6 帰路 ②
「起きてくれ、報告することがある」
その日エイジたちの目覚ましは、エンリの声だった。低く落ち着いた、よく通る声はすっと耳に入ってくる。寝起きの気分は悪くなかった。
「あら、止まってんね」
伸びをしながら辺りを見回すと、サーカス団のような超大型のテントと、仮設らしい厩舎が見受けられる。
「てことは、ここが君らのアジトね。で、この施設……すぐ移動できるのか」
テントはモンゴルの遊牧民のゲルのようだ。すでにバラシが始まっている。
「その通り。我々の拠点は、移動式のこの大型拠点と、いくつかのセーフハウスからなっている」
「で、報告っていうのは?」
「拠点から物資の回収が半分ほど終了した。あと一時間程度で完了するだろう。また、ここを維持していた待機部隊が、五十名ほど隊列に追加される。馬や馬車も追加されるため、おそらく以後は補給の必要がなくなるだろう。以上」
「了解だ。丁寧な報告感謝するよ」
「義務なので、礼は不要だ。……では、主たちは移動してくれ」
「なぜだい?」
「この倍近い大型の馬車がある。今の馬車では、手狭だろう」
確かにそうだ。横2メートル、縦4メートルの馬車に九人は狭い。
「そか、ありがとう」
「……」
エンリは黙ったまま目を瞑り、小さく頷く。
まだ眠っている者を起こし、その馬車からエイジたちは降りると、補給物資の積み込みを手伝ってから別の馬車に乗る。それから十数分程度経つと、休憩と点呼を終えてデモンズハウンド隊は再度魔王国に向けて出発した。
それからしばらく進んで、さらに日が昇った頃。
「さてと、できる限りのことはするか」
数冊の帳簿を取り出すと、ペラペラとめくるエイジ。
「うっ、酔いそう……でも帰るまでには完成させないと、時間かける意味が」
「無理はしないでくださいね」
細かい文字数字を見て、顔を顰める。すぐさまその側にシルヴァが侍り、背中をさすり始める。
「よ、邪魔するぜ」
「アリサーシャさん! すみません、昨夜は途中で眠ってしまって……」
「いや、構わねえさ。しかしお前さん__」
「ではでは、昨日の続きを始めますね! ええと確か、エイジが魔王国でどのような活躍をしたのか、の途中でしたよね!」
「はは……そう、だな」
乗り込んできたアリサーシャも、押しの強いテミスに捕まり苦笑い。
「よし、じゃあワタシはお絵描きしようかしらァ」
対象物と画材を取り出し、早速筆を振い始めるモルガン。
「ウチも手伝うよ」
「私も、やる」
「チナはアシスタントな」
アリサーシャと共に乗り込んできた少女二人は、馬車の端の方でお絵描きに興じ始める。
「ココニイタカ、エイジ殿。魔王国ノ者トシテ、私モ邪魔サセテモラウ」
どうやらエレンたちは、昨日の市場調査の時から傭兵たちと共にいたらしい。疲弊し切った飛竜たちも、大型の馬車に乗せられて運ばれているそうな。
「大所帯になってきたな」
せっかく大型の馬車に乗ったというのに、人が増え始めてきた。この調子なら、いずれ他の分隊長格や、雇い主を一眼見たいという輩も乗り込んできたりするかもしれない。
「どうしよう……ヒマね」
「ボードゲーム……も、すぐに飽きが来そうだよな」
「仕方ないわ、兵器のことでも考えてよっと」
いまいち自分のすべきことを見つけられない様子のレイエルピナ、イグゼ、ガデッサ。そしてカムイは隅っこで腕を組みながら瞑想している。
「って、え? ホントに寝てる……」
と思いきや、うつらうつらと船を漕いでいた。きっと昨日は遅くまで起きていたのだろう。
「よお、アリサーシャ。ここの様子はどうだい」
「すまんマリア、パス」
「あ、まだまだ全然、半分も話せていませんよ!」
「え?」
案の定、追加で乗り込んできた。が、アリサーシャの様子から厄介ごとを察知。逃げようとしたところをとっ捕まって大騒ぎに。
「なるほど、どうやら本当に退屈はしなさそうだな」
