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魔王国の宰相 (旧)  作者: 佐伯アルト
Ⅷ エイジの女難
201/291

1 復讐の『R』 ②

「は、早く逃げろ!」

「う、うわぁぁ!」


「……死ね」


 突然の襲撃に慌てふためく研究員たち。そいつらを冷酷に睨み、自分でも驚くほど底冷えする声と共に魔弾を放つ。


「容赦しない。アンタらに慈悲なんかくれてやるか。塵すら残してやらないわ」


 明らかにハズレと見たビルは、次々と砲撃をして崩壊させる。


「ッ……チッ、警備兵……!」


 倒壊させたのも束の間、警備兵が押し寄せてくる。それに背を向けると、身体能力を強化し、走って逃げる。


「すでに結構魔力を消費しちゃってる、これ以上消耗するわけにはいかないわ! 奴らは、アイツに任せる!」


 本来は、自分だけで成し遂げるはずだった復讐。しかし、手伝ってくれるなら、とことん利用してやるまで。


「にしても、何も喋らないし、不気味ね。なかなか撃ってこないし。エイジにはバンバン撃ってるのに……って、こんなこと考えてる場合じゃないわ!」


 その頃エイジも、ビームや魔力剣飛ばしで的確に撃ち抜き、次々と固定砲台を破壊していく。加えて地上を薙ぎ払うようにビームを撃ち、焼け跡がエネルギー満ち満ちたような禍々しい色に輝くと、しばらく経って爆発を起こす。周辺にいた警備兵や研究員たちも、もれなく消し炭だ。


「にしても、アイツ随分ちまちまと。まとめて吹っ飛ばせば……いえ、わたしを巻き込まないようにしてくれてるのね。お優しいこと」


 だが随分と助かっている。戦力的な意味だけでなく、精神的にも。いざという時助けてくれる、そういう保険があると心に余裕が生まれるのだ。


「さて、そろそろ見つかって欲しいんだけど」


 なかなかそれらしい施設も見つからず、苛立ち始める。バズーカを二丁携えて、次々爆破しているが、それでも一向に敵が弱る様子もない。


「このままだと、アイツが全部壊しちゃうわ」


 声音が沈む。自分が役に立てないことが、申し訳ない__


「いいえ! 悔しいの! これは、わたしの復讐だ‼︎」


 曲がり角から突然現れた魔導タンクの股下に潜り込むと、ダインスレイヴで下から上へ穿つ。そうして風穴を開けると、崩れ落ちるボディに押し潰されないよう、急いで離脱。さらにその爆発に、数名の兵が巻き込まれる。


「ふ、ラッキー!」


 おまけにそこへ砲弾をお見舞いすると、また別の建物の上へ飛び移る。


「さて、そろそろ見つかりなさいよ」


 そこから戦場を俯瞰し、重要そうな施設を探す。その視線の先、北側では絶えず爆発が起きている。どうやらそちら半分は、エイジがほとんど破壊し尽くしてしまっているようだ。


「はぁ、ホント出鱈目なんだから……え、あれは?」


 そこから視線を移して東側。施設の真南に、一際高い塔が見える。さらに、そちらと反対位の南西方面、彼女の真下には大きな平家が。


「おそらくは司令塔と、兵器の倉庫ね。ようやく見つけたわ、敵の主要設備!」


 高い塔の一番上にはアンテナの様なものが。平屋からは続々と魔導タンクが出てくる。間違い無いだろう。


「ぶっ壊す!」


 バズーカを長距離砲撃モードにして構え、塔のど真ん中に砲弾をぶち当てる。


 だが__


「そんな……なんて堅牢なわけ⁉︎」


 かすり傷、焦げ跡の一つもつかなかった。自力での破壊は困難、そう悟ると迷わず通信機に手をかける。


「く……エイジ、南側に敵の司令塔と兵器倉庫を見つけたわ!」


『了解。合流するから合図を。で、破壊はできそうか?』


 バズーカのタイプを変更。空に向かって、花火のような閃光弾を打ち上げる。


「いえ。塔の方は、ただの砲弾じゃびくともしない。消滅の魔力は、まだ試してないけど」


『わかった。塔はオレが破壊する。離れていろ』


「任せるわ。倉庫の方は、できる限りわたしがやる」


 通信を切ると、眼下の兵器庫を狙う。


「わたしの砲撃だけで崩壊させるのは難しそうね……だったら!」


 照準器のタイプを切り替える。それは、サーモスコープ。


「熱源はあそこね……爆ぜろ!」


 極限まで圧縮した砲弾を一発。強い熱源に向けて放たれると、倉庫の外壁を難なく打ち抜き着弾、爆発。さらに、爆発は連鎖。魔導タンクや火薬が誘爆し、最後にド派手な大爆発を起こして吹き飛んだ。


「ううっ……誘爆、狙い通りね。さて、あっちは……」


 爆風を耐え忍び、崩壊する建物から別の場所へと足場を移すと、司令塔の方を見やる。するとそこへ、一条の光が向かって来ていた。元来た方角を見ると完全に沈黙、壊滅状態になっている。


