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魔王国の宰相 (旧)  作者: 佐伯アルト
Ⅺ 原初の神
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6節 決着 ①

 水神と対峙する。


「能力解放率、90%……!」


 彼の体の表面に、魔力の拘束具が浮き出る。現れるものは低倍率時よりも少ないが、砕ける量は多い。


「ぅっ……ぐ……」


 封印が解き放たれると、内より湧き出て、満ち溢れんばかりの魔力が体を巡る。それは彼自身でさえ持て余す程で、張り裂けそうになる苦しみに顔を歪ませた。


「まだ、力が上がるのか……!」


 その力は、最盛期の魔神王と同等。そして、目の前にいる弱った神をも上回ろうかというほど。神の消えたこの時代において、これほどの力を持つことは異常。最後の希望が持つ力に、嘗てこの世を統べた者、それに及ぶ力で抗った者達全てが例外なく感嘆し、恐怖すら抱く。


 その彼を先頭に、ユインシアの御業によって回復した魔神王達が並ぶ。勝利は目前だった。


「あとは、私とベリアル様でやります。その補佐に、あと数名だけ。それ以外は……残党を排除してください」


 周囲に目をやると、魔魚共がまたもや壁を越えてきていた。今までどこに潜んでいたのかと思わせる程の数で、構成はほぼ全てが中型以上、大型が大半で、それが万に迫る程。少なくとも、危機に瀕した水神が呼び寄せたのか、それともエイジの力に惹かれたか。何にせよ、この戦場からの影響が及ぶ区域内全ての眷属が集っている。これが最後だ。


「承知した」


 七機の魔神は散開し、最後の力を奮って、足止めの殲滅に専念する。残ったのは、魔王国の四人だった。


「行くぞ……!」


 エイジは剣を構えて突撃する。それを睥睨する水神も、阻むようにバリアを何枚も連なるように展開する。障壁と突きがぶつかり、激しい魔力の奔流が吹き荒れた。


「……」

「……了解だ!」


 エイジは後方をチラリと見る。その意図を察した三人が動いた。レイエルピナは手を銃の形にして、消滅魔弾を連発する。それを防ぐ為に張られた障壁は易々と相殺し、当たればその箇所の肉を抉り取る。


「これで、どう⁉︎」


 更に、エイジが正面で気を引いているうちに、その死角からベリアルとレイヴンが顔を攻撃して目を潰した。


「______‼︎」

「オラァ!」


 その隙にエイジはバリアを迂回して、左頬を剣で殴る。すぐさま反対を戦斧で打ち、顎を殴り上げる。


「____⁉︎」


 脳天に戦鎚を叩き込んだ後、頸に槍を突き立てると__


「ハァアアア!」


 背から尾の先端にかけて斬り割いて、背中を蹴り上げる。その衝撃で、水神の巨体が宙に浮いた。


「喰らいやがれ!」


 その無防備な背に極大魔力光線を撃つと、回り込んで腹部にタブルスレッジハンマーを振り下ろす。地響きを立てて、地に沈んだ。


「チッ……」


 反撃の魔弾を喰らうが、無傷。それに続く激流砲さえ軽く受け止め、微動だにしない。


「!」


 だが、それを受け止めている間に、寝返るようにした放たれた殴打が迫る。すぐさま殴り返すが、押し負け吹き飛ばされる。


「……まだまだ、しぶといヤツだ」


 周囲の岩盤は、激闘の余波を受け続けたことで、かなり崩落してしまっている。上側はほとんど残っておらず、一部は完全に砕けて向こう側が見えていた。


「しかし、予想外だったぜ……ここまで力が残っていないとは」


 それは、自らを指してのことだ。五日間にも及ぶ耐久戦、水神に接近するための高速移動と敵掃討、短期での時間稼ぎ、ユインシアの援護と、精神・魔力・体力全てが思った以上にすり減っていた。この肝心な時に、決め切れる力が出せない。


