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魔王国の宰相 (旧)  作者: 佐伯アルト
Ⅹ 不穏の魚影
254/291

3節 未知との接触 ②

「セレイン‼︎」


 その瞬間、何かが走る。そして……十時に裂かれた闇は、一瞬で全てが晴れ渡った。


「イグ、ゼ?」

「間に合ったか!」


 差し込んだ光の正体は、またしても友だった。


「無事とはいかないが、息はあるようだな」

「カムイぢゃーん!」


 そう、倒れ伏した二人の目の前には、二人の頼れる剣士がいた。


「なぜ、ここに……」

「彼からの指令があってな」

「どうやら……これこそがエイジの言っていた、アレの先触れだそうだよ」


「アレって……まさか⁉︎」

「ああ、そのようだ。だが、それよりまずはこれを。ユインシア謹製の回復薬だ」


 助け起こすと、その口へ緑色の液体を流し込む。するとその直後、二人の体が淡く発光し、その傷が消え失せた。


「他の人たちは、どうなったかしら……」

「大丈夫だ。後は私たちに任せてくれ」

「うん、君たちは早く離脱を」


「でも、アナタ達だけじゃ」

「ふっ、まさか二人で来るわけないだろう?」

「そうだぞ。だったら、こうして悠長に喋ってなどいられない」


 周囲を見渡し、その状況に気づく。と、同時に漸く聞こえてくる、けたたましい発砲音が。


「女将さん方! 無事でしたかい!」

「アリサーシャ!」

「その呼び方、あまり好きではないのだけれど」

「へっ、すいやせんね。いつもはこう呼んでるもんで」


 隊長と副隊長、加えて二名の分隊長率いるデモンズハンド、総勢八十名。アサルトライフルやショットガン、グレネードランチャーや魔道具等の重武装を施し、今も制圧射撃を続けている。


