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魔王国の宰相 (旧)  作者: 佐伯アルト
Ⅰ 宰相、始動
21/291

9 宰相候補の初陣②/2

 砦の前に兵達二千体+増援千体を展開し終えた直後、彼らの視界に敵兵達が入った。兵数は魔王国軍との対比で数えるにおよそ二千五百。数は魔王国側が上回っているが、過半は亜人族で、帝国兵より戦闘技能は劣る。敵の進軍は速かったが、昨日夜遅くまで二人が迎撃準備をしておいた甲斐もあり、兵達は迅速に行動した。


「あの作戦でいくんだな?」

「ああ。責任重大だぜ……武者震いして来やがった」


 彼が打診し、城を出る前に保険として魔王様から貰っておいた虎の子を作戦に組み込んだ。なくてもなんとかなったかもしれないが、一応貰っておいてよかったといえる。


「兵士達の指揮、任せたぞ!」

「ああ、分かっている」


 指揮を出すのはエイジではなく、彼等に顔が効く将軍レイヴンだ。と、確認し合っているうちに、敵が間合いに入った。


「ではお前達、戦闘開始だ‼︎」

『ウオオオォォォ!!!』


 鬨の声が上がる。場に満ちていた緊張が弾け、人間対魔族達の戦いが遂に開幕した。



 本来この戦いは防衛を目的とするものだが、この作戦ではそれ以上に敵に大打撃を与え再起不能にする事が狙いだ。兵の配置は左右をやや厚めに配置し、中央はわざと手薄にしている。そして、中央後方に幹部格三人が陣取っている。つまり、幹部自らも戦いに出る訳だ。



 戦闘が始まった直後は前線が拮抗していたが、暫くすると彼の狙い通り中央が押され始めた。そして恐らく帝国軍はこちらの作戦を全く警戒せず進軍してくるだろう。この作戦の要は上級魔術を用いたものなのだが、この砦に配置されているものは低級の亜人種ばかりで、高度な魔術は使用されないと敵は想定する。そこを突く訳だ。


 遂に敵兵たちは、中央の兵士たちの壁を2/3程突破して来ていた。


「そろそろだ。準備を始めろ」

「へいへい、りょーかいりょーかい」


 そして彼は周りに魔道具や触媒を広げ、準備を始めた。


 そして、幹部からも幾人かの敵が見え始めた頃、レイヴンに言った。


「こっちは準備完了だ。お前は⁉︎」

「いつでも」


 それを聞いた彼は最終段階に取り掛かった。両手を突き出し、詠唱を始めたのだ。


「『其の光は即ち星の輝き也。其の光は即ち星の慈悲也。そして我は、其の光を以って汝らに瞬殺と云う救済を与える者也』!」


 迫り来る敵の軍勢の存在を意識の外へ追い出し、ゆっくり一句ずつ噛み締めるように、自身の体を流れる魔力の奔流を感じながら、その言葉を紡ぐ。


 そして最後の壁が破れ、敵兵が突っ込んで来た。しかしその目の前にあるものに気付くと彼等は足を止め、愕然として目を見開いた。それは誰でもそうなるだろう。何故なら目の前にあるのは、直径3mにもなる大きな魔法陣なのだから。


「レイヴン‼︎」

「……ああ」


 彼は天に向け魔術を放った。打ち上げられた光弾は上空で弾け、戦場全体を照らし出した。その瞬間、魔王の兵士達は左右に割れ、目の前にいるのは動揺している敵兵のみとなった。そしてその瞬間、エイジは叫び


「痛みも感じぬままに逝くがいい。穿て!『Aurora(アウローラ) Extinction(エクスティンクション)‼︎」


 その魔術を放った。



 『Aurora Extinction』。魔術ランク6の光属性魔術。人間の魔術師なら十数人程度でなければ放てないほどの大魔術だ。そのただでさえ威力の高い魔術を魔王から頂いた触媒などを用いて、更に威力を上げた。その威力は実質6.5。その魔術は発動すると直径4m、射程500m以上にもなる極太のビームを放つ。その光線に直撃したものは、圧倒的なエネルギーによって体が光分解を起こし消滅。直撃しなくてもビームに2mより近ければ、吹き荒れる魔力の奔流により体がズタズタに裂けてほぼ即死するだろう。正に戦略級大魔術。流石に彼一人では放てないので、魔導書を拝借してきた。結果はご覧の通り。敵軍はこの一撃で千人を優に超える者が戦闘不能になり、戦略的には全滅と言えるだろう。代償として、術者はほぼ魔力が底をついたが。


