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魔王国の宰相 (旧)  作者: 佐伯アルト
Ⅺ 原初の神
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2節 第一防衛線 ③


「ベリアルはどこにいる⁉︎」


 帰還早々、エイジは魔族に詰め寄って、主君の居場所を問うていた。 


「用事があるとのことで、留守です……!」

「こんな時に、何をやってるんだあの人は……」


 今は戦う、或いは戦いの準備以上に重要な用件などあるようには思えない。いるとすれば魔王城か、前線に向かう道中にいるはず。後者なら、出撃したと答えるだろう。それ以外の場所など閉鎖されていて、碌な物などありはしないのだから、どこで何をしようとしているかなどまるで見当がつかなかった。


「じゃあレイヴン……いや、今の魔王国の人員配置はどうなっている!」


 魔王城周辺は、実に静かなものだった。魚の影はなく、民の恐慌もなく、平穏そのもの。前線の修羅場は幻であったかと思わせるほどに。


「っ……ああ、エイジ様! おかえりなさいませ‼︎」


 そこへ、感激したような声が聞こえる。その方を見れば、立っていたのはシルヴァだった。


「ああ、ただいま」


 駆け寄ってくる彼女を優しく抱き留め、撫でながら挨拶を返す。


「報告は聞いてただろ? 大袈裟だって」

「うぅ……ひっく……ですが、心配で心配で……私は……」


 彼女が落ち着くまでゆっくり宥め、離れてくれたところで本題へ入る。


「帰ってすぐですまないが、今の魔王国の現状を聞かせてほしい」

「はい! 承知いたしました」


 涙を拭い、いつものように凛とした佇まいで報告を始める。


「まずは、ベリアル様ですが……増援にアテがあるとのことで、戦力を確保しに何処かへ出かけてしまったようです」

「戦力……?」


 魔族は勿論、亜人や妖精、獣人など多種多様な種族は悉く魔王国と足並みを揃えており、これ以上戦力の捻出など望めそうにない。聖王国や共和国など、参戦していない人間の大国もあるが、ベリアルのコネでは動かせるはずもなく。全く分からなかった。


「レイヴン様は、魔王城にて作戦の練り直しをされております。ゴグ様とノクト様は魔王国本隊の待機場所へ赴き、最終調整をされています。エリゴス様も現在は領内の物流拠点にて管理をされているそうですが、近頃出撃するそうです」

「そうか」


 この四人に関しては、想像通り。


「フォラス様は、先程まで兵器開発に勤しんでおられましたが、現在は特殊兵装の整備をされるために前線へ向かわれました」

「じゃあ、この城にはレイヴンくらいしか残ってねえんかな。他の幹部は?」


「レイエルピナとセレインは、魔王国南岸にて山脈を越えようとする魚を迎撃しています」

「え……そこの指揮官は?」


「その二人ですよ」

「そうか……レイエルピナも指揮ができるんだなぁ」


 その報告は意外だったが、仮にも魔王の娘として、人を率いるカリスマがあったようだ。自分のことのように嬉しい。


「また、教官も熟しているようで……現地の兵士たちによると、評価は高いそうです」

「うえっ⁉︎ そうなのかぁ……すごいな」


 自分の恋人の知らない一面を知らされて、少し嫉妬を覚えると同時に、まだまだ付き合いが浅いことを痛感させられて悲しくもなる。まだまだ絆は深められる。まだまだ一緒にやれていないこともある。こんなところでは終われない。そう、改めて強く決心する。


「ダッキは避難誘導を終えてやることがなくなったそうなので、これから私と共に出撃の準備をする予定です。モルガンとカムイは、遺構にて避難者の方々の誘導やケアに努めておられるとのこと」


「そうか……君も出るんだな」

「はい。私とダッキは幻獣ですし、銃の扱いにも長けている自信があります。いつまでも後方で紙を相手にしてばかりではいられません」


 モルガンは戦闘能力、特に殲滅力には劣る。搦手が多く攻撃力に欠け、射撃もあまり得意ではない。また、以前の遭遇戦がトラウマにもなってしまっているだろう。後方待機は妥当だ。


 一方のカムイはその程度で折れることはないから、いざという時のための護衛だろう。ユインシアが多くのオートマトンを率いていたために、そちらの兵力は手薄となっている。カムイも殲滅力はないが、高山の頂上付近にある遺構にまで近づける敵の数など高が知れているし、問題にならない。


 と、ここで気づく。まだ一人、名前が出ていない重要人物がいることに。


「で、メディアは?」

「それが……数日前から、誰も姿を見ていないそうです」

「……はぁ⁉︎」


 ありえない。ベリアルなら、何かすごいことを成し遂げてくれる信頼がある。だが、あの女は__


「ふざけるな! 仮にも幹部だろ! 何してやがるんだ!」


 その怒りは尤もとばかりに、シルヴァも瞑目して聞いている。死闘の末に無念の殉職であったり、後方支援に徹するならわかる。引き籠ったいたとしても、最悪居場所は分かる。だが、それすら分からないとは。逃げたか、悲観して自決したか。そう予想するのが関の山。


