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魔王国の宰相 (旧)  作者: 佐伯アルト
Ⅷ エイジの女難
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6 取り戻した過去 ②

 翌朝。エイジは執務室に現れる。その腕の中にセレインを収めた状態で。


 マリナの夢から覚め、起きた頃はまだ深夜。そこで二度寝し、今度こそは朝に起きて。自分の周りで雑魚寝している彼女たちを起こし、一旦解散。


 各々自分のペースで出勤ということになったのだが、セレインは自力の移動が困難、かつ誰も彼女の介護に名乗りでなかったため、エイジが色々世話をすることになり、今に至る。


「セレイン、そろそろ降りて」


 本当に体を自由に動かせないのかという程の力で、コアラみたいに、しっかりしがみつかれている。


「嫌よ」


 椅子に座るエイジの膝の上に座り、ベッタリと甘えている。表情はあまり変わらないが、うっとりするように目を閉じて頬擦りしていた。そしてそれを、若干二名が羨ましそうに見ている。


「仕事できないから」

「このまますればいいのよ」


「やりにくいの!」

「なら、しなければいいわ」


「そんな無茶苦茶な……」

「あなたには私を介護する義務があるの」


 無理やり引き剥がすわけにもいかず、結局エイジが折れる。仕事の邪魔をしてくる猫みたいでタチが悪い。拒めるわけがないもの。


「エイジく〜ん」

「きちゃいました〜」

「来んな」


 そして、いつものように明るく、テンション高めにやってくるテミスとモルガン。と、それに引っ張られてきたレイエルピナ。しかしそんな彼女らを、エイジはにべもなく拒絶する。


「ええ⁉︎ 冷たい!」

「お前らが来ると騒がしくなる。周りを見ろ、やりにくそうにうんざりしているだろうが」


 すると、彼女らも流石に申し訳なさそうに周りをキョロキョロする。


「いえ、お構いなく。我々気にしませんので」

「君たち、遠慮しなくてもいいんだぞ……?」


 寧ろ、ここはちゃんと拒否してもらいたいところなのだが。


「無理ですよ、色々な意味で」


 仲睦まじくしており、ましてや幹部に王女様などやんごとなき身分の者たちだ。恐れ多くて口出しできまい。愛の巣になりつつある執務室から、彼らは密かに作った第二執務室へと、いそいそと移動し始める。


「てかなんで来るんだよ!」

「だって、好きな人と一緒にいたいじゃないですか!」

「ここでもオシゴトはできるし〜」


「公私混同は良くないだろ」


 真っ直ぐに好意を伝えてくる。それでも、困るものは困るのだ。苦々しい顔で頭を押さえる。


「来たぜ!」

「おはよう。と、早くしたつもりだったんだが、テミスたちの方が早いとはな」

「あぁ……」


 今日も騒がしくあることが確約されたエイジは天を仰ぐ。というか、一番早く来て欲しい人が最後になるとは。


「遅くなった。……ん? 人が少ないような気がするが……」

「みんな、居た堪れなくなって逃げたよ……と、ようやくお目当てが来たな」


 お目当てという言葉に、カムイは不思議そうに首を傾げる。


「本当は皆のいないところで渡したかったが……はい、これ。プレゼント」


 エイジはどこからか、小物入れのような大きさの宝箱を取り出して机に置く。


「なんだ、これは」

「開けてみ?」


 促されるままカムイは箱を開けようとする。が、開かない。しばらく力んでいたが、それでも開かないとみると、エイジをキッと睨みつけ、刀を抜こうとする。


「謀ったな⁉︎」

「え、いやそんなつもりは……」


 エイジも慌てて開けようとするが、確かに鍵がかかっているようで、開きそうにない。


「まさか……鍵、貰い忘れたか?」

「間抜けめ……切って開けよう」


「いや、取扱注意だから! 変形能力で開くか試してみるからさ、落ち着いて」


 必死の説得で、カムイも刀を納める。エイジは箱を変形させようとするが、不思議な材質でできているようで効きが悪い。仕方なく、魔導金属のインゴットを取り出し、鍵穴に押し付けながら変形させて鍵を作る。


