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魔王国の宰相 (旧)  作者: 佐伯アルト
Ⅺ 原初の神
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2節 第一防衛線 ④


 夜の帷が降りる。この時点で、神の加護の下、被害を最小限に抑えた兵士たちの軍、総勢三十万人の損失は一割強となっていた。そして、あろうことか、たったの一度たりとも退却していなかった。


 だが、それも此処までのようだ。


「ユインシア! もう無茶すんな、下がれ!」

「いえ……! まだ……やれます!」

「ですが……もう十六時間も通して戦っているんですよ⁉︎ 顔色も悪い!」

「君はまだ倒れちゃいけない! 今一番大事なのは君なんだ!」


 流石に限界が近いのか、よくない汗をかき、息は乱れ、表情も辛そうだ。誰から見ても大丈夫には思えず、今は気力だけでなんとか立っているような状態。彼女が維持する領域も、光が明滅しており、効果も大きく減少して今にも消え掛かっている。植物さえ枯れ始め、魚に啄まれることで、生長よりも減る速度が上回っていた。


「私たちだって、交代で休憩してたんです! けど、一番しんどいはずのあなたはずっと戦ってて……」

「でも、ここで、私が、折れたら……この戦場は、維持できなくなっちゃいます!」


 根を張ったかのように意地を張り、言葉では動こうとしない。力ずくだと抵抗されそうで、休ませるには気絶させるくらいしか案が思い浮かばない。


「アイツが、いてくれりゃ……」

「けど、なんでも彼に頼るわけには……」

「私に、もっと力があれば……!」


 せめて少しでも彼女の負担が減るようにと、敵を一切近寄らせず、機械の操縦を一部肩代わりしてきた。だが、遂に__


「うっ……」

「ユインシア!」


 ふっと力が抜け、倒れかける。イグゼが即座に支えるが、その腕の中で尚も領域を維持しようと力を振り絞っている。


「これ以上はもう無理だ!」

「です、が……」


「もう聞かないぞ! あとでなんと言われようと、無理矢理にでも連れて行く!」

「待っ……て」


 ゴーレムが行方を遮ろうとする。が、その動きも緩慢で、全く追いつけない。抱き上げてからすぐに世界樹の後方まで下がっていた。


「やめ、て……イグゼ……お願い……」

「っ……!」


 止めないと決めていた足が鈍る。弱々しく服を掴まれ、か細い声で嘆願されて。力はなくとも、引き止めるには十分だった。その、過剰なまでの献身に心を打たれ、イグゼは苦しそうな顔をした。


