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魔王国の宰相 (旧)  作者: 佐伯アルト
Ⅸ 越冬準備
244/291

6節 進む改革 ①

 ユインシアの遺構が見つかってから、一夜明けた日のこと。


「以上が、現状判明した古代文明の歴史と技術です」


 緊急幹部会合が開かれ、魔王と宰相、ノクトとテミス、フォラスとエリゴス、当事者たるユインシアが集っていた。


「ふむ、実に興味深い」


 フォラスはたった今初めて知ったばかりの事実に、目を輝かせつつ眼鏡をよく触っている。昨日いっぱいを記録にとられていたため、そういったことはまだあまり調べていないようだった。


「失われていた神話の事実と文明、か……今の私は度重なる転生の影響で記憶が曖昧になっていてな。言われればしっくりくるのだが、う〜む……やはりよく思い出せぬ」


 どうにも不甲斐なさげなベリアル。に対して、ユインシアはかなり警戒している。かつて反目し合った魔神の王であるのだから当然か。


「して、この後はどうするのだ」


 エリゴスはというと、特にその遺跡の利用価値について興味がある様子。


「……ユインシア」

「は、はい!」


 呼びかけられると、彼女はピンッと張り、固まってしまう。


「この遺跡の設備を利用させて欲しいんだが、良いのか?」

「はい、大丈夫です。みんなの暮らしを豊かにして、世界を守るためなんですよね? でしたら、ぜひ役立ててください」


「そうか。……では、ざっと今後の展望を。現状の記録が取り終わった後は、遺跡の復旧作業に取り掛かります。端末に残されたデータを元に、主要機器の復元と自動メンテナンス装置の再稼働を急ぎます。それらが機能し始めたら、第二の拠点として生産工場の稼働、避難場所として住居の整備を行います。また、そちらとの移動手段は、人の場合は転移陣、物に関してはロープウェイというものを作ります」


 そこでエイジは指を鳴らす。すると、秘書達が資料を配布し始めた。その設計図はというと、レイエルピナ達が夜を徹するまでもなくササッと仕上げたものだ。


「こちらの設備を、二ヶ月を目処に開通させる予定です。冬の高山なので危険はありますが、物資については先述の通り素材の自給が可能な遺構側からの生産も可能なため、人手以外の負担は少なく済むと考えられます。人手も、私の能力をフル活用するなどすれば大幅な短縮も望めるのです」


 それを聞いたエリゴスは、一瞬興味を惹かれたような表情をしたが、直ぐに落ち着いて、むしろ苦い顔をした。


「その企画は其方に丸投げしてしまっても良いか? 現在、吾は港湾の石油コンビナート、大陸全土への鉄道網の拡大、防寒住居の建築、通信網の確立、城内の改築に防衛設備の建造など、数多の事業を展開している。これ以上は手が回らん」


「……あ〜、そうですね。では、お任せを。私は私設部隊を保有しているのでね。手が空いた者には能力を分け与えてガンガン作業させます。また、遺構側の人員についてもご安心を。ユインシアを中心に補佐としてテミスを、更に魔導院と生命院を加えます。異論や不満はありますか?」


「お前……自分の事務作業、終わるのか?」

「我が秘書を見縊ってもらわれては困ります。私がやらなくてもいい仕事、つまり九割方は片付くので。特に勘定をさせれば右に出るものはおりますまい」


 誇られた秘書両名といえば鼻高々である。


「自信満々だな……分かった、好きにするが良い。冬といえば活動が鈍るものであるが、何か目標があるというのはいいことだ、うむ」

「だが、懸念事項があるぞ」


 と、ここで口を挟むのがエリゴス。


「同時並行で進めている計画が多すぎる。魔王国全労働力をかき集めたとしても、あまりに人手が足りぬ。このままでは頓挫してしまうものも__」

「エリゴス氏、あなたは何か誤解をしているようだ。まさか労働力が、魔王国の民だけだだと思っているのですか?」


「む? どういうことだ」

「鉄道に関しては、複数国による共同事業。然らば、その鉄道が通る国々とて協力するは道理。更にいえば、最近魔王国は貿易で潤っている。良好な労働水準を欲する外国人労働者が出稼ぎに来てもおかしくはないでしょう。それに、端の技術くらい盗まれてもどうということはありません。最重要機密は見ただけではわからぬブラックボックス。もし仮に分かったとしても、再現できるだけの技術や物資が諸外国にはない。破壊工作は監視、点検をしていれば未然に防げますし、もし仮に起こったとしても出来る規模などたかが知れています」

「う、むむぅ……」


 自分が想定していないことまで徹底的に言及されては、もはや反論などできそうにない。エリゴスは潔く閉口した。


「魔王国が手がけている事業など、我ら十人を以てすれば全て把握し管理することも容易なので。懸念があるのははわかりますし、批判はどんどんしていただいて構いませんが、あまり無礼めないでいただきたい。と、そういえば銀行と法務。教育についての提案があるのですが」


