3節 第二防衛線 ②
先遣隊の第十戦場より更に後方。そこに魔王国軍は野戦築城をしていた。
「敵後続出現!」
「砲撃の手を緩めるな!」
最前には、銃架や砲台が備え付けられ、コンクリートや鋼鉄でできた防護壁が敵の進行を阻む。更に、その背部にも幾重に連なる同様の壁があった。
「敵が上空を突破します!」
「高射砲を使え!」
防壁のみならず、戦場の各所にはトーチカが築かれていた。魔王国軍の戦場と連合軍の戦場との間に多く設置されていたことで、深入りした敵陣の只中から攻撃することができる。全方位が敵なので、効率的な攻撃が可能となっていた。
「第二三拠点より。これ以上の耐久は不可能です!」
「援護させる。物資を回収し、脱出せよ」
その間には塹壕が掘られ、敵の魔弾や突撃に直接晒されることもないため、戦力差の割に損害を少なく、優位に戦うことができる。地下道もあり、各トーチカや防護壁から安全に脱出することも可能となっている。
「敵勢力、増大の兆しあり!」
「後方に支援要請を」
「戦車隊、火力支援を開始する! 撃ち方始め‼︎」
それら複雑な地形の背部には、長射程を誇る固定火砲や戦車隊が鎮座。
「火力列車、到着しました!」
「……待機命令!」
更に後方、非戦闘区域には列車が通っている。列車砲に装甲列車、武装した支援要員に長距離ミサイルの発射台まで、後方からの援護も非常に強力。まさに盤石であった。
この陣地は、密度の差こそあるものの、横幅二十キロ弱にも及ぶ。これで半島のおよそ半分を封鎖することができる。例え半分だとしても、敵は魔王や魔族の魔力に反応するため、この範囲で十分なのである。
だが、敵もこれまでとは一味違った。数や性能にかまけてゴリ押すだけではないのである。
「掃射完了!」
「……ッ⁉︎ 敵、健在です!」
「何らかの防護措置を展開させた模様!」
火煙の中から出現した敵軍は……魔力によるバリアを張っていた。
「魔力障壁だと⁉︎」
「ふぅむ、敵も学習していますねぇ」
「こちら側の主な攻撃手段が遠距離であることを見抜き、それに特化した進化をしたか」
無論、生き残ったのは中大型の魔力が豊富な魚種だけではある。それでも、今までに比べて驚異度が大きく上昇したのは間違いない。その適応力には、幹部でさえ舌を巻く。
「魔力の使い方だけじゃないみたいですね〜。あの鱗、魔力光線を弾いてる」
ノクトの見立て通り、魔力に対する防御力が大きく向上しているようだ。その分、機動力や攻撃性は落ちているが、こちら側の主たる攻撃手段への特効策を採られた以上、極めて厄介だ。ゲーム用語で、所謂『メタを張られた』というところか。
「だが、全ての魚種がそうってわけじゃなさそうだ」
「恐らくですが、新しく魔獣となった魚が進化した……いや、水神に改造されたのでございましょう」
「あとは、多様性の確保かな……流石に、一つに特化させるにはリスクが高いと踏んだ。魔力以外の攻撃手段、実体弾や爆弾を使われるかもしれないし、防御に特化させたらそれ以外の能力が落ちてバランスが悪くなる。現に、突破力や格闘能力は下がっているみたいだ」
「……しかし、あの水神にそのような思考ができるのか? 知っている限り、そもそも水神はこのようなことを望んでするような奴ではなかった。魔力波にも違和感がある。正気を失っていると考えるべきなのだが……」
「とすれば、本能で動いているのですかな? 末恐ろしいですねぇ」
「それに、ベリアル様の印象が正しいとすると……動機の部分が気になるね」
戦場の最後尾にて敵を観察し、考察を立てる幹部達。しかし、そう長く余裕に構えているわけにもいかない。射撃が効かないことに戸惑い、攻撃の手が緩んでいた。
「押されているようだな……」
「じゃあさ、ベリアル様も権能とか使って? あの人達みたいなのをさ。久しぶりにかっこいいところ見たいな〜」
ノクトの提案に、自らが注目され、期待が高まるのを感じる。しかし、ベリアルは__
「いざとなれば出すつもりだが……まだ早い」
