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魔王国の宰相 (旧)  作者: 佐伯アルト
Ⅷ エイジの女難
218/291

7 成就 ②

前書き

 Ⅶ章にあったエイジの自虐シーンをほぼそのまま持ってきていますが、展開の都合上、以前のものを無かったことにさせてください。後ほど改稿によって、それらの矛盾を調整いたします。

 その弱々しい声音と共に告げられた真実に、驚愕によって固まってしまったからだ。


「そんな……ウソ、だよね?」


 エイジは目を瞑ると、俯く。纏う雰囲気は変質し、その声音は高く明るいものでも、低く落ち着いたものでもない、地声を出した。


「見知らぬ世界、不可思議な出来事。それらに心躍ることはあった。だが、宰相になって楽しいだなんて思ったことは数えるほど。それよりずっと、ならなきゃよかっただなんて思いの方が大きい」

「な、ぜ……ですか」


 ずるずると椅子へ崩れ落ち、項垂れるエイジ。あまりに慮外だったか、シルヴァは絞り出したような声しか出ない。


「わからないか? オレは人を率いる才もなければ、天才というほど頭の良いわけでもない。視野は狭いし詰めも甘い。ましてや、オレは24だぜ。はっ、こんな人生経験皆無な若造に国を背負わせるなんざどうかしてるよ」

「に、24だと⁉︎」


 驚きの声を上げるはイグゼ。エイジを見つめるその視線は、信じられないものを見るかのよう。


「お、おいおい……そりゃ、アタシより年下じゃねえか!」

「はっ、魔族ならずっと高齢かと思ったか? 固定観念に囚われすぎだ。オレは魔術のない世界から来た異世界人、後天的に魔族になったんだよ」

「後天的……? そんなことが……」


 魔術の心得がある者ならば、それが如何に途方もないことか、少しは分かる。技術的に移植成功の可能性は極めて低く、例え仮に移せても、それに適応するための体の変化で凄まじい苦痛に襲われるはずだ。


 事実、魔王国の技術による従来と異なるやり方、そしてエイジの特殊能力とそれによる体質変化で辛うじて成功したに過ぎないのだ。


「じゃあ、なんで今、宰相という地位にいるんだ⁉︎ 望んでいたのではないのだろう? 逃げることだって出来た筈だ」

「ああそうさ。オレがなぜこんな地位にいるかというと、それはただの成り行きだ。異世界に来て直後、右も左も分からぬ時に魔王ベリアルの前に放り出されたんだ。自分の価値を説き、その場を乗り切るには宰相しかないと考えた。そして乗り切った後、どうにかして幹部程度の位置に落ち着こうと思ったんだがな……そうもいかなくなった」


「なぜだ」

「やらねばならぬことができた。その目的を果たすためには、宰相の座が何かと都合がよかったのさ」


「それは、何事なんだ?」

「言ったところで信じやしないだろうさ。突拍子もないことだ」


「それでもいい、聞かせてくれ」

「……世界の滅び」

「「「__」」」


 衝撃のあまり、皆が絶句する。確かに、突拍子もないことだ。しかし、誰もその言葉を拒絶できない。なぜならば、彼の能力がなんたるかは皆知っているから。


「それは、異世界転移二日目に垣間見たモノ。まだ見ぬ世界に期待を膨らませ始めた矢先に突きつけられた、絶望と使命の呪縛だ」


「え……そんなずっと前から__」

「アナタは、一人でそれと戦い続けてきたってことなの……⁉︎」


 しかも、否定したくとも、そうだとすれば色々と辻褄の合う事象がある。


「妙に焦ったように魔王国の改革を進めていたのは……そうか、そういうことだったのか」


 彼は誰とも合わないように、目を背ける。声に張りは無く、オーラも覇気がない。

「随分自信なさげに見える。今までの不敵な君はどこに行った」


「はっ、何言ってんだ? これがオレの地だよ。自信なんざどこにもない。自己肯定感皆無の、自己否定が得意で、自分のことが大嫌いな、ただの凡人さ。……だからさ、期待がただひたすら重いんだよ。オレにはこの国も、世界の命運も、背負えるだけの器なんてあるわけないのに。失敗したら、失望されたらどうしよう。そう悩みながら、苦しみながら今までやってきた。そう、オレは臆病なんだよ。できることなら、背負っているもの全て、捨て去りたいと思っている。だから、城から逃げるように単独行動をする。本来のオレはこんなアクティブじゃないのに」