エンリも乗り込み、馬車はもうぎゅうぎゅうに。俄かに騒がしくなってきて、カムイは寝てもいられずに不機嫌そうな顔をしている。しかしそんな騒ぎの中でも、構わず黙々と編纂する宰相組。
「アリサーシャさんは、エイジの特殊能力にして特技の剣飛ばしは、もう見ましたか?」
「いや、俺たちはあの圧倒的な身体能力と魔力でボコボコにされただけだ。姫様が言うような、ヘンな能力は見ちゃいねえ」
「でしたら、次の休憩の際にも見せてもらいましょう。いいですか?」
「……まあ、ここでぼーっとしてても鈍るだけだしな」
エイジは手を止めていて、ペンを手の内で弄びながらボーッと返答する。
「ところでエイジ様、本当にとても時間がかかりそうですし、あなた様お一人だけでも、一度城に戻って報告をしてくるのはいかがでございましょう? 酔い覚ましにもちょうど良いと思いますわ」
「そだね。四日のはずが十日くらいかかるってのは問題だ」
揺れる馬車上ですっくと立ち上がり、体を捻り肩を回して準備体操を始める。そんな彼をアリサーシャたちは不思議そうに見る。
「帰るって、どうやってです」
「空飛んで帰るわ」
「それ、一体どれだけかかるんです」
「ん? 片道三十分だけど」
「さんじゅっ……⁉︎」
流石に想定外過ぎたか、答えを聞いて固まってしまった。さらに、空を飛んでいるのは見たことあるが、実際に体感したことのない新入り三人やモルガンさえも驚き懐疑する。
「じゃ、一時間ちょいで戻ってくるんで。何事もないように安全運転でよろしくね」
そう伝えると、コートを放り投げる。そして軽く翼を三対広げると、魔力をさっと通し、後方から飛び降りる。そして、着地する寸前で飛翔を始め、あっという間に隊の先頭を追い越していく。その姿を見ようと外を覗いた者たちは、彼の言葉に偽りがなかったことを思い知ることとなる。
「マジかよ……ホント、底の知れねえお人だ」
「私たちは実際に、ここに来るまでにあの速度を体感していますから」
「だったら、わたしたちも運んで貰えばいいと思わない?」
「でもエイジさん、ここに来るまでの片道で、結構疲れていましたわ。着いた時、息を乱して座り込んでましたもの。これほどの長距離飛行は初めてで、ペース配分が難しかったのだとしても、数百人を何十往復もして運ぶのは流石に不可能ですわね」
「それに、もし私たち、他人を乗せるときはより気を使うでしょうから、消耗も一人で行くより多いでしょう。エイジは、そういう人です」
エイジの放つ光が見えなくなるまで一行は外を見ると、各々さっきまでの作業を再開していく。
「テミス姫。改めて、あの人について教えてくれ」
「はい! 喜んで!」
どうにも彼の謎は、異世界人であることや特殊能力だけではないようだ。そう考えたアリサーシャは、再び真面目にテミスの話を聞こうと姿勢を正す。
「よ、嬢ちゃん、邪魔させてもらうよ。お前さんて、魔王国の王女サマなんだって?」
「まあ、ね」
アリサーシャがテミスを請け負ってくれたおかげで釈放されたマリアは、レイエルピナの隣にドカッと遠慮なく腰を下ろす。
「てことは、あの宰相様とは末長ーくお付き合いしていくことになると思うが……大丈夫なのかい? あんなに仲悪くってさ」
「そう? わたしって、そんなに当たり強いかしら」
「ああ。ツンツントゲトゲしているようにしか見えなかったぞ」
側から見るとそうなのか。聞き入れたレイエルピナは、一度黙って悩む。普段はキリッとした形の良い眉も、今は困ったかのような八の字だ。
「相談に乗ろうかい? お前ちゃんは、あの宰相さんが嫌いなのかい」
「別に、嫌いってわけじゃないの。会ったばかりの頃は、ムカつく奴だと思ってたけど、今は認めてるし。むしろ最近は……その、気に入ってはいる、し……あ、アイツには言わないでよ!」
「なんだい、素直になれないだけじゃないのさ!」
肩をパシパシ叩くマリアと、むっつりしているレイエルピナ。割と異色な組み合わせだが、その一方で。