「さて、念写の方は……」


 その片手間に紙を取り出すと、その紙に向けてある魔術陣を念じる。すると、焦げるように紙面に図形が浮かび上がる。


「うん、こっちは忘れられなかったようだ。あとで色もつけられるか試そう」


「あ、また能力増えたんですか?」

「まあね。それよりも……開いたよ」


 鍵を回すと、かちゃりと錠の外れる音がする。


「渡す本人すら中身を知らんものを渡されると恐ろしいのだが」

「大丈夫、中身は知った上で受け取ったから」


 カムイは箱を開けると、中からキューブを取り出した。


「……あれ、何も起きない?」

「ほんと、すごく怖いぞ、それ」


「いやまあ、とにかく色々試してみよう。例えば強く握ってみるとか」


 言われた通り、カムイも握り締めたり、両手で押し潰そうとしたりするが、やはり何も起こらない。


「今度は頭に押し当ててみる?」

「はぁ、これで何かあったら承知しな__うっ」


 今度はキューブを額に押し当てる。すると、解けるように飲み込まれていく。


「う、ああ……なんだ、このビジョンは。私は、これを、知っている……⁉︎」


「メモリーキューブというものらしい。それは記憶を封じ込めたもの、外部メモリとでもいうべきかな。つまり、君の失った記憶が詰まっている」


 膝をつき、頭を押さえて呻く。昨日も似たような光景を目にした彼女らは、心配そうに寄り添うが。


「思い出したぞ……ああ、思い出した」


 すると勢いよく立ち上がる。姿勢良く、毅然と、堂々とした感じで。


「私の名前は篠崎カムイ……君という存在に心奪われた女だ!」


「……へ? なんて?」


 思わぬ第一声に、エイジはついぽかんとする。


「む、聞こえなかったか? ならばもう一度言おう。私は、キミという存在に心うばわ__」

「分かったから!」


 つい叫んで遮る。まさか、あのカムイが、こんなことになるだなんて。


「よくぞ、私の記憶を取り戻してくれた。ふっ、そのお礼と言ってはなんだが、なんでも言うことを聞こう」


「今、なんでもって言った?」

「ああ、言ったな!」


「じゃあ……エッチがしたい」

「えっ……へ?」


 あっちがそうくるのなら、こちらもグイグイ行くまでだ。


「そ、そうか。よし、ばっちこーい!」


 しかし、全然面食らった様子もない。これは想定外。


「だ、抱きたいなら抱くがいい! ……ん、こ、来ないのか?」


 だが、ちゃんと効いているようで、じわじわと勢いが減衰していく。


「この私を抱き潰して見せろ! その、もちろん、ナマでいいぞ? けど、あの……初めて、だから……優しくしてくれないか?」


「……」

「す、据え膳食わぬは恥だぞ……?」


 目を瞑り、プルプル震えて待つ様は、まるで犬のよう。


「むう……頂かれないのも恥ずかしいんだぞ!」


 そんな感じに吠えるけれど、落ち着きを取り戻したエイジは、醒めた目でじっと見つめる。


「わ、私に恥をかかせたな⁉︎」

「お前が勝手に悪化してんだろうが!」


「こうなってはもう嫁に行けん……雪ぐには腹を切るしか」

「悪かったって、冗談だから。一旦落ち着こう、な?」


「そういうわけにもいくまい!」


 引くに引けないようだ。明らかに錯乱し暴走している。そこで、セレインにちょっと退いてもらうと、彼女の真ん前に立ち__


「ひゃうん⁉︎」


 その豊かな胸を鷲掴む。すると真っ赤になり、すっかりおとなしくなる


「はぁ……なんだろう。さっきまで凛々しかったはずなのに、突然アホの子になっちゃった」

「今アホって言った! うわぁーん!」


「なにこれ。キャラ崩壊もいいところだぞ」


 かといえば、突然崩れ落ちる。その豹変ぶり、情緒不安定ぶりにみんなが呆然とする。


「うう……なんなんだ、その目はぁ……」

「さっきまで普通にカッコ良かった分、落差に困惑しています」


「そ、そうか……カッコよかったか……ふふふ」

「そっち? ……とりあえず座れ、深呼吸しろ。一旦落ち着こう」


 カムイの後ろに椅子を置き、座るように促す。エイジも自分の椅子に座ろうとすると、セレインがすくっと立ち上がって席を空ける。やはり、そこまで動けないことはないようだった。


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