3 設備改革 〜執務室と製紙 ①/2
彼が円卓に向かうと、もう既に全員揃っていた。魔王も、部屋の一番奥の席に座っている。円卓の席順は奥が上座であるため、基本魔王が奥なのだ。因みに宰相は入り口に一番近いところに立っている。滅茶苦茶喋るので、席に着かず立っていることがほとんど。別に彼の椅子が無いわけではないのだが。
「さて、皆さんに質問です。寝ましたか?」
「俺たちは魔族だからな、休息は必要ないんだ」
「そういう問題じゃないと思うんだけど……精神の安定とかの話だ」
例え疲れにくいとは言っても。頭を休め心を落ち着けるのは、生物であるのなら必須だと感じた次第。未だ変革していない彼は、その境地がわからないのだ。
「僕はちゃんと寝たよ〜」
「ワタシもぉ」
「私モ、チャント寝タゾ」
「………寝た………」
数人は寝たことを肯定した。しかし、数人だけだ。
「それ以外は起きてたのかよ⁉︎」
「お前ばかりに負担を押し付ける訳にはいかないからな」
「うむ、吾らもお主の力になりたいのだ」
その言葉を聞くと、エイジは目頭を押さえた。
「……そうか。………ああそうだ、ひとつ気になったことがあるんだ。魔王国周辺にも、傘下に入っていない魔族も相当いるのではないか? 彼らと敵対していくのは避けたいし、うまくいけば引き込んで、こちらの労働力が増えるだろうし。今の作業がひと段落ついてからになるけど、宰相たるもの内政だけでなく外交もするべきだと思うんだ」
だが司会者たる者、いつまでもじんわりしている場合ではいられない。次なる目標を定めるべく、彼は質問と提案を繰り出す。
「む、そうか。それならば、頼みたいことがある」
「なんでしょうか魔王様?」
「ここから北東の森に、獣人達の棲家がある。そしてその森のさらに奥には、エルフを始めとする妖精たちの国があるのだ」
獣人とエルフ。獣人は動物の身体能力や五感に本能と、ヒトの知能を併せ持った存在。人の理性と動物の本能が半々に混ざったような気性らしい。エルフは身体能力に優れるウッドエルフと、魔力と知能の優れるダークエルフの二種族がメジャー。彼等はどちらが優れた種であるかを競い数十年間泥沼の戦争を繰り広げているらしい。そして三つの種族に共通している点は、人間によって、分母が少ないために少数ではあるが、虐げられているということだ。
「彼等がどうかしたのですか?」
「実を言うとな、我が王国と彼等は敵対関係にあるのだ。しかし、安住の地を求めたり、ニンゲンから敵視されているという意味では利害が一致している。そこでだ…」
「つまり和平、若しくは同盟を結びたい、といったところですか?」
「うむ、まさに、その通りだ」
和平や同盟の交渉なんて、ちっとも想像できないが。それでも、やらねばならぬ事柄だろう。それに、現代社会ほど複雑な政治的思想がないのなら、案外すんなりいくかもしれない。
「なるほど、やることが二つ増えたか。では対策を考えておきます。ところで、みんなの仕事部屋はもう決まっているのか?」
「ああ、一部揉めたが……殆ど滞りなく進んだぞ。今は移送作業中だ」
その仲裁にでも奔走したのだろうか、レイヴンの目にはうっすらと隈があった。彼もずっと働き詰めだ、エイジは心配。
「じゃあ、メディアさん、魔王城のマップを作成してくれますか?」
「………なんで、私………」
「情報担当だから」
「………」
黙する彼女からは、不服の念を感じた。
「はいはいわかりました。調査担当エレンさん、お願いできます?」
「承知シタ、スグニ取リカカロウ」
「今日の仕事は昨日の続きだ。終わり次第休んでな。引き続き作業をお願いします。以上、解散!」
会議が終わり、エイジの向かった先は、寝室でない方の彼の部屋、つまり宰相の執務室である。最優先でやりたい事は終わり、他の者達に指示も出した。ようやく自分のことに集中できる。
それに、他の幹部達の職場とて、早くもおおよそ確定したらしいのだ。あの何もないままの執務室では、示しがつかないというもの。部下も増えるだろうし、そろそろあの部屋をなんとかせねば、と思いつつ部屋に向かう。そして、誰もいないはずの部屋の扉を開けると……部屋の中央で、何者かが待ち構えていた。
