5 女難の連鎖 ②
超 長らくお待たせしてしまいました…
「それでは再開といたします。まずは税金とは何か、としたいところですが、長くなりそうなんで順番変えます。四十二ページのインフラ計画ですね」
質疑に応じ、自身も改めて話の内容を整理し終わったところで、ちょうど休憩が終わる。立ち上がり、原稿を手に取り周囲を見渡して、皆の準備が整ったのを確認すると、エイジは話し始めた。
「今、多くの魔王国民は工業地域の集合住宅に住んでいますが。これはまあ、冬を見越して設計してあるので、断熱はちょっと工事すればバッチリ。暖房も対応してます。なので問題は、城下町です。最近は鉄道が順調に稼働しているからか、休暇はこちらで過ごす者も多くなっていますし。リフォームを望む声が多いと聞いています。なのでそれに乗じて、色々と実験をしようと思いまして。いくつかの住居モデルを描いてみました。生憎私は住宅に関しては疎いものでして。それを基に色々技術発展、ノウハウ蓄積していただければ。そして次が……鉄道と道路」
住宅については早々に切り上げ、設計図のページを飛ばしてサクサク次へ進んでいく。
「これが、将来の予想図です」
「おい待て。これ……帝国や王国まで続いてないか?」
地図がいつもの魔王国領内のものではなく、形が違ったために、すぐさま誰もが違和感に気づく。
「ご明察。魔王国領内だけでは足りないのでね」
「……これ、そもそも彼らは受け入れるのか?」
「うん、それみんなに言われた。けど押し通す方法がありましてね。まず、王国は友好国としての支援、って名目でできます。次に、魔王国へのヘイトが募っている帝国ですが……テミスから皇帝イヴァンについて聞いたので、対策は立ててあります。鉄道は知っての通り、旅客および貨物の運送に高い能力がある。その利点を売り込むのですよ。運営と保守は我々がやる。使用料さえ払ってくれるなら、利用させてあげよう。いや、先の戦争で迷惑かけたお詫びに、一定期間は無償でどうぞ……とね。彼らにとっても、国交を活性化し、傾いた国を立て直す原動力になる。鉄道のルートに関しても、ある程度の発言権を渡してもいい。どうでしょう? 魅力的だとは思いませんか?」
幹部たちは唸る。或いは頷く。
「テミスでも、イヴァン皇帝の性格を詳しく知っているわけではない。けれど、可能性は十分にある……とのことです」
「そっちは分かっただが、こちらは一体?」
エリゴスが指したのは、魔王国から北北東側へ向かう線路。そっち方向には、何もないはずだが。
「ああ。それは新都予定区ですね」
「新都!」
度々議題に上がっていた魔王国の新都。遂にその計画が現実味を帯びてきたということに、幹部たちは沸き立つ。
「来年の春くらいからは、建設を始めることができるでしょうが……今はそれより、この城の強化と、貨幣や議員などの制度作り。建物の実験などノウハウを蓄積してからですよ。それだけではありません、都市計画の要となる道路について」
すぐに落ち着き、議題が変わったなと見るやページを捲る幹部たち。
「今の獣道みたいな道路を使ってばかりはいられません。アスファルトや石畳などで、きちんと道路を舗装する必要があります。歩行者の負担を軽減したり、物を運搬しやすくするために必要なことですから」
特にインフラ担当幹部エリゴスは、食い入るように解説断面図を見ていた。
「この下の筒は……水道管か。各住居に水を供給、下水の回収と。雨水などの排水も行う……融雪用に温水を通す。なるほどのぉ……この備考というのは?」
「電線……もとい、魔力を供給するためのパイプです。魔晶石を購入して持ち運んだりなどしなくとも、パイプと接続された建物内でなら、魔力の供給を受けて各種魔道具を使えるようなシステムを考えていたんですが……」
「予算や技術的に難しいということであるな。だが……うむ、一部で実験するというのも、おもしろそうである」
「そこら辺は、一任いたしますよ。さて……では漸く、最後の議題、税金の概念と必要性についてです」
ページを戻し、改めて話者聞き手共に気を引き締める。