「ダメだ! ここを預かる指揮官として、君にこれ以上負担をかけさせるわけにはいかない! それに、次もあるんだ!」

「それでは、ここの皆さんが__」


 彼女が下がったら、戦線が瓦解する。それは間違いなく起こることだ。ユインシアの加護がなければ、戦力は三分の一どころの下落では済まない。戦いにすらならないだろう。


 だが、イグゼの次の言葉によって、ユインシアの意思は揺らぐ。


「何より! 友達として、家族として……君がこれ以上苦しんでいるのは見たくない!」


 兵器や装置としてではなく、一人の人間として大切にされている。そのような扱いに、ユインシアは弱かった。


「もういいんだ! 今まで一歩も下がっていない! 想像以上の戦果なんだ! この後はずっと逃げていても何とかなる‼︎」

「イグゼ! 何してる!」


 言い争っているうちに、足が止まっていたようだ。残してきたはずの二人が、追いついてきた。ということは__


「! 追っ手が……」

「迎撃するぞ!」


 躊躇っているうちに、弾幕を潜り抜けてきた敵がすぐ近くまで迫っていた。再度逃げても、振り切れない距離。一瞬で応戦の判断を下す。


「ハアァッ!」


 テミスが魔術を撃ち、追い縋る魚を消し飛ばす。


「アァアア‼︎」


 鮫の突進を躱し、下へ潜り込んで大剣を腹に突き立て、一気に掻っ捌く。腹を開かれた鮫は、臓物を撒き散らしながら沈んでいく。


「チッ……喰らいな!」


 ガデッサが雷撃を放ち、幻獣の動きを止めつつ、周囲の魚を感電させ焼き上げる。


「オラァッ!」


 海豚の脳天に斧を叩き込み、脳漿を浴びることを気にも留めず引き抜いて、再度周辺の敵に向けて振り回す。


「くっ、こっちにまで……!」


 ユインシアをそっと地面に下ろすと、双剣を手に鯱へ突撃する。激突する寸前に少しだけ逸れ、コマのように回転しながらズタズタに切り裂いていく。


「とど、めだァ!」


 弱った幻獣が再度向かってくるも、今度は飛び越えて背に跨がり、双剣を突き立てると、爆炎が立ち上り内側から焼き尽くした。


「はぁ……どうだ?」


 ガデッサが一息吐いて正面を見ると、また何十もの大型魚類が迫ってきていた。


「まだいるのか……!」


 テミスにとっては怖い以前に、とにかく鬱陶しい。ひたすら撃って捌いて突いて焼き上げても、状況が何も変わらなかった。


「うっ……は、ははっ……こんな、時だってのに……手足が、震えて……動けないや……」


 PTSD予備軍のイグゼは、周囲が凶悪な魚に覆い尽くされたことによって、忌むべき記憶が蘇り、戦意を喪失しかける。


「私たちが時間を稼ぐ!」

「お前たちは早く下がれ!」


 イグゼをユインシアに向けて突き飛ばし、距離を取らせる。その衝撃で我に帰ったイグゼは、今度こそユインシアを連れて離脱を図る。


「ぐぅっ……しまった!」

「体勢を立て直す! 総員退却を__きゃあっ⁉︎」


 ユインシアが限界に達し、戦場から離れたことで、遂に難攻不落を誇った陣形も崩壊した。戦力が足りず、敵を抑えきれなくなる。先鋒から順に食い潰されていき、燎原の火が如く魚が雪崩込む。加護込みなら最強格の力を持つ姫達でも、数に圧倒され、対応しきれず被弾する。


「くっ、流石にこの数は無理だ! アタシらとは相性が悪い!」

「ですが! あの二人だけでも逃さないと! もう少し時間を__」


「っ! 回り込まれたぞ!」

「えっ……あぐっ⁉︎」


 後ろを見ると、逃げ道を塞ぎ囲い込むように凄まじい速度で魚群が移動していた。真っ先に下がった二人でさえ、この包囲からは向けられそうになかった。まるで、神の力を持つ彼女だけは逃さないとばかりに。そして、そちらに気を取られた二人も攻撃を食らって倒れ込む。


「万事休す、か」

「ははっ……こりゃ、トラウマにもなるな」


 ダメージと疲労で、すぐに立ち上がれない。前後左右上の全方位を覆い尽くされ、味方もやられて彼女達に近づくことさえ叶わない。


「……とでも思ったか! テミス、リンゴは持ってんな!」

「はい! A87からC12、G05で行きますよ!」


 よりにもよってこの二人が諦めるわけがない。懐に隠し持っていたリンゴを大きく二口ほど齧り、その場から飛び上がって属性を纏った武器を振り回し、一瞬のうちに周囲十数匹の敵を一掃。後方に向けて魔力を解放して風穴を穿つと、リンゴの残りを頬張りながら走り抜ける。


