6 取り戻した過去 ②
翌朝。エイジは執務室に現れる。その腕の中にセレインを収めた状態で。
マリナの夢から覚め、起きた頃はまだ深夜。そこで二度寝し、今度こそは朝に起きて。自分の周りで雑魚寝している彼女たちを起こし、一旦解散。
各々自分のペースで出勤ということになったのだが、セレインは自力の移動が困難、かつ誰も彼女の介護に名乗りでなかったため、エイジが色々世話をすることになり、今に至る。
「セレイン、そろそろ降りて」
本当に体を自由に動かせないのかという程の力で、コアラみたいに、しっかりしがみつかれている。
「嫌よ」
椅子に座るエイジの膝の上に座り、ベッタリと甘えている。表情はあまり変わらないが、うっとりするように目を閉じて頬擦りしていた。そしてそれを、若干二名が羨ましそうに見ている。
「仕事できないから」
「このまますればいいのよ」
「やりにくいの!」
「なら、しなければいいわ」
「そんな無茶苦茶な……」
「あなたには私を介護する義務があるの」
無理やり引き剥がすわけにもいかず、結局エイジが折れる。仕事の邪魔をしてくる猫みたいでタチが悪い。拒めるわけがないもの。
「エイジく〜ん」
「きちゃいました〜」
「来んな」
そして、いつものように明るく、テンション高めにやってくるテミスとモルガン。と、それに引っ張られてきたレイエルピナ。しかしそんな彼女らを、エイジはにべもなく拒絶する。
「ええ⁉︎ 冷たい!」
「お前らが来ると騒がしくなる。周りを見ろ、やりにくそうにうんざりしているだろうが」
すると、彼女らも流石に申し訳なさそうに周りをキョロキョロする。
「いえ、お構いなく。我々気にしませんので」
「君たち、遠慮しなくてもいいんだぞ……?」
寧ろ、ここはちゃんと拒否してもらいたいところなのだが。
「無理ですよ、色々な意味で」
仲睦まじくしており、ましてや幹部に王女様などやんごとなき身分の者たちだ。恐れ多くて口出しできまい。愛の巣になりつつある執務室から、彼らは密かに作った第二執務室へと、いそいそと移動し始める。
「てかなんで来るんだよ!」
「だって、好きな人と一緒にいたいじゃないですか!」
「ここでもオシゴトはできるし〜」
「公私混同は良くないだろ」
真っ直ぐに好意を伝えてくる。それでも、困るものは困るのだ。苦々しい顔で頭を押さえる。
「来たぜ!」
「おはよう。と、早くしたつもりだったんだが、テミスたちの方が早いとはな」
「あぁ……」
今日も騒がしくあることが確約されたエイジは天を仰ぐ。というか、一番早く来て欲しい人が最後になるとは。
「遅くなった。……ん? 人が少ないような気がするが……」
「みんな、居た堪れなくなって逃げたよ……と、ようやくお目当てが来たな」
お目当てという言葉に、カムイは不思議そうに首を傾げる。
「本当は皆のいないところで渡したかったが……はい、これ。プレゼント」
エイジはどこからか、小物入れのような大きさの宝箱を取り出して机に置く。
「なんだ、これは」
「開けてみ?」
促されるままカムイは箱を開けようとする。が、開かない。しばらく力んでいたが、それでも開かないとみると、エイジをキッと睨みつけ、刀を抜こうとする。
「謀ったな⁉︎」
「え、いやそんなつもりは……」
エイジも慌てて開けようとするが、確かに鍵がかかっているようで、開きそうにない。
「まさか……鍵、貰い忘れたか?」
「間抜けめ……切って開けよう」
「いや、取扱注意だから! 変形能力で開くか試してみるからさ、落ち着いて」
必死の説得で、カムイも刀を納める。エイジは箱を変形させようとするが、不思議な材質でできているようで効きが悪い。仕方なく、魔導金属のインゴットを取り出し、鍵穴に押し付けながら変形させて鍵を作る。
「さて、念写の方は……」
その片手間に紙を取り出すと、その紙に向けてある魔術陣を念じる。すると、焦げるように紙面に図形が浮かび上がる。
