4 過去との訣別 ④
翌朝。
「わりぃ、遅れた」
ガデッサが焦った様子で宰相執務室に駆け込んでくる。
「もうお昼前ですよ、遅刻どころではないほどなのですが」
エイジの机について、資料を読んでいるシルヴァが目線もくれずに咎める。
「アイツがなかなか寝かせてくれねえもんでよ。……って、ヤツはどこだ?」
「……寝かせてくれない? エイジなら、さっき用事があるって出てったけど……って!」
ガデッサをチラリと見たレイエルピナが、びっくりして声を張り上げた。それに釣られて他数名も視線を動かし、例に漏れず仰天する。
「お、気づいたか?」
「ガデッサ、その体どうしたのよ⁉︎」
つい一瞬スルーしそうになったが、昨日までと体の様子が全く違う。欠損したはずの左目と指があり、傷跡が消えて、体の歪みもない。
「おう、治った」
「治ったって、そんな……いえ、エイジと何かがあったんですね」
そのくらいしてみせるだろう、と彼の能力に強い信頼をおくシルヴァは、何ら不思議そうにはしなかった。
とその時、ガデッサの周りで稲妻がバチバチと走る。
「おっと、まだ制御できねえな。ちょっと力むと、すぐこれだ」
「まさか、魔力を得たんですか⁉︎」
驚いたのはテミス。そして、自分も似たようなケースに心当たりがあり過ぎて、何があったのか一瞬でほぼ全て察してしまった。
「まあ、そんなとこだ。さあて、じゃあアタシも仕事をしねえとな」
皆がまだ事態を飲み込めていない中でも、さして重要そうにしていないガデッサの反応に、より困惑する。
「んー、にしても腰がいてぇな……まあ、普段こんなとこ使わねえもんな」
「まさか……そーゆーことでしたのね」
ガデッサのあらゆる動作はぎこちないが、これまた身に覚えのあるダッキも、大体察した。
「そーゆーことって__」
「どういうことだ? 皆は納得しているようだが、私には皆目見当つかないぞ」
その中で、イマイチピンときていない方も数名いた。が__
「あ、大体わかったわァ。つまりィ、昨日エイジくんに体を治してもらってェ、その流れでエッチなことしてェ、そしたら魔力が活性化したとかかしらァ?」
「ん。おう、その通りだ……」
思い出して体が震え、顔が耳まで真っ赤に染まる。どことなく仕草の一つ一つが、ガサツなだけだった今までと違って、どこか色っぽく見えてしまう。
「な……なぁっ……」
約二名、ウブな方々は赤くなって恥じらい。
「ふゥん……」
若干二名は、あまり興味なさげにしながらも気になってしまい。
「ど、どうだったんです?」
そして、およそ三名は興味津々。
「……まあ、一つ分かったのは……アイツがとんでもなく意地悪い鬼畜ドS野郎だってことだ」
「あー、わかります。ホント、愛されすぎて死にそうになりますよね」
「そんなカレにテクを教え込んだのはワタシよ?」
「それ、体を差し出して好きにさせてたら、いつの間にかエグいことになってた、の間違いじゃないですの?」
その他職員たちは、デリケートな話題だからか、空気を読んで目線を逸らし、必死に気にならないフリをする。
「え、そうなの? そんな感じは、あまりしなかったけど……」
そのレイエルピナのカミングアウトに、皆が驚愕する。とはいえそれは、まさか彼女が、というものと、いつの間に、というものに二分されるが。
「それは、多分、初めての人には優しく、手加減したからなんじゃないか?」
「いえ。例えハジメテでも彼は遠慮なんかしませんよ」
イグゼの素人意見は、シルヴァにばっさり切り捨てられ。
「そ、そんなにすごいのか?」
「はい。彼に攻めさせたら、まず勝ち目はありませんよ」
「え……テミスって、体力お化けだったよね? 常人なら数十秒で動けなくなるようなレガリアを、魔力なしでも数分間フル稼働させられるくらいだし……」
「ええ、そうですけど……そういう体力と、アッチはあんまり関係がないみたいで」
テミスはイグゼに近寄ると、こしょこしょと耳打ちする。すると、みるみるイグゼの顔は朱に染まる。
「ああ、そうだ。初めてのアタシを、抵抗できない……あんな状態で……あんなメチャクチャに乱れさせてくれやがって!」
「あれ? ガデッサさんって、そのぉ……」
「ああ、そうだ。けどよ、アイツなんて言ったと思う? ……自分の女にするなら、初めて奪わねえと満足できねえ、だとよ」
「つまりそのためにわざわざアソコまで? きゃーっ!」
「……確かに。アイツなら言いそう」
公の場で堂々と。結構えげつない話をしている。当人たちには、あまり自覚はないようだけれど。
「貴様ら、何を猥談しているのだ! 仕事に集中したらどうだ⁉︎」
「そんなこと言ってェ。気になっちゃうクセに」
「な、なぁっ⁉︎ そ、そんなことは決してない! 断じてない!」
「ウフフ、動揺しちゃって。ムッツリちゃんね」
もう止められる者はいない。と、職員らが絶望しかけたところに、光が差す。
「今戻ったぞ。お、起きたか。おはよう……いや、もうこんにちはかな、ガデッサ」
渦中の男だ。流石に当人の前でまで話は続けられないのか、一斉にピシャッと口を閉ざす。
「盛り上がってたようだけど……どうやら変化には気づいたようだね」
ガデッサの周りに群がっている女子たちを見て、おおよそ察する。主な会話内容が、まさかあんなことだとは思いもよらない様子だけど。
「さて、早速で悪いけど。ガデッサ、ちょっと仕事を頼んでもいいかい?」
