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魔王国の宰相 (旧)  作者: 佐伯アルト
Ⅺ 原初の神
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1節 戦闘開始 ②

「敵勢力、第二防空網を突破!」

「対空爆撃敢行! これ以上近づけさせるな!」


 敵影は、今の所空を飛べる魚系のみ。地形を侵食し優位な陣形を確保することのできる無脊椎動物系統は、足が遅いこと、そしてユインシアに地形変化によって生み出された、剣山の如く連なる鋭い石柱のおかげで大幅な足止めを喰らっている模様。


「左舷の弾頭、残り僅かです!」

「躊躇うな、撃ち切れ‼︎」


 更には、容易な突破を許さない張り巡らされた有刺鉄線、最短距離での侵攻を妨害する地雷原、大規模殲滅が可能な遠隔起動式魔道具など、数々の罠が仕込まれており、地形だけの恩恵ではなかった。


 裏を返せば、それらが到達してしまうと、海面上昇の如くじわじわと追いやられていってしまう。


「第六中隊、全滅!」

「B11区画は放棄せよ!」


 現在の戦場も、防波堤の如き山々からなる塹壕戦を継続しているため、地上の敵には圧倒的に優位。上空より迫る敵のみを危惧し、対処すればよい。


「幻獣級、接近!」

「十人単位で対処させる必要がある。動ける部隊は⁉︎」

「第五四小隊を向かわせろ!」


 とはいえ。濁流の如く押し寄せる敵の群れの突破力は尋常ではなかった。要であった宰相が退却してからおよそ四半刻。じわじわと防御を食い破られ、侵入を許した地点が次々と陥落していく。


「狼狽えるな! 十字砲火戦術の維持を徹底させろ!」

「陣形を立て直す! 第四五予備小隊、第八予備中隊を投入せよ!」

「既に交戦中です! それよりも、第一中隊、第十五小隊、三三小隊が限界です!」


「撤退させろ! 戦線を縮小する!」

「できません! A7からD4地点までが分断され、部隊が孤立してしまっています!」

「第二〇小隊、音信不通!」

「虎の子だ! 第八〇大隊に出撃命令!」


 野営地の如き簡素な司令部では、指示とも咆哮ともつかないような声が飛び交う、阿鼻叫喚の修羅場と化していた。想定こそしていたとはいえ、これほど大規模で戦況も目まぐるしく流れるような戦場は、彼らにとって初めてなのである。なるべく平静を保ち、最適な手を打とうとするも、矛盾した命令などの混乱は免れない。


 そのすぐ近くに敵の攻撃が着弾し、やられていく兵士たちの悲鳴が聞こえ始めた。


「准将! 敵性体が第一防衛戦に到達します!」

「全軍に後退命令‼︎」


 遂に再起不可能な深部にまで踏み込まれてしまった。そこで兵士達は潔く撤退を選択する。


「後方部隊に連絡! 撤退支援を要請せよ!」


 最前線の放棄は、想定よりも大分早い。味方側に不備はなく、敵の勢いが予想以上だったのだ。これが後にどう響くか。


「機雷打ち上げを忘れるな!」


 さて、撤退するとしても、ただ背を向けて敗走するのではない。せめてもの置き土産に、水素風船に爆弾をくくりつけて飛ばしていく。それ以外にも地雷の埋め込みや、拒馬の設置など、実行可能な限りあらゆる妨害策を残していく。


「撤退状況は⁉︎」

「F地区からの撤退、困難!」


 撤退の判断は決して遅くなかったはずだ。それでも、取り残されてしまう部隊が点在してしまった。


「進捗、芳しくありません!」

「一部の機器が誤作動を起こし始めています!」

「通信が妨害され、一部の部隊の連絡が取れません!」

「宰相殿の仰っていた、水神の魔力波による干渉か……!」


 魔力によって稼働し、魔力波によって制御される大半の機器は、外部からの影響を受けたことでエラーを吐き続けている。当然そのような状態ではまともに操作することは叶わず、頼っていたが故の混乱が起き、


