9 闘争のうちに強まる絆 ①
「して、なぜ我らは呼ばれたのであろう?」
成就した日の二日後、夕方、地下一階鍛錬場。そこに、ベリアルやレイヴン、ノクトにエリゴスが呼ばれていた。他にもフォラスにゴグ、メディアと幹部全員集結だ。気を利かせてそっとしておいたにも拘らず、あちらから声がかけられたために少々驚いたようだ。
「ちょっと、オレたちの鍛錬に付き合ってもらおうと思いましてね」
「なんでまた?」
「甘いものばかり食べていたら、たまには苦味ものやしょっぱいものも食べたくなるだろう? それとおんなじ。イチャついた後、精が尽きても興奮は冷めない、ならば、闘争で以って発散しようかと」
彼の後ろには、仕方なく付き合ってあげているという雰囲気を醸し出すヒロインズが。とはいえ、その瞳の奥には確かな闘志が垣間見える。
「意外だな。お前のことだから、オレが君たちを守る、などと言って戦わせないと思っていた」
「言いましたよ。ですがね、我らは生まれながらの戦士であるが故に、そのような遠慮は無用。むしろ、あなたと共に戦えることこそ喜びだ。などと言われて、押し切られましたよ」
エイジも少し辟易している様子。そうやって肩を竦めているうちに、ヒロインズが進み出て、彼の横に並び立つ。
「いやしかし、こうしてみると面白いな、お前らは。魔王国の宰相、その嫁にも拘らず、過半数は人間だ」
「……」
確かにそうだ、などという声はしない。何故なら__恋人通り越して嫁などと言われて、嬉しくなっちゃっているからだ。
「だとしても、彼女らは一国の皇女様だったりと、いい意味で普通じゃないです。それに、それも今のうちだと思いますよ。多分彼女たちは、オレと同等になりたいと、魔族化を希望してやまないと思いますから」
「で、散々今が大事な時期だと切ってた張本人は、女にかまけて。あろうことか俺たちを暇つぶしに使おうってのか」
「案は既に提出済みだし。トップがいなくても、ある程度回らないといけないと思うんだ。それにさ、オレが働きたくても彼女たちが許してくれなかったの」
言い訳無用とばかりに、レイヴンは獰猛な笑みを浮かべている。どうやら相当のストレスが溜まっているようだ。鬱憤晴らす気満々である。
「ふん。では、俺が小手調べをしてやろう。いいですよね、ベリアル様」
軍刀に紫電を纏わせたレイヴンが、一歩前に出る。
「手加減は、した方がいいか」
「いや、いらねえな」
エイジが不敵に笑い、彼女たちが武器を構える。
「ほう? 魔王国の幹部にして屈指の実力者であるこの俺が、本気で戦っていいだと?」
「ああ。むしろ、本気を出してもキツイと思うぜ。あんま舐めてると、痛い目を見る羽目になるぞ」
「確かに、お前の彼女らの戦闘センスは認める。だが、基本性能が圧倒的に違うんだぞ」
「……能力解放率、80%」
その問いに、エイジは力を引き上げることで答える。その絶大なエネルギーにレイヴンがたじろぐ中、ヒロインズが歩み出し、エイジを追い越す。
「オレは確かに凄まじい力を持っている。しかし、その膨大なエネルギーを持て余しているのが実情……では、その力を有効活用できるように、分け与えたらどうなるだろう?」
それを想像したらしきレイヴンの顔色は、やや青ざめた。
「ましてやオレたちは、言葉を交わし、心を通わせ、体を重ねて、魂でまぐわった。その繋がりは深い。すなわち、シンクロ率は極めて高いということだ。よって……バックアップ!」
彼が吠えた瞬間、彼の莫大なエネルギーが消失する。その代わり、レイヴンの目の前に立つ女たちのオーラが膨れ上がる。その威容に、レイヴンは気圧される。
「気をつけろよ? 彼女たちの戦闘能力は、もはや上級魔族を凌駕している」
「そのようだな……!」
一筋の冷や汗を垂らす。そこからは、先程のような余裕は何処にも見受けられなかった。
「フォーメーション、γ!」
彼の指令と同時に、レイヴンを取り囲むような円陣が組まれる。
「コマンドG06、I09、S25!」
「「了解!」」
エイジが指示を飛ばすと、陣形は時計回りに60°回転。
「オラァ!」
そして、正面に来たガデッサが雷撃を放つ。
「ッ、これしきのことで!」
即座にレイヴンも撃ち返し、相殺されてしまう。だが__