「お初にお目に掛かります。私は、宰相エイジ様の専属秘書兼護衛となりました、シルヴァと申します。不束者でありますが、どうかよろしくお願い致します」
そこに立っていたのは、凛とした佇まいで、冷徹そうな鋭い目をした、いかにも優秀そうなクールビューティ。黒めの銀髪を後ろで縛ったポニーテールで、その毛先は腰下まであり、胸元あたりから毛束が枝分かれしていた。
灰に近い黒を基調とし、所々のアクセントに冷ややかな水色のラインが入った、堅い印象を抱かせる軍服風の衣装を着ている。だが胸元や肩、ウエストや内腿などが露出している、堅いと言うにはなんというか、少々特殊な格好をしていた。しかし露出しているところから見てとると、獣のような引き締まった、しなやかな体つきをしている。彼女の頭がエイジの目線くらいなので、身長もけっこう高い。そしてその眼は何故か魔族の紅ではなく、金。猫のような細い瞳孔だ。
正直彼女の容姿、そして声や雰囲気は、かなりエイジの好みである。
「え、秘書? 護衛?」
だが、見惚れているばかりではなく、戸惑いもあった。秘書については、昨日の会議からの去り際に軽い気持ちで言ったつもりだった。それがまさか、翌日に用意されているとは。
「はい。私は魔王様から、貴方にお仕えするよう命じられました。貴方様のお役に立てるよう、誠心誠意努めさせていただきます」
お手本のような、綺麗なお辞儀をしてみせるシルヴァ。ついエイジはその姿に見惚れてしまう。そして、なかなか声が出ない。モルガンという魅力的な美女からのアプローチは受けた事はあるが、それでもタイプの女性を前にドギマギ。
「……いやしかし、まさか机すら無いのに秘書が真っ先にできるとは思ってなかったよ。ところで、統括部所属が秘書だけということはあるまい? ここの配属になった者はどのくらいいるんだ」
「私も正確な数は聞かされておりませんが、四十前後といったところでしょう。数は少ないですが、皆、優秀な者ばかりだそうです」
少数精鋭。願った通りだ。幹部達の手際に感嘆する。
「ところでキミに質問があるんだけど」
「はい、なんでしょうか」
「種族はなんだ? どうやら魔族ではなさそうだが」
目の前から感じるただならぬ魔力は、明らかに人間のものではない。だが、魔族やその他、精霊や魔獣などの幻想種のような身体的特徴は何も見受けられない。
「それは……あなた様といえども、お答えすることはできません」
「なに? 種族を答えられないだと? ……それは、お互いの信頼関係に影響する案件だけど」
予想外の返答に、エイジは不信感を抱く。
「申し訳ありませんが、魔王様の命です」
じっ……っと、彼女を見つめるエイジ。だが、そこからは何ら悪意を感じる事はなく、ただ申し訳なさそうに目を伏せるシルヴァしか映らなかった。そしてエイジも、まつ毛が綺麗だな、くらいの感想しか出てこなくなった。
「あそ。じゃ、いいや」
「あの……よいのですか?」
案外サッパリ諦めたエイジに、シルヴァは却って気が咎めたらしい。
「あ? ……ああ。キミの正体がどうとかは、さほど気にしない。それに、ベリアル様が信頼してるなら、オレも疑う事はない。そんなことより問題なのは……オレの秘書として相応しいかどうか。つまり優秀なのか、だ」
雰囲気は一変。エイジは試すような鋭い視線でシルヴァを見遣る。彼女はその視線に一瞬気圧されたようだが、すぐさま確固とした目付きで見返す。
「んで、もう一つ。オレの護衛ということだが、君は私を守るに足るほど強いのか?」
「はい。近接戦はやや不得手ですが、護身術や暗殺術を嗜んでおります。また弓を用いた遠距離戦でしたら、幹部の方々にもさほど引けを取りません」
「ほう。それほどでありながら、なぜ君は幹部じゃないんだ?」
「この国に来て日が浅いというのもありますが……私には、部隊を率いたり兵を教育したり、魔術の研究ができたりなどといった、長として求められる突出した能力が不足していた為です」
今の問答で、エイジは感じた。彼女は、デキる。文句なしで秘書として優秀そうだ。種族を明かさないことが気がかりではあるが、瑣末なことだ。
「では、シルヴァよ。オレの秘書になるということは、超多忙で扱き使われるということだが、覚悟はあるか?」
「当然です。この国を改革し、発展させようというエイジ様の助けになるべく、微力を尽くし、身を粉にする所存」
