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魔王国の宰相 (旧)  作者: 佐伯アルト
Ⅰ 宰相、始動
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1 宰相になった理由(ワケ)

 全ての始まりは、春と初夏の境目頃、彼の24歳の誕生日のことだ。



「チッ、あのクソジジイ…」


 閑散とした住宅街を、一人のくたびれたリーマンが悪態を吐きながら、早足で突っ切っていく。


「よりによって……今日は誕生日だっての!」


 誕生日くらいゆっくりしたい。そんな思いで、今まで中途半端なところまで進めていた仕事、最後の一工程を片付け、定時に帰れると思っていたのに。


「生意気だと……? 誰のせいだと思ってやがる! 仕事の効率化を図って何が悪い。楽はズルではない‼︎」


 そんなこじつけで、仕事を押し付けられた。形骸化した定時を三時間超えて、ようやく退社。


「何が、いつまで経っても成長しねえ、だ。最近は仕事ミスってねえだろ。報連相は……まあ、最近は減った! それにどうせ聞かねえし……成長してねえのはアンタ等だろうがよ」


 愚痴くらい喚き散らしたくもなる。それに、点々とある街灯以外、彼の文句を聞く者もいない。


「そら見たことか……pdf使えば一瞬。FAXに印鑑とか……時代錯誤め、これだからジジイは嫌いなんだ」


 人の目が無くなってから、ツールを使って作業効率を倍以上に。それでも真っ暗。時間にして23時半。


「しかも、相も変わらず間が悪いときている」


 駅までの道で半分以上の信号に捕まり、駅を視界に捉えた瞬間、二十分に一本の電車が目の前で発車。次に来た電車は、駅途中トラブルで十数分立ち往生。不幸中の幸いは、席が空いていたことか。


「ふぅ……苛立つだけ体力の無駄だ。奴らにこれ以上の体力割いてやるもんか」


 逆に、苛立つだけの元気が残っていた自分に驚いてさえいる。


「はぁ、ようやくだ。良いことなんて一つもない、これがオレの誕生日かよ」


 駅から大股の早足で十分。やっと住処のマンションが見えてきた。部屋は三階だが、その三十段が異様に面倒臭かった。


 サービス残業で疲れているうえ、明日も仕事がある。だから、自分で自分を祝おうなんて考えはなかった。



「ただいま、だ」


 誰もいるはずのない1Kに挨拶をすると、スーツを雑に脱ぎ捨て、まずはユニットバスへ。湯船に浸かりたいところだが、時間も手間もガス代も惜しい。シャワーだけをさっと浴びて、部屋着兼寝巻きのスウェットを着ると、てきとうに洗濯機を回す。


 そのルーティンを済ませて、ようやく愛しの狭い自室に戻ってこれた。


「妙だな……」


 部屋がいやに片付いている。見回してみると、ベッド前のローテーブルの上に母親からの誕生日プレゼントと思われるワインがあった。メッセージカード付きだ。きっと日中にでも、この部屋に置いておいたのだろう。


「お袋は、何を感じたんだろうかね」


 残念ながら、いかがわしいものなんて何もない。ハードワークで、精力など枯れ果てた。


「コルク抜きコルク抜き……そうだ、ケーキねえかな」


 冷蔵庫を開くと、フルーツショートケーキが。そして引き出しを漁り、全く使っていないコルク抜きを苦戦しながら引っ張り出す。それを手にリビングに戻ると、もう寝ているであろう母に感謝のメールを打つ。母離れは済ませたはずなのに、まだ世話になることに恥ずかしさと申し訳なさを感じながら。


「これがオレの誕生日か…」


 先程よりは少し明るい声音で、ワインの栓を開ける。キュポンという小気味良い音とともに豊潤な香りが広がり、酒にやや疎い彼でも高級なものだとわかる。明日から頑張る為に、とグラスをグイッと呷る。そして、ケーキをちまちまと食べ始める。


「これで、酔えればよかったんだがな」


 アルコールが体に入り、顔が火照るのを感じる。しかし……気分の高揚だけは、得られなかった。


「……少し飲み過ぎたか? ああ、マジか……もう一時半ってなんなんだよ」


 三分の一くらい飲んで止めることにした。そして明日の仕事を考え、憂鬱な気分のまま布団に入り。


「一年……頑張ったじゃないかオレ。そろそろ辞めてやるか。死ぬよかニートがマシってな」


 フラッシュバックするのは、約半年前の出来事。半端な正義感を発揮してしまったがために受けた、あの仕打ち。


『お前左遷されるんだってな。しかも、あの総務にwww』


 異動させられた時の、顔も思い出せない同期の言葉がチラつく。その数ヶ月後、彼は繁忙期とモラハラに耐えきれず首を吊った。同期は三割が去り、二割はこの世にいない。


 嫌なことを思い出したせいだろうか、寝ようとして……寝付けない。余計にイライラとしてくる。


「はぁ……お〜い、聞いてっか、異世界の神様さんよォ」


 右手を上げ、掌を天井にかざす。


「この哀れなオレさんに、超能力でも寄越して、異世界でのやり直しでもさせてください! ってな。はは……いつまでオレはガキなのやら」


 年甲斐のない、厨二くさい痛い妄想。そんなことは分かっていたが、縋らずにはいられない。彼は、自分でも分からなくなるほどに、精神が追い詰められていた。


「あぁ……明日は休むか」


 唐突に来る睡魔。これを逃せば、きっともう寝られない。そう考えると、彼は深い闇の中へ意識を落とした。

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― 新着の感想 ―
[一言] クソ上司のセリフとかブラックな組織体質とかが自分の経験してきたこととピッタリ重なってぐぅと唸っていたところに母親からの誕生日の差し入れ…涙出ました。 そうそう、そういう生活に塗れていると、何…
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