3節 第二防衛線 ①
「魔王国、戦線を展開する!」
「長距離ミサイル一斉発射!」
魔王国軍は撤退する連合軍の妨げとならないよう、間隔を開けて整然とした陣形を組んでいる。それより何十キロと後方からミサイルが飛来し、敵陣の表面を抉り取っていく。
「其方達は無事であったか。良かった。これならばエイジが発狂することもなかろう」
「でも、魔神の方々が__」
「存じている。己が命を賭けて、皆を逃したのだろう。だが、安心せよ。奴らは健在だ。そして……我が盟友は、私自らの手で救い出そう。我等が魔王国軍の力を嘗めるでないぞ」
「救急車両は用意したよ。君たちはすぐこれに乗ってくれ」
誘導するノクトの近くには、魔王国にある総ての重傷者搬送用車輌が整列していた。動けなくなった者達を引き継ぐと、救護班はすぐに緊急治療を開始する。
「よく間に合ったな。昼過ぎくらいって言ってたのによ」
「実は、連絡した時にはこの隊は動かせる状態だったんだ。けど、万全になったのは二時間前。その後続や物資の用意が終わったのは、ちょうど今だったんだ。もっと早く動いていれば、救える命ももっとあっただろうに……ごめんよ」
「いや、今重要なのは私たちの感情より、世界が生き延びられるかどうか。よく考えた末の結論なら、受け入れるよ」
「……ありがとう」
部隊の要となり、惨劇の中生き延びた英雄達は同胞に背を預け、去ってゆく。
「総軍、援護射撃を開始せよ!」
それを見届けると、魔王軍は陣形を維持したまま前進。魔魚達を駆逐し、逃げ遅れた者達の支援と救出を行う。
その殲滅力には目を見張るものがあった。第一陣同士比べた場合、人数だけなら、連合国軍の半数程度しかない。しかし、ユインシアの権能が展開されていた場合と比べても同等、いや、凌駕する。それもそのはず、魔銃に使われる魔力は魔晶石による質の低いものではなく、使用者たる魔族本人の魔力が込められたために威力が向上しているのだ。
「撤退支援、完了しました!」
「よし、掃討作戦に移る! プランC3で対応せよ!」
魔王より指示が下ると、配置が変化する。縦長だった隊形は横に広くなり、離脱兵を通すための空間も埋められ、隙なく敷き詰められた壁となる。
「フォラス、準備はいいか」
『フヒヒッ、いつでもいけますヨォー‼︎』
「よし! 第一機甲連隊、出撃せよ!」
駆逐戦車、自走砲、そして歩行戦車。魔導タンク類を発展させた兵器群が整列している。それ等は号令と同時に駆動を始め、位置射角を調整すると一斉にその砲塔が火を吹いた。
榴弾、徹甲弾、誘導弾。あらゆる種類の弾頭が炸裂し、幻獣諸共敵の奥まで砕いていく。
「ベリアル、どこに砲撃を集中させれば良いか?」
「うむ……」
同胞の反応を探す。強力な水神の声、魚が思い思いに発する叫び、そして兵器間の信号……魔力波が飛び交い、集中を掻き乱す。その渋滞の中に、弱った魔神の声は埋もれてしまった。
だが、分かった。小さいけれど、盟友の声ならば。他と明らかに気配の異なるものに気付けた。
「聞こえた! 座標A8、D6、G7の三点だ!」
「承知! 切り開けぇ‼︎」
号令と共に攻撃方向が変わる。大きく右、正面よりやや左、そして真左。それ以外の方向は敵の進行を留める程度の火力に抑え、本命の方向に向けて突き進む。
「余裕があれば、放棄された物資の回収も行うように!」
誘導弾、爆弾も惜しまず投下し、敵を潰して押し通る。敵陣を食い破り、開いた道を閉じさせぬようありったけの弾幕を張り続け、奥へ奥へと潜っていく。何百メートルと進軍を続け、その果てに__
「目標発見!」
「……魔族共か」
その躯体に、さほど傷は見当たらない。しかし、魔力はほぼ消えかけの状態で、その中身が息絶えようとしていた。武器を振り上げるどころか、移動さえも覚束ない様子。
「輸送車をこちらへ!」
その機体は鋼鉄の塊。質量にして乗用車を超える程。しかし、魔族の膂力を以てすれば、数人がかりで持ち上げることなど造作もない。
「救出完了!」
「撤退する!」
車両が後方を通過すると射撃を止め、一目散に退散していく。その側から、敵の洪水が穿たれた穴を塞いでゆく。
「……誰が助けろと言った。我等如きの為に、貴重な資源を浪費するだなどと」
「まさか、生き恥を晒すことになろうとは……」
「ふん、お前達は貴重な戦力だ。こんなところで失うわけにはいかん。それに、まだ敵の頭は残っているのでな。消えるならば、使命を果たし、生き延びたこの世界を見届けてからだ」
「……恩に着る、吾が盟友よ」
気高き老兵等は、この結果を善しとしない。されど、それもまた定めならば、果たすべきことが残っているならばと、受け入れたようだ。
「私はこの場にいなければならぬ。お前達は一度魔界へ帰還し、休息すると同時に、他の魔神王を呼び覚ませ」
「「「承知した」」」
この短い会話を終えると、魔神はされるがままに後方へと運ばれていく。それを一瞥だけすると、ベリアルは再び正面を向き、兵士達に大号令を下す。
「全軍、野戦拠点まで後退! これより、三日間だ! 水神の姿が見えるまで、戦うこととなる! 厳しい戦いなるだろう……だが、我等魔族の矜持を賭け、耐え忍んで見せようぞ‼︎」