出し惜しみをする。それには理由があった。
「我が盟友とて、全力で権能を解き放った際、半日も保たなかったのだ。回復手段に優れた女神とて、一日の戦闘継続すら不可能であった。ただでさえ、ここは魔力が薄い……初期から振るっていては、決戦の際に息切れするやもしれぬ。それが恐ろしい」
理由としては十分だ。ノクトはすごすご引き下がる。
「そういえば、火力列車が到着していたな。敵の数を減らさせる。攻撃指令を。また、戦車隊は徹甲弾に換装。大型への集中砲火を徹底させよ!」
代わり、と言わんばかりにベリアルは次々指示を下していく。
ベリアルは、先程出した理由以外にも思うことがあった。それは、雰囲気が自分の力頼りになってしまわないかということだ。神の力を振るって当然、そのような考えが広がってしまえば、温存できなくなる上、ないとは思いたいが手を抜かれる可能性もある。少数の英雄が戦況を変えられない、ことはないが、限界がある。
加えて、今のベリアルは食事ができない。つまり敵から魔力を得られないのだ。ただでさえ、ベリアルの能力は強力な分、すこぶる燃費が悪い。決戦向けの能力なのであった。
その事情を、旧い付き合いのノクトは承知している。だからこそ、真っ先に提案を下げた。
「じゃ、僕が出ますよ。士気を上げ直す必要はありますし。魂さえ得られれば、それを消費して回復できる。食事もできるからね〜」
容姿が変化し、ボロ切れのような黒衣を纏う。その手には、金色の刃に紅い紋様の入った、禍々しい長大な鎌が在った。
「僕なら幻獣級もイチコロ! なのでね、ちょっくら大物狩りに行ってきま〜す」
「ならば、次は吾が出よう。その次は、魔王様にお頼み致す。丁度、マズメの頃合いですぞ」
「……その時ならば、異存はない。ではノクトよ、存分に暴れてくるがよい」
許しを得ると、ノクトは鋼鉄製の司令部から飛び出した。前線に向かう道中すれ違いざまに幻獣級に対し鎌を振るう。
切られた魔獣は、直後に息絶え墜落する。目立つ外傷はない。しかし、確かに生命活動が停止している。なんの比喩でもなく、魂を抜き取られたのだ。
そして、魂を得た死神は、さらに力を増した。溢れんばかりの重厚な魔力を発し、更に巨大化した鎌を軽々と、無造作に振るう。掠めた、ただそれだけで命が刈り取られていく。稲作の収穫のように、あっけなく。
「アハハ! こっちの対策の方は、ユルユルだねぇ〜!」
ノクトは自らの力を完全に解き放ってはいるが、全力で刈っているわけでもない。更に、近接戦闘において邪魔となる小物は、銃撃によって既に間引かれている。得意かつ有益な大物狩りに専念できる状況であり、彼の力を最大限発揮できる状況になっていた。
「よーし、これなら全然いける。けど、あんまり前に出る方が却ってマズいかもなぁ……ベリアル様やレイヴンみたく、僕には扇動できるカリスマとかないし。じゃ、前線に支援撒きつつ、突破された大物狩って援護する感じで〜」
ノクトの本領は奇襲、遊撃。それを十分把握している彼は、自分にとって最良な環境、最適な行動を導出し行動する。
「魂魄消費、強化魔力へ置換……」
手を突き出すと、そこから人魂が飛び出し、魔族達へ纏わり付く。最初は気味悪がっていた彼らだが、すぐに自らの力が高まっていることに気づき、次いでノクトの仕業だと理解すると、戦意が高揚したようだ。
「煉獄(Purgatory)……!」
今度は中型の魔魚達に向かっていく。青紫の炎がぶつかった、瞬間に激しく燃え盛り、その身を焼き尽くす。
「我が僕となれ……」
そして、比較的損傷の少ない骸に入り込むと……起き上がり、同士討ちを始めた。死霊術と工程は同じことだが、術式が用いられていない。これぞ、不完全ながらも生死を司る力を持った死神の権能と言えよう。
「さあみんな、頑張れ! 僕たちはまだまだやれるぞ!」
「「「オォーッ!」」」
そう、自分達には頼れる幹部がいる。それを認識したことで闘志は再燃。進化した魚にも怯まず、魔族らは再び勇ましく敵に立ち向かい、己が力を振り絞る。