「そういう、ことだったんですのね……」


 かつて相対した時の威圧感、あるいは並び立った時の頼もしさ。そういった強大さのない、小さな躰だった。


「……さっきまでのはガワだ。演技から昇華した思い込み、マインドセットによるある種の別人格。偽善も偽悪も、そこから出たモノ。つまりオレの全ては偽り」


 あまりの態度の豹変っぷりに、彼女らはなかなか言葉が出てこない。それを見かねたか、それとも気にしないことにしたか、エイジは続けて話した。


「オレはオレ、じゃなかったんですか」

「キミらだって、顔の一つや二つあるだろう。親しい者と接する時、初対面の人と話す時、戦場に立つ時態度が変わる。それもどこか無意識、自動的に。そういったものさ。社会人なら誰もが身につけていること」


 俯く眼は、切傷のように鋭く、昏い。声はより低く、纏う空気は淀み、刺々しいものとなる。


「なんでンなことする必要があるんだよ」

「あぁ? 自信なさげな指導者に、誰がついてくってんだよ。それにな、オレが気弱だと、魔王国、ベリアルの名声に傷がつく」

「……」


 かつて自分のした助言が、そのような枷になっていたのかと知ったベリアルの面持ちは暗い。他の男性幹部達も、どう口を挟めばいいのか分からず、黙したまま。


「分からないな。何故キミはそうも自分を卑下する。能力はある、地位もある。人格者だし、人望や体格などにも恵まれているように見えるのに」

「それはオレが、地続きの存在だからさ」


 問いの答えになっていない、そう感じられる返答にイグゼは戸惑う。何を言っているのか、全く分からないといった顔だ。その意味をぼんやりと想像出来る者もいたが、それでもピンと来たりはしない。


「転生じゃない、転移なんだよ……ああそうさ、今のオレは力を手に入れた。外見も体格も変わったし、身体的特徴というコンプレックスを払拭して、他人を圧倒的に凌駕する力を手に入れたことで自信もついた! だがな……だからといってそれで、以前の、今までの人生で培ってきた価値観や劣等感が完全に払拭されるわけじゃねえんだよ」


 だがしかし、エイジは既に詳しい答えを用意していた。自己批判が得意という言葉に偽りはない。


「こちらでこそ、発展した世界の知識を持っているから頭がいいように見えてるかもしんないが、あちらじゃ精々中の上。そんでもってそれは学力の話。要領の良さなんかでいえば、ハッキリ言ってバカだ。顔はパッとしねぇ陰気野郎だし、身長で言えばキミらの大半より低い。不器用で特技は無ければ、ましてや戦闘能力なんぞ以ての外。君らみたいに器量や才能があるわけじゃない、何もなかったんだ。今までなんとなく人生を自堕落に過ごし、人生を左右する分岐、決定的瞬間では盛大にやらかして……オレはこの世界に来なければ、そのままそこで腐ってた」


 退廃的な空気を纏い、どこまでもいつまでも自分を貶し続け、落ち込んでいくエイジを誰も止められない。その静かな迫力、拒絶するような雰囲気に、彼が一度口を噤むまで口を挟める者などいなかった。


「……私が思うに、初めて貴方と戦った時には、まだこの世界に来て日が浅い、つまり戦闘経験も短いはず。その割には、幼き頃より鍛錬に明け暮れてきた私たちを軽く上回った。これはセンスがあると言えるのではないですか?」

「バカか。オレがアンタらに勝ったのは基本性能の差だ。魔力と得物と能力があったから。ただそれだけ。オレのは付け焼き刃だ、本物のアンタらに敵う道理などない。仮にも戦士のくせにそんなこともわからないのか」


 テミスは固まり口が止まる。他の者達も狼狽したような顔。


「オレに戦闘の才能はないと言ったばかりだろう。武道を嗜んだが、勝てることなど滅多になかった。技術も無ければ体格も劣るんだ、勝てるわけがない。それに、オレが武器や特殊能力を人並みに振るえるのは、この能力の本来の持ち主の技能を記憶という形で受け継いでいるからだ。魔術の知識があるのも、魔力が上級魔族以上に扱えるのも、そしてこの世界に馴染むのが早かったのも。全てが借り物で虚構のハリボテだからだ。そう、自分は混ざり物。オレは私ではないんだよ」


 ゆっくり、ゆらりと力なく不気味に立ち上がる。自らを唾棄し、憎くてたまらないといった面持ちで。


「さっきから何なんだキミは……。オレはオレだだの、混じり物だの何だのと要領を得ないことばかりではないか!」

「オレは矛盾してるって何度言えば分かるんだよ。話聞いてたのか、このボンクラ」


 顔を上げ、睨むように見上げる。ムッとして何か言い返そう、とカムイも考えたが、何故だか踏みとどまってしまう。親しいはずの皆も何も言えない。こうも敵意を剥き出しにして、関わりを拒絶するようなオーラを放たれたことはないからだ。


