6 取り戻した過去 ③
「落ち着いたか。じゃ、生い立ち、ゆっくりと、聞かせてくれ」
カムイは先ほどの暴走が恥ずかしかったのか、赤くなり、すっかりしおらしくしていた。
「では、改めて。私は、篠崎カムイと申します。貴方の予想通り、日本からの異世界転移者だ。先程は興奮と混乱のあまり、突飛な行動に走って困惑させてしまったこと、ここに謝罪いたします」
「そうだよね、いきなり何トチ狂ったこと言ってんだこの女、ってなったわ」
「うっ……ほんとに、すまない」
まだまだ混乱からは覚めていないようで、丁寧語と常体が混ざっている。
「で、お前いつの時代の人間だよ」
「……平成生まれの、令和時代の人です」
「は? ……随分古風な立ち振る舞いだなと思ったら、ぜんっぜん同じだったぁ……時代錯誤も甚だしい」
「よく言われます。け、けど、仕方ないんだ! お、お家の事情が__」
「お家?」
「はい。篠崎家は、皇族の分家です」
「由緒正しい格式高いお家柄ってわけね」
「分家の分家ですから、それほどでもありません。とある財閥と言った方が、貴君でも聞き覚えがあるのでは?」
「つまり、何にせよ名家の御令嬢なんだな。……てか、アレか? いいとこ育ちのご令嬢って、みんなこんな感じなの?」
「一緒くたにしないでください!」
テミスがそんなことを言う。
「……アンタがそれを言う?」
そして、すかさずレイエルピナの冷静なツッコミが刺さる。
「他のマトモな方に謝ってください! 私に対しては不要です! 自覚あるので‼︎」
「そこドヤるところじゃねえよ……はぁ、どいつもコイツもキャラ濃すぎるんだよ。どうしよう、この状況」
「わたしに訊かないでよ」
またしてもグダグダな空気になってしまったが。ともかくエイジは咳払いして話を仕切り直す。
「おほん。要はカムイの実家、篠崎家は皇族の遠い分家にして、財閥でもある、と。……へえ、随分すごいところだな。まるで貴族、いや、そのものか。日本だったら、オレみたいな庶民には縁のない、高嶺の花どころか雲の上の存在ってわけだ。しかし、なぜ異世界に招かれた? そんな存在ともなれば、何不自由なく暮らしていけるだろうに」
「……世間一般からすれば、そうかもしれないがな……」
俯き、沈んだような声も小さい。あまり嬉しくなさそうだ。
「どうしたんだ?」
「私は、自分の実家が好きではないんだ」
不思議そうにするエイジに対し、カムイはかつての境遇を語り出した。
日本での彼女は、厳しく縛られて育てられた。勉学に、武術、芸能……大和撫子たる立ち振る舞いを求められて。自由を、娯楽を封じられ、英才教育を受け続けてきた。
そんな親の期待に、応えられるだけの才覚を、彼女は有していた。有してしまっていた。それでも褒められることなく、当たり前のこととして扱われていた。
学校などで、自分は浮く。整った顔立ちに、際立つ才能。それ以外にも、世俗や娯楽を一切知らぬ者として。
しかし、彼女が大学四年生の時に転機は舞い込む。
大学を卒業しても、家業を継ぐために、彼女に自由は訪れない。そんな自分の人生に嫌気の差した彼女は、出奔してやろうかと考える。無論、国内ではなく海外へ。そして、ありえない妄想であるが、異世界へ。
そんなことを考え出す二十二歳の誕生日の夜、彼女は異世界転移を果たす。
転移の過程は、エイジとほぼ同じであり、応対した人物もマリナである。
転移に伴い、彼女が欲したものは……武器である。何がいいかと問われたならば、端くれとはいえ皇族ゆえだろうか、彼女の脳裏に閃くは三種の神器であった。
類似の神器はあったがゆえに、マリナはそれを授ける。その装備を手に、彼女は初めての自由に興奮し、意気揚々と旅立った。
しかし、そこからもまた苦難の連続であった。文明は進んでいなければ、言葉も通じず。食い繋ぐだけで精一杯だった。
それでも、彼女はその日々で、今まで感じたことのなかった充足感を味わっていた。
だが、彼女は時折神器を抜くことがあった。一回一回の変化は小さいものだったために、彼女自身は気づくことができなかったのだが……神器は人の身には余るもの。それを振るう代価として、彼女は記憶を少しずつ失っていった。そう、自身が日本の生まれであることを……。
転移から二年の月日が流れる頃には、自身が異世界転移者であることを、彼女はほとんど覚えていなかった。
「そしてそのあとは、ご存じの通り亡国の後継者として祭り上げられたんだ。記憶を無くして尚変わらない皇家としての立ち振る舞いと、神器のおかげだろうがな」
聞き終えたエイジは、なぜか無表情であった。
「何か質問はあるか?」
「出身は?」
「生まれも育ちも神奈川県横浜市だな。大学時代は東京に住んでいたが」
「ちなみに、大学は?」
「文系の国立だな。経営学、経済学、法学。一部は独学だが、嗜んでいる。もしかしたら、この知識が今貴方がやろうとしていることの役に立つかもな。ああ、得意科目は日本史だ」
「……」
エイジは開いた口が塞がらない。
「どうかしたか?」
「……アタマヨスギナイデスカ?」
「なぜカタコトなんだ」
「いやね、オレも一応ね、東京の国立出てるんだが……偏差値が十五くらい違くて……次元が……恐れ多いです」
