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魔王国の宰相 (旧)  作者: 佐伯アルト
Ⅶ 宰相の諸国視察記 後編
188/291

5 共和国首都へ ③

 気を取り直して、散策再開である。アリサーシャを先頭に、その後にエイジと秘書二人。その後ろに後発組で、それを護衛するようにデモンズハウンドが囲む。


「大将、最初のオススメはここですぜ。たしか魔王国は北の方なんでしたっけ。そんで作物が育たないと……ここの品揃えはこの国一、つまり世界一と言っても過言じゃねえですぜ。てなわけでま、お頭はお仲間とゆっくり眺めててくだせぇ。調査とか、面倒なのは俺らがやるんでな。測り方は、さっき教えてくれたので大体わかったんで」


「……シルヴァ、帳簿を彼に」

「はい、どうぞ」


 奥、人混みに向かって進もうとするアリサーシャを止めて、メモと筆記用具を渡す。彼はそれをペラペラ捲ると、ほう……と感嘆のため息を漏らす。


「こりゃ予想以上ですぜ旦那。これほど細かくとは。魔王国はそれほど文明が発達してるってのは聞いてなかった。しかもよ、なんでか知らんが、この文字解らねえはずなのに読めやがる。これもアンタのおかげなんですかい? ヘンテコな能力もあるようだし、謎が多い人ですなぁ」


「あ、聞いていなかったのですか? 実はエイジはですね__」

「話せば長くなる。帰りに時間はあるんだ、その時にな」


「はーい」

「聞き分けがいいね、偉い偉い」


 話したそうにしつつも、今回はおとなしく引いてくれたテミスを褒め、エイジは手前から品々を手に取って物色し始める。


「見知らぬ土地だ、人の数も多い。みんな、はぐれないよう定期的に点呼をとり、仲間から目を離さないように気をつけろよ!」


 みんな自分と一緒にいて、勝手にいなくなることはないだろうが、それでも警戒するに越したことはない。注意を促すと、彼女らを視界から外して物色に集中し始める。


「……なるほどね、面白い。これはフルーツかな。マンゴーっぽいか。なるほど、やはりあっちじゃお目にかかれない南の作物なんかもあるか。バナナとかないかな〜」


 果実を一つ手に取って、形状や色、重さなどの特徴を記述すると、購入してその場で食べて、味を確かめメモしていく。


「アリサーシャ、これの解説頼めるか」

「お安いご用です」


 実際、この傭兵はとても心強かった。名前や分布に味も調理例やら相場まで色々知っている。もし仮に彼が知らなくてもネイカやチナ、その他構成員たちが誰かしら知っているものだ。


「ん、でも写真とか欲しいな」

「写真?」


 集中し目つき鋭いエイジに、モルガンが興味を持ったように横から覗き込む。


「ああ、凄く正確な絵みたいなものさ」

「う〜