 エイジは結果を確認するや否や、すぐに指示を出す。


「レイヴン、指示!」

「ああ、全軍追撃だ‼︎」


 部隊の過半数が消滅し恐慌に陥った敵をすぐさま追撃し殲滅を開始する。



 潰走する帝国軍と追撃する魔王軍。それを眺めながら自ら放った魔術によってできた道を、エイジは幹部二人を引き連れながら悠々と歩いている。彼は自分の策の結果に満足しながら進んでいると、殿とみられる予備部隊らしき者たち複数人が囲まれながらも奮闘しているところが目に留まる。よく見ると、そこで戦っている者達の一部は、正に勇者とその一行といった風情の格好をしている。更に装いに加えて役職も、勇者、戦士、魔法使い、僧侶とこれまたテンプレの極みのようだった。少し興味が湧いたので、彼等を囲っていた連中を下げさせ、隣に居るレイヴンに耳打ちする。


「なあ、オレあの勇者みたいな奴と一騎討ちしたいんだが、取り巻きの方の相手をしてくれない?」

「オレに指図だと?」

「作戦成功」

「うぐっ……チッ、わかった。仕方ないなぁ、ハァ……」

「一応、殺さないでね。交渉材料になるかもだから」


 レイヴンは腰のサーベルを抜き、魔力を纏わせた。それを確認するとエイジも片手剣を喚び、一気に十数メートルの距離を詰めて勇者に飛びかかった。


「なっ、グアアア…!」


 彼の攻撃を辛うじて防いだものの、衝撃を受け流せず数メートル吹っ飛ぶ勇者。その直後レイヴンも彼の取り巻きを一撃で全員吹き飛ばした。


 吹っ飛んだ勇者のもとにゆっくりと歩み寄る。彼は呻きながらも立ち上がり、こちらを睨み付けている。


「やあ、初めまして。キミの名前はなんと言うのかね?」


 エイジが声をかけると、驚いたようにこちらを見つめ、はっとして咄嗟に応える。


「オレの名は、リョウマだ!」


 __ほう、ヨーロッパ系の文化なのに日本語の名を持つとは。もしやこの異世界に飛ばされたのはオレだけではないのか? いや、考え過ぎだ。そうであって欲しい。そうでなければ、非常に厄介だ__


「おや、すまない、人に名乗らせておいて僕は名乗らなかったね。僕の名はエイジ。新しく魔王国の一員になった者さ。ふむ、ところでリョウマくん、キミの戦う理由は何なのかね?」

「お前ら魔族と交わす言葉などない‼︎」


 吐き捨てるように言い放った。どうやら魔族に恨みのようなものを持っているようだ。しかしそれはエイジにとってどうでもよかった。それにはあまり興味も湧かない。


「まあまあ、聞いてくれよぉ。僕たちもね、生きるのに必死でさ。しかたなぁく戦っているのさ。」

「黙れ、貴様らのことなど知ったことではない‼︎貴様らが悪で僕等こそが正義なんだ‼︎」


 __ああ、ダメだなこいつは。自分の行為を盲目的に正義だと断定している。正に独善者。たまにいるよなぁ、こういう自分の価値観押し付けてくるヤツが。オレは偽善者だが善悪の判断はついている。善と知って偽善を為し、それを悪と知って尚目的のために誇りを持って悪事を為す。そしてこういう自分こそ正義の味方みたいなヤツは、オレは反吐が出るほど大嫌いだ。だって、悪は自身の行為を悪と認識してるから良心や罪悪感で歯止め効くけど、暴走した正義はどうしようもないからね。自分の行為を善行であると疑わないから。ほんとロクでもない__


「なるほどなるほど、キミのことはよおく分かった。どうやら僕たちは分かり合えないらしい。無駄な問答だった様だ。かかってこい、瞬殺してやる!」


 その言葉を聞くや否や切り掛かってきた。しかし、遅過ぎる。幹部達に比べれば、こっちが悲しくなるほどに、遅い。短剣を喚び出し受け止め、押し返す。しかし勇者くん(笑)は絶叫しながら切り掛かってくる。だが太刀筋が甘すぎる。短剣で容易く受け止め、流し、いなし、弾く。魔術を撃とうと突き出した左手を刺し、鳩尾を蹴り飛ばす。


「ガアアア…ッ!」


 こいつはさっきから絶叫してばかりだ。エイジは弱いものいじめみたいに感じて、なんかつまらなくなってきた。


「仲間がいないと弱いんだねえ」


 その言葉にあたりを見渡し、そしてレイヴンに秒殺された仲間を見つけ愕然とした。


「人の心配を、している場合かなぁ!」


 追撃に戦鎚を叩きつける。当たらなかったが、いや当てなかったが、衝撃で鞠のように吹っ飛んだ。しかし彼は幾度吹っ飛ばされようと起き上がる。そこは褒めてやりたいが、そろそろめんどくさくなってきたので終わらせようと思ったところで、