 飛来するエイジは、飛びながら何かをぶつぶつ唱える。その右手には、彼の体よりも大きい魔術陣が展開されていた。


「これが目標か……喰らえ、『Judgement』!」


 対象物の真上で停止すると、その魔術陣を振り下ろす。そして腕が突き出された瞬間、極太の魔力砲が放たれて塔を完全に飲み込み、消滅させた。


「あれ、ランク6は超えてるわよね……今更もう驚かないわ」


 さらに塔破壊直後、レイエルピナの反対側、東へ飛んでいくと二対の翼の先端を体の前で合わせる。


「翼指収束__」


 その先端に魔力塊が形成されると、またしてもビームを照射。地表を薙ぎ払い、別の兵器庫を完全破壊する。


 そのまま身を翻すと、何もなかったかのように、地面に向けて何本もの魔力剣を撃ちながらレイエルピナと合流する。


「待たせた。ハンガーの破壊、ご苦労」

「アンタほどじゃないわ。で、あんなに暴れて魔力は大丈夫なの?」


「解放率六割だが、あと半分くらいはある。それに、君が温存できるならそれで」

「そう。帰りもあるんだから、アンタだってセーブしときなさい」


「……ああ、そうだね。それに、もし君がピンチになった時、疲れ果ててたら助けに入れないし。……おっと、これ飲んどきな」

「これって……ポーションね」


 魔力回復薬である清涼飲料を飲み干すと、二人は施設の中央を向く。


「じゃあ、そろそろ敵さんの総本山へ侵入するとしよう」


「ええ。どうやら兵士たちは、やっぱりあの塔からの指令を受けてたみたい。動きが鈍いわ」


 先ほどの、不気味なまでの統率はどこへやら。混乱した様子で、動かない。魔導タンクも暴走した様子で、あらぬ方向へ機銃を乱射していた。


「今のうちね」


 レイエルピナは好機と見るや、直ちに飛び降りて中央施設の正門、南口からの侵入を試みる。エイジはそれに黙ってついていく。


「……チッ、門が閉まってるわね。しかも鋼鉄……開閉機はないかしら」


 レイエルピナは施設の前で呑気にキョロキョロする。しかし、そんなことをしている最中に地響きが。


「な、何⁉︎」

「閉じ込められるぞ」


 前後左右の地中から鋼鉄の壁がせり上がり、退路を断たれる。


 さらには__


「ねえ、砲がついてる!」

「正面は任せた」


 だがエイジは焦る様子もなく、指を突き出してビームを放ち、砲門を潰す。さらに照準が定められる前に、左右のものも破壊。


「まったく!」


 レイエルピナもすぐさま二挺の砲を構え、正面の壁についた砲を撃つ。エイジが頼もし過ぎてやきもきするが、同時に、彼がいなかったらとも考える。到底、ここまで辿り着けなかっただろう。


「ふう……」


「息をついてる暇はない。増援が来る。上だ」


 彼の言葉通り上を見ると、壁の上側に警備兵たちが、今にも飛び降りようと身を乗り出していた。


「どうするの⁉︎」


「後ろの壁を斬る」


 エイジはアロンダイトを取り出すと、一気に最大まで魔力を充填。剣は極光を放つ。


「はあ!」


 後方の隔壁を軽くバツ字に切り裂き、退路を拓く。


「お先にどうぞ」


「どうも! 結局どこも包囲されてるけど!」


「こっちよかマシさ」


 エイジはマシンピストルに持ち替えると、壁の上へよじ登った警備兵達を撃ち落としていく。


 一方レイエルピナも、逃げた先の広間で警備兵と交戦を始める。


「ちぃ、今になって!」


 先ほどまでは動きが鈍かった彼らも、今やしっかりレイエルピナを敵性体と認識し、銃を撃ってくる。


「けど、性能はうちのライフルの比じゃないわね! たぁ!」


 弾速、連射性、威力、装填数。全て魔王国産ライフルには遠く及ばない。ライフルの大きさで、ハンドガン以下の性能だ。


 当然そんなモノは、神性を封印しているとしても、レイエルピナには効かない。掠った程度ではダメージにならず、ダインスレイヴで斬り付け、頭をハンドガンで撃ち、怯ませたところに鋭い蹴りを叩き込む。


