4節 ユインシア ①
山中に見つけた遺構、その中を奥へ奥へと進んで行くと、その最果てには古代の人々が眠るカプセルがあった。床にも壁にも、先ほどの大広間以上のスペースに所狭しと、一面ずらりと並んでいる。ガラスかプラスチックか、大半は透明な素材でできており、内部は液体で満たされていた。収められた人物は、薄手の病衣のようなものを纏い、口元に呼吸器らしき物がつけられている。
「この部屋は、一体?」
「見ればわかるだろう、生命維持装置だ。ここにいた人々を仮死状態にして老化を防ぎ、未来へ送るためのもの。その試みは、失敗したようだがな」
というのも、大半の装置はひび割れ破壊されており、内部に液体がなく、白骨死体と化していた。
「中は培養液かなんかで満たされているな。コールドスリープじゃなさそうだが」
「……ねえ、エイジ。これって、あそこで__」
「ああ、そのようだ」
レイエルピナと共に襲撃した研究機関、その最奥で、似たようなものに実験サンプル達が収められていたのを思い出す。
「嫌なこと思い出させたな」
「気にしてないわ。もうトラウマじゃないから」
「そうはいうが……いや、そうか。…………で、この破壊痕、一部は新しいな」
生命維持装置のうちいくつかは、破壊されてはいたものの、中身は腐っていた。まだ腐敗する部分が残っているということは、比較的最近破壊されたということ。
「走り抜けた間にも、いくつか不自然に荒らされた跡が見られた。となると……そんなことしたのは、あの連中しかいないだろうよ」
呆れたように呟くと、棺をひらひらと避けていき、その更なる奥へとエイジは進んでいく。それに皆はついていく。だが、一人だけ違う動きをする者が。
「ッ……これって__」
レイエルピナが、中央の容器に近づき、中を覗き込む。その顔は、非常に大きなショックを受けたようで。その異変に気づいた皆が集まる。
「わたしの、オリジナル……?」
それだけは、金の装飾など、豪華な意匠が施されていた代物だった。中に収められた人物は、病的なまでに白磁の肌であり、美しき銀の長髪を持つ者。身長やプロポーションは彼女よりもあり、顔立ちもよりシャープで、順当に成長していたらこうなっていたであろうと思わせられる。
「装置は……稼働していない。ということは、もう生きてはいないのね」
「これだけは、他と一線を画す壮麗さだ。恐らくは、統治者であったか……なんにせよ、やんごとなき身分だったんだろう。レイエルピナが元から優秀な魔力を持っていたってことからも、なんとなくわかっちゃいたが」
「……で? 奥には何があったの?」
「巨大な制御盤があった。それを弄れば、情報が手に入るかもしれん。稼働すれば、だがな」
「そう。なら、行きましょ」
「レイエルピナ……大丈夫か」
「気にしないでよ。気を遣われる方が気になっちゃうから」
彼女は、少しだけ名残惜しそうにその棺を見ると、背を向け奥へと進んでいった。
カプセル地帯を抜け、奥へ進んでいくと、通常の扉二つ分のゲートがある。そこを抜けると、パイプオルガンも斯くやというほどの巨大筐体が鎮座していた。
「これからコイツを弄ってみる。疲れただろう、時間もかかりそうだからそこらで寛いでいてくれ」
「じゃあ、お言葉に甘えて休むわ」
クッションやらを召喚すると、そこに座ったり横になる。砂と岩の山を越え、魔獣と一戦やり合ったあと崖を登り、岩壁を降ったり渡ったりして、雪山登山。それから罠地帯を全力疾走で駆け抜けたりと、流石に疲労が溜まっていたようだ。
「さてと、どこで起動すりゃいいかねぇ」
いちいち探すのは面倒なのか、全知の書を喚び出すと検索をかける。
「ここ、だ!」
膝あたりのボタンを押すと、右上のスイッチを切り替える。直後、ブォンという重低音が響くと、パネルとディスプレイに光が灯る。同時に、正面パネルの両隣にも電源がつき、ロード画面が出る。そして更に両隣と、合計十一の画面が点る。手元の隣を見ると、キーボードも五機分ほどあったようだ。
「……んー、流石に全部とはいかねえな」
幾つかはノイズが走り、欠損していた。あの研究員達は随分と乱暴なことをしていたようだ。このメインの機体以外にもいくつか端末が存在していたはずなのだが、丸ごと引っこ抜かれたのか、千切れたコード類が無惨な姿を晒していた。
