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魔王国の宰相 (旧)  作者: 佐伯アルト
Ⅶ 宰相の諸国視察記 後編
189/291

5 共和国首都へ ④

「よりに、よって……」


 翌朝、エイジはぐったりした様子だった。というのも、相部屋の者が寝かせてくれなかった……というわけではなく、まだそんなに仲良く無い新入り三人が同室だったのだ。


 この三人、女の子同士としては結構仲良くなっていたのだが、実のところエイジとの関わりは現時点ではそんなになかったり。そのせいで、何を話すかだとか距離感を測りかねて、気まずいギグシャグした空気で過ごすことになったわけである。ベッドを共用しなくて済んだのがせめてもの幸いか。


 しかも昨日のじゃんけん、八人でやった時は百回近くやったが勝敗はつかず。埒があかないとグーパーで二組で別れて、それでも数十回。相性が良いんだか悪いんだかわからないが、部屋に入る前に結構待たされたの。加えて、別室組は不満そうな方が大半。何かと良くない夜を過ごしたのだった。


「……やあ、おはよう」

「あら、やつれてる?」


「まあ、ね」


 元気なさげの流し目。その目線の先にはあまり眠れなかった元凶が。


「さてと、じゃあ今日の予定だけど。午前はまた、食材を見て行きたい。午後には家具とか、資源関係のエリアに」

「それはいいけど、あの人らはどうするの」


「あの人ら?」


 不思議そうなエイジに、レイエルピナはある方向を指さして答える。そこには、赤髪の男が。


「よお、大将。おはようございます」


 相変わらずのメチャクチャな言葉遣いだが、そんなことよりエイジは別のことに関心がある。アリサーシャの後ろには、見たことのない顔ぶれがいたからだ。その数、数百人。さらに、その中の数人は格別なオーラを醸し出している。


「ん、その後ろの人らは件の?」


「ああ、そうだ。これで、デモンズハウンド全隊、勢揃いってわけだ。話はつけてあるんでご安心を。……お前ら、この方が俺たちのクラアイアントだ。しっかり挨拶しとけよ!」


 アリサーシャの声掛けで、その中から数人が歩み出る。ジスとクランタの姿もあることから、彼らは分隊長に相当する人物だろう。


「ワタシが分隊長のマリアさ。……へえ、なかなか良いオトコじゃあないか」


 まず挨拶をしたのは、スタイルの良い妙齢の女性。金髪に加え、鎧のドレスにキラめかしい装飾品。言っちゃ悪いがケバい感じは否めない。


「お前人妻だろうが、冗談はよせよ。ほら、あの子ら警戒させちまったじゃねえか」

「あっはは、まあそういうわけさな。よろしく頼むよ若旦那」


 良く言えば友好的に、悪く言えば馴れ馴れしく、彼女はエイジの肩を叩く。悪い人ではなかろうが、エイジはちょっと苦手なタイプだ。


「分隊長、エンリだ。よろしく頼む」


 もう一人は対照的に、極めて落ち着いた雰囲気を醸し出す男性。三十路手前か、黒髪に黒い礼服で、レイヴンをより黒っぽくした感じだろうか。デモンズハウンドの中では随一の指導者らしい、落ち着いた佇まいである。


「マリアは俺の従兄妹、エンリは昔馴染みの友人。実力頭脳共に俺が墨付けときますぜ。他にも実力者はいるんだが、今は時間が惜しい。後回しにさせてもらうぜ」


 アリサーシャは、紹介するように横を向いた状態から正面に向き直り、エイジに軽く頭を下げる。


「ところで大将、金貸してくだせえ」

「なぜだ」


「長旅になりますんでね、水やら食いもんやらを。帝国を横断するんだったら、オレの見立てじゃあ一週間はかかる」

「お前ら……普段どうやって食ってんだよ」


「金は本拠地においてきちまって。帰りに寄るんでその時返します」

「そういうことなら。いくら必要だ」


「ざっと二十万」

「……はいよ」


 ぽんっと軽く出てきた大金に、アリサーシャは苦笑する。


「国家の元首とももなれば、このくらい軽く出せるか……マリア、買い出しを任せる」

「了解、任せときな隊長」


「大将、夜のうちに、どうやって調査するかは共有、コイツら全員に叩き込んであります。ってなわけで、昨日より調査はよっぽど早く進みますぜ。対象が他はゆっくりでいい……テメェら、散開、調査開始だ!」


「「「おう!」」」


 紙と秤とペンを持ち、一見雑然とした、しかし統制の取れた動きで素早く展開。これは手早く調べ尽くしてしまいそうだ。


「これはこれは、頼もしいねぇ。じゃ、オレたちも待たせないように急ごうか。まずは昨日の続きからだ!」



 その後、昨日と同じ食品エリアに向かった一向。しかし今日はスムーズだ。コーヒーほどエイジを興奮させるものがなかったのもあるが、昨日の行いを反省したエイジが、おおよそどんな食材あるかをざっと調べるだけで済ませたためである。既知の食材に似ているだけなら、深掘りして調べるまでもないからである。


