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魔王国の宰相 (旧)  作者: 佐伯アルト
Ⅷ エイジの女難
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6 取り戻した過去 ③

「落ち着いたか。じゃ、生い立ち、ゆっくりと、聞かせてくれ」


 カムイは先ほどの暴走が恥ずかしかったのか、赤くなり、すっかりしおらしくしていた。


「では、改めて。私は、篠崎カムイと申します。貴方の予想通り、日本からの異世界転移者だ。先程は興奮と混乱のあまり、突飛な行動に走って困惑させてしまったこと、ここに謝罪いたします」


「そうだよね、いきなり何トチ狂ったこと言ってんだこの女、ってなったわ」

「うっ……ほんとに、すまない」


 まだまだ混乱からは覚めていないようで、丁寧語と常体が混ざっている。


「で、お前いつの時代の人間だよ」

「……平成生まれの、令和時代の人です」


「は? ……随分古風な立ち振る舞いだなと思ったら、ぜんっぜん同じだったぁ……時代錯誤も甚だしい」

「よく言われます。け、けど、仕方ないんだ! お、お家の事情が__」


「お家?」

「はい。篠崎家は、皇族の分家です」


「由緒正しい格式高いお家柄ってわけね」

「分家の分家ですから、それほどでもありません。とある財閥と言った方が、貴君でも聞き覚えがあるのでは?」


「つまり、何にせよ名家の御令嬢なんだな。……てか、アレか? いいとこ育ちのご令嬢って、みんなこんな感じなの?」


「一緒くたにしないでください!」


 テミスがそんなことを言う。


「……アンタがそれを言う?」


 そして、すかさずレイエルピナの冷静なツッコミが刺さる。


「他のマトモな方に謝ってください! 私に対しては不要です! 自覚あるので‼︎」

「そこドヤるところじゃねえよ……はぁ、どいつもコイツもキャラ濃すぎるんだよ。どうしよう、この状況」

「わたしに訊かないでよ」


 またしてもグダグダな空気になってしまったが。ともかくエイジは咳払いして話を仕切り直す。


「おほん。要はカムイの実家、篠崎家は皇族の遠い分家にして、財閥でもある、と。……へえ、随分すごいところだな。まるで貴族、いや、そのものか。日本だったら、オレみたいな庶民には縁のない、高嶺の花どころか雲の上の存在ってわけだ。しかし、なぜ異世界に招かれた? そんな存在ともなれば、何不自由なく暮らしていけるだろうに」


「……世間一般からすれば、そうかもしれないがな……」


 俯き、沈んだような声も小さい。あまり嬉しくなさそうだ。


「どうしたんだ?」

「私は、自分の実家が好きではないんだ」


 不思議そうにするエイジに対し、カムイはかつての境遇を語り出した。




 日本での彼女は、厳しく縛られて育てられた。勉学に、武術、芸能……大和撫子たる立ち振る舞いを求められて。自由を、娯楽を封じられ、英才教育を受け続けてきた。


 そんな親の期待に、応えられるだけの才覚を、彼女は有していた。有してしまっていた。それでも褒められることなく、当たり前のこととして扱われていた。


 学校などで、自分は浮く。整った顔立ちに、際立つ才能。それ以外にも、世俗や娯楽を一切知らぬ者として。


 しかし、彼女が大学四年生の時に転機は舞い込む。


 大学を卒業しても、家業を継ぐために、彼女に自由は訪れない。そんな自分の人生に嫌気の差した彼女は、出奔してやろうかと考える。無論、国内ではなく海外へ。そして、ありえない妄想であるが、異世界へ。


 そんなことを考え出す二十二歳の誕生日の夜、彼女は異世界転移を果たす。


 転移の過程は、エイジとほぼ同じであり、応対した人物もマリナである。


 転移に伴い、彼女が欲したものは……武器である。何がいいかと問われたならば、端くれとはいえ皇族ゆえだろうか、彼女の脳裏に閃くは三種の神器であった。


 類似の神器はあったがゆえに、マリナはそれを授ける。その装備を手に、彼女は初めての自由に興奮し、意気揚々と旅立った。


 しかし、そこからもまた苦難の連続であった。文明は進んでいなければ、言葉も通じず。食い繋ぐだけで精一杯だった。


 それでも、彼女はその日々で、今まで感じたことのなかった充足感を味わっていた。


 だが、彼女は時折神器を抜くことがあった。一回一回の変化は小さいものだったために、彼女自身は気づくことができなかったのだが……神器は人の身には余るもの。それを振るう代価として、彼女は記憶を少しずつ失っていった。そう、自身が日本の生まれであることを……。


 転移から二年の月日が流れる頃には、自身が異世界転移者であることを、彼女はほとんど覚えていなかった。




「そしてそのあとは、ご存じの通り亡国の後継者として祭り上げられたんだ。記憶を無くして尚変わらない皇家としての立ち振る舞いと、神器のおかげだろうがな」


 聞き終えたエイジは、なぜか無表情であった。


「何か質問はあるか?」


「出身は?」

「生まれも育ちも神奈川県横浜市だな。大学時代は東京に住んでいたが」


「ちなみに、大学は?」


「文系の国立だな。経営学、経済学、法学。一部は独学だが、嗜んでいる。もしかしたら、この知識が今貴方がやろうとしていることの役に立つかもな。ああ、得意科目は日本史だ」


