エピローグ:エイジ帰還。そして…
「というのが、一連の出来事です。」
あの戦闘の翌日昼前、いつもの円卓部屋で、エイジは上司に報告した。出立から僅か二日で帰ってきたこともそうだが、その報告の内容を聞くと、幹部らは強く驚愕し、そして感心したようであだった。
「な、なるほど、そうか。まさか1日で終わらせてくるとは……」
魔王様でさえ、ちょっと引き気味。だが、喜んでいることはわかる。
「では、エイジよ。約束通り、汝を我が魔王国の宰相と認めよう。三十分後、玉座の間に。」
エイジは指定された時間まで暇である。時間を潰すため、一度自室に戻り、ベッドに寝転がる。手を頭の後ろで組んで天井を眺め、想いを馳せる。そういえば、およそ一月前、似たようなシチュエーションがあったなぁ、などと。とても、とてもとても濃い一月であった。……ただ、最初の一ヶ月。つまり、まだ冒頭のイントロ、チュートリアル、プロローグ……ようやくここから始まりなのだ。
ゴロゴロしているうちに三十分経ち、エイジは玉座の間へと向かう。中央の大階段を登ると、玉座へ続く廊下の脇には、様々な魔族がずらりと並んでおり、壮観であった。
玉座への扉を開けると、そこにもまた大勢の魔族がひしめいていた。正面を見ると、玉座に続く階段の下に、台座に刺さった剣がある。見た目は刃渡り80㎝、全長100㎝程の両刃のロングソード。抜身で、刀身はやや明るい黒……くすんだ色だ。十字の鍔は金色であり、ただの剣ではないことがそのオーラから一目で分かる。エイジはその台座の下まで歩き、手前で片膝をつき首を垂れる。
魔王ベリアルが立ち上がり、ゆっくり一歩ずつ階段を降りていく。そして台座の前で立ち止まり、剣を抜く。そしてエイジの頭の上に剣を掲げる。
「エイジよ。汝を、ソロモン魔王国の宰相に相応しき人物であると認め、ここに宰相と認める。」
剣を立て、王が一歩引く。それに合わせて臣下は立ち上がり、その剣を受け取った。
「謹んでお受けいたします。」
その瞬間、城内は割れんばかりの拍手に包まれたのだった。
この一連の儀式は、この世界において広く根付いているものだ。王が宰相や大臣、騎士団長等を任命するときに行われる儀式らしい。なぜエイジが知ってるかというと、帰りの馬車でレイヴンから聞いたためだ。彼らが帰るより先に伝令を向かわせたため、今日中に行われるだろうと予想したらしい。実際その通りになった。知らなかったら大恥かいたかもしれないが、つつがなく進行し、彼の就任は、多くの者から祝福されたのだった。
任命式が終わった後、エイジはレイヴンから玉座控室に呼び出される。そこに向かうと、ベリアルもいた。
「レイヴン、何の用?」
「ああ、それについてだが……魔王様、何故あの剣を⁉︎」
エイジに、ではなく魔王にレイヴンは詰め寄る。
「この剣ならば、相応しいと思ったからだ」
「これ、ですか?」
早くも登録を完了したエイジは、能力で亜空間から、先程下賜された剣を召喚する。
「この剣がどうかしたんです?」
「この剣は、魔王様の御家の家宝なんだ!」
魔王ベリアルは世襲制。そんな魔王の家系に受け継がれてきたとなると、とんでもない剣だ。
「いやいや、それ程でもないさ。家宝の中には、もっとすごい武器もあるからな。だがまあ、私がまだ若い頃、よく使い込んだ思い入れのある武器ではあるが。」
「そ、そんな大切な物を……」
「だからこそ、お前の任命に相応しいと思ったのだ。遠慮する必要はまったくないぞ」
ベリアルの話を聞くに、魔王の家系に伝わる宝剣にして、敬愛する主君の使い込んだ武器……エイジにとって、このような経歴の武器など、手が震えて持てたものではない。とはいえ…
「なんだ、不満でもあるのか?」
レイヴンに問われる。というのも、刀身を見つめるエイジの顔は難しげだった。
「いや、別に……」
重厚感があるが、どこか冴えぬ色。ところどころ緻密で特徴的な紋様が薄くあるが、全体的に地味。本当にすごい剣なのか、と少し疑ってしまった。
「ああ、そうです。この剣の性能はどうなのでしょう?」
「魔王様が愛用していた剣だぞ、その性能は折り紙付きだ。まず、一般の金属とは違う特殊な材質でできている。魔力の伝導率が高く、魔術への高い耐性があり、ものすっごく丈夫だ!」
「…まて、それ矛盾ないか? 伝導率が高いのに抵抗が強いって」
「どういうことだ?」
電気伝導性、抵抗が云々。何とか説明する。
「……要は、魔力を流しての強化はしやすく、攻撃として放たれた魔力への防御力が高いということだ。単に丈夫と言い換えても問題ない。一般の金属だと、魔力を流した際、流すときのお前の言う抵抗や、エネルギー内包による負担が大きく、壊れやすい。それがないと言うことだ。さらに
「もうよい、レイヴン。私にも喋らせろ!」
「えっ、あっはい…」
部下への労い、と言うより自分のセリフを取られて拗ねている。お茶目な主君である。