「何かアタシに用か?」
「その髪色、見覚えがあると思ってな」
エンリの視線を感じたガデッサが突っかかっていた。
「見覚え……なあアンタ、出身はどこだ」
「俺の出自は、ルイス王国だが」
その答えに、ガデッサは息を呑む。もしかしたら、手がかりがあるかもしれない。
「訳ありのようだな」
「ああ、アタシは……アタシ、は……」
「そうか。無理に話す必要はない。大体察した」
苦しそうにするガデッサを制し、何を求められているかわかったエンリは、自ら持つ情報を開示することにした。
「心当たりはある。一つ聞いておきたいが、幼少の頃、橙色の髪をした褐色肌の子供を探していたという者たちのことを見聞きしたことはあるか」
「ああ。まだ全然チビの頃だったが、怖くて隠れてたな」
目を伏せるエンリ。自分より多くを知り、かつ勿体ぶるような姿勢のエンリに、ガデッサは苛立ちを募らせる。
「なあ、もしかしてアンタ、アタシの父親を知ってるんじゃないか?」
「あくまで、その可能性がある人物、だがな。とはいえ、有色の髪を持つ者は少ない。時系列等も考えれば、その可能性はたか__」
「どんな奴だったんだ、そいつは!」
つい衝動的に掴み掛かるガデッサ。しかし一泊置いて落ち着くと、申し訳なさそうに手を離す。彼女が冷静になったのを確かめると、エンリは口を開く。
「まあ、貴族の例に漏れず、いい奴ではなかった。しかし、かと言って卑劣でもなかった。二十数年ほど前か、その男は地下スラムで生まれていたかもしれない自らの子を保護するために、配下を派遣するような男だったとは言っておこう。俺もまだ少年であったが、不思議とそのことは覚えていた」
「そうかい。アタシは、自分が助かる可能性を自ら捨てたってわけか」
「……」
「別に今となっちゃ、なんとも思ってねえよ。それより、そいつは今__」
「死んだ。二十年前、俺たちが居場所を失う要因にもなった大きな抗争の中で、命を落とした。己の正義、貴族としての矜持に準じてな」
「……そう、か。教えてくれて、ありがとな」
「もしかすれば、今でも宮殿を探れば情報が出てくる可能性がある。キミがそれを望み、その機会が巡ってくればだが、調べればキミのルーツがより詳しくわかるかもしれない」
「なら、そんときは頼むぜ」
話を終えたガデッサは、どこか少しだけ晴れやかな表情をしていた。だが他方では。
「しかし暇だな。キミは、そうは思わないか?」
同じ境遇だった二人と違い、話し相手やすべきことなどを見つけられず、参った様子のイグぜは、シンパシーを感じたカムイの隣に腰を下ろす。
「同意する。鍛錬しようにも常に移動している上、瞑想しようにも騒がしいときている。仕事に付き合う義理もなし。絵も苦手だ」
そのカムイは砥石を取り出し、刀を丹念に研いでいた。
「……」
「……」
そして、話しかけたイグゼも、話しかけられたカムイも、お互い何を話したものかとしばらく黙っていた。
「しかし、これほど時間もあるならば、釣りでもしたいものだ」
「釣り、か。風流だな」
「ああ。釣りは魚との戦いであり、己との戦いでもある、深いものだ。……集落の長となってからは、忙しく、そういった機会も少なかったが」
「……思い返せば私も、暇などは少なかったな。王国を守るための任務の日々、外征から戻ってくれば執務の日々だ。休みが欲しいと思ったことはあるが、実際時間が有り余ると何をすればいいかわからなくなる」
「寝ればいいと思うぞ」
「ふ、確かにそうだな。とはいえ、これだけ騒がしいと、よほど眠たくなければ寝かせてくれそうにないが」
馬車のあちこちでギャーギャー騒いでいる面々を見て、困ったような、しかし愉快そうな顔をする。
「ところで、あの宰相についてはどう思っているんだ?」
「どうした、藪から棒に」
「キミは、女子同士で揃っていても、積極的に口を開くタイプではなかったからな。主張が少ないから、他の子のことはわかっても、キミだけはイマイチわかっていない」