「……」


 エイジは開いた口が塞がらない。


「どうかしたか?」

「……アタマヨスギナイデスカ?」


「なぜカタコトなんだ」

「いやね、オレも一応ね、東京の国立出てるんだが……偏差値が十五くらい違くて……次元が……恐れ多いです」


「私は強制的にやらされただけだ。その分環境が整っていたし。入試だって推薦だ」

「だからと言って……いや、いい。それよりも、武術だとか芸能っていうのは?」


「そうだな。剣道は四段。中学なら団体で県大会で一位を、高校では個人で全国十六位だったか。ふ、一位とかでなくて悪かったな」

「地域大会が精々のオレからすれば十分すごいんですが……」


「他には合気道に、剣術を習っていた。楽器はバイオリン、横笛と琴を少々。華道に茶道に書道も修めている」


「料理は?」

「まあ、懐石料理くらいなら」


「なるほど……ただのハイスペックなアホの子だった」

「ただのとはなんだ、ただのとは!」


 今度は、なぜかそっちに反応した。


「不満か。なら、どんなのがいい」

「え、ええっと……なんだろう?」


「出ねぇのかよ。ほら、例えば色々あんだろ。美女、とか」

「び、じょ……か」


 顔を赤らめて恥じらう。


「思ったより、全然ウブだった件」


 さっきの爆弾発言が信じられないような反応だ。


「ま、まあそんなことよりもだ。これほどのことをやっておきながら、異世界ではさほど役に立たなかった。結局のところ、重要なのは運の良さとか応用力とか、そういったものだろう。私なんて、そんな大した者では__」


「過ぎた謙遜は嫌味だ。傲慢にさえ感じる。少しは素直に誇れよ」


 エイジの嫉妬したような視線と語気に、カムイは困惑した様子。


「そんなすげえことなのか?」

「ああ。ハッキリ言って、超ヤバイ。才能の塊、各面で最高峰」


 ガデッサの疑問に、エイジはすごくシリアスに答えた。


「こちらからも質問、というか問題を出してもいいか? さて、私の本性はどちらでしょう?」


 エイジの意識を逸らすように、強引に唐突なクイズを出すカムイ。


「さっきまでの方だろう。記憶を失った方が、素が出るもんだ。さっきのは記憶を取り戻して錯乱しかけてただけでしょ」


「うっ、なんでバレてしまうんだ……既にデレデレだというのに、もっと惚れてしまうではないか」

「は、デレデレ?」


 何が何だか良くわかっていない様子のエイジ。けれど、そういえばさっき心奪われたとか言っていたような。飛躍しすぎていてスルーしていたが、彼女の中ではそう発言するに至る何かがあったのだろう。


「私は、貴殿に感謝している。私に、私を取り戻させてくれたからな」

「オレの力じゃない」


「それでも、貴方のコネのおかげなんだ。それに……故郷のことを知っている人がいるというのは、存外に心強いものさ」


 微笑んで、カムイはまっすぐにエイジを見つめる。その視線に耐えられないように、彼は目を逸らしたが。


「……ところで、カムイってあんま聞かねえ名前だが、なんて書くんだ」

「逃げないんで欲しいんだけど……まあ、こうだ」


 紙と万年筆を取ると、サラサラと書く。字は達筆であったが、『篠崎神威』、確かにそう綴られていた。


「神威……仰々しい名前だこと」

「ああ、そうだな。私もそう思う。名前負けだろう」


「は? 神器携えている奴が何言ってんだか」

「あ、確かに! ……ちなみに貴方の本名を教えていただいても?」


「いやだ」

「ふ、不公平です!」


「オレのことが好き、というのを取り消すなら教えてやってもいいけど?」

「む、じゃあいいや!」


 即決である。その想いの強さに、エイジはだいぶ困惑していた。


「あ、ええと。そういえば、その……だな。結局、抱くのか?」

「だから、冗談だって。やらないよ」


 俯き……しばらくすると突然顔を上げて、セレインを押し除けてエイジに掴み掛かり、押し倒す。


「ならば私が押し倒す! 今まで束縛されてきた反動で、そういうことには興味があるんだよ!」


「急過ぎない? 断るよ」

「なら実力行使だ! 断るようなら神器を抜く! 逆レ上等!」


 鬼気迫る表情で、かつ本当に神器を抜刀していた。


「助けて!」


 困ったエイジは救援を求むが。


「因果応報です」

「自業自得ですわ」

「自分で蒔いた種だろ」

「何とかしなさい」

「神器とか怖いしィ」


 助けは望めなかった。仕方なくカムイに向き直って、何とか説得しようとする。


「理由が薄いんだよ!」

「だって、仕方ないだろう⁉︎ 今までは硬派を保っていたから言い出せなかったが! 聞いているだけで孕んでしまいそうな淫語、猥談が目の前で繰り広げられていたんだぞ⁉︎ ずっとムラムラしていたんだ‼︎」


「インキュバスの能力で精力吸引してやるから__」

「ええい、意気地なし! 甲斐性無し!」


 色々言われるが、それでも彼女のためを思い、何もしないエイジ。だ、が。


「私は、そんなに魅力が無いか……?」

「そういうワケじゃないが……」


「異世界彷徨って、頑張って、ようやく自分を取り戻して気づけた初恋なのに……」

「わかった! わかったよ!」


 カムイの顔はパァッと明るくなる。


「けど、夜な! 昨日何があったかは覚えているだろう」

「……む、そうだったな。今後の計画について質問が来るはずだ」


「その通りだ。というわけで、仕事手伝って」

「了解! あ、そうだ。計画について、私も力になれるかもしれないぞ」


 言質を取ったためか、生き生きとしだすカムイだった。


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