「貴様ら悪の種族に、このオレは負けない! いつかベリアル如きクソッタレは、オレが討伐する!」


「いま……何と言った? ベリアル様が、何だって?」


 その言葉に何かがプツンと切れた音がした。


「魔王様を、ベリアルを! 貴様如きが侮辱するな!!!!」


 武器を何本も召喚し飛ばす。殺すつもりはなかったが何本か当たった。魔王への誹りは彼の逆鱗に触れるも同じ。


「やっぱやめた。テメェは殺すことにする」


 剣を取り距離を縮めていく。すると


「そこまでだ、魔族め!」

「俺たちが相手だ!」

「リョウマ殿は我らの希望、ここで失う訳にはいかない!」


 雑兵が十人ほど立ち塞がり、エイジは囲まれた。意外なことだったのでつい本音が漏れる。


「え? そいつが希望? いやいや、託す相手を間違えてるよ……自分の命の方を大切にしなよ」

「なんだとぉ⁉︎」


 その言葉に激昂したらしくかかってきたので仕方なく応戦する。


 正面から突っ込んでくるものに炎を放ち(1)、右からくる槍先を片手剣で切り落として、左手のナイフを腹に突き刺す(2)。左から剣の切り掛かりを下がってかわし、槍で剣を弾き胸を貫く(3)。回れ右して雷撃を放ち(4)、左斜め後ろから大剣の上段切りを白刃どり、腹を蹴り飛ばした後ナイフを急所に投げ(5)、大きく後ろに飛んで弓を取り矢を一息に連射して二人ヘッドショット(6,7)。槍を手に突っ込んできた重装兵の裏に回り込み首を掻き切る(8)。槍を投擲して後方の術師を貫き(9)、もう一人に一瞬で詰め寄り腹を切り裂く(10)。わずか三十秒の出来事。幹部たちの動きに比べれば、この程度止まっているようにしか見えなかった。


 今、彼は初めて人をその手で殺めた。いや、先ほど戦略級魔術で数百と殺したがそれとこれとは話が違う。一瞬のうちに十人を殺した手をただ漫然と見つめる。しかし当初想定していたほど心にくるものはなかった。ただ何も感じないのが少々恐ろしいと考えた。そして人は脆く、この強大な力は濫用しない方がいい、とも。果たしてエイジは元から狂っていたのか、それとも異世界で暮らすうちに性格が変わってしまったのか。彼自身の想定はおそらく後者だ。理由はただの感覚。とは言え、異世界転移などという、環境がまったくの別物へと変わるショックを体験すれば性格なぞいくらでも変わりそうであるが。


 さて、ここは戦場。いつまでも呆けているわけにもいかない。リョウマへと向き直り交渉を持ちかけ

 る。


「なあ、勇者くん。取引しないかい? キミらは今すぐここから撤退し、帝都なりに帰りなさい。そうすれば生き残り達の命は見逃してあげよう。キミの仲間もまだ生きてるしね」

「けどオレは、オレの正義を果たす!」


「キミの間違った独善と人命、どっちか大事だというのかね。もしここで退かなければ、今みたいに犠牲は増える一方。今生き残っている人達や仲間を殺したのは、君の正義ってことになるけど。それにそもそもどうしたってキミは僕に勝てないだろ」

「うぐう……クソッ‼︎」


 どうやら交渉成立のようだ。まあ、エイジは彼の持っている矜持が気に食わなかったから踏みにじってやろうと思っただけで、こんなモノは到底交渉などではない。プライド捨てれば生かしてやるというただの脅迫だ。


「レイヴ〜ン、交渉成立。軍を退かせて〜」

「なっ……レ、レレ、レイヴ…ンだと…」


 リョウマは呆気に取られたように呟いた。どうやらレイヴンは帝国でも名の知れた存在らしい。__その存在と対等に会話するオレも、相当すごいんだぞってこと、分かってくれたら嬉しいなぁ__せっかくだから最後は悪役らしく締めようか、とエイジは悪役ムーブを醸しながら言い放った。


「もう一度名乗っておこう。オレはエイジ、魔王国の新しい幹部格だ。目が黒いのを見て貰えばわかる通り、今はまだ魔族じゃあないが、キミと次に会う時には魔族になっているだろう。そのときオレはもっと強くなっている、キミもせいぜい励むことだな」




 戦闘終了から暫く経った後。


「ところで、なぜあそこで軍を退かせた。」

「それはだねぇ、僕は殲滅は大好きだけど、無用な殺生は好きではないからだよ」


 後始末をしながらレイヴンの質問に答えていた。結果として敵は千七百を超える死者を出したが、魔王軍は七百弱程度の損害しか出ず、まさに圧勝と言える結果で終わった。途中で退かなければ相手に二千以上の被害を与えることができたかも知れないが、ここは彼に残っていた温情で見逃してあげた。


「で、戦いは終わったが、どうする」

「ああ、増援は万が一の備えとして残しておいて、オレら2人だけ帰って魔王様に報告すればいいと思うけど、どう?」

「ん、それでいいさ」


 戦いが終わってからというもの、明らかにレイヴンの態度が軟化した。成功したら認める、という宣言を守っている訳だ。__いや、割と早い段階で認めてくれていたのかも。ただ最後まで意地を張ってただけだろう__


 そして帰りの馬車で、彼の行きは酷かった貧乏揺すりも、完全に鳴りを潜めていたのだった。

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