「うん、こっちは忘れられなかったようだ。あとで色もつけられるか試そう」
「あ、また能力増えたんですか?」
「まあね。それよりも……開いたよ」
鍵を回すと、かちゃりと錠の外れる音がする。
「渡す本人すら中身を知らんものを渡されると恐ろしいのだが」
「大丈夫、中身は知った上で受け取ったから」
カムイは箱を開けると、中からキューブを取り出した。
「……あれ、何も起きない?」
「ほんと、すごく怖いぞ、それ」
「いやまあ、とにかく色々試してみよう。例えば強く握ってみるとか」
言われた通り、カムイも握り締めたり、両手で押し潰そうとしたりするが、やはり何も起こらない。
「今度は頭に押し当ててみる?」
「はぁ、これで何かあったら承知しな__うっ」
今度はキューブを額に押し当てる。すると、解けるように飲み込まれていく。
「う、ああ……なんだ、このビジョンは。私は、これを、知っている……⁉︎」
「メモリーキューブというものらしい。それは記憶を封じ込めたもの、外部メモリとでもいうべきかな。つまり、君の失った記憶が詰まっている」
膝をつき、頭を押さえて呻く。昨日も似たような光景を目にした彼女らは、心配そうに寄り添うが。
「思い出したぞ……ああ、思い出した」
すると勢いよく立ち上がる。姿勢良く、毅然と、堂々とした感じで。
「私の名前は篠崎カムイ……君という存在に心奪われた女だ!」
「……へ? なんて?」
思わぬ第一声に、エイジはついぽかんとする。
「む、聞こえなかったか? ならばもう一度言おう。私は、キミという存在に心うばわ__」
「分かったから!」
つい叫んで遮る。まさか、あのカムイが、こんなことになるだなんて。
「よくぞ、私の記憶を取り戻してくれた。ふっ、そのお礼と言ってはなんだが、なんでも言うことを聞こう」
「今、なんでもって言った?」
「ああ、言ったな!」
「じゃあ……エッチがしたい」
「えっ……へ?」
あっちがそうくるのなら、こちらもグイグイ行くまでだ。
「そ、そうか。よし、ばっちこーい!」
しかし、全然面食らった様子もない。これは想定外。
「だ、抱きたいなら抱くがいい! ……ん、こ、来ないのか?」
だが、ちゃんと効いているようで、じわじわと勢いが減衰していく。
「この私を抱き潰して見せろ! その、もちろん、ナマでいいぞ? けど、あの……初めて、だから……優しくしてくれないか?」
「……」
「す、据え膳食わぬは恥だぞ……?」
目を瞑り、プルプル震えて待つ様は、まるで犬のよう。
「むう……頂かれないのも恥ずかしいんだぞ!」
そんな感じに吠えるけれど、落ち着きを取り戻したエイジは、醒めた目でじっと見つめる。
「わ、私に恥をかかせたな⁉︎」
「お前が勝手に悪化してんだろうが!」
「こうなってはもう嫁に行けん……雪ぐには腹を切るしか」
「悪かったって、冗談だから。一旦落ち着こう、な?」
「そういうわけにもいくまい!」
引くに引けないようだ。明らかに錯乱し暴走している。そこで、セレインにちょっと退いてもらうと、彼女の真ん前に立ち__
「ひゃうん⁉︎」
その豊かな胸を鷲掴む。すると真っ赤になり、すっかりおとなしくなる
「はぁ……なんだろう。さっきまで凛々しかったはずなのに、突然アホの子になっちゃった」
「今アホって言った! うわぁーん!」
「なにこれ。キャラ崩壊もいいところだぞ」
かといえば、突然崩れ落ちる。その豹変ぶり、情緒不安定ぶりにみんなが呆然とする。
「うう……なんなんだ、その目はぁ……」
「さっきまで普通にカッコ良かった分、落差に困惑しています」
「そ、そうか……カッコよかったか……ふふふ」
「そっち? ……とりあえず座れ、深呼吸しろ。一旦落ち着こう」
カムイの後ろに椅子を置き、座るように促す。エイジも自分の椅子に座ろうとすると、セレインがすくっと立ち上がって席を空ける。やはり、そこまで動けないことはないようだった。




