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魔王国の宰相 (旧)  作者: 佐伯アルト
Ⅺ 原初の神
263/291

1節 戦闘開始 ⑤

 一方、その頃。


「物資、積み付け完了しました!」

「よし、安全確認取れ次第、即時出発せよ!」


 魔王国物流拠点、駅のプラットフォームにて。深夜、ライトに照らされながら作業員が黙々と客室へ物資を積み込んでいく。その後方では、クレーンが休むことなくコンテナを動かし続けていた。


「第十六師団、整列!」

「「「「「はっ‼︎」」」」」


「我々は約一時間後の次便で出立する。それまでは自由時間だ。最後にやり残したことはないか、確かめておけ」


 正規軍と義勇兵の混在する大部隊。彼らは決死の覚悟を湛えた面持ちで敬礼している。


「エリゴス様、敵はこちらまでは来ないのでしょうか」


 そしてこの場、兵站における全責任を持つ大幹部エリゴスの下へ、ある魔族が不安そうな面持ちで声をかける。書類を手にし、指示や管理で忙しいために対応するのは億劫そうだったが、ケアしなければ効率などに問題が出ると考え、真面目に取り合う。


「我らが宰相の予測通り、大陸東岸側に敵が集中しておるようだ。吾らがこうして邪魔立てされることなく前線に支援を送り込むことができるのは、敵を惹きつけ耐え忍んでくれる彼らのおかげだ。それと__」


 エリゴスは遠くを見るような目をする。その視線の先は、南東側。


「我らが姫の尽力あってのものさ」



「レイエルピナ様、敵影補足しました!」

「三二式対空砲、砲撃開始よ!」


 山脈海側、簡易的な砦にて。谷間を防衛するべく兵士たちが奔走している。


「擲弾の射程圏内に入りました!」

「……いえ、まだよ。けど、狙いだけはつけさせておいて」


 慌ただしい、けれど主戦場ほどの修羅場でもない。そこの指揮を取るのは、開発部門の長にして魔王の娘である少女。


「狙撃銃の射程圏内です!」


「数は」

「……約、五十です」


「大きさ」

「中型のみです」


「炸裂弾発射。それから第六突撃銃小隊が追撃。第十一狙撃隊が援護を」


 魔王国の多くの者にとっても、彼女はお転婆で生意気な小娘だという印象だった。特に、開発所属でなく、エイジ就任以前の彼女を知る者ならば、そのイメージは強かった。だが、軍服に身を包み、毅然と支持を下すその姿には、支配者に相応しい貫禄がある。


「殲滅完了しました」

「……チッ、今少し無駄になったわね。もう少し引きつけてからの方が良かったか」


 彼女が当初、ここの指揮官になることに対しては、やはりというべきか反感は大きかった。だが、今ではそんな不満を露わにする者は皆無である。


「いえ、皆を責めているわけではないわ。むしろ、ここにいるのは精鋭揃い。敵も少ないし、アイツに比べたら随分マシな状況で助かっているわ」


 更に、彼女を慕う理由はそれだけではない。レイエルピナは数日前、エイジが前線に向かったのとほぼ同時期からこの場におり、戦場の指揮をしながら火器の教官として指導や実演等をしていたのだ。


「セレイン、敵はどう?」

「以前よりは活発よ。けど、ここに来るのは少ないわ。固まってきているわけでもないし、迎撃は簡単そう」


「……エイジの方は」

「苦戦しているみたいね。粘っているけど、許容範囲の半分くらいまで押されているそうよ」


 セレインらによる斥候のおかげで、敵の接近を即座に察知して対応。更には、敵の配置や特徴等も事前に把握できており、効率的に迎撃できている。しかし、そうだとしても、レイエルピナは休む間もなく何かしらしていた。睡眠もあまりとっていないのか、他には隠しているが少しずつ疲れが滲み出している。


