4 過去との訣別 ②
存分に泣き腫らして、彼女が落ち着いた頃。
「アタシの暗い過去の証、本当に消し去ってくれやがって……へへっ、お前さんは本当に、アタシの救世主だ!」
未だ涙の滲む目で、エイジの背中をバシバシ叩く。
「でよ、気になったんだが、どうやって治してくれたんだ? どうやらアタシの体をズタズタに掻っ捌いてたみたいだけど」
「まあ、傷の上書きだ。以前カムイに腕を切り落とされた時、再生ができなかった。だが、それより先の部分で新たに傷を作れば、そこから再生できた。そこから着想を得たんだ。傷を上書きすれば、そこから再生が始まる。歪んだ再生箇所を切り落とし、傷跡を抉り取って、そこから再生すれば綺麗になる。当然、魔術も超高位だけどな。たださっきまでの形に戻すのではなく、在るべきカタチに戻す術式だ。遺伝子から歪むべくして生まれたならどうしようもなかったが、君の場合は病気や劣悪な環境のせいで奇形になったに過ぎないと思って。実際この通り」
「うへっ、ややこしい話だな」
「なんとなくの理解で結構だ。それより、他に感じることはないか? 例えば、体の軋みとか」
「……確かに、今までと比べりゃ全然体が楽だな……てことは、まさか?」
「おうさ。君を蝕む病魔も取り除いた。完全ではないけどね。で、どうやったかというと、まずはヴァンパイアの能力で吸血。牙には麻酔効果もあるし、味からどんな状態かわかる。魔力の質、健康状態、ストレス、性別、性交経験、その他諸々。ちなみに君の血液はドブかなと思うくらいゲロ不味かった。つい吐いてしまったよ」
「んなこと、わざわざ本人の前で言わなくったていいだろ……気にしちまうって」
「で、麻酔が効いているか確かめると同時に、注射を打った。あれは免疫を活性化させて病気を無理矢理取り除かせるというもの。エイズに効くかはわからんが……どうやらこの世界にはまだ発生していなかったようなのでね。代謝の活性化なのでかなりエネルギーを消費して常人にはしんどいけど、君にはオレの生命力こと魔力を分け与えたので問題なし」
「まあ、なんにせよ、アタシが治ったってことはわかったさ。あんがとな」
それから、少ししおらしくなって、エイジをまっすぐ見つめる。
「エイジ。お前さんは、アタシを薄暗く汚れたスラムから救い出してくれた。それだけじゃねえ、メシも、服も、安心できる寝床も、知識もくれた。そして今、アタシの消し去りたい過去を、本当に消してくれた。そんなアンタに、アタシの全て、捧げたいんだ。残りの人生、全部を……!」
「君を救ったのは、単なる気まぐれ。恩だとか重荷に感じることはない。好きなように生きろ」
「うっせぇ! 好きにしてんだろうが! アタシは、アンタが好きだから! 一緒に生きたいっつってんだよバーカ!」
その顔は真っ赤だ。恥ずかしいのもあるだろうが、それ以上に恋慕の興奮によるものが大きい。
「え? オレのことが、好き?」
「……はぁ⁉︎ バッカじゃねえの!」
そのまま怒ったように、キョトンとしたエイジの胸ぐらを掴んで揺さぶる。
「ここまでされて好きにならねえ奴がいるかってんだよこのアホ!」
「……どのくらい好きなの?」
「メロメロのベタ惚れに決まってるだろうが。全てを捧げたいとか言ったんだぞ! ……はぁ、なるほどねえ。この鈍さじゃアイツらも手を焼くわけだ。……なあ、あいつらってお前さんに好きって言ったのか?」
「ああ、言われた」
「それでこれかよ……筋金入りだな」
呆れたように頭を振ると……下腹部を押さえながら、エイジを見つめる。
「はぁ……なあ、エイジ。もう一個だけ、ワガママ言ってもいいか?」
「どうぞ」
「……その、だな。アタシに、教えて欲しい」
「……」
エイジは無言でじっと見つめ返し、続きを促す。
「本物の、セックスやつを」
彼女の瞳は、熱に浮かされたようにぼーっとして、潤んでいる。そんなふうに求められては、断る術など持ち合わせていない。
「……ああ、わかった」
「いいのかよ。他の奴らとも関係持ってるんだろ」
「特に君に対して断るのは酷だろう。トラウマとかもあるだろうし」
「……まあな」
「それも蕩かす。救うと決めた以上、最後まで責任持つさ」
「ってことは、期待していいんだな? ……じゃあ、任せたぜ」
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次回は完全R18