「そなたとて、お互い様であろう。一歩引いたところにいる」
互いに探るような笑みを向けたのち、表情を戻して正面に直る。
「私は、いまだ計りかねているよ。ミステリアスな感じがするなと思ってる。でも……風呂場で弱音を吐き、沈んでいたときは、思ったほど難しい人ではないように感じたんだけど」
「拙者は、恐ろしく感じたな」
「恐ろしい?」
「ああ。拙の携える神器、天叢雲剣は断てぬものなし、神器備える私に敗北なしと思っていた。それをあっさり敗ってくれたのだからな」
「同意するよ。それに、まだまだ全く本気なんて出してるところを見たことがないし。もし全力なんて出した状態で正面に立たれようものなら、数秒も保たずに消し炭にされそうだ」
「それだけではない。私の知らぬ私の故郷についても、色々知っているようであった」
「確かに、自分も知らない己のことについて知られていたら怖いよね」
「そういうことだ。私がこの世界のものでないと突きつけられたときは、足元が崩れて無くなるかのような恐怖を感じた」
どうにも会話が長続きしないのか、再び二人はしばし沈黙。
「さて、これからのことだけど。帰ったらどうなると思う?」
そして、また話題を変えて再会する。
「そなたは?」
「私は……そろそろ仕事を割り振られるんじゃないかと思っているよ。有望だ、とか言われてたからねえ。どんな仕事なのかはわからないけど……まあ、重役をさせられることは流石にないだろうなって。カムイはどう思う?」
「私の場合は……もうしばらくは監視の日々であろうな。まあ、それも致し方ない。私自身は親しくしているつもりなのだが、どうにも某は不器用なようで。まだ警戒していると思われているらしい。神器の存在もあるしな」
「……もしかしてカムイって、寂しがりや?」
やや沈んだ様子の声から、イグゼは類推する。そう察した彼女自身意外そうである。
「……人付き合いは苦手だが、嫌いではないのだ。初めて会った頃は警戒していたが、今ではむしろ好ましいとさえ感じている。逆にあなたは、最初から楽しそうだ。今でも、早くあの城に戻り、様々な活動をすることを期待しているようにさえ感じる」
「あれ、バレてしまったか。うん、実はその通りだ。最初はなぜテミスともあろう方が彼らに与しているのか全くわからなかったけど、今なら理解できる。魔王国はなかなか面白そうな場所だ。彼女の場合、あの人に想いを寄せているというのもあるんだろうけどね」
「羨ましいな、楽しみにできるとは。私は……これからどうなるかが全くわからなくて、不安だ。魔王国にいたところで、何ができるか、何が変わるか分からぬし」
「ふうん? でも、彼はカムイの、キミ自身と治めていた村の独自の技術や知恵に興味を指名sているみたいだった。戦闘以外にも役に立てるんじゃないかな。それに、彼と一緒にいるのが、キミの記憶を取り戻す手がかり、どころか近道かもしれないしね」
「そのようだな。まあともかく、その城に戻るまでの道のりが大変なのだが」
「……うん、結構話し込んだけど、やっぱり暇だよね」
そしてやはり当初の問題に戻り、二人揃って溜め息を吐いた。
エイジが発って、一時間半のことだ。馬車隊は再び停止し、休息と点呼をとっていた。
そこに突如、上空鵜を何かが高速で通過。一泊遅れて爆音が鳴り響く。このソニックブームのせいで、寛いでいた人も馬も例外なく、驚きに飛び跳ねる。
「いやあ、悪い悪い。城に魔王様いなくてね、どうしたものかと悩んでたら遅くなった。しかも馬車も予想進路から外れてたしな、飛び回ってて」
「うっさいわよ! もう少し静かにできないわけ⁉︎」
ヘラヘラしながら戻ってきたエイジに早速レイエルピナが噛みつき、マリアに宥められていた。
「え、城に王がいないなんてことがあるのか?」