「後は、俺達に任せてくだせぇ」

「チッ、スタングレネードが効かねえなぁ!」

「なら無駄遣いすんじゃねえぞ!」


 彼らは魔魚を退けつつ前進し、調査隊の離脱支援を始めていた。


 と、セレイン達の傍に一匹の飛竜が着地する。セレインの愛竜だ。先程までの主人に似て随分ボロボロになってしまっていたが、まだまだ翔べると目が物語っていた。


「モルガン、先に行きなさい」

「いやよ! みんなを残して行けないわ!」


「足手纏いなのよ!」

「ウソよ! 酷いこと言ってでもワタシを逃がせたいんでしょ⁉︎ そんなヒドいこと、言わないで……!」


「……私の意図が判るなら、なんでそうしてくれないのよ!」

「喧嘩している場合じゃないぞ!」


 炎を纏ったサーベルで、イグゼが次々と切り伏せていく。その叱責で少しは険悪感は薄まったものの、まだ二人は意地の張り合いを続けていた。


「ワタシは! みんなと一緒にいるわ! 全員無事じゃないとイヤ!」

「漏らしたくせに」


「ちょ、ちょっとだけよ! とにかく! ワタシもここに残る!」

「はぁ……そこまで言うなら勝手にしなさい」


 結局折れたセレインはランスを再召喚して、自らの身を守るような構え方を取る。


 一方__


「ふっ、カムイ、絶好調だな。まさに快刀乱麻、スパスパ捌いていくとは」

「魚を捌くのは得意だからな。相手は魔獣、手には刀。少々勝手は違うが、大きな差はない」


「そういえば、この前作ってくれた活き造りは美味しかったね。コイツで作ったらどうなるだろう」

「そんな余裕があったら良かったがな……ふっ!」


 流石は近接戦における最強格の達人というべきか、増援の二人は援護ありきだが余裕を持って魚を卸し続けていた。


 その隙に、セレインはアリサーシャに近づいて忠告する。


「この数は、いくら貴方達でも無謀よ。全員を救おうとは思わないで」

「わかってますよ……そろそろ限界だ! 野郎ども、ずらかるぞ!」


 森の出口付近、三箇所から次々と魔族達が現れる。しかし、それも散発的になり、撃ち漏らしも増えて来たところで、彼らは潔く撤退を選択した。


 だが、悪夢はまだ終わらない。


「なっ! ッぐあぁぁぁ‼︎」

「ジス! どうした⁉︎」


 突然、分隊長が痛みにのたうち回る。その足元からは、背中に棘を持つ魚がのっそりと現れた。


「なっ……あれは、オコゼか! まずいな、アイツは背中の毒針に強力な神経毒を持っている!」

「ど、どうすれば⁉︎」


「恐らく、放置していれば命に関わる……今のうちに切断するしか」

「……すまない、こうするしか__」


「ぎゃあああっ!」

「今度は何よーっ⁉︎」


 悲鳴の聞こえた方向を見ると、デモンズハウンドの一人がトラバサミの如き巨大な貝に足を挟まれていた。こちらにもバキゴリッと骨の砕ける音が聞こえる。


「あれはシャコ貝か⁉︎ なんということだ、魚だけではないとは……」

「何か問題でもあるのかい⁉︎」


「ああ! 海は地上以上に生存競争が激しい! タコやイカなど隠れた強者や、シャチなど優れた知性を持つもの、クラゲやウミヘビやエイなど強力な毒を持つものが多いんだ! 魚などよりよっぽど厄介だぞ‼︎」

「じゃあ、そんなものが出てこないうちに逃げないとだね!」


 そんなことを言いながらも、取り残された者達を助け出そうと二人は突き進んでしまう。そこへ、突出してしまった二人と他を阻むように地面から何かが迫り上がる。


「な、サンゴだと⁉︎」

「しまった……分断されたか!」


「やってくれるな……」

「待っててくれ! すぐ助ける!」


 珊瑚に阻まれて、援護射撃が届かない。対する魚達は、スルスルとそれを抜けて縦横無尽に宙を泳ぎ回る。


 そのような不利な状況に立たされながらも、彼女らは焦らなかった。すぐに体勢を整えると、アリサーシャ達の榴弾が壁を破るまで淡々と刀を振い続ける。


「……っし、待たせちまったなぁ! 早くしてくれ、このままだとジスが失血死しちまう‼︎」


 炸裂弾の斉射と手榴弾の投擲によって、珊瑚の壁の一部が砕かれる。そのできた隙間が再び塞がってしまわないうちに、取り残された者達を誘導しつつ急いで合流。


「しかし、完全に囲まれてしまったな……どうしようね」

「私に任せてもらおうか。……この状況を打開するには、究極の一が求められよう。然らば! 神剣、抜刀‼︎」


 カムイは躊躇わずに神器を抜き放つ。果たして、その一撃は神の武器に違わぬ力を見せ、魚の大群に大穴をぶち空けた。


「今だ! この隙に離脱を__」

「ッ! 危ねえ‼︎」


 路が拓けたことで、二人の意識は逸れてしまった。その背後より、巨大な顎門が迫り来る。と見るや、アリサーシャはカムイを突き飛ばし__


「グアァはぁぁァッ‼︎」


 彼女の身代わりとして、鮫に右腕を持っていかれた。


「アリサーシャ!」

「「「隊長ーッ‼︎」」」

「よくも! ッ、なんだと……? くあぁぁ!」


 イグゼの刃は、その強固な楯鱗によって阻まれる。そして、反撃の体当たりは腕で防いだものの、軽く吹き飛ばされてしまった。


「くっ……このぉ‼︎」


 すかさずカムイが神刀を振るう。流石に神器の一撃は耐えられなかったか、鮫は見事なまでに真っ二つとなった。


「イグゼ! 大丈夫か⁉︎」

「ははっ……これはマズったなぁ。腕がイカれちった。これじゃ剣も握れない……」


 どうやら骨が折れたらしく、彼女の手は力無く垂れ下がっていた。


「くっ……!」


 状況が深刻と見るや天叢雲を投げ捨て、イグゼとアリサーシャ、二人の重傷者を抱え上げてカムイはひた走る。


「功を急いたからか? いや、敵が想像以上だった……! 何にせよ、見立てを誤ったのは私の失態だった!」

「足、引っ張っちゃってごめんよ……」

「気にするな! 元はと言えば私が油断したのが悪いんだ!」


 後悔しながらも、折角切り開いた脱出口が塞がらないうちにと駆け抜ける。


「____!(耳をつんざく苦痛に満ちた悲鳴)」

「きゃあ!」

「そんな……ラドゥン!」


 だが、そちらでも乱戦状態となっており、撃ち漏らして接近されてしまう数が多く、最早牽制射撃など不可能。調査隊を率いていた二人を乗せた飛竜も、遂に撃墜されてしまった。