「切り抜けられたか!」

「けどよ、ヤベェことには変わりな__」


「! 待ってください! 何でしょう、この異様な気配は⁉︎」

「確かに。なん__危ねぇ!」


 ガデッサが咄嗟にテミスへ飛びつき、縺れながら倒れ込む。その狙いを察したテミスは地面に転がると同時にバリアを張った。


 直後、真後ろに三条の閃光が走り、一瞬遅れて爆風が巻き起こる。


「うわぁっ⁉︎」

「何、が……」


 二人はそれに吹き飛ばされ、遥か後方まで転がっていった。バリアで衝撃から身を守っていた彼女等はすぐに状態を起こし、状況を確認する。


 まず真っ先に目に入ったのは、先に下がったはずのイグゼとユインシア。目立つ負傷もなく、健在。


 次に、先程感じた気配と現象の確認のために後ろを振り向く。すると、そこには人影が見えた。


「誰⁉︎」

「ベリ、アル……?」


 煙越しに抱いた第一印象は、それだった。なぜなら、二メートルを超えるような大鎧で全身を隙なく覆っており、完全な戦闘用ロボットにさえ見えたからだ。


 しかし、飽くまで印象だけだ。完全に姿が見えると、全く違うのがわかる。そのカラーはエメラルドグリーン。随所に走るラインはクリムゾン。体格はベリアルよりもやや細身でスタイリッシュ。携える得物は緑色の意匠がある、直刃の大剣だった。


「生憎違う。だが、奴に呼ばれ此処へ越した」


 そのそばに、似たような特徴を持つ者が二名、地響きを起こしながら着地する。


「我が名はベレト‼︎ 魔神を率いる首領にして、風を司りし第十三の魔神王、ベレトである!」

「魔神王⁉︎」


 神話の中で目にする存在。神々に対する魔神、その中でも八大神に相当する強大な存在、魔神達の王。要は、世界で二番目に強い種族だ。


 少なくとも、エイジと主神を除けば、最上級の戦力だ。だとしたら、その両隣に控える二名も__


「余の名はパイモン‼︎ 光神の対となりし第九の魔神王!」


 ベレトよりもさらに細身で、ボディはクリーム色、白金色が近いか。得物は超大型の拳銃が二丁。ベリアルやベレトと同様、機体と得物には金色の線が刻まれている。


「吾こそはアスモデウス‼︎ ベリアルの同志にして、雷を操る第三十二の魔神王也!」


 その体格はベリアルに近いガッシリしたもので、メインカラーはオレンジ。ラインは緑。武器は巨大なランス。


「よくぞ耐えた、娘よ」

「後のことは余等に任せよ」

「今宵は我等が押さえてみせよう」


 名乗りを終えると、四人に背を向けて大魚群に相対する。そして、彼らも神であるためか、潰走した人類軍に目もくれず魔神機へ押し寄せる。


「我ら、大神に仇為す魔神也!」

「さあ、先の大戦の再演と参ろうか!」

「水神よ! 我ら魔神王の矜持にかけて、討ち果たして見せよう!」


 世界の滅び、その一つの形。それを目前にしても、彼らは一切怯む様子を見せず、威風堂々と仁王立つ。


 最初に一歩踏み出したのは、ベレト。可視化できるほどに圧縮された風を纏う、彼の背丈一条もある長大な大剣を、ゆっくりと構える。


「フンヌァ!」


 一閃、に見えた。だが、残像がそれを否定した。一瞬のうちに幾筋もの斬撃を繰り出したのだと。その一撃が生み出した爆風は災害に相応しい威力を誇り、戦場全体を嵐が吹き荒ぶ。斬撃が直撃すれば幻獣さえ容易くなます斬り。その余波だけで群れが軽々と吹き飛ばされ、抉られてゆく。


「次は、余の見せ場だ」


 パイモンが動く。無反動砲の砲身を切り詰め、無理矢理拳銃型に押し込んだかのような二丁の銃を真上と真下それぞれに向け、引き金を引く。


「な、なんだ⁉︎」

「何も見えない!」


 直後、世界から光が消えた。視覚を失った恐怖から混乱が広がり、その動転ぶりは声のみが伝える。


「失せよ、傀儡共!」


 パイモンの声が無に響く。そして、光が戻った。かと思えば、周囲に光が溢れる。それでもなんとか目に映ったのは、銃口から二条の昏き極光が空を駆け、地平線の彼方まで突き抜けていく跡だけだった。