「さぁて、古代語インストール!」
以前にも古代語を読む機会があったので、ある程度の知識は獲得していた。しかし、今度は今まで以上に高等だろうと踏み、事前に備えておく。
「パスワード……はぁ⁉︎ ま、そりゃそうだろうけどさぁ」
再び能力に頼って先へ進む。
「ぅくっ……コスト高ぇなぁ。ま、もう知ってる奴は生きちゃいねえからだろうがよ」
結構な魔力を持っていかれながらも、なんとか操作に成功。ホーム画面をざっと眺める。
「さて、まず気になるのは、時代だな。さて、いつのものか」
カレンダーを開く。しかし__
「は? 化けてるじゃねえか」
表示不可能なほど時間が経ってしまったということだろうか。
「2038年問題と同じってことか。ま、そうなるだろ……ん? お、何周したかは計算できそうじゃねえか! でもこれ……はぁ、手計算か」
関数電卓を取り出すと、カタカタと叩き始める。
「はてはて。これがあーで、それがああなり、そしてこう__…………」
結論に辿り着いたエイジは、宇宙猫になった。
「ん〜、何がわかったの?」
「さんぜんねん」
「え?」
その事実には、流石に全員たまげた。
「この装置の最古のログは、三千年前……マジか、ピラミッドくらい前だぞ!」
そこで再び熱が入ったのか、凄まじい勢いで操作し始める。
「レイには悪いが、あの狂気の科学者たちの気持ちもわかる」
「だから、いいって言ったじゃない。それに、わたしもちょっと興奮してるもの」
設備の詳細・制御メニューを開き、閲覧する。
「……自己メンテナンス機能。なるほど、それでまだ動くのか。だが、その機能もいよいよ限界みたいだな」
軋む防衛兵器、稼働不可の自動機械、傷ついたままの壁や床、荒らされっぱなしのカプセル、動作不良を起こす制御機械。
「だが、少なくとも、これだけは言える。この超古代文明は、地球文明より数十年、下手すれば半世紀先の技術があった」
「それほどか!」
「だが、それは何かしらの原因で滅ぼされてしまったようだ。この山脈は特殊な地形だから残ったが、地上は破壊し尽くされ痕跡も残らなかったと考えられる。要は、この世界はポストアポカリプスということになる」
「滅びた後の世界ということか。超古代文明といい、何かとオカルティックに感じるな」
「神やら魔術がある世界でそれ言うか?」
「ふふ、それもそうだな」
次は、この遺跡の全容を知るため、マップを開く。タッチパネル対応の液晶をスワイプし、拡大したりして、まだまだこの奥に知らない施設があると気付いたところで__
「ねえ、エイジ」
そこで声がかかる。テミスだ。
「さっきの保存装置の中に、まだ生きている人はいないですか? もしいるなら、その人から話を聞く方が早いと思うんですが」
「その可能性は薄そうだが……ま、そうだな。試してみるか」
一旦ページを閉じると、保存装置の稼働状態を示すタブを探す。
「あったあった、これだ。ふむ……チッ、やっぱダメだ。全滅してやが__あん?」
たった一つだけ、不自然な表記があった。
「なんだ、これ……操作不能。状態の表示、禁止。隠しコマンドが必要そうだな。てことは、とんでもないモノが眠ってる……おい、教えやがれ!」
書を用いると、再び酷い倦怠感に襲われながらも、満足した答えに辿り着いたようで、幾つかコンソールを弄る。すると、画面が切り替わり、不安を煽る黄赤黒の画面が現れた。
「パスワード……『Uwinthia』」
そのコードを打ち込む。すると……彼の真後ろ、部屋の中央からプシューッという音と共に何かがせり上がってくる。
「コールドスリープカプセル? なぜ、この部屋にこの一つだけ……先ほどの女王を上回る程の重要人物ってことか?」
これには興味を示したのか、寛いでいた面々もカプセルの前に集まる。
「この人、誰なんでしょう?」
中にいる人物は、華奢な体躯に、整った顔立ちを持ち、翡翠の髪をツーテールに纏めた、儚い雰囲気の美女。見方によっては、少女くらいにも感じられるその女性は、神々しささえ感じられるような清らかな絹の衣を纏い、静かな表情で眠っていた。
「さっきのパスコードが彼女の名前だとするなら……ユインシア、だと思う」
エイジは一度機械の前に戻ると、幾つか操作をする。すると、カプセルの蓋が開いた。
「解凍した。暫くすれば目を覚ますだろうが……」