「これはヤバいな……救援に来たというのに、何も守れないばかりか犠牲が増える一方ではないか……!」


 陣形は瓦解した。あとは碌な抵抗も許されないまま、魚に貪られてしまうのを待つばかりか。


 という悲観に暮れる直前のところで__


「____‼︎(鋭い遠吠え)」

「ジン!」


 狼の幻獣が群れを轢き飛ばし、魔力を撒き散らして蹂躙しながら疾駆する。そして、追い詰められた彼女達の前で止まると、目線で促した。


「助かったぞ!」


 重症者達が投げ込まれたのを確認すると、ジンは方向転換して戦闘区域から離脱を図る。


「モルガンは皆を守って!」

「わ、わかったわ!」


 荷台に載せられた彼女が二本の鞭を操って魔弾や魚を次々と叩き落としていく。しかし、敵の物量が圧倒的に過ぎた。


「キャヒン⁉︎」


 魚に噛みつかれて動きが止まり、魔弾を受けて荷台も大破、重傷者たちが放り出されてしまった。


「あっ! くっそぉ‼︎」

「最悪ね……!」


 傭兵達が一人また一人と斃れ、調査隊の犠牲も拡大し続ける。幹部格二人や隊長達が戦闘不能となり、セレインの魔力は尽きかけ、カムイにも疲労が蓄積していく。


「なぜ、あの人は来てくれないかったんだ!」

「まだよ! まだ諦めちゃダメ」

「とは言うが……」


 対して、敵は森から次々と増援が湧き、倒されたものは群れのごく一部に過ぎない。何度路を拓こうとも、ほんの僅かな時間で塞がれてしまう。


「あっ……あれは__」


 振り返れば、鯨と海豚イルカ、鯱にウツボ、蛸や梶木など生態系の強者が次々と湧いてきていた。アレがこちらまで来れば、一瞬で全滅は免れない。


「くっ、さっきのサメの例からすれば、こいつら幻獣級か……ッ、しま__」


 遠くをよそ見していたことで、反応が遅れた。急所こそ避けたものの__


「くあぁっ⁉︎ ダツ、か……!」

「カムイ⁉︎」


 錐のような顎を持つ魚が、彼女の右腕を刺し貫いていた。


「これでは……もう……!」


 すぐに左手で首を切り落とし、それ以上の怪我はなかったものの、利き腕が使い物にならなくなった。この不完全な状態では、神器を振るうこともできない。


「このっ……どきなさい!」


 森から離れようにも、岩隠子ガンガゼに阻まれる。棘を折り、浅く刺されながらも本体へ槍を届かせて駆除した。しかし、振り返ればペンギンがミサイルの如く飛び込んで来る。


「強いくせに、数も種類も多すぎよ……え……?」


 突進を槍を盾にすることで防ぐ。ところが、その中に何かが紛れ込んでいた。


「くうっ……なに?」


 飛魚たちだ。地面に転がったそれらは、眩い光を放ちつつ膨張すると、なんと自爆した。


「きゃあぁ⁉︎」


 至近距離での爆発を受け、セレインは大きく吹き飛ばされる。槍は手から大きく離れ、彼女も立ち上がれないほどの重傷を負った。


「……あれ、は……はは、もはやこれまでかな」


 イグゼは諦観混じりの乾いた笑いを上げる。自分含め、もう戦える者は残っていなかった。そんな彼女の目線の先には、巨大な塊が。まるで虫や椋鳥(椋鳥)のような銀色の群体。森林の上で渦巻く其れは、小魚達の群れだ。そのうちの一部が、今まさに一直線に自分たちの元へ飛んできていた。一体一体が弾丸の如き威力を持ち、突撃されようものなら挽肉は免れない。