「国が何らかの活動をするにも、お金が必要です。今までは貨幣がそもそも無かったので、予算の全てを国家権力の下で使うことができましたが、これからはそういうわけにもいきません。では財源はどうするか……というと、国民から少しずつ集めます。集め方も二種類あって、累進課税と比例税があります。例えば累進課税なら、所得税、稼ぎが多い人からより多く税を集めるやり方。比例税は負担が一定。消費税……例えば、値段100の物品に5%課税すると、105の値段になる。その5が税として集められる。その人が例えどんな収入や身分だとしても、国内なら一定の割合で取られるわけです。その人の状況によって変わる税と変わらない税、それらを多種複雑に組み合わせることで平等に近づける狙いがあります」
彼の説明を、幹部らは頷きながら聞いている。今までちょくちょく、エイジから断片的に聞いていたこともあり、この程度なら容易く理解できるようだ。
「税金を納めるのは、国民の義務です。もしそれを拒否するならば、法の下に罰する」
「国民は税金を払うのに納得するでしょうかねぇ?」
「合理的に考えられる者なら。国に納めた金は、道路建設などインフラとなり、社会の全員が得をする。富の再分配とも言って、税金によって貧富の差、生活の格差を小さくすることができます」
「ふむ。では、もし税金さえ払えないほど困窮している者がいたとしたら?」
「いい質問です。では、生活保障について。二ページほどめくっていただいて……何らかの理由で所得を得られない人に向けて、国から資金的な援助をし、保護するセーフティネットのことで___」
併せて、年金など保険についても、エイジは解説を進めていく。難解な話ゆえに、幾人かは首を捻るが、基本的な理念を、そして画期的な概念であることを理解したようだ。そこまでできれば十分。
「ほう、よくできたシステムだ。お前から授けられた技術からも常々思っていたが、その世界はさぞかし、安心して暮らせるのであろうよ」
「それがそーでもないんですな、これが。発展するだけ、競争もまた規模が大きくなり、激しくなる。国内どころか惑星全体の世界規模で、格差は拡大するばかり。先進国、発展した国でも網からすり抜けて、飢え死にする人なんてたくさんいる。まあ、この国よりはマシでしょうがね……」
「だったら、もう少し早く教えてくれてもよかったじゃないか」
「この国に導入するには、基盤が足りなかった。何よりこの概念、システムも何百何千年とかけて発展してきた人類史の賜物。この世界より、よほど多くの屍が積み重なった上にできている。その過程をすっ飛ばしてる、それはハッキリ言ってズルだ。そのことは努努忘れぬよう」
「……変なところ頑固だよな、ホント」
レイヴンは不満たらたら。その不満は魔王国の民を思ってのことであろうが、エイジにだって譲れぬものがある。
「本当は、ここまで概念も技術も教えるつもりは無かった。けど、事情があってね」
「その事情というのは?」
「……すまないな、まだ言う訳にはいかない」
そこでレイヴンは引き下がる。エイジが言わないと言ったら、もう聞き出すことなんてできないからだ。
力ずくで言わせようとしても、幹部如きでは到底及ばないパワーのみならず、洗脳や精神干渉に対して強い耐性を持つエイジを従わせることはできない。また、千里眼を持つエイジは、自分たちにも見えない何かを見通しており、そのために必要だ、考えることもできる。それに、すでに十分過ぎるほど彼の力や知識による恩恵を受けているので、これ以上の強欲は彼の機嫌を損ねかねない。
「それが何についてか、とまでは訊かん。だが、一つだけ。なぜ、お前は知識を出し惜しみするのか。なぜ、秩序を重んじる?」
「……。急激な発展、強大な力というものは、歪みを生む。その歪はやがて大きなうねりとなり、不破を生み、動乱へと陥る。それは国内外を問わない。世界がそれを受け入れられるほどの下地がなければ、それはより悲惨なものとなる。それは、歴史が明瞭に示している。人間というものは、強欲で嫉妬深い。それは異世界だろうが魔族だろうが変わらないだろう。故にこそ、力と知識を授けることで生まれる混沌、私は恐れているのです」
重々しい発言に圧倒される。普段割といい加減というか、ノリが軽く親しみやすそうな彼だが、胸の内には確固たる信念を据えていて。それが表出するときには、ギャップにやられる。
「なるほど……深いな。やはり俺たちとは視点が違う」
「しかし、その信念を曲げてまで、我らの国を強くせねばならぬ理由、か……」