何が起こってもいいようにと身構えながら、その寝顔を見つつ、目を覚ますのを待つ。
「んっ……うう、ん……」
その眉を歪めながら、少女は目を覚ます。その瞳は銀色であり、声もまた鈴を転がすような澄んだものであった。
「ん…………ッ⁉︎ はぁ!」
「っとあぶね⁉︎」
エイジらの姿を認めた彼女は、手を突き出して魔弾を放った。
「だ、だだ……誰ですか⁉︎」
「す、凄い威力……!」
テミスが感嘆したような声を漏らす。魔族達の強さをよく知っている彼女が、そう評するということは__
「まさか、神様?」
モルガンが発した単語も、あながちハズレではないだろう。とはいえ、目の前でガタガタ震えているこの娘からは、そういったオーラを感じ取ることはできなかったが。
「な、なんなんですか⁉︎ 誰なんですか⁉︎」
「い、いや、あの一旦落ち着いて、話を__」
「こ、来ないで‼︎」
そう叫ぶと、目を閉じ両手を突き出して、あらぬ方向へ魔弾を撃った。照準も何もあったもんじゃないクソエイムだが、その威力だけは本物だ。本気のレイエルピナに少々劣る程度の魔力を持っているようだ。
エイジらはそんな彼女をなんとか宥めようとしているが、話を聞いてもらえず苦戦。とはいえまあ、仕方のないことだろう。彼女は臆病な気質のようであるし、目覚めたと思ったら全く知らない人たちが自分を覗き込んでいるのだから、それは恐怖で混乱したりもするだろう。
「一回話を聞いてくれ__」
「あ、荒らされて……あ、あなた達がやったんですか⁉︎ なんでこんなことを! はっ、次は私⁉︎ イヤァーッ!」
「黙れ‼︎」
「ひッ…………!」
「あーあ、やっちゃった」
エイジ的には、混乱を恐怖で上書きしようと、低く鋭い声で一喝する。このままでは話ができないからと、苛立ちと共にそんなことをしてしまった。そのおかげで、小動物みたいに完全に怯え切ってしまった。そのディスコミュニケーションっぷりに、み〜んな呆れ顔だった。
「いいか、よく聞けよ。オレ達は__どわっ⁉︎」
「ごめんなさい、脅かしてしまって。私達はあなたに危害を加えるつもりはありません」
エイジを当身で吹っ飛ばすと、テミスが代わりに会話を受け持ち、意思疎通を図る。
「ほ、本当ですか……?」
「ええ、大丈夫ですよ」
目線を合わせ、穏やかな表情をしながら、テミスが落ち着かせる。その後ろでは、エイジが皆に折檻されボッコボコになっていた。
「一つずつ説明しますね。この遺跡……この建物が荒らされているのは、元からです。私達が来た頃には、既に……」
「ああ、オレたちはただここに何があるのか探検しに来ただけで__」
「そういうのを遺跡荒らしって言うんだ」
余計な口を挟んだエイジが、カムイに鞘で殴られていた。
「あいた⁉︎ バッカやろ! 今大事なところ喋ってんだよ! ……ていうかお前、自分がどれだけ眠ってたのか、わかってんのか?」
「え、ええっと……」
「いいからアンタは黙ってろ!」
ガデッサに羽交い締めにされつつ口を塞がれ、エイジは退場……しなかった。抵抗はしないながら、その場に踏み止まった。その異常にすぐ気付いたガデッサは、静かに拘束を外す。
「どうしたんだ」
「何か、来る」
その瞬間、後ろの自動ドアが開き、何かが現れた。
「あれは、先程のオートマトンとは違うようですね」
「ゴーレム? ですわね」
だが、通常の粘土などから作り出されるゴーレムとは少し違った代物だった。岩、氷、鋼の固体だけではなく、木の体に蔓が巻き付いたもの、水や炎や稲妻が人型を成したもの、風が渦巻き纏う塵で姿を確認できるようなものまで。
「基本属性のエレメントを人型にしたゴーレム……このようなものまで存在するとは……!」
「どういたしますの」
全員の視線がエイジに集う。腐ってもこのグループのリーダーは彼。いざという時は、彼を立て、指示を一任するのだ。
「オレは彼女と対話を試みる。その間、皆であのゴーレムどもに対し時間稼ぎを」
「倒してしまっても構わないのだろう?」
「無論だ」
「てか、大丈夫なのか? コイツに任せちまって」
「思い出してください、私たちのことを。出会いは最悪だったけれど、今はここまで仲を深めた。いざという時エイジはやる人、信じましょう?」
「そうだったわね。じゃ、頼んだわよ!」
