5節 躍進の可能性 ①
ユインシアが受け入れられて、その興奮がやや鎮まった頃。
「では、改めて。ユインシア、頼みがある」
「は、はい! 私にできることならなんでもします!」
「この施設のことが知りたい。装置を使うの、手伝ってくれるか?」
「わかりました! 全力で臨みます!」
気合いを入れるように、両手を胸の前で握り締める。そこまでしなくていいのにと苦笑しながら、エイジは装置を弄り始めた。
「まず訊きたいことがある。ここの動力源はどうなっているんだ?」
「この山はもともと火山だったので、地下深くにマグマ溜まりがあるんです。その地熱と、あとは龍脈の魔力を__」
その説明に相槌を打ちながら、施設図を開く。
「ここです。これがリアクター。こっちが居住区で、こっちが生産部です」
「生産部ねぇ……何作ってんだ?」
「農作物とか、家畜とかの食糧です。それから〜、ここが__」
「その前に一つ。居住区についてなんだが……オレたちで再利用してしまっていいか?」
「いい、ですけど……あそこは補修機構が働いていないかもしれないので、荒れ放題かもしれません……」
「そうか……。それで、人口はどのくらいだったんだ?」
「多い時ではよ、四万人、くらいだったかな……?」
「そいつらはどのくらいが魔力を持っていたんだ? それから、そのうちどれくらいがマナの吸収ができた?」
「魔力は、十人のうち六人くらいは。でも、魔力の吸収ができるのは少なくて、魔族の方とか一握りくらいしか……」
「ふむ……今よりずっと魔力を持つ人間は多かったみたいだな。今は一割くらいというし……で、そういえば何か言おうとしてたね? 遮って悪かった」
「い、いえ……こ、ここが生産工場ってだけです」
「何が作れる?」
「ええっと……生きていくのに必要なものだったら、基本的になんでも?」
「魔道具とかはいける?」
「は、はい!」
「ふむ……原料は先ほどの神器から生産可能で、その分の魔力や動力は自然から確保できる。なるほど、こんな僻地で何百年も存続できたというのも納得だ。しかし……」
顎を指で摩りつつ、片目を瞑って思案する。
「これほどのせつ__」
「けれど、これほどの設備が流用できるんでしたら、魔王国で生産プラントを作ったのがなんか無駄に思えてきてしまいました……」
「だが__」
「でも、製造や運用の経験があるからこそ、ここの設備の凄さや使い方が理解できるのですわ。ノウハウは無駄ではありませんの」
「それだけじ__」
「それに、数が増えるので単純に生産力の向上も見込めます」
突然、愚痴も、それへの反論も。言おうとした言葉を全て奪われ、エイジは唖然とする。だが、まだめげずに何か発言しようとする。
「けど__」
「だとしてもよ? 生産したところで魔王国まで遠すぎて、運ぶの難しいじゃない。道も険しいし。結局使えないんじゃないかしら」
「な__」
「ならば、魔道具や薬など軽量小型高価なものであれば採算が取れるのではないか? 地球では飛行機という空を飛ぶ乗り物があったんだが、それはかなりの輸送コストがかかる。その代わり、軽くて小さくて高いもの、それから薬など運ぶ早さが大事なものを運ぶ時は役に立つんだ」
「転移魔術って手もあるわよ?」
「しか__」
「なんだけど、ここの施設が動くかわからないわよ。皮算用ってやつじゃないかしら」
「そ__」
「だったら、直せばいいだけだろ。設計図は残ってるんだろうし、ここに詳しいやつも見つかったことだしよ」
「あー‼︎ オレにも何か言わせろー!」
凡ゆる出鼻を潰されたエイジが遂に噴火した。
「え〜、ヤダ」
「……オレの尊厳はどこ?」
「「「あるわけないじゃん」」」
瞬間、エイジは膝つき項垂れた。完璧で、美しくすらあるorzだった。
「ふっ……ふふふ」
それを見たユインシアは、つい吹き出してくすくすと笑ってしまう。
「あ、笑った」
「え……あ! ごめんなさい!」
「あやまらなくっていいのよ〜」
「ええ、いい傾向です」
漸くユインシアが明るい表情を見せてくれた。
「どう? エイジのこと、大丈夫になった?」
「は、はい! 最初怖かったですけど……実は優しくて面白い、いい人だってわかりましたから」
それを聞いたみんなは満足げ。そう、これは計略。エイジを陥れることで、彼の抜けたところを知ってもらい、親しみを感じてもらうための……
「では、次はエイジの顔を立たせてやろう。さあ、何か言ってみるがよい」
「上から目線だな全く」
イグゼに促されて、エイジはヨロヨロと立ち上がった。
「運搬に関しては、良い方法があるんだ。山間の移動によく使われるアレ、作ればいいんだよ。カムイは知ってるんじゃないか?」
「……はっ! 索道だな?」
「何それ」
「ううん。ロープウェーかな?」
「その通りだ」
エイジは全知の書から紙片を切り取る。
「ん〜、そろそろ特殊能力に名前つけるか。オレはラジエルとか呼んでたけど、元ネタがあるみたいだしな」
「それ必要なんですか?」
「今更だし」
「いいだろ別に。名前つければわかりやすいし、何よりカッコいいだろ!」
その子供っぽい理由に、皆温かい目を向けていた。
「これがロープウェーってやつだ。柱の間にカゴを懸垂したワイヤーを通し、それを回転させて移動する仕組み。こいつを新たに建設するのさ」
「新たにですか?」
「それコスト高いのではありませんの?」
「冬ですから、これからこの山の気候も厳しくなると思われますが」
次々反論されて、エイジは一瞬苦そうな顔をする。だが、すぐに元に直り。