「私は強制的にやらされただけだ。その分環境が整っていたし。入試だって推薦だ」
「だからと言って……いや、いい。それよりも、武術だとか芸能っていうのは?」
「そうだな。剣道は四段。中学なら団体で県大会で一位を、高校では個人で全国十六位だったか。ふ、一位とかでなくて悪かったな」
「地域大会が精々のオレからすれば十分すごいんですが……」
「他には合気道に、剣術を習っていた。楽器はバイオリン、横笛と琴を少々。華道に茶道に書道も修めている」
「料理は?」
「まあ、懐石料理くらいなら」
「なるほど……ただのハイスペックなアホの子だった」
「ただのとはなんだ、ただのとは!」
今度は、なぜかそっちに反応した。
「不満か。なら、どんなのがいい」
「え、ええっと……なんだろう?」
「出ねぇのかよ。ほら、例えば色々あんだろ。美女、とか」
「び、じょ……か」
顔を赤らめて恥じらう。
「思ったより、全然ウブだった件」
さっきの爆弾発言が信じられないような反応だ。
「ま、まあそんなことよりもだ。これほどのことをやっておきながら、異世界ではさほど役に立たなかった。結局のところ、重要なのは運の良さとか応用力とか、そういったものだろう。私なんて、そんな大した者では__」
「過ぎた謙遜は嫌味だ。傲慢にさえ感じる。少しは素直に誇れよ」
エイジの嫉妬したような視線と語気に、カムイは困惑した様子。
「そんなすげえことなのか?」
「ああ。ハッキリ言って、超ヤバイ。才能の塊、各面で最高峰」
ガデッサの疑問に、エイジはすごくシリアスに答えた。
「こちらからも質問、というか問題を出してもいいか? さて、私の本性はどちらでしょう?」
エイジの意識を逸らすように、強引に唐突なクイズを出すカムイ。
「さっきまでの方だろう。記憶を失った方が、素が出るもんだ。さっきのは記憶を取り戻して錯乱しかけてただけでしょ」
「うっ、なんでバレてしまうんだ……既にデレデレだというのに、もっと惚れてしまうではないか」
「は、デレデレ?」
何が何だか良くわかっていない様子のエイジ。けれど、そういえばさっき心奪われたとか言っていたような。飛躍しすぎていてスルーしていたが、彼女の中ではそう発言するに至る何かがあったのだろう。
「私は、貴殿に感謝している。私に、私を取り戻させてくれたからな」
「オレの力じゃない」
「それでも、貴方のコネのおかげなんだ。それに……故郷のことを知っている人がいるというのは、存外に心強いものさ」
微笑んで、カムイはまっすぐにエイジを見つめる。その視線に耐えられないように、彼は目を逸らしたが。
「……ところで、カムイってあんま聞かねえ名前だが、なんて書くんだ」
「逃げないんで欲しいんだけど……まあ、こうだ」
紙と万年筆を取ると、サラサラと書く。字は達筆であったが、『篠崎神威』、確かにそう綴られていた。
「神威……仰々しい名前だこと」
「ああ、そうだな。私もそう思う。名前負けだろう」
「は? 神器携えている奴が何言ってんだか」
「あ、確かに! ……ちなみに貴方の本名を教えていただいても?」
「いやだ」
「ふ、不公平です!」
「オレのことが好き、というのを取り消すなら教えてやってもいいけど?」
「む、じゃあいいや!」
即決である。その想いの強さに、エイジはだいぶ困惑していた。
「あ、ええと。そういえば、その……だな。結局、抱くのか?」
「だから、冗談だって。やらないよ」
俯き……しばらくすると突然顔を上げて、セレインを押し除けてエイジに掴み掛かり、押し倒す。
「ならば私が押し倒す! 今まで束縛されてきた反動で、そういうことには興味があるんだよ!」
「急過ぎない? 断るよ」
「なら実力行使だ! 断るようなら神器を抜く! 逆レ上等!」
鬼気迫る表情で、かつ本当に神器を抜刀していた。
「助けて!」
困ったエイジは救援を求むが。
「因果応報です」
「自業自得ですわ」
「自分で蒔いた種だろ」
「何とかしなさい」
「神器とか怖いしィ」
助けは望めなかった。仕方なくカムイに向き直って、何とか説得しようとする。
「理由が薄いんだよ!」
「だって、仕方ないだろう⁉︎ 今までは硬派を保っていたから言い出せなかったが! 聞いているだけで孕んでしまいそうな淫語、猥談が目の前で繰り広げられていたんだぞ⁉︎ ずっとムラムラしていたんだ‼︎」
「インキュバスの能力で精力吸引してやるから__」
「ええい、意気地なし! 甲斐性無し!」
色々言われるが、それでも彼女のためを思い、何もしないエイジ。だ、が。
「私は、そんなに魅力が無いか……?」
「そういうワケじゃないが……」
「異世界彷徨って、頑張って、ようやく自分を取り戻して気づけた初恋なのに……」
「わかった! わかったよ!」
カムイの顔はパァッと明るくなる。
「けど、夜な! 昨日何があったかは覚えているだろう」
「……む、そうだったな。今後の計画について質問が来るはずだ」
「その通りだ。というわけで、仕事手伝って」
「了解! あ、そうだ。計画について、私も力になれるかもしれないぞ」
言質を取ったためか、生き生きとしだすカムイだった。