「ど、どうしたのエイジくん⁉︎ らしくないわよ?」


「らしくない? はっ、何を言って……ああ、そうかよ。完全な地を見せんのは初めてだったな。分かったか、これがオレの本性だ。他人を見下し、害意によって応える。故に親しき者はおらず、異性に好かれることは決してない。愛し愛されるなど以ての外。気配りができず、デリカシーはなく、空気は読めないコミュニケーション障害者。人との関わりを拒絶する、社会不適合者なんだよ」


「ですが、私は、貴方のことが好きです!」

「オレのことが好きだと? はっ、それはまやかしだ。オレに惚れたのも違う。オレはただ、排斥に孤独や苦痛……アンタらの弱みに付け込んだだけ。それに他の男を、本当の恋愛を知らない」


「あら、私たちの想いが、覚悟がその程度のものだと思っているのかしら。好意を否定されるだなんて、悲しいわ」

「裏切るだろう。オレより魅力的なヒトはごまんといるんだ」


 流石に、その発言には深く傷ついたようだ。想いを寄せていた者たちは悔しそうに、悲しそうに俯く。


「……ふうん、自分に自信が無いくせに、他者を見下すのね」

「ああ。アンタらやベリアル、その他幹部達だって劣るところがある。そこを見て悦に浸る。それが醜いことだと分かっても、やめることなんてできはしない」


「でもエイジは、自分のダメだと思っているところが分かっているではないですか。ならやりようも__」


「そう思うこと十数年。変わることなんてなかった。自分の短所を分かっていながら、それを改善しようという努力をしない。変えたいと言葉にしこそすれ、行動は起こさない。そんな自分を責めて、それでも変わらない。さらにそれを責めて……言ったはずだろう。私は下手に賢しいのでね、自分を客観的に振り返って批判することができてしまう。責めても変わらない、そんな自分に嫌悪を感じて。その繰り返しで積もり積もった否定が自己肯定感を引き下げる。そうして歪んだのが元のオレだ」


 もう歯止めは効かなくなってしまった。ならばもう遠慮はしない。自らの汚点を、短所を全て曝け出す。例え彼女らの顔が失望に染まろうと、もう止まる気はない。落ちるところまで落ちるだけ。


「……アンタ、人の提案にまずは否定で返すのね」

「ああ、そうだな。少しは相槌を打てるようにはなったが、基本的にまずは疑う。だから誰も話したがらないし、オレを信じ返さない」


 一見不敵に、しかし自嘲的な笑みを浮かべた。


「それに、オレは無気力で継続が苦手だ。君らと違って、死に物狂いで努力をしない、したことがない。そんで、しなくてもどうにかなった、なってしまった。だからさっき言ったような短所は変わらなかった。……人間には、どうしても変えられない本質というものがある。三つ子の魂百までってやつだな。そうやって諦めてきた。そして、どうしようもないところまで進んだ時に壁に当たってしまったのさ。はっ、愚かだな。受動的で自ら行動しない、動いた時には全て手遅れ。ホント、転移しなかったらどうしてたつもりなのやら」


 なおも続く自己批判に、黙って俯き、手を握って震えている者がいる。


「ですが、エイジは転移直後は意欲的に修練を励んでいたと聞き及んで__」


「それは、生きるために必要だったから仕方なく、だ。本来は、新しいことに手を出そうという気もない、保守派というか頭も固い。魔術という便利なものがあるのに、蒸気機関などという古典物理学に頼っているのがこのオレだ。君らからは革新的に見えるかもしれないが、地球の者が見たら何故固執するのか分からないだろうね。だから誰も求めもしないような量子力学の話なんかを持ち出す」


 そこまで話すと、エイジは背を向ける。もう話は終わり、もう関わるなと。


「少しはわかったか、オレがどうしようもなく救いようのない人間だと。これが本性だ。今まで見せていたのは、限りなく本物に近づけた演技である理想のオレに過ぎない。そう、今までアンタらに言っていたのは全て嘘なんだよ」


「つまり……アタシらの愛を受け入れるだの、救うだの幸せにするってのも、慰めるような言葉も嘘だったってことなのかよ?」

「…………ああ、そうさ。全て嘘だ」


 その間に、付け入るところがあると見た。しかし__


「オレがお前らに対して、恋愛的な意味で好きだとか、愛しているだとか言ったことがあったか」


 何か言う前に鋭く睨まれ、牽制され、言葉に詰まってしまう。思い返せば、受け入れられただけだ。好意を返されたことがない。


「……」


 彼女らは押し黙る。エイジが話したことを受け止め、理解しようと。


「嫌いになろうが失望しようが、好きにしろ。これが、オレの本質だ」


 だが、それを待つつもりはない。そのまま逃げるように、扉に向かう__その肩に、手が置かれ、引き止められた。


 エイジは、はぁとため息をつく。そして、うんざりしたように振り返り、手を払おうとして__


 パァンという音が、部屋に響き渡る。


 突然、彼は引っ叩かれた。ビンタを放ったのは__レイエルピナだった。


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