「この剣は材質も特殊なら、鍛えた者もまた特別でな。特殊能力も兼ね備えている。そうだな、少し貸してくれ」
貸すというより返すと言った方ががいいのかもしれないが、エイジはその剣をベリアルに渡す。
「このように、魔力を使って念じると……」
ベリアルが念じると、
「なんと…」
刀身が伸びたのだ。そう、魔力で刃が形成されたのではなく、本当に金属が形成された。
「返そう。このように、変形能力を持つ」
「はあ…って、おも⁉︎」
刀身が形成された分、重量も増したようだ。
「……本当にとんでもないな」
エイジも試しにやってみる。念じると、その通りに刀身が縮み、本来の長さに。さらに念じると、刀身が細くなり、細剣となる。もう一遍念じると、刃渡り20センチの短剣と化す。柄や鍔も合わせて形状が変化する。
「長さを変化させる場合、どの長さにでもというわけにもいかないが。一定の倍率があり、最大最小もまた存在するのだが……」
「気になりませんよ、そんなの」
「そうか。喜んでもらえたようで、何よりである」
「喜んだどころじゃないというか……」
むしろ、不相応なのではないかと引く始末。
「あ、なんだ、まだ不満でもあるのか」
エイジの表情の変化を見過ごさず、食って掛かるはレイヴン。だが、最初に会った頃のような刺々しさが、語気から消えている
「ああいや、高性能なのは分かったが、見た目は地味なんだなと……」
「はあ、わからずや。剣に魔力を込めるんだ、全力でな! できるよな⁉︎」
「ああ、当然!」
剣を元の大きさに戻すと、刀身を眺めながら魔力を込める。すると、刀身が煌めき始め…
「ほう、色が変わるとはな」
くすんだ色から、青銅色へ。紋様も煌めきを増す。
「レイヴンは全力と言ったはず。まだまだ!」
「オーケー! オォッ!」
さらに魔力を込めると…
「はあ⁉︎ なにコレ⁉︎」
青銅が剥がれたように薄れると、その下から、寒気を覚えるような白銀の刃が。
「「もっともっとォ!」」
「え……うらぁ!」
両手で持ち直すと、さらに魔力を込める。その果てに…
「はぁ、はぁ……これが……! 綺麗なものだ」
青白い輝きを発する剣が手にあった。ジジ…と時折する音から、凄まじいエネルギーを帯びていることがわかる。試しに近くの石椅子を斬ると、熱したナイフでバターを切るように、易々と焼き斬れる。
「これぞアル……その剣の真の性能と言えよう。加えて、魔力の自己生成機能に貯蔵機能も持つ。この剣はランクにしてB+、いや、Aやそれ以上にも届こう」
この世界には、魔術だけでなく武器にもランクが有り、EからSまでが存在する。Eは棒切れや鉄パイプなどの正規の武器ではないが殺傷力を持つもの。Dは大量生産され、標準装備となっているような武器。
Cは微量ながら魔力を持つ武器。魔力が備わっていなくとも業物である場合はこのランク。Bランクなら、伝説の英雄などが所有する武器クラス。Aならその中でも上位クラスのもの。そしてSランクともなると、それは神器レベルのものだ。
そして、それらの中間くらいの性能ならば、下の方のランクに+-がつく。目安は、それぞれ+-1/3ほどであろうか。そして大抵の武器は、魔術で強化したり、または魔力そのものを流したりして、無理やりランクを上げることも可能だ。後者の場合の武器にかかる負担はかなりのものだが。
「……この剣の銘は?」
「長い時を経て、失われてしまったようだ。私も勝手に呼んでいたから、お前も好きに呼ぶといい。」
無銘。となるとエイジが銘をつけられる。
「魔王様はなんて?」
「……言わなきゃ、だめ?」
「……参考までに。」
「…………アルテマ。……黒歴史だ! それ以上訊くなあぁ!」
「じゃあ、この剣は、『アロンダイト』と呼ぼう」
アロンダイト。アーサー王物語の円卓の騎士、その中でも最強と謳われたランスロットの剣が由来。アロンダイトは決して折れないと言われ、その使い手も武芸百般という。
「私が言う必要あったの……?」
「ところで、鞘は?」
「それが、抜身のままで見つかってな。まあ、お前の能力なら鞘なんていらないだろう」
エイジが魔力を抜いたアロンダイトは、元のくすんだ色に戻っていた。そして、その剣先は、持ち手の手が震えているから、微妙に揺れてる。
「どうした」
「こ、こんな高性能な剣、貰って、いいんですかね……?」
優しく問うベリアルに対し、身に余ると答えるエイジ。
「むしろ、それでなければ、お前に相応しくないと思うのだ。それどころか、まだ足りぬとも思えるほどよ」
「汎用性が高く、いくら使い込んでも壊れない。魔王様のお前への期待が形になったものと言えるだろうさ」
剣を眺め、二人の言葉を噛み締めて。一度目を瞑り……見開き、剣を掲げる。
「魔王様の剣、確かに受け取りました。この剣にかけて、あなたとこの国に忠誠を誓い、宰相として必ずやご期待に応えてみせます!」
こうしてエイジの宰相生活は始まった。