 加えて。レイエルピナとシルヴァとテミスが元から結構知っていた、或いはその場ですぐ全て覚えるために、エイジがさほど労力を必要としなかったのである。


 おかげでほんの二時間程度で調査は終了。初日からこの速度を出せれば良かったのだろうが……。あのぐだぐだぶりは予測可能回避不可能、致し方なしであろうか。



 次に向かうは、工芸品エリアである。


 しかしここに来て女の子たちの、ねえねえアレ何、ねえねえコレ欲しい、が炸裂。大幅に時間をロスするかに思われた。


 されどもエイジは二つ返事で承諾。ご褒美として買い与え、エリアがそもそも広くないこと、そして彼があんまり興味なさげなことも相まって、顔色悪いアリサーシャの予想に反してあっという間に視察完了。


 その次の家具エリアも。仕事に役立ちそうなものを楽しげに物色していたが、移動手段など体制が整っていない今、嵩張るそれらを購入することは叶わずキープのみに終わるのだった。


 武具や小道具、魔導関連は流し見するだけ。少し眺めたが、魔王国より優れたものや目新しいものは見受けられなかったためだ。


 つまり、それらを輸出すれば利益になるだろうし、その場合につくであろう価格を見極める、その程度のため時間を取られることはなかった。



 そして最後が、本命だ。


「資材エリア、見に行こう!」


 木材、石材、鉱石鋼材……魔王国の主力産物の価値がどれほどになるのか、調べる必要があるのだ。


「大将、うちらの方である程度調べてありますぜ」

「助かるよ。で、ええと……」


 キロあたりの値段、木や石の種類によってどう違うかさえ記載されている。あまり見に行かなくても良さそうなものだが、そうもいかない。なぜなら、質についてが書かれていないからだ。


「うちらには、木材として優秀な針葉樹がある。山脈から様々な種類の石材が採掘できるし、金属は近代的な方法で製錬しているから質も高い。そこいらのと比べてもらっちゃあ困る。ほれっ」


 亜空間の穴からポイポイと、角材やらインゴットやら取り出す。


「そら、比べてみるといい。素人目からしても違うってわかるほどだろう」


 その表面をなぞり、手に持ったアリサーシャは息を飲む。


「なるほど、確かにな。こりゃすげえ。ますます真王国がどんなところか気になってきたな……ま、ともかく。これならいい値がつきそうだ。商人としての血が騒ぐ!」


「じゃあ、俺たちは逆にこっちが知らないような資材を探ってみようか。西と東、北と南とでは全く違うだろうからな」


 図鑑、もとい教科書を手に、敷き詰められ立ち並ぶ資材を眺めていく。


「ところでアリサーシャ、調査の進行具合はどうだ」

「もうじき、終わると思いますぜ」


「そうか。このエリアの視察が終わったら、ここを発つつもりだ。出発の準備をさせておいてくれ」

「了解っと」


 伝達のため、指示を出すため、アリサーシャはエイジ一行と一時別れる。その間も、エイジと製造業に携わるテミスは熱心に資材を眺め、開発担当のレイエルピナも最初はよく見ていたが、めぼしいものがないと気づくや興味なさげになってしまっていた。


 そのように、武具などと同じく大したものはないのかと、そろそろ帰ろうか、などと思い始めた時だった。


「待て、待てよ……まさか、これは⁉︎」

「! エイジが食いついた」

「お、何かあったのか!」


 駆け出すエイジ、すぐさま反応し追いかける彼女たち。しゃがみ込んでよく見る彼、その頭越しに皆もソレをみる。


「ふっははは! やったぜ! まさかあるとはな!」

「何、その黒いドロドロ」


「何って、石油さ。無いと思ってたんだが、あって良かった」

「食いもん、じゃねえよな。ここ資材エリアだしよ」

「……なんか、臭いわぁ」


「触っても大丈夫なものですか?」

「すぐに害が出るようなものでもないけど……やめておきな。油だからベタベタするよ。汚いし臭いし、水分持ってかれてガサガサになる」


「油……ってことは、燃料ね!」

「それもそうなんだが……それ以上にね、プラスチックの原料なのさ」

「プラスチック……聞いたことがあるような気がするな」


「大将、戻りましたぜ! ……何やってるんです?」


 しゃがみ込んで密集してあーだこーだ、わちゃわちゃしているところに、戻ってきたアリサーシャが遠慮しがちに声をかける。


「ん? あ、これ知ってるか」


「ああ、油ですね。地下を掘ってきたら出てきたってやつで、石炭や動物油より扱いやすいってんで最近有名になってるんですが……どうやら、大将はこいつの使い方をよく知っているようで」


「その通りだ。こいつはとてもよく使える。まあ、そのためにはしっかりした施設が必要になるんだが、それは帰ってから追々。ま、ともかく、外から資材を買い付けるってんなら、これ一択だ」


「それほどのものですかい」

「そうだね。……さてと、よっこいせ」


 手を膝に乗せて、ゆっくり立ち上がり、振り返る。


「準備はできたんだな」

「ああ」


「うし、帰るぞ、君たち」


 エイジは後ろを親指で指して、帰るよう促した


「もう、ちょっとだけ! 見てもいいですか?」


「……まあ、オレとならいつでも来れるが、次に来る機会がいつになるかはわからないものな。ただし、一時間だけだぞ。それと、迷子にならないよう三人一組を厳守な」


「いいのか!」

「わーい! いきましょいきましょ」


「オレは先に戻ってる。アリサーシャ、頼んだ」

「へっ、了解。……とか言いつつ、あんたならしっかりどこかで見張ってるんでしょうがね」

「……さあ、どうかね」


 手をひらひら雑に振って、エイジは街の出口へ、チラチラ振り返りながら向かって行った。

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