「ああ……ってて」
「大丈夫⁉︎」
立ち上がると同時に顔を顰め、姿勢を崩しかけるガデッサ。エイジは心配した様子で駆け寄る。
「治療後の不調とかは? まだ、体が慣れてないとか⁉︎」
「心配しすぎだっての。ただの全身筋肉痛……ったく、誰のせいだと思ってやがる」
「……ふふっ、悪かったね」
イタズラっぽい笑みに、昨晩のことを思い出して、また体が熱くなるのを感じるガデッサ。もうこの男に目をつけられた以上、とことんまでダメにされる気がしてたまらない。
「さて、と。他国の視察を済ませ、棚からぼたもち的に有益な情報と技術も手に入れた。さらには、それの解析も終わった。そろそろ本腰を入れて、次の改革を始めようと思う。今まではちょっと時間をかけすぎたからな。そのために今は、明日の会議に向けて資料、原稿というかプロットを作成中だ。ていうか、もうほぼできた。発表した後、幹部らに吟味してもらって、また数日後に会議開いて、改革開始。また忙しくなるから」
とここで脈絡無く、真面目な話をぶっ込んでくる。もうそのムーブに慣れた面々は、一々戸惑ったりしない。
「え、もうそんなに終わってたの⁉︎」
「共和国帰りの馬車で時間は十分にあったし、一昨日の夜に昨日の昼も、時間があったからノクトやフォラスと一緒にずっと解析してた」
「そう、早いわね」
「昨日の天気は霙だった。もう冬はすぐそこまで迫っている。時間がないんだ、寒くなれば身動きが取れなくなってしまう」
「それをなぜ、私たちにまで?」
「そりゃあ、君たちにも会議に出てもらうし、働いてもらうからだ。存分に、重要な仕事をね」
真面目な面持ちで、特に新入りの三人に視線を配る。
「そういえば、君たちは改革期の魔王国を知らないのか。死ぬほど忙しいぞ〜?」
「その重要な仕事ってのは、アタシもやるのかよ? 力不足だと思うんだがな」
「はぁ……ガデッサ、君は自分の優秀さをちっとも分かっていない。戦闘技能に学習能力。これほどの逸材、そうそういないぞ」
「そりゃあ、教師がいいからだろ?」
「じゃあ、どっちも、ってことで。でも特に、熱意が素晴らしいよ」
「へ、当たり前だ。アタシを救ってくれたお前さんに少しでもお返しできんなら、なんだってしてやるぜ」
「そんなこと気にしなくていいと__」
「だからぁ、アタシの気が済まねえってんだ! お前さんだって、どうせ同じタイプだろ? 与えられてばかりじゃ嫌なんだ。恥とか悔しさじゃなくて、申し訳なさとかそういうのだ。分かってくれたか?」
「ああ。よーく、分かった」
お互い認め合い褒め合い、イチャイチャしたところで、不満そうなシルヴァが割り込む。
「ところで、思いがけない有益な情報というのは、どのようなものでしょうか?」
「それは__」
「わたしの過去は、知ってるわよね。一昨日、コイツと一緒にわたしは奴らに復讐したのよ。有益な情報ってのは、その時手に入れた奴らの研究成果ってワケ」
「なるほど……先日急に休暇を取ったのは、そういうことでしたか」
「その情報で、ガデッサに必要な薬や治療術式の研究が一気に進んだってわけだ。物事は思いがけないところで繋がっているんだなと実感したよ。……っと、脱線した。まあそういうわけで、忙しくなるから覚悟しとき。でさ、すごい今更だけど、質問していいかな」
「なんですか?」
「なんでみんな、勢揃いしているの?」
驚愕の事実。なんと、エイジが呼び寄せたわけではないのにみんないたのだ。
「なんというか、胸騒ぎ、とは違いますけど……女の勘? みたいなのでここにいたらいいような気がして」
「……そ、そうか。まあいい、ちょうどいいところだった。呼ぶ手間が省けたし。先んじて、君らには今後の展望の説明をしておくよ。で、ガデッサに仕事というのは、その説明資料をだな__」
「了解、持ってくるぜ!」
「あ……ちょっと」
どんな資料か説明する前に、出ていってしまった。
「はぁ……まあ、気づいてすぐに戻ってくるでしょうよ」
と思ったものの、すぐには帰ってこない。
「引くに引けなくなったか?」
そして数分後、ようやく戻ってくる。
「ガデッサ、資料ってのは__」
「これのことだろ?」
その手には、いくつかの紙束が。それを受け取りペラペラ捲る。
「えぇ……」
「お前さんは今日、朝までアタシの部屋にいた。だから自分の寝室に忘れた。あとは、開発のレイエルピナと生産のテミスに根回しするためその二つの部署、それからフォラスとノクトの研究成果が必要で、データを整理しつつ保管するために情報室にもいくつか置きっ放し。エイジってちょっと抜けてるところあるからな。さっきまで外にいたのに、資料を回収するの忘れたから、自分は仕事しながらアタシに回収させようとした。だろ?」
「……お見事。敵わないよ」
「へえ? じゃあアタシも秘書になれっかな」
「忘れないでください、エイジの右腕はこの私です」
「じゃあ、わたくしは左腕で!」
「そんな慣用表現ねえし……それに君らの利き手的に逆では」
「「それは野暮というものです(わ)」」
「ゴメンナサイ」
そしていつも通りの茶番、いちゃつきをを繰り広げ、エイジが咳払い。
「では、これから説明を行う」
真面目な雰囲気。全員気を引き締めて、傾注する。
「が、その前にお昼休憩しようか」
台無し発言に、その場の全員がずっこけた。