 その絶望的に混沌とした戦況を、突如として一条の光が貫いた。


「逃げ遅れた部隊はいないか」

「宰相殿⁉︎」


 異変を嗅ぎつけたか、黒衣の青年が陣営の中央に舞い降りる。


「撤退支援を行う。どこへ向かえばいい」

「F地区及びB、Cブロックが取り残され__」


「方角を簡潔に示せ」

「東北東、敵軍正面として十時方向に四百メートルです!」

「了解した」


 外套を脱ぎ捨て、翼を展開すると同時に千里眼で戦況の確認を始める。


「敵も味方も分散しているな……広範囲攻撃による殲滅が最適か」

「エイジ様! 魔力波の干渉で、機器の動作が……!」

「それも何とかする!」


 そう返答した瞬間、彼の体が光り輝き、何かの砕け散る音がした。直後、計器のエラー音が突如として消失する。干渉を打ち消し、更には乱れたコードを調整し直したようだ。


「今のうちに後方へ情報共有! 解析と対処をさせておけ!」

「無理はなさらないで下さい!」


「そんなことを言っている場合ではないだろう」

「いいえ! 宰相殿の能力は、敵の対象首を打ち取るために必要なのです!」


 オペレーターの一人が必死に訴えかけてくる。その目に宿る折り重なった感情を見取った彼は、言葉が途切れる。


 勿論、その中に恐怖もあった。宰相がいなければ、とうに壊滅していたことだろう。それを何度も救われた。もし戦ってくれれば、これ以上ないほどの安心材料だ。しかし、そうあってはならないことも理解している。最高戦力なのだから、敵の最強格に当てた方が良いのは道理なのだ。そのためならば、彼を温存するために雑兵たる自分が犠牲になることなど厭わないと。


「……分かった。これが終わったら、もう暫し休むさ」


 それを十分に汲み取った彼は、少しだけ俯く。


「では、行く」


 再度顔を上げると、決心のついたような面持ちで翔び上がった。


「まずはあそこだ」


 右手にエネルギーを集め、一閃。ビームが地上を薙ぎ払い、射線上の魚どもを蒸発させる。それに一瞬遅れて、エネルギーの凝縮した地面が爆発し、周辺の敵を吹き飛ばした。


「次! 対地殲滅射撃を開始する」


 両手含め二十挺の魔力銃を地上に向けて斉射する。光がまるで雨のように降り注ぎ、次々と魚影を貫いて隧道ずいどうを作り出した。


「な、何が起こって……」


 退路を絶たれ、絶望していた兵士たちは顔を上げる。空より神々しい光が差し込み、闇を祓ったのは勿論のことながら、周囲の魚が自分たちに目もくれず一斉にそれ目指して突っ込んで行き始めたのだ。


「やはりか……」


 魔弾をばら撒き、障害をおおよそ排除した時点で呟く。彼にはこの現象に覚えがあった。


 それは、以前魔王国領の森林で遭遇戦をしていた時のことだ。自分が救援に駆けつけると、魔族達を追い回していた魚が自分にいきなり向かい出したのだ。更に、先程の迎撃戦でも心なしか自分が集中攻撃されているようにも思えた。


 これらのことから考えられるのは__


「奴らは脳魔力波に惹かれているか」


 無論、魔力や脅威度によるのではないかとも考えられる。だからこそ、今この場で試した。敢えて強めに脳魔力波を発信した途端、魚の意識が大挙して押し寄せてくる。水神からの指令を魔力波で受けているためであろうか。


「そら、こっちだ魚ども!」


 しっかりと掛かったことを確認すると、全速力で飛翔を開始する。敵陣、海の方角へ向けて、高く高くへと。


「宰相殿……」


 離れていく光を見た者達が漏らす。自分たちの囮となった彼の身を憂いてのことだろう。


「今のうちに逃げるぞ! 彼のためにも……!」


 兵士たちは作り出してくれた隙を無駄にせず、お互いに助け合いながら離脱していく。


「さて、どうするか」


 一方、エイジ。魚達が浮遊できる高さには制限があるのか、高度一〇〇〇メートル付近には殆ど敵影はない。そこを目指して翔んでいく。これでも彼なりに考えた、負担を抑えた方法なのだ。封印率は四割で、超音速の飛翔さえもしておらず、逃げているだけだ。数挺の射撃で牽制こそしているが攻撃や防御に魔力と集中力のどちらも割いていないため、案外負荷はない。とはいえ、味方陣地からどんどん離れていくから、離脱と帰還には一工夫必要そうだが。


「よし、十分か」


 千里眼で状況を確認すると、魔力波を切って急反転。急に目標を失った上に急制動も効かず素通りしていく魚の柱のすぐ真横を悠々と飛び抜いていく。無論全ての魚の動きを振り切れるわけでもなく、魔力そのものに反応して新たに付いてくる魚達もいた。しかし、召喚した爆弾を機雷やフレアの如くばら撒いて追っ手を振り切っていく。


「全兵士、安全地帯までの撤退を確認しました! 指揮官!」

「まだだ。あと一人足りていない」

「……!」


 この場の指揮を任されていた壮年の魔族は、再度近づき始めた光を見据えていた。


「ふむ……」


 彼は腰に手を組み、動じずにその様子を確認し続け__


「ヨシ。全設備、一斉爆破!」


 宰相が真上を通り過ぎるかどうかと言ったタイミングで、命令を下す。直後、仕込まれていた機雷に地雷、固定砲台に内蔵されていた爆薬類が同時に炸裂。連鎖的に爆発を起こし、群がっていた魚達を巻き込んで一網打尽にした。


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