「ああ……最期は、キミと一緒がよかったよ……」


 銃撃の音は、ほとんど聞こえなくなっていた。既に抗える者、守ってくれるものは全て尽き。


 最後に愛しい人の顔を浮かべ、目の前に迫る致死の弾丸を見据え、覚悟を決めた__



 __瞬間、一条の光が目の前を覆った。



「え」

「なにが、起こったの……?」


 その光は魚の群れを薙ぎ払い、一瞬で蒸発させた。と思った直後、幾条もの光線が降り注ぐ。


「ああ、あれは……!」

「来てくれたのね!」

「私たちの、救世主!」

「まったく……遅かったじゃないか」


 それに一瞬遅れて、風切り音が響き渡る。光は隊員達に群がる魔魚を寸分違わず撃ち抜き、解放していく。


「遅くなったァ‼︎」


 最前線に着地した彼は、何十挺もの銃や砲を展開。単独で戦線を押し返し始めた。


「なんとか間に合ったようだ__なんだその怪我は⁉︎」

「命に関わるほどのものじゃないよ……けど、キミの方こそ油断しないで。あいつら結構手強いから」

「お前らのその状態を見ればわかるさ‼︎ ああクッソ、よくも‼︎」


 威力と物量、共に魔犬隊のものとは比較にならない火力の弾幕を張る。唯一人で、絶望的な戦況をひっくり返していく。


「ムカつくぜ……貴様らにも、オレ自身にも!」


 近くの者達、そして幻獣や飛竜達にも回復を施し、荷台をも召喚して撤退の準備を整えた。


「動ける者は生存者を連れて早く離脱しろ! 援護する!」


 後方へ向けて特大の魔力砲を撃ち込み、風穴をブチ開ける。そのまま前方へ薙いで地面を抉って退路を確保。上空にも収束爆弾を花火のように次々打ち上げて制空権を奪取。不発弾は漏らさず撃ち落とし、部隊側面部も魔力剣を飛ばして制圧。


「重傷者を連れてこい! 応急処置をする!」


 正面に向けてミサイルポッドから斉射を行い、一網打尽にして時間を稼ぐ。


「な……ジス、アリサーシャ⁉︎ 四肢欠損は流石に治してる余裕がねえ! 止血するから早くノクトのところへ! 時は一刻を争うぞ‼︎」


 これほどの重傷を治すには、時間と大量の魔力がいる。流石に彼といえど、魔獣や幻獣の大群相手にそのような消耗をしていては危うくなる。


「アナタはどうするの⁉︎」

「これ以上奴らを領土内に侵入させるわけにはいかねえ! 残って殲滅する! それから、とり残されたものの捜索もな!」


「そんな……いくらアナタでも__」

「それに、もう生き残ってる人なんて__」

「いいから早く行け! 守りながらだと消耗も大きいんだ!」


 その言葉通り、周囲へ盾や防御用の魔道具を制御して、彼自身も巨大な障壁を維持して遠距離攻撃を防ぎ続けている。


「……わかった」

「どうか、貴方も無事で!」


 生存している味方全員が撤退を開始した。それを確かめると飛び上がり、まずは真正面に全攻撃を集中。森林上空の敵影を一掃すると、周囲や地面に向けて大量の銃弾魔弾爆弾を振りまいて付近の敵を全滅させる。


「……させねぇよォ‼︎」


 後ろを振り返るや否や急加速。雷撃を纏った飛び蹴りを、部隊の横腹を食い破ろうとした鮫に叩き込み、黒焦げにさせつつ吹き飛ばす。その後続は爆風を以て蹴散らし、反対方向には陣より火炎を噴いてこんがり焼き上げる。


「あとは……大丈夫そうだな」


 片目でライフルのスコープを、もう一方は千里眼で退路を確認し、安全を確認すると転進。


「やってくれたな魚共! うォラアァーッ!」


 始末をつける為、そして大切な者を傷つけられた報いを受けさせる為、単身魔獣達の巣窟へ飛び込んで行った。


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