「……ふぅ。とにかく、今どうなっているかは大体わかった。ありがとな」

「エイジは、これからどうなさいますか?」


「レイヴンと今後の作戦について相談をする」

「承知いたしました」


 シルヴァはついてくる。てっきり別れると思ったが、少しでも一緒にいたいのだろう。その思いを無碍にはできなかった。


「レイヴン、入るぞ」


 ノックをして、入室する。司令官室は予想に反して、がらんとしていた。


「エイジ……無事だったか。まあ、心配はしてなかったがな」


 その中央に一人だけ、以前よりやや老けたようにも感じるレイヴンがいた。


「で、何の用だ」

「提案がある。最前線で戦ってきたからこそ言えるものもあると思ってな」

「そうか、それなら歓迎だ」


 彼は相当くたびれているのか、声に張りがなく、着席を促す動作も気だるげだった。


「で、感じたことというのは?」

「このまま魚相手に戦ってもジリ貧だ。戦力差が圧倒的すぎて、物量に押し潰される」


「ならどうする」

「本丸を叩く」


 大陸東側とその周辺が載っている地図を広げた。半島の東あたりを、指で円を描くようになぞる。


「短期決戦で一気に決める。いくら一体一体が強く、数が多くとも、頭を失えば烏合の衆だ」

「いつ狙う。どう倒す。海にいる限り水神は無敵なんだろう?」

「ならば陸に上がったところを狙う。おそらくだが、あと数日……いや、一週間あれば、この辺りまで来るはずだ」


 指を置いたのは、半島の東端。そこよりも若干西寄り。半島の八分の一くらいか。


「だが、奴は海を操り、陸を沈めるように侵食している。奴の周りは海だ」

「けど、元は陸だったところだ。他に比べれば水深は浅い。除く方法は考える必要はあるが、できさえすればなんとかなるはず」


 何とかして堰き止めたり、排水したりして、周囲から海水を奪ってしまえば、相当有利に戦えるのは間違いないはずだ。


「そうか……女神ユインシア……彼女なら、地形を変えることができる…………しかし、一週間か。お前からの報告や、現在の戦場からの連絡を聞く限り、そこまで来る頃には、こちら側の戦力もほとんど残っていないだろう。ゆっくり奴の到達を待っている余裕はない。ましてや、この位置まで戦線を押し返す余力はな」


「だったら、脳魔力波で誘き寄せる。魚、そして水神は、脳魔力波や神の気配に惹かれている可能性が極めて高い。オレやレイエルピナ、ユインシア、そして魔王様……常に誰かが戦場にいることで、それが導になり、まっすぐ速く進むことが期待される」


「そうか……だが、その分敵の密度も濃くなるだろうな」

「それが、想定よりも敵の密度が多かったことの説明になるんじゃないか?」

「なるほど」


 レイヴンはメモを書き留めると、しばし目を瞑って唸る。


「改めて情報を整理しよう。戦場に誰か神性を持つ者が常駐することで、水神はおよそ四日後くらいに、十分陸側へ侵攻する。その際に、残りの総力をかけて水神までの道を切り開き、水神を仕留める。その際の戦力は、魔王国の上位十名ほどを想定する。魔王様やオレはもちろん、神性や神器を持つ者、そしてシルヴァたち幻獣や属国の精霊なども考慮する。そして、水神を討伐することに成功した場合、司令塔を失った魚どもは混乱し、統率をなくして散り散りになる。脅威は残るが、少なくとも一直線に人類を滅ぼしに向かうことはなく、同士討ちも期待できる。これが、オレの想定したシナリオだ」


「……うん、異議はない。魚の殲滅は不可能、耐久戦の線はなし。水神討伐に失敗すれば、世界は滅びるだろう。が、待っていても結果は変わらない。むしろ、より消耗が増えて成功確率が減るだけ。しかし、その場合はまだ道中に大量の敵兵力が残存している。と、すると、問題はその時までに戦力をどう温存するかだ……」


 レイヴンは遂に考え込み始める。その妨げになってはいけないと考え、エイジは退室しようとした。


「っと、最後に。ベリアル様は何してんだ」

「魔界にいる。増援を呼んでいるとのことだ。もう既に戦線に向かっているものもいるらしい」


 魔界。完全に目から鱗だ。今までもほとんど話題にも上がらなかったため、全く考慮していなかった。


「しかも、只者じゃない。超大物を連れてきたらしいんだ」

「と、なると__」


 前言撤回。流石は先見の明に優れた君主。最善手を超える策を打ち出していたようだ。


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