「上から見た時、それらしいものはなかった。この施設は秘匿されてたって言ってたろ? 目立つ輸送手段であるロープウェイは建造されなかったと考えるのが妥当だ。それに、輸送手段が確立されれば、転移魔術による移送よりもずっと効率は良くなるはずなんだ。転移は一度に送れる量に制限があるし、クールタイムもいる。さらに、開通まで待っていたら約三ヶ月も間非効率な手段に頼ることになる。数ヶ月全く動かさないことによる機会損失を考えれば、厳しくともこの時期に建設するだけの価値はあるんじゃないか?」
それを言われて皆考え込んだ。それから暫くすると、工期、難度、費用、利益のなどの議論に入っていく。
「わ、わ……なんかすごい、です……!」
「まあ、こいつら上澄だしな。かなり優秀だよ。戦闘も、頭脳もな。おまけに美人でスタイル良くて性格もいいし。天才のくせに努力家でもある。オレには勿体無い、っていうと怒られるからこう言うのさ、選ばれて誇らしいってな」
エイジが自慢げに惚気ている。それを聞いたユインシアはというと、話題の面々を見る。そして慄いた。ライバルだなんて言われてしまったものだから。
「神様だろ? 何ビビってんだよ」
「わ、私偉くないですし__」
「そう思ってるのは、お前だけかもしれないぞ?」
エイジはユインシアに笑みを向ける。そしてドキッとさせたあと、手を叩いて話を切り上げさせる。
「そいつは持ち帰って、他の幹部たちと話をしてからでもいいだろう。それより次に移るぞ」
「次って?」
「インフラと技術の次は、知識だ」
制御装置に向き直ったエイジの表情は厳しかった。
「あ、とても気になるけど、なんかカンニングしてるみたいでヤダってカオしてる〜」
「一々正確に言い当てるな!」
赤面して怒鳴ると、ユインシアの目を見る。
「ユインシア、頼む」
「はい、仰せの通りに」
「……」
言い方は少し気になったが、ひとまずスルーして彼女の手元を見る。と、次の瞬間、触れてもいないのに画面が切り替わり始めた。
「……はっ⁉︎ え、何⁉︎ どうなってるの⁉︎」
「ええと、脳魔力波による思考制御ですけど……?」
「ナニソレ!!?」
吃驚仰天したエイジが詰め寄る。ユインシアはというと、その反応には驚いたものの、頼られている感覚が嬉しいのか、にやけそうになっている。
「し、知らないんですか?」
「ああ、知らん」
「脳から出てる特殊な波動らしいんですけど」
「その研究データとか残ってない?」
「い、今探します!」
データ群がザーッと流れていき、幾つものタブが開いたり消えたりしていく。到底手ではできない速度の操作だ。そしてお目当てを見つけたのか、エイジの方を振り返った。
「見つけたんですけど……いくらかデータが破損しちゃってるみたいでして……サルベージに時間が……」
「わかった。ならば仕方ない、ゆっくり調べよう。では、次は……」
とそこで、エイジはメモ用紙を取り出して箇条書きを始める。
「まず、この施設の状況。どれが使えて、どれが修理を必要としているのか。次に、知りたいのはこの世界のカタチだ。海外はないのか、惑星だとしたらその大きさはどのくらいなのか。そして、魔力の性質についてだ。物質やエネルギーとしての特性について。他には、真の歴史について。あとは……ま、こんな感じ。これらを知りたい」
その紙片をユインシアの前に置く。
「この中で、調べるまでもなく知っていることはあるか?」
「は、はい。海外はありますよ?」
エイジはほんの少し息を呑んだ。
「だが、今の世はそれらとの交流はないぞ」
「ええと、昔は他の文明の神様同士が戦争していたものですから」
再び少し驚く。そして、やや引っかかる物言いだったので確認を取る。
「え、神様同士で派閥できた感じ?」
「いえ、他の神話体系の神様ですけど?」
エイジはますます混乱してしまった。
「は? いくつもあんの? じゃあ、この神話って嘘っぱち?」
「いえ、この世界を創ったのは、この大陸の神様ですけど……」
「ゼメシアスはこの大陸、文明の神話で? 他の大陸、他の文明にはこの書物に載っていない、全く違う体系の神たちがいたってことでOK?」
「は、はい! その通りです」
途方もないスケールの話に、エイジはポケーっとしてしまった。他の面々はそれほど興味ないのか、ショックは受けていないようだったが。
「てことは、この神話の三章って、神話内じゃなくて神話間の対決ってことか。すげぇ大規模じゃねえかよ。じゃあ、他の国と交流がないってのは、その戦争で滅んじゃったからってこと? まあ、仮にも創星の神々が集ってるわけだし、弱いわけないだろうが」
「あ、エイジ。一つ疑問が氷解したぞ」
カムイの言葉に勢いよく振り返る。
「この大陸の気候的に自生しそうにないものがあるのは、数千年前に他の大陸と交流があった時に運ばれてきたからなんじゃないか? その時だったら海洋を横断できる船があってもおかしくない」
「なるほどねぇ。コーヒーとかか」
納得したように頷くと、ユインシアや筐体をチラチラと見る。
「にしても、皮肉なもんだな。地球では科学が発展するほど、神やらオカルトやらは否定されたもんだが。こちらでは逆に存在の否定ができないなんてのは」
「全くだ」
そこでカムイはしれっとエイジに近寄って、肩を枕に寄りかかり、さりげなく腕を組む。そして、人差し指を唇に添えつつ、ユインシアに向かってウインクをする。最も堅物そうなカムイですらこのような色っぽい行為をするものだから、ユインシアは赤くなって「ひゃー」とかいう声を出していた。エイジはというと、このようなスキンシップなど然程気に留めるようなものでもないのか特に気にしていなかったが。