エイジはユインシアに向き合って、彼女達はゴーレムへと立ち向かう。
「各個撃破を狙う。フォーメーション、γ!」
テミスの指示で、即時全員臨戦態勢。
「コマンド、L66」
「了解だ! ロックオン、ターゲット……R、I、 S、P、A、F、E、W!」
イグゼが短刀を投げつけ、当たると同時にモルガンの幻術で仮称ターゲット名が上部に浮かび上がる。
「く、エレメント系ゴーレムは厄介そうだな」
攻撃を行った当人は苦い顔をする。炎、雷、風のゴーレムに投げつけた剣はすり抜けてしまっていたし、鋼鉄にも弾かれてしまった。だが何より__
「再生、したわね」
固体のゴーレム達も、欠けてしまった箇所が生えるように再生してしまった。
「何処からか魔力供給を受けていると見て間違いないだろうな」
「てことは、アイツの言った通り、時間稼ぎに徹した方がいいってことね」
「……神剣抜刀」
そんな中、不敵なことを言っていたカムイが飛び出し、躊躇わずに神器を抜く。そのまま凄まじい速度で縦横無尽に跳び回り、敵性体を切り刻んだ。
「おお、すごい!」
「やったの?」
「いや……彼の言った通りだ。倒せそうにない」
ゴーレム達は二十センチ辺の細切れにされていたが、未だくっつこうとしているかのように蠢いている。流石神器なのか実体の無い属性ゴーレムもバラバラにしたが、そちらは一瞬で再生してしまった。
「核のようなものもなさそうだ。これは、楽にはいかないだろうな」
即座にその場から飛び退く。直後、雷撃が落ち火柱が立ち昇った、だが、その一瞬のうちに目配せをすると、陣形を立て直す。
「目には目を、歯には歯を。属性には、属性ですわ!」
「有利属性で叩けば、少しは鈍るでしょうか」
「ようし、いくぜ!」
その戦いぶりをある程度見届けたエイジは、ユインシアに向き直る。
「さて。では、ユインシア、でいいな」
「っ! どうして私の名前を__」
「あの人形どもの止め方を教えてもらおうか」
「……言うと、思いますか」
「ほう?」
未だ怯えてはいる。だが、その目の奥には芯があり、エイジを睨んでいた。
「別にこの建物全てをぶち壊しちまってもいいんだぜ。そうすりゃ、制御機関も何も無くなる。それになぁ__」
彼は凄みながらも、奥の機械を指差した。
「あそこにある機械で、制御できるかもしれない。そうでなくとも、維持機関が見つけられる」
「あのゴーレムを制御しているのは……私です!」
「そうか。じゃあ、お前を殺せばいいか?」
剣を抜いて突きつけると、なけなしの勇気はそれほどだったのか、涙目になって後ずさる。
「……まあ、んなことはしないがな。お前は、ここで見つけた唯一の生き残りなんだからよ」
「ゆ、唯一……⁉︎ そんな……」
「残念ながら事実だ。あれのログを確認すりゃ、何が起こったか理解できるんじゃないか」
エイジは剣を下げるものの、残酷な事実を知った彼女は愕然とする。
「オレ達のことはまだ信用しなくていい。あのゴーレムもそのまま戦わせておけばいい。だが、真実だけは知っておけ」
背を向けると、彼は先んじて制御盤へ向かう。
「……あなたは、あの機械が使えるんですか……?」
「そうでなきゃ、徹底的に存在を秘匿されていたお前を、こうして無傷で眠りから覚ますことなど出来ようがないだろう?」
おっかなびっくりではあるが近づいてきた彼女を見ると、エイジは譲るように外れる。
「これを見ろ」
「これ、は……」
「今日の日付だ」
やや離れたところで、攻撃の意思はないとばかりに、エイジは腕を組んでもたれかかる。対するユインシアは、慣れた手つきで操作してコマンドを打つと、計算ツールを呼び出して演算を始める。そして__
「え……ウソ……」
結果を見るなり崩れ落ちた。
「二千年……? そんな、時が……」
「オレも計算した。間違いない。お前が封印された時はそうかもしれんが、最古のログはおよそ三千年前を示していた。この世界には、この遺跡に匹敵するようなテクノロジーは存在しないし、神だって一人もいない。……これで分かったか」
項垂れるユインシアを、エイジは厳しいながら何か訴えかけるような目で見下ろす。それを感じ取ったか、彼女は__
「ッ……止まれぇ‼︎」
感情を爆発させるように叫ぶ。すると、ゴーレム達の動きは停止し、一部は崩れるように消滅した。




