プロローグ::兆し
時期は十一月。屋内にいようが肌寒く、厚着するか暖房をつけないと辛抱たまらない。さらには日も短くなり、北風も強くなる。冷帯に位置する魔王国では、もういつ雪が降ってもおかしくない。
そんな、ある寒い朝のことだ。
「おはよう、レイエルピナ。今日はちょっと重要なお話があるんだ」
「あら、おはよう。話って、何よ」
彼女は寝起きでまだ少しぼんやりしているのか、頭がフラフラ揺れ、小さなあくびまでしてしまっている。まったく、可愛らしい。
「実は……君の探しているものが、見つかった」
「ッ……!」
その瞬間、目を見開き、鋭くエイジに詰め寄る。その勢い、胸ぐらを掴まんというほどだ。
「アイツらが見つかったの⁉︎ あの忌々しい機関が!」
「落ち着け、レイエルピナ。落ち着いてもらえなきゃ、この話は出来ない」
「見てわかるでしょ、わたしは過去一落ち着いてるわよ!」
「……」
とてもそうは見えない。だが、飽くまで今、主導権を握っているのは、情報を持っているエイジの方だ。エイジが話そうとしないなら、レイエルピナにはどうしようもない。
「一つ言うことを聞いてくれたら、話を続けよう」
「……何よ」
「目を瞑って」
その要求に、ぴくりと体を震わせる。そして、どこか覚悟を決めたように目をキュッと瞑る。
「息を大きく吸って……吐いて……よろしい。では、話をしよう」
だが最初の指示で頭に疑問符を浮かべた彼女は、すぐに察し、吐く息は溜息になっていた。
「これに見覚えはあるか」
エイジは大きな亜空間の孔を広げると、そこから何かを取り出す。
「ッ……! ええ、あるわ」
ズズンという重々しい音を出したそれは、かつて王国で或る事件に巻き込まれた時に鹵獲したもの。魔力で動く機械兵器、仮称“魔導タンク“だ。
既視感がある、という言葉に偽りはないように、彼女の息は荒くなる。
「これをアリサーシャに見せたところ、心当たりがあると。そしてつい昨日、デモンズハウンドからの情報で関連施設が見つかった。だからその直後、つい先ほどまでだ、大陸中を探し、施設という施設を潰して回ったが、その中に奴らの本拠地と思しき施設を発見した」
「まさか、もう破壊したの⁉︎」
「いや。見つけただけだ。君に譲ろうと思ってね」
「それは良い心がけね。で、場所は、どこ」
「帝国、王国、そして共和国の国境が接する一点、そこに近い」
「……」
レイエルピナは、考え込むように息を止める。思ったより遠く、さらに魔王国の手も届かない場所だ。その足ですぐ向かうことはできないだろう。さらには、情勢的にもおいそれとは向かえない。共和国からの帰還時に、帝国軍から襲撃を受けたばかりだ。
その事実を整理すると、彼女は苦々しく歯噛みする。
「おや、思ったより冷静だね。なりふり構わず、すぐにすっとんで行こうとするかと思った」
「流石に、わたしもそこまで軽率じゃないわよ」
さらに思案するように、目を固く閉じて、眉間に皺を寄せていると……しばらくして、エイジの目をしっかりと見上げる。
「ねえ、お願い。わたしをそこまで連れて行って。……難しいかな」
不安そうな顔、さらに伝家の宝刀上目遣い。こんなの、断れるはずがないだろう。
「そう言うと思って、仕事はもう終わらせた。休むって連絡も各方に入れてある」
「それって……」
「今の君は危なっかしいからね。一人にはできないよ」
「……ありがとう」
「ふ、今日はやけに素直だ。……待っているから、決戦の準備をしておいで。なに、奴等も逃げはしないから」




