減り始めたら大きめの休みを取るからそれまで頑張ってくれ」
その言葉に魔族たちは驚いた様子を見せる。どうやらこんな早くにしかも大きめの休みが貰えるとは思ってなかったようだ。しかし当然、流石にこの休みがただの休暇なわけはなく。ここからが本題である。
「んで、その休みの期間にも少しやって欲しいこともあるんだけど……いいかな? 遠出にはなるけどそんなに難しいことじゃないから、ね?」