 消耗しているのはベリアルも同様だ。他の魔神王に比べれば幾分マシな状態ではあるが、残存魔力が半分を切っている。レイヴンも、先ほどの群れに手こずっていたのか、ボロボロだ。


 分析をしつつ、踠いて壁に埋まった体を引っ張り出す。その目の前で、水神も再び立ち上がっていた。


「エイジ、大丈夫⁉︎」

「ああ、なんとかな……だが、思った以上にオレも弱ってる。もう少しだってのに、力を上手く出せねぇ」


 加えて、90%は彼が上手く魔力をコントロールできる段階を超えている。力の加減が上手くできず、小さな穴から漏れているように魔力もかなりの速さで減っている。


「わたしに、作戦があるわ。大技を当てて、削ってみせる」

「……無理はしない、やつだろうな」

「ええ、大丈夫。けど、確実に当てたいから時間を稼いで。お願い」


 立ち上がった水神のすぐ近くには二人がいる。だが、一人二人で相手できるような力量差ではないので、手を出せずにいた。


「分かった」


 穴から脱出すると、まず真っ先に二人の下へ。


「レイエルピナが大技を撃つつもりです。その時間稼ぎのために、少し時間が欲しい。ベリアル様は時間稼ぎをお願いします。レイヴンは、不測の事態に備えて待機を」

「分かった」

「時間稼ぎの時間稼ぎとはな……全く!」


 レイヴンとエイジはすぐにその場から飛び立つ。立ち上がった水神の目の前で、ベリアルは両手を打ち合わせた。


「原初の神、何するものぞ! いかに神とて、万物有する宇宙の法より、逃れること能わず! 『Gravity』!」


 重力がかかる。その強さ、実に五倍。そもそも自重を支えられる体つきをしていない水神は、欠損により平衡を失っていること、力が弱っているから容易く地に縫い止められる。


 その間十秒であろうか。能力の行使に集中していたベリアルだったが、明らかな異常に振り返る。上から異様な光、熱量を感じたのだ。


「な、なんだあれは⁉︎」


 空には、水神の全身を飲み込めるほどに巨大な、魔力塊があった。太陽のように燃え盛り、莫大なエネルギーを滾らせている。


 その光球を作り出したのは、エイジ。掲げた片手の上に、恒星を保持していた。その身体に、いったいどれほどの途方もない力を内包しているというのか。


「木っ端微塵に__消し飛びやがれ‼︎」


 腕を振り下ろすと、水神めがけて巨星が落ちる。対する女神は、跪いたまま目の前に何十枚もの分厚い防壁を作り出して受け止めた。エイジは押し込み、水神は押し出す。この力比べの余波には、思わずベリアルでさえ放り出されるほど。


「ふっ、そうくると思ったぜ。けどよ、それがお前の限界なんだろ? そう、それ以上はバリアを張れねぇって訳だ! その隙を、オレが逃す訳ねぇだろ‼︎」


 押し込む手とは反対の、空いた手で指を鳴らす。すると光球の一部が分裂して魔弾が飛び出し、無防備な水神の体を焼いていく。


「……今だ!」


 今、水神の意識は全て彼に向いている。その隙を突いた。レイエルピナは地を蹴り、魔剣を構える。無防備な女神の懐に、彼女は容易く潜り込んだ。先ほど傷つけられた眼を再生したティア=リヴドナだったが、気づいても最早止める術はなく。


「Eradicate Dainsleif‼︎」


 消滅の魔力を纏った魔剣が、心臓に突き立てられる。瞬間、胸元がごっそりと消滅した。


「レイヴン‼︎」


 エイジが言うまでもなく、堕天使は魔王の娘を回収し、すぐさまその場から離れた。


「これで、終わりだぁー‼︎」


 絶滅が落ち来たる。心臓諸共幻魔器を破壊された彼女に、それを受け止める力は残っていない。


 巨大な火球は、水神を容易く飲み込んで、その身を焼き尽くしたのだった。



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