 銀行とはなんたるか。そして、司法や教育の大切さを説いて。銀行は自分が担当するとして、最高裁判所長官としてカムイを、教育についてはガデッサを推薦する。


「またお前の恋人達か。あまり身内ばかりにするな、職権濫用ではないか?」

「彼女以上に適任が__(以下略)」

「分かった、分かったから!」


 延々と優れている点を並べ立て、長々と説くものだから遂にベリアルとエリゴスも根を上げた。


「もういいよ、好きにやってくれ」

「よっし、言質とったぜ」


 実際、今のところ国政で彼が失策をしたことはないという実績がある。宰相とその恋人一派は能力的に優れているし、仲がよくて連携もできているが、ダメなものにはきちんと異を唱えたりと仕事に関しては癒着しすぎていないので信頼できる。汚職などなく、魔王国に実害を与えているわけでもない。なので結局丸投げだ。


「他に、質問等はありますか? ……では、本日の会議はここまでといたしましょう。また新たな進展がありましたら報告させていただきます。失礼します」


 一礼すると、回れ右して即退室。秘書と皇女もすぐに続き、慣れぬ女神はやや遅れて慌ててついていく。


「シルヴァ、ダッキ。いつもの部屋にみんな連れてきて」

「「了解」」


 指示を受けると、通信機を取り出しつつ即座に離れていく。テミスとユインシアはそのままエイジに同行し、宰相執務室へ。


「エイジ、興奮していたのはわかりますけど、ちょっと失礼でしたよ。目上なんですから、もうちょっと抑えて」

「う、はい……ごめんなさい」

「謝罪は彼らに。あとでしっかりするんですよ」


 入るなりお叱りを受けていた。そして、それから二分後、十一人が勢揃いしていた。


「で、火急の要件というのは」

「昨日決めた通り、カムイとガデッサを幹部にする件はゴリ押したので、なるはやで活動開始をよろしく。モルガン、無茶振りなのは分かっているが、人員の工面を」

「はぁい。アナタのためなら、ちょっとくらいの無茶なんてこなしてアゲルわぁ」

「ったく、マジでいきなりだなオイ。何すりゃいいかわかんねえぞ」

「それについては今日時間取るから。カムイは自力でなんとかして」

「……承知した」


「では、オレはこれからユインシアの遺構に行く。イグゼ、デモンズハウンドの人員をできる限り集めて遺構まで来るよう伝えといて」

「了解。とはいえ、外人雇用の任もしてるし、貿易とかで労働続きだから有給取ってる人も多い。あんまり集まらないよ?」


「構わん。情報共有が第一だ。で、それが終わり次第きてね。そういえば、遺構組はユインシアとテミス、ガデッサとレイエルピナ、イグゼな」

「わたくしたちは?」

「居残り。事務仕事よろしく」


「わたし城の改築とか防衛設備の設計の仕事あるんだけど?」

「それならあっちでもできるでしょ。それに、あちらで得られた技術をすぐにインスパイアできるんだからむしろ好都合だと思わない?」


「確かに……」

「私は?」

「セレインは地図作りの仕事があるでしょ。事業進行や土地管理の仕事もあるし」


「遺構や周囲の地図作りの仕事もあるでしょう」

「それ以外の方が業務多い」

「…………わかったわよ」


「みんな、ほんと無茶振りして悪いね……今度しっかり埋め合わせするから」


 その言葉が出た瞬間、全員の目が野獣の如き眼光となる。それに気圧され、エイジはつい身震いしてしまった。


「さ、さあ大仕事の開始といこうか!」


 それから逃げるようにして、エイジは退室しようとする。


「あ、そうそう。オレ暫くはずっとあっちにいる予定だから。相談事あったら来て」

「分かった。会いたくなったら行くわ」

「私情で来ないでよ……」

「それは無理な注文というやつだ」

「一緒に寝ても大丈夫なスペースは早めに確保しておいてね〜」


 寒気を感じながら、部屋から退散。そそくさと転移陣へ逃げ込んだ。


 その転移の光が晴れると、制御盤のある部屋の入り口付近にいた。転移ゲートは直径二メートルほどなので、一度に移動できる人数は比較的少なめ。とはいえ、遺構担当の幹部もトイエイジの恋人達が一度に移動する分には問題ない。


「では、ユインシア。まぜはこの制御盤の修理を始めるぞ。現時点の手元にあるものでできる限りの作業が終わったら、次はメンテナンス機械、そして工場の修復をする。オレは君程この機械には詳しくないから、飽くまで補佐にはなるが、できることがあったら言ってくれ」


「はい! じゃあ最初は__」


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