「シェアァッ‼︎」


 アスモデウスは空高く跳び上がると、大きく振りかぶって槍を投擲する。ソニックブームを放ちながら飛翔するそれは、掠っただけで幻獣さえ容赦なく穿ち、敵陣の中心に着弾。その瞬間、何本もの極太の稲光が宙を破り、周囲の何もかもをも消し飛ばした。


「す、すげぇ……」


 それぞれただの一撃で、敵陣が壊滅。その光景は、神話の大戦と呼ぶに相応しいものだった。


「往時に比べれば、我らの力も落ちたものよ」

「同胞も、数えるほどしか残っておらぬ。哀しきことよな」

「しかして、これもまた盛者必衰の理なれば。吾等強大なりし神々とて、例外ではなかったということ」


 そして、本格的に彼らも戦争を始めた。先ほどの攻撃は何も特別なものではなく、同等の一撃一撃で何十何百という敵を討つ。


「我等の時代は終を迎えた!」

「次なる世を築くのは、霊長たる人である!」

「人に害為す吾等神の居場所は無し!」


 その言の葉、婉曲に人類の味方であったユインシアを擁護しているようだ。


「我等時代の残骸なれば、潰えるは必定!」

「然れど、滅ぶならば諸共よ!」

「覚悟せよ、万物の母。其方の仔等は、拒んでおるぞ!」


 彼らには、自らの境遇への悲哀があった。しかして道理と受け入れて、神たる矜持を果たさんとする。


「清算の時は今‼︎」

「同じ刻を過ごしたよしみだ」

「貴様のその凶行、我等が落とし前をつけてくれるわ‼︎」


 過去の時代の遺産は、自分たちがけじめをつける。そう、決死の覚悟が垣間見えた。


「……待ってください!」

「「「?」」」


 神々は進撃を止める。振り向いた先にいたのはテミスだった。


「何事か」

「後方より、作戦が届きました。お聞きください」

「よかろう」


「今より四日後、私達魔王国は総力を上げた水神討伐線を敢行します。そのためには、戦場に水神を惹きつける神が常に存在すること。そして、其の時まで、極力戦力を温存することが必要になります」


「そうか。それまで我らには水神ではなく、雑魚共を相手しろというのだな」


 言葉に出さなかった意図まで見抜かれた。テミスは冷や汗をかきながらも、臆さず首肯する。


「だが、水神を斃せる者が、我ら魔神以外には思い浮かばぬ。果たしてその策、実現可能性はあるのか」

「……あります。私たちには、希望がある。異世界から来た、神の力を持つ勇者の存在が」


「信頼できるのか」

「……っ……はい。エイジは……彼は、必ず成し遂げます‼︎」


 まっすぐな言葉を受け止め、四者の間に沈黙が流れる。周囲には魚も兵士もおらず、戦場の只中とは思えぬほどの静寂で、思い空気が満ちていた。が__


「ふん。我らも元よりそのつもりよ」

「え……?」


「ベリアルより聞かされている。全てを託すに値する者がいるとな」

「彼奴の言に疑念はない。故に、その策に従うとしよう」


 ベリアルの言伝があったとはいえ、尊大なる魔神王はあっさりと承諾し、改めて空を覆い尽くす黒点に立ち向かう。先程の問いは、ただ皇女の覚悟とそのものの信頼を図るだけのものでしかなく、ハナから意思を変えるつもりはなかったようだ。


「ですが、最初からこれほど飛ばしていては……敵は、相応を絶するほどの大群で__」


「ふ、安堵せよ。來し者は、見共のみに非らず」

「同胞たるアガレス公爵、ガープ総裁」

「彼奴等をベリアルが呼び覚まさんとしている」


「だが、我らを失礼るその言動は、いささか苛立ちを覚える」

「たかがこの程度、準備運動に過ぎぬ」

「此処に居れば巻き込む。手負のものを連れて、疾く立ち去れ。此の場は、神のものである」


「…………ありがとうございます!」


 最後に深く頭を下げると、テミスは怪我人を担ぎ上げ、兵士達に指示を出しながら後退していった。


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