「まあ、あるんじゃないかな。代わりに幹部が数名残っていれば運営に支障はないし。それに多分、採掘場及び工業地域に転移陣で向かっただけだから、すぐ戻れるだろうし」
イグゼは、それでいいのか魔王国、なんて愕然とした顔をしていた。そこに、見回りを終えたアリサーシャが歩み寄る。
「おかえりなさい。ところで、そりゃなんなんですかい、大将?」
「この翼のことか。これは、魔族やら竜やらのものさ。オレはこの身ににさまざまな種族の因子を宿してる」
「へえ〜……にしても大将は、卑怯かってくらい能力を持ってますなあ。なんでもアリだ」
「卑怯? 卑怯ですって?」
アリサーシャが何気なく発した言葉にシルヴァが反応。絶対零度の気配を感じ、ゾクリと総毛立つ。
「ええとですね、エイジは能力を手に入れる際には苦しみ、使いこなすために厳しい鍛錬を積んできているんです。決して、楽なことではないのですよ!」
「お、おう、わかりましたよ」
テミスさえ途中から圧を帯びた語気になっていたために、アリサーシャはタジタジである。
「では、ちょうどいい機会です。ここで、彼の能力の片鱗を見せていただきましょう」
テミスは虚空から剣を取り出すと、一瞬で鎧を身に纏う。その光景に、アリサーシャは目を丸くする。
「あら、お姫さんも能力が使えるんですかい」
「言ったはずですよ、エイジは力を他者に分け与えられるのだと」
テミスは剣を軽く振るうと、正面に構える。先程の、どことなく能天気な女の子は消え、凛々しい騎士がそこにいた。一変したオーラに感嘆し、アリサーシャは口笛を吹く。
「レガリア起動……私は本気を出します。エイジも、それなりの力でお願いします」
「りょうかい〜、三割でいく」
人間にしては上位の、濃い魔力を纏い、光を発し始めるテミス。そこに、なんだなんだと見物人が集まり始める。
「刮目しなさい、これが彼の力です!」
「君も相当だということを言っておくよ」
エイジが掬い上げるように手を上げると、周囲に片手剣が四本浮かぶ。
「じゃあ……いけ、剣よ!」
その手をテミスに向けて小さく振り下ろすと、剣は真っ直ぐテミスに向かい飛んでいく。
「来い! はあぁ‼︎」
気合いと同時に一歩踏み込み、素早く四連撃。斬撃は全て正確に剣を捉え撃ち落とす。だが、もちろんこれで終わりではない。弾かれた剣はすぐさま切先をテミスに向け、再びバラバラの方向から飛翔する。
「ふっ!」
今度は撃ち落とさずに受け流し、いなし、体を逸らして避ける。だが通り抜けた剣は、鋭い弧を描いて執拗に狙い続ける。
「ッ……やあぁ!」
左手の裏拳で攻撃を弾くと、片手でバスタードソードを振り下ろして、向かって来た剣の一本を粉砕する。その勢いのままに上半身を傾けて剣を避けると、裏回し蹴りで背後の剣を弾く。
「わお、マッシヴ」
体術も交えながら、一部ノールックで力強く、しかし華麗に攻撃を弾く姿にエイジさえ見惚れる。
「ここです!」
そして再び向かう剣の、直撃するであろうタイミングが揃う。そこを狙い澄まし、低重心からの大きな横薙ぎで一網打尽にする。
一連の動作を終えたテミスは、振り返ってエイジを見つめると不敵に笑ってみせる。
「まだまだ、じゃないですか?」
「もちろんだ。これならどう?」
今度は左手も持ち上げる。すると先ほどと同じく四本の片手剣が現れ、加えて二本ずつ斧と槍まで出現する。
テミスが一歩踏み出した、その瞬間真っ先に斧が飛ぶ。しかし一瞬でその裏に回り込むと、刃近くの柄をを踏んで土に沈める。すぐさま振り返ると、飛んで来た剣の腹を足場に跳躍、浮いたところを目掛け飛んできた剣は、バッティングして打ち砕く。直後足裏から魔力を爆射して体勢を変えると、剣を振り下ろして槍を断つ。
「えぇ……マジ?」
流石にこの変態挙動には、エイジも引き気味。
「あなたが私たちの動きのクセを見切ったように、私にも次にどう攻撃が来るか、あなたの癖から判断できるようになったんです」
そのままスタッと着地すると、話しながら流れるような動作で捌き続ける。
