9 宰相候補の初陣①/2
翌朝、前線基地に向かうまでの馬車の中、
「なんで俺まで……」
向かい側には苦虫を噛み潰したような顔をしている男が一人。ご存知レイヴンだ。こうも嫌そうにされると同乗者も気分が悪い。彼が居るのは、エイジの監視のためにベリアルが手配したからだろう。
__少なくとも護衛ではないと思う。守ってくれなさそうだからな。まあ、彼なら全軍の長だから顔も広いだろうし、派遣先でいくらか融通が効くだろう。利用できる物はなんでも使うべきだ__
しかしエイジに伴っているのはレイヴンだけではない。この馬車の前後にはそれなりの数の兵士達がいる。しかも馬だってただの馬じゃない。馬系の魔獣やケンタウロス族が車を引いている。恐らくだが、彼の上司はそろそろ膠着した戦況を打破したいらしい。だとしたら、エイジには結構なプレッシャーだ。恐らくベリアルは彼の個人の武よりも指揮官、いや、参謀としての活躍に期待を寄せているようではあるが。
それにしてもなぜレイヴンはこうも自分に敵意を向けるのか。それについては幾らか予想できる。恐らく幹部達や幹部格達はベリアルが国を築こうとした時から居た者、もしくは一般兵からの叩き上げで出世した者達だろう。つまり特別扱いで飛び級した自分は嫉妬やひがみの対象という訳だ。彼は多分前者だろう。魔王の右腕のように振る舞ってきたが、突然自分の立場を奪おうとする宰相という者が突然現れたことに焦りを感じているといったところだろう、とエイジは結論づける。
とにかく睨み合っていると無駄に気分が悪くなって疲れるだろうからと、エイジは目を閉じて馬車の揺れを感じる。うとうとしてきたので、少し寝ることにした。夜のアレのせいで、寝不足なのであった。
「いてッ⁉︎」
突然スネを蹴られた。
「オイ、着いたぞ。」
起こすにしてももっと穏便な方法は無かったのだろうか。しかし着くまで寝てしまうとは。半日位かかるらしいのだが。
明け方城を出たのに、もうすっかり日が暮れかけている。馬車を降りるとそこには、四方を塀に囲まれた石造りの、正に砦とも言うべき堅牢そうな建物があった。なかなか大きい。
エイジが砦を吟味していると、向こうから巨体が迫って来た。アレが恐らく、
「ショウグンサマ、ヨクゾイラッジャイマジダ」
幹部のオーガ、ゴグだろう。しかし拍子抜けしてしまった。他の幹部と比べてもただ図体がデカいだけだ。身長2.5m位の存在感以外には大したものを感じない。本気のエリゴスと相対した彼からすれば、全く恐ろしくない。
__ああ、そうか。前線が膠着してるのはコイツの無能さのせいで、前線に居る理由は左遷されたからなんだろうな。魔王様は博愛精神をお持ちだから。種族ごとの平等という観点から見て、仕方なく亜人種を幹部にしたのだろう。ゴブリンやオークなどは一般兵で数が多いから、上官に同族がいるかどうかで士気が変わるのかもしれない__
「ああ、増援を連れて来たぞ。中に案内しろ」
「ショウグンサマ、コレハ、ダレ?」
「コイツが、前伝えた宰相という奴だ」
「サイ……ショ、ウ?」
__ダメだ、生理的嫌悪が止まらない。不潔だし品位がない。コイツが指揮官で良く前線崩壊しなかったな。あまり関わらないでおきたいぜ__
「アンナイ、スル」
「来い」
促されて仕方なく付いていくことにした。
砦内部はやはりと言うべきか、酷い有様だった。掃除がされて無いどころか、そこらへんに汚物が転がっていたりした。視覚的にも嗅覚的にも、やや潔癖気味のエイジからしたら耐えられない。例え彼じゃなくても耐えられない。レイヴンは落ち着いている様に見えるが、先程魔術を発動したようだ。彼もなんかしらの防御処置を取ったのだろう。