淡々と、されど自信ありげに即答した。これは頼り甲斐がある。
「では、最初の仕事を命じよう」
「はい、なんなりと」
「机を、置こうか」
………。
「は、はい。そうですね…」
拍子抜けしたような返事が返ってきた。
「いや、まあ。今日は他の部署も異動で忙しいだろうし、仕事は来ないと思う。だから、まずは環境を整えよう。そのためにはまず、統括部所属の者達を集めてくれ」
「はい、かしこまりました」
そうして、彼女は部屋を駆け出して行った。その間、エイジは部屋の奥で立ったまま、まず何をしようかと考えて、はや十分。どうやら統括部に配属された者たちが集まったようだ。
秘書を除いて、総数四十二。整然と七行六列に並んでいる。確かに彼女の言葉通り、全員が一定以上の教養と強さを備えているらしい。それは佇まいを見ればわかる。そして彼らのほとんどは、魔物らしい異形というよりは、人間に近い見た目をしていた。
「エイジ様、人員を集め終わりました」
「うん、ご苦労さま。さて諸君、ボクが君たちの上司である宰相にして、統括部部長のエイジだ。これからよろしく頼む」
それに全員が挙手注目の敬礼で応える。
「さて、君たちに早速仕事だ。見ての通り、この部屋には何も無い。これでは執務もクソも無いので、取り敢えず設備を整えようか。まず、三十二人分の机とイス。それから宰相と秘書、それぞれ専用の机とイスだ。オレ、自分のは自分で何とかするんで、気にしなくていいよ。君たちの机は何処かからもらってくるなり、自作するなり自由だ。それから、本棚とロッカーも作りたい。まあ、それは幾らか後回しでも構わないが、いつかは必ず置いておきたい……ん、キミ、何かな?」
あるところまで話すと言葉を止めて。部下の挙手に対応する。
「エイジ様、質問です。なぜ、全員分ではないのですか」
「うん、そうだね……まず一つ目。この部屋は、全員がゆとりを持って作業スペースを確保するには、些か狭いように感じた。今こそ何も無いから広く見えるけど、実際仕事するとなると、本棚とかロッカーとか置くから狭くなるし、机の間隔も開けて移動しやすいように配置する必要があるから、広く使うと思う」
この部屋は15m四方、高さ4mはあるので、結構広い。学校の教室、およそ三つ分強の面積はあるのだが。前提として机は50cm×100cmだとして、ワークスペースを周囲1mとする。エイジは元勤めていた会社での経験を踏まえると、対向式レイアウトで、一つの島につき八つ。それを四つで三十二席の配置でいっぱいだろう、とあたりをつけた。
部屋の奥には窓があるが、そこから3m離したところに宰相机を置きたいし、宰相席からは2mほど離した方が部下も落ち着くだろうと考える。以前勤めていた会社では、ゆとりを持ったワークスペースのレイアウトが守られず、辛い思いをしたために、スペースを存分に使いたいらしい。
「そして二つ目。この場にいる四十二名、全員が同時にこの部屋で仕事をすることはないからだ」
「と、言いますと?」
部下達は、まだ任命されただけ。これからどんな仕事が待ち構えるかなど、想像も出来ないだろう。ましてや、ワークスケジュールなど働き方などは。だからこそ、部下の疑問には懇切丁寧に答える。
「資料を集めさせてきたり、オレや幹部同士の連絡係として使いぱしったりするから。あるいは昼当番と夜当番のように分けたりする。それに、毎日働くわけじゃないんだ、仕事を休む者がいたりするだろう。納得できたかい?」
休みをつけて、オンオフのメリハリをつけて働く。彼らには馴染みのない事だったが、取り敢えず言葉通り理解した様子。
「まあ足りない以上、固定席が設けられないし、フリーアドレス式は否めないが……総務には合わねぇんだよなぁ」
エイジは、そう独りごちる。この悩み、言っても誰一人理解などできそうにないから。所在が明確であることを求められる総務において、固定席は必至である。そうできないのなら、セキュリティのために、ロッカーなどをより有効活用する方式を教育せねば、と心に決めた。
「ま、という訳だ。質問がないのならば、早速什器の設置作業に取り掛かれ。それと、手の空いた者はエリゴスとフォラスを呼んできてくれ。以上だ、行動開始!」