 それ故に、尊敬と労りの感情が向けられていた。


「それはそうと、魔力波はあまり使わない方がいいわ」

「……バレてたか」

「同類だもの……エイジの報告が来てから、ずっと誘導に使っているようね。負担も大きいし、余裕もあるのだから、控えた方がいい。いざという時は、私もいるわ」


「けど、あなただって、以前の遭遇戦はトラウマになってるでしょ。モルガンやイグゼだってあの様子だったし……無理しないで」

「他人を気遣う余裕があるのかしら。あなたこそ、水神戦では切り札になりうる戦力なのだから、力は温存した方がいい。それに、私はそれほどヤワでもないわ」


「敵出現! 数三十、中型です!」

「第七迫撃砲隊、砲狙撃開始! C7より接近されたら、滑空砲を撃って!」

「十五隊、応戦始めなさい。十一隊は牽制、殲滅のち交代よ」


 連絡をしながら、互いに労わる二人。その中途でも、敵が現れると即座にそれぞれ指示を下して退けた。兵士たちはこの二人に頭が上がらない。


「で、話を戻すけど。テミス達の増援は?」

「予定時間には間に合いそうだけれど」


 セレインは東を向く。レイエルピナも合わせるが、そこにはセレインのもの鬱げな横顔が映った。


「それまで耐えられるのかしらね」



「総員、配置急げ!」


 前線より遥か後方、最終防衛戦よりも更に奥地の駐屯地にて。魔道具の灯りに照らされながら大勢の兵士たちが駆け回る。その腕章には帝国の国旗。かと思えば、王国のものもある。大国二つによる連合軍、その総軍における一つの団であった。先陣を切る彼らは、夜明け前には行軍を開始しなければならない。それ故、騒然としていた。


 この団を構成する兵士達は、どこか慣れない様子ながらも銃を携えている。魔王国より支給された銃であるが、その扱いを訓練するために与えられた時間は、輸送にかかる時間を考慮すれば、ほんの数日しかない。その中でも先頭を行く彼らは、優秀な部類なのであった。


「本当に大丈夫なのでしょうか……」

「何がだ?」


 その中には、皇女の姿があった。そのすぐ隣には、ガデッサがいる。


「戦いになるか、といった懸念があるんです。彼らが銃を渡されてから、たったの二、三日しか触っていないですし」

「……多分、ある程度は大丈夫だろ。狙って引き金を引くだけだしな。アタシだって、すぐ使えるようになったんだ。反動のいなし方さえ覚えちまえば、なんとかなる。敵は多いからテキトーに撃っても当たるだろうし、リロードは他の隊が時間稼ぎしてくれてる時にゆっくり落ち着いてやればいい」


「それもそうなんですが__」

「少なくとも、弓使ってるよりかはマシだろうぜ?」


「だとしても、エイジが安心して下がれる戦力なのでしょうか」

「…………あー」


 ある程度扱いに慣れていたり、身体能力が高く、銃の火力も自前で高めることのできる魔族達に比べれば、なんとも頼りない感じが拭えない。


「大砲もあるとはいえ、敵には幻獣級もいる。果たして、いつまで__」

「……ッ! おい、いつまでうだうだしてんだ! らしくねえぞ!」


 遂に、弱気なテミスの態度に苛立ったガデッサが食ってかかる。


「アタシらがやらずしてどうするってんだ!」


 世界を守るため、そして真打たる魔王国の後続まで繋ぐという意味もある。だが、ガデッサがチラッと視線をやった先の存在に気づいて、奮起する。


「そう、ですね。ええ!」


 イグゼだ。その顔は完全に憔悴し切っており、いつもの爽やかで勇ましい雰囲気は何処へやら。その雰囲気は、弱々しい。


「イグゼ、無理はしないでください」

「ああ。キツイなら下がってろ」

「……いいや、みんなが頑張っている中で、ボクだけ後ろで縮こまるなんてカッコ悪い真似はできないさ!」


 手は震えている。だが、足手纏いと言って強引に下げるわけにもいかない。役立たずと言われてしまえば、戦場に出る以上に彼女の精神は追い詰められてしまうことだろう。加えて、今は少しでも多くの戦力が欲しい。また、その存在は兵士達の指揮を向上させることにも繋がる。


「はぁ……言っても聞かねぇんだろ? けど、無茶だけはすんな」

「はい、私たちに遠慮はしなくていいですから。まず第一に、生き残るんです」

「うん、ありがとう」


 ガデッサが肩に手を置き、テミスが手を握る。それで少し落ち着いたのか、イグゼの震えが収まる。


 と、そこへ__


「……もし、戦力に不安があるというのならば……私が、加勢いたします」

「!」

「あなたは……」


 ある者が一人、現れる。その人物の正体に、彼女達は驚きを隠せなかった。

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