2節 越冬用備蓄開始
膝上レイの背中を数回トントンと叩く。その意図を察した彼女は、少しだけ名残惜しそうにしつつも満ち足りた顔で玉座から下りる。
「さて……じゃ、これ頼む」
「わかったわ」
「次コレ」
「ああ」
「はいそれ」
「は〜い」
「シルヴァ続行。ダッキ」
「はい!」
「じゃ、ガデッサ戻ってきたら伝言頼む」
仕事を預け、紙片を放り投げると、秘書を連れて部屋を出ていく。向かった先は、地下の倉庫。その訳は、必要になる物資の回収、その序でに整理でも手伝ってやろう。という気になっていたのだが__
「うわっ……」
愕然としてしまった。なにせ、倉庫が汚い。
恐らく、世間一般からすれば普通、仕方ないと思われるようなものだろう。なにせ、忙しくてあまり整頓などできようがないから。しかし、エイジはもう蕁麻疹でも出ようかというほどに慄いていた。
「あらあら、その様子ですと、スイッチ、入ってしまわれました?」
「ああ。ピッキングしつつ徹底的に整理整頓を行う。リストを」
「はい、読み上げた方がよろしいですの?」
それにエイジは頷くと、能力の解放率を引き上げた。
「では、始めるぞ!」
さっと庫内を見渡す。その次の瞬間、棚上の品物、什器、その他ありとあらゆる物が浮かび上がる。
「ええと、まずは__」
ジャンル、形状、重さ等を整理し、必要なものを取り出してから、再びキッチリと収納する。全て浮かせるため、段の下にあるものが取り出しやすく、直感的な上下並べ替えも簡単。高いところにあるものも容易に下ろせるし、持ちにくいものだって関係なし。倉庫業者垂涎な能力である。
「あとは……」
倉庫内を練り歩きながら、乱れが目につくと手当たり次第片付け続ける。と同時に物品の回収も同時並行。
「……はい、これで必要なものは集まりましたわ」
けれどもエイジは作業をやめない。この徹底ぶりにはダッキも苦笑いだが、彼の好みを優先し、口を挟むことはしない。本当は、この時間さえ自分たちのことに使った方が有意義であると言うべきなのだけれど。今後の仕事に乱れが出るかもだし、整理整頓は無駄ではないだろうから。
と、そこへ__
「にゃーん」
何かの鳴き声がする。その瞬間、エイジの目の色が変わった。
「あ〜、ネコちゃーん!」
整理整頓などほっぽり投げると、彼はその小さな獣へ駆け寄る。
「シャケ〜、来てくれたの〜」
メロメロな様子で抱き抱えると、撫でくりまわす。ぬこチャンは迷惑そうにしながらも、ゴロゴロと喉を鳴らしている。
「すぅ〜……はぁ〜〜……可愛いでちゅねー!」
赤ちゃん言葉で猫撫で声、あまつさえ後頭部や脇腹に顔を埋めて深呼吸。しかも__
「サバ〜! サメ、ウニ、グレー!」
一匹だけではないようで。どうやら彼のネーミングセンスによると、猫には二文字の魚介類の名をつけたいようだ。
「こ、この子たちは……?」
何匹もの猫に懐かれ、もみくちゃにされるエイジ。それを、ワナワナとしながら見下すダッキが問いかける。
「ん〜? 虫とネズミよけ〜」
にゃんこたちを撫でつつ、おもちゃを投げたり、魚の切り身を与えたり。
このニャンズは、数ヶ月前からエイジが導入していた。その頃から暇を見つけては甲斐甲斐しくお世話したり、疲れた時に補給したりしていた。おかげでこの慕われようだ。
「かつ、癒し! お吸い物‼︎」
番人として役に立っているかは兎も角、猫狂いの彼にとっては存在するだけで意味がある。
顔を押し付けようとして、肉球で阻まれる。それでも、その変態は恍惚としていた。その幸せオーラは、恋人といちゃついている時に勝るとも劣らない。
「……むぅ」
「ペットから恋人に格上げされたから問題ないだろ〜」
「キツネは大好きではないのですか⁉︎」
「大好きだ。だが、ネコには勝てない! 神の最高傑作であり可愛さの権化たる猫に敵う生物などこの世に存在し得ないのだよ!」
存分に猫を堪能したようだ。その顔は毛まみれながらツヤツヤとしていた。まだまだ構いながらも、その片手間に酷いところだけ整理をさっさと終わらせると__
「お仕事終了!」
「まだ、そこらへん汚くありませんの」
「……」
不貞腐れた様子のダッキに粗を指摘されると、渋々作業を続行する。すると__
「やっぱり」
レイエルピナが現れる。
「やけに遅いと思ったら、いつもの発作ね。まあ、いいわ。ちょっと時間ないし、それと並行しながらでいいから相談に乗って」
彼の足元にスリスリしている愛い存在と、いやにキッチリしている周囲から色々察しながらも、特に気にする様子もなく、彼にピトッとひっついては仕事についての会話を始める。
「シャーッ!」
「フカーッ……!」
そんなレイエルピナは威嚇されてしまう。。しかし、彼女はどことなく余裕そう。不敵な笑みで小さきフワフワたちを見下ろす。
そう、これは、嫌われているとか怖がられているとかではなくて、同類として、ライバルへの警戒であるような。
「……はっ!」
エイジはふと何かに気づいたようだ。レイエルピナの目をじっと覗き込む。
「……なに?」
レイエルピナは何もわかっていないようなキョトン顔。
「今度、猫耳被ってくれ」
「? いいけど」
少し前までなら、絶対嫌! とか言われそうなだが。随分彼女も変わったものである。
「レイエルピナって、猫っぽいんだわ!」
「どこが?」
「丸いようでシャープな顔、鋭い目、ツンデレ気まぐれでカワイイとこ」
「……ふーん」
彼女も悪い気はしていないのか、はにかんでいる。そんな彼女に大好きなご主人を取られたくないとばかりに猫たちがエイジにスリスリとマーキングし、そこからやや離れた蚊帳の外で金色のケモノが嫉妬のこもった目で羨ましそうにしていた。