「レイエルピナ!」

「大丈夫よ。けどこんなの、いつまでも相手していられない」


 彼女に合流したエイジは、サブマシンガン二挺による制圧射撃と、魔力剣の爆破で敵を退ける。


「コイツらなんて無視して、あの中に入りましょう!」


「いや! 中まで追ってくるはずだ。そうすれば退路を断たれる! そうなると厄介だ、ここで掃討する!」


 エイジはレイエルピナを追い越し、前で弾幕を張り続ける。その討ち漏らしを、レイエルピナが片付ける。


「……チッ、アンタら不気味なのよ。顔を見せなさい!」


 相変わらず不気味な敵と、膠着した戦線に苛立ったか、レイエルピナは包囲の中心から動く。怯んだ一体の警備兵を捕えると、剣でヘルメットを破壊した。


 しかし__


「ッ! そんな……」

「どうした、レイエルピナ⁉︎」


 その仮面の下を見た彼女は崩れ落ち、愕然とする。


「まさか……君の同胞か」


 銀白色の髪に、紅い瞳。人形のように端正な顔立ちと、病的なまでに白い肌。レイエルピナと同じ要素を備えている。そう、ホムンクルスだった。


「ぼさっとするな! って、無理だよなそりゃ!」


 その正体を知り、放心してしまったレイエルピナ。その彼女を守るように、エイジは彼女の前に立つ。三対の翼で彼女を包み込み、敵の銃弾やミサイルを受け止めながら、ホムンクルス兵達と魔導タンクを撃ち続ける。


「くっ……これで、終わりだ!」


 武器を数本召喚し、縦横無尽に飛び回させる。切り裂いて武器を破壊し、殴打して一気に戦闘不能にさせていった。


「はぁ……レイエルピナ__」


 全ての敵は倒れ伏し、最後の攻勢は止んだ。それを確認すると翼を畳み、彼女の方へ振り返る。


「大丈夫か」


「謎が、一つ解けたわ……コイツら、さっきまでわたしを、全然攻撃してこなかった……同類、だったからなのね」


 彼女は、足元に転がるホムンクルス兵たちと同じく、虚な瞳をしていた。


「ねえ、アンタは……アンタなら、この子たちを……救える……?」


「ああ、できなくはない」


「なら!」


「だが……それは、一人や二人ならの話だ。この人数全ては、オレでも、とても救えない」


「そん……な」


 硝煙と静寂に包まれた戦場に、レイエルピナの忍び泣く微かな音だけが木霊する。


「どう、してよ」


「おそらくは。彼らは戦闘用に調整され、ヘルメットを通じて指令を受け取り、単調に実行するだけの人形。自我は無い。それにこの支配から解放し、仮に自我を取り戻せたとしても、特別な君と違って長くはない。しかも、無理な成長だ、今作られたばかりだとしても、二年と保たないだろうよ」


 転がったヘルメットを拾い上げ、それを見つめるエイジは淡々と答える。


「なんで、そう言い切れるの!」


「魔力、生命力を見ればわかる。歪なんだよ」


 悲嘆に暮れ、俯くレイエルピナのか細い肩を見つめて、どう言葉をかけるべきか悩むエイジ。


 だが、ここで中途半端なことは言うべきでないことくらいわかる。下手に希望を見せ、それが叶わぬと知った時の絶望は、より深いものとなるのだから。


「もう一度言う。彼女らを救うことはできない。せめて、君の手で終わらせてやることが唯一の救済だろう」


「なんで……なんで、こんな時に限ってドライなのよ! 綺麗事をほざいてくれるんじゃなかったの⁉︎」


「発言には、責任が伴う。できないことは、できると言えない。……悪いな、力不足で」


「……アンタの、せいじゃ、ないわ……わかってるのよ……けど__」


 エイジに掴み掛かった手から力が抜けて、もたれるようにズルズルと落ち込む。


 そんな、失意に陥る彼女に、エイジは拳銃を差し出した。


「ッ……!」


「まだ、復讐は終わっていないはずだ。ここで立ち止まるのか」


「わた、しは……同胞を、二度も、この手で……」


 未だ力無く、彼女は啜り泣く。しかしエイジは、何もしない。ましてや、代わりにトドメを刺したりなど。これは、彼女が自身の生まれと決別するために必要な儀式だ。


 だが、叱咤し、背中を押すことはできる。側に立ち、寄り添うことはできる。


「ならば彼らに誓え! 彼女らの分まで生きてみせると! 幸せになってみせると!」


 顔が、少し上を向く。弱く、ゆっくりだが、手は拳銃を掴む。


「……ッ__」


 目は伏せたまま。涙は止まらず、嗚咽で肩を震わす。だがそれでも、立ち上がった。


「ごめんなさい、みんな……あなたたちの分まで、わたしは……わたしは!」


 滲む視界にターゲットを捉え、震える手で銃の照準を定める。


 そのホムンクルスは、まるで助けを求めるかのように、あるいは引き摺り込むかのように、レイエルピナへ手を伸ばす。


「重い、か?」


 彼女は何も言わない。しかし、揺れるサイトが代わりに答えた。


「……ならば。その重み、決して君だけに背負わせるものか」


 エイジがレイエルピナを包むように、そっと手を重ねる。


「……ありがとう」


 手の震えが収まる。真っ直ぐ銃を構え、今度こそ正面に捉える。


 そして、トリガーに指がかけられる。レイエルピナは目を瞑り、エイジの指から力を感じると、覚悟の決まった目を開く。


「……さようなら」


 寒空へ、銃声が一発響いた。

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