「無意に亡くなる命を憐れみ、救いたいと願う優しさからかな?」
「いや、それなら恐らく、より良いやり方があろう?」
「はい、その話そこまで!」
エリゴスの発言に、ギクリとするエイジは、これ以上考えさせてなるものかと、切り上げようとする。
「もっと大局的なことだ。絶対的とまで言ってよいほどの力を持つエイジが恐れるもの……それ即ち世界の__」
「あーっと手が滑ったぁ!」
「「「「えっ」」」」
その場の全員が、唖然とする。意識を逸らそうとしたエイジは、スポッと、エレンの兜を取ったのだった。
「えっ……えっ、えっ?」
その、兜を取られた当人が最も困惑しているが__
「えっ?」
取った犯人さえも、困惑していた。
兜の下にあったのは、落ち着きつつも若さを残した女の顔だった。儚ささえ感じるような、色白で整った顔立ち。闇のような、深く艶やかな紫の髪はクラウンブレイドに結えられ。その瞳は、魔族の特徴のものとはやや異なる赤眼。
女性であることは知っていたが、まさかこんな感じの美人だとは思ってなかった、の反応である。
「ッ__!」
だが、エイジに呆けている余裕はなかった。一瞬で我に返った竜騎士は、肌身離さず持っていた槍を構え、鋭い殺気と共に一突き。
しかし__
「おっとぉ! 危ないねぇ」
その素顔と突然の攻撃に驚いたが、咄嗟に剣を取り出し、一閃。ランスを弾き飛ばした。
「はぁ……びっくりしたとはいえ、仲間に槍を向けるのはどうかと__」
「う……うう……あ!」
「ん? どうした」
槍は壁に突き刺さり、完全に彼女の手を離れた。しかし、何やら様子がおかしい。
「あっ……あああ……あっ!」
うずくまり、頭を押さえて苦しみだしたのだ。
「エレン⁉︎」
「うああぁぁぁぁぁぁ!!!」
そして、突如仰け反り絶叫すると、ゆっくりと力なく俯いた。
この騒動によって、エイジの隠しているものだとか、完全にどうでもよくなった。その点は狙い通り、なのだが。それどころではない。
「うっ……うう」
あっけに取られ、静まり返る部屋に、エレンの呻く声がする。そして、この状況をどうしたものかとオロオロするエイジは、壁に刺さった槍を見て、近づく。
「あっ……それは、ダメッ……!」
まだ意識は混濁しているようだが、その中でもエイジに向け、静止するよう呼びかける。
「えっ__」
しかし、遅かった。エイジは柄に手をかけて、引き抜いてしまった。
「なっ……うぐ、ああぁっ!」
その瞬間、エイジに纏わり付くように黒い靄が溢れ出る。それに蝕まれているのか、エイジは悶える。
「……ぅるせぇ……黙れ!」
しかし、抗うように頭を大きく振り、拒むように叫ぶ。
「そうか……キサマか!」
何かに納得したように、苦しみながらも目を見開くと__
「オレにぃ! 指図! するなァ‼︎」
勢いよく地面にランスを突き立てる。そしてその瞬間、幾つもの魔術陣が巻きつき、縛り上げた。
「はぁっ……はぁ……チッ」
息を荒げながらも、エイジは何ともないようだ。舌打ちすると、槍とエレンを交互に見る。
「だい……じょう、ぶ……なの?」
「そりゃ、こっちのセリフだ」
エイジは手を差し伸べようとして、立ち上がる力も無さそうだなと見ると引っ込める。そして、彼女の変化に気づく。
体を覆う漆黒の鎧は、光の粒となって溶けるように消えていった。その下にある肢体は、レイエルピナと同等以下に華奢であり。装束は、貴族の礼装のようでもあった。
「わた、しは……」
「皆まで言うな。分かったさ。コイツは、精神を乗っ取る洗脳の呪い。まさに魔槍だ。君は、これに操られてたってワケだな」
そして、エイジは再び槍を持つと、彼女の目の前に置く。
「安心しろ、今コイツを封印してやった。もう、力に呑まれることはない」
だが、その槍に彼女は手を伸ばすことはなかった。
「「「……」」」
そして、これまでの怒涛の展開についていけず、他のみんなは置いてけぼりだった。
「で、どうだ。落ち着いたか? 自分が何者か、思い出せる?」
「……ええ。まだ少し、頭がぼーっとするけれど……」
「そうか。なら、教えて欲しい。エレン、君が誰で、なぜここにいるのか」
ずっと床にへたり込ませているわけにもいかない。エイジは彼女を抱き上げると、先ほどまでいた席に座らせてやった。