「いくぞ」
「ああ!」
イグゼが斬り込み、カムイも続く。双剣を持つイグゼが深く懐へ踏み込み、それを押し返し離れたかと思うとカムイの刀が滑り込む。超至近距離の短剣と近距離の刀が絶妙な連携で交互に迫り来ては、息つく暇もない。
「ぐ、うっ……!」
「次、L92、E14」
レイヴンが押されているうちも、他の者達の動きは止まらない。エイジの指揮が飛び、また新たな連携技の準備が進められている。
「今!」
イグゼが喚呼する。その瞬間、至近距離の二人が脇に逸れ、正面からシルヴァの援護狙撃が。しかし、レイヴンは瞬時に魔術を展開、防ぎ切る。
「それがどうし__」
「隙だらけです」
「ぐおわっ!」
攻撃を見切り、油断した彼の背後から、レイエルピナの魔弾が急襲し、見事に不意を打つ。
「やりぃ! どうだ、わたしの魔弾は!」
「D30、M55」
「やってくれるな!」
「じゃ、もいっちょ!」
「なっ⁉︎」
殺気を感じたレイヴンは、急ぎその場を離れる。次の瞬間、真上からセレイン急降下し、地面を突き穿つ。その威力は、小規模ながらクレーターができるほど。
「あら、外してしまったわね。けど、まだ終わりじゃないのよ」
「何だと……?」
その言葉と同時に、彼女らはサッとレイヴンから離れる。
「……何だこれ?」
ふと周りを見れば、何かがヒラヒラと舞っていて。
「爆・破☆」
「がぁ……っ⁉︎」
ダッキが柏手を打つと、呪符が一斉に爆発し、レイヴンを覆い尽くす。
「ぐ……クソッタレがぁぁぁ!」
激昂した彼は、魔力を放出し、土煙を霧散させる。
「小癪なマネを……何処行きやがった⁉︎」
視界を撹乱された一瞬のうちに、敵は全員姿を消していた。姿を見失い、キョロキョロとするレイヴン。そこへ__
「よう、幹部サンともあろうものが、ずいぶん翻弄されてるみてぇだなぁ」
正面からノコノコと、いや、悠々とガデッサが現れる。
「どうだ、すげぇだろ、アタシらはよ」
「フンッ、ああ認めるよ。小賢しさだけは一流だ」
「まだ余裕ありげか? ならいいぜ、ここから一気に畳みかけてやらぁ!」
巨大な斧を一振りすると、猛然と突っ込んでいく。
「うおらぁ!」
「くっ!」
大振りの攻撃が、脳天をかち割る勢いで振り下ろされる。レイヴンは咄嗟に横へ飛んで逃れると、隙だらけの側頭部にサーベルを__
「甘ぇ!」
ガデッサは絶妙に体を捻ると、手首に蹴りを打ち込んで軌道を逸らす。そして即座に斧から手を離すと、殴り掛かる。レイヴンは状態を逸らして、それを躱した。
「なんてな!」
「ッ!」
その拳から電撃が迸り、レイヴンの胸を貫く。拳を延長したような攻撃に、見事に不意を突かれ、後ずさる彼は胸を押さえる。
「へっ、どうした。魔族様が、ただの人間によぉ!」
とはいえ、同程度の身体能力を得ていたとしても、レイヴンの方が戦闘の技能は上である。なのに、こうも押されるのは何故か。それは__他の者たちの姿が見えないせい。間違いなく、モルガンの所業だ。どこから不意の一撃が飛んでくるか常に警戒しているために、正面の敵に集中しきれないのだ。
「これも戦略の内か」
「よそ見してんじゃねえぜ!」
後ずさったレイヴンから、ガデッサはさらに距離を取る。そして、助走をつけ大きく飛び上がる。斧を上段に構え、力一杯振り下ろさんとしている。
「隙だ__なっ⁉︎」
その攻撃を避けようとするも、足が凍りついていた。間違いなく、シルヴァの仕業。ガデッサの様子を伺い、立ち止まっていた隙にやられたのだろう。
「だが!」
「させねえよ」
即座に、空中で逃げ場の無いガデッサを撃ち落とそうと雷を放つ。しかし、虚空からエイジが現れ、盾を差し出してガデッサの踏み場として受け止めつつ、雷撃を魔術で防御する。
「フラッシュ!」
「ぐあぁぁぁ‼︎」
さらに、エイジに気を取られているうちに、正面に飛び出たテミスから目眩しを喰らう。
「う……ッ⁉︎」
しばらくして視力が回復したレイヴンは、頭を振りつつ周囲を見る。そこには__魔術陣を構えた十人の姿が。火、風、地、闇、無……全属性の魔術が自らを取り囲んでいた。
「ははっ……」
「掃射!」
乾いた笑いしか出ないレイヴンに、魔術の雨が降り注いだ。