「ふぅん、オレの癖ねぇ……この技結構自信あったんだけど、まさか見切られようとは。なら、これならどう⁉︎」
たとえ身内でも見切られるのは不満なのか、やや不貞腐れたように武器を手元に戻す。そして今度は大仰に両手を広げる。
「Fantasia Blade!」
彼の後ろに九色、計二十七本の魔力でできた剣が現れる。
「この技は⁉︎」
「第一陣、いけ!」
「くっ……護れ!」
エイジが腕を振り下ろせば、まず九本が鋭く飛ぶ。テミスは対応に左腕を突き出し詠唱、防御魔術を展開し防いだ。しかし、剣の直撃した結界には大きなヒビが入る。
「もう一丁!」
「ならば、『Shining Saber』!」
エイジが腕を突き出し、再び九本の剣が飛ぶ。テミスは壊れかけた結界は解除し、その左手で刀身をなぞる。そして数歩踏み込み、大いなる光を帯びた剣で一閃、エイジの剣をかき消す。
「このぉ!」
またも自慢の技を難なく防がれ、悔しそうなエイジは指を鳴らす。合図と同時に剣は、エイジに向けて駆け出したテミスへ向かうも、サイドステップ急停止、大きく跳んで躱される。そして数メートルの高さに跳躍した騎士は、大上段から脳天へ真っ直ぐ剣を振り下ろす。
されどその攻撃は、バチンと力強く挟み込まれ、直前で止まってしまう。
「なっ、白刃取り⁉︎」
驚愕するテミスの目に、ニヤリと笑むエイジと、二つの発動寸前な魔道具が映り込む。慌てて足に魔力を込め、剣から手を離して後方宙返り。直後に爆発が起き、間一髪避けられたことに安堵する間も無く、着地と同時に両手に魔力剣を持ち、隙なく身構える。
「……よし、ここまでにしよう」
そこで、エイジがやめの合図を出す。テミスは安堵したように息をすると、剣を仕舞い鎧を脱ぐ。
「腕上げたなテミス、見たことない戦法ばかりだった。しかし、まさかあの剣を捌かれるとは」
「ふふっ、慣れてしまえば結構単調ですよ」
その言葉に結構ショックを受けたらしく、エイジは愕然とすると、落ち込んだように膝をついて項垂れる。
「いやぁ、楽しませていただきましたよ。どちらも人間離れした、化け物みたいな戦いぶりでしたな」
そのほか観戦していた傭兵隊の面々も、喝采するどころか呆けてしまっていた。
「こんな能力最初から使ってりゃ、俺たちはひとたまりもなかったでしょうに。宰相サマは何以下、こだわりでもあるんですかい?」
「そうだね。武器を使っての近接格闘に、銃や弓や魔道具での遠距離射撃の技能。この超能力や魔族の特殊能力、防御に支援に妨害に回復とあらゆる魔術、そして魔力による各種応用……まあ、どんな状況でも対応できるように、何かに頼りきりにならないよう満遍なく鍛えてはいるかな。選択肢が多すぎて迷うことはよくあるけれども」
「へえ、彼女さんたちが知らねえ能力もあるんかい?」
「隠している能力はまだあるさ。それに、俺自身使いこなせているわけでは全くないし。加えて、一日に数個は新しい技を思いついたりするから」
そう、エイジとアリサーシャが話し込んでいるすぐそばでは、女の子たちが集まって感想反省会を開いていた。ここがすごかっただの、ここはもっとこうすればよかったねだの。
「あ、そうだ。私たちも、この移動中に連携を考えてみるというのはどうだろう。休憩の時に模擬戦などすればいいと思うんだ」
「妙案ですわね。実際わたくしたち、彼らとの戦闘で連携が大いに役立ちましたもの」
「はい。私自身意外なほどに、よくできていたものです」
イグゼの提案に、皆賛同する。今の戦いで感化されたか、彼女たちもやる気に満ちていた。
「ところで隊長さんよ、この隊は予定コースからずれていたが、何かあったのか?」
「ああ、この最短コースを進むと、難しい地形にぶつかっちまうんですよ。急がば回れっていうでしょう、迂回ルートを探してたんです」
「……そこの地形、詳しく教えてくれないか。多分だけど、どうにかなると思うんだ」