しばらく進むと、やや広い部屋が現れた。恐らく指揮官室なのだろう、ここは少しマシだった。
「フン、無知なお前の為に戦況を解説してやろう。ありがたく思うがいい」
なんかムカッとする言い方である。しかしここで突っかかってもいい事はない。エイジは大人の余裕を持って、説明を聞いた。__やはりコイツは無駄に説明が上手くて、無駄に声が良い。その点は聞いててイライラしないから良いのだけど、なんかムカつく__
説明をまとめるところがないがまとめると、この辺りには国境防衛の為の帝国の兵士の支部拠点があるようで、今までは攻めたり攻められたりの小競り合い程度の戦いしかしないらしい。帝国も街にさえ被害が出なければ良い、つまり前線さえ維持できればいいので、あまりやる気もないらしい。しかしこちらの偵察によると、最近は敵に少しずつ動きがあるようだ。兵士の数が多くなっていると。つまり向こうもそろそろこの戦況にケリをつけるつもりらしい。動くのは、早ければ明日からだそうだ。つまり増援の到着は割とギリギリだった訳だ。
「以上だ」
さて、ではこれを踏まえて作戦を立てようか。
「質問があるんだが」
「なんだ?」
「コイツら、ナメられてる?」
「………………多分な」
どうやらそうらしい。言いにくそうだが認めざるを得ないようだ。しかしこれは逆にチャンスでもあると言えよう。
「ようし、じゃあ俺は作戦を立てる。アンタには俺の作戦を兵士達に伝えて欲しい」
「…なんでオレが……」
「頼む‼︎」
手を合わせて頭を下げる。
「チッ、仕方ないな」
レイヴンは渋々とした様子で引き受けた。これで不安要素が一つ減った。正直コイツがいなければ、ここの兵士たちはエイジの言葉など聞き入れもせず、戦いにならなかっただろう。
「じゃあ、戦術を考えよう」
………5分後………
「まとまったぞ」
「早すぎないか⁉︎」
レイヴンが驚いたようにエイジを見る。
「ああ、多分これでいける」
「……、詳しく聞かせろ」
かくかくしかじか。
「大丈夫なのか、それ?」
「ああ。簡単な指示ならコイツらも分かるし、敵はまさかこちらが戦術を使うなどとは思わないだろうからな。しかもこんなスケールのものとは、ね」
「だが、その攻撃でいくらか味方を巻き込むかもしれんし、そもそもこんな事お前出来るのか?」
「戦争では小より大をとらないとな。というかできもしねぇ事を提案なぞしねえよ」
「ハァ、分かった。もし成功したらオレもお前を認めてやる。しかし、もし失敗したら、分かるな?」
凄まれた。しかし彼には確信がある。
「ああ、任せとけ」
そして早くも明日には作戦を開始できるよう、2人は動き出したのだった。
そして翌朝のこと。砦にはベッドなど無かったのでエイジは指揮官室の壁にもたれかかって寝ていた。起きて暫くした頃、にわかに城内が騒がしくなった。何事かと思い警戒していると、何と帝国の兵士と思われるものが1人部屋に入って来たではないか!
「な、何事だ⁉︎」
「落ち着けよ」
レイヴンが慌てふためくエイジを制する。すると、目の前の兵士がぐにゃりと溶けたかと思うと、真っ黒い影のようなものになった。
「コイツはドッペルゲンガーだ。偵察をさせておいた」
なるほど、こんなスパイを派遣していたのか。
「それで、何が起こった」
「はい、それが……帝国軍がこちらに向けて侵攻を開始しました!」
「なんと、もう動き出すとは。早めに行動しておいてよかった……おい、将軍!」
「ふん、貴様に言われるまでもない。将軍レイヴンが命ず。総員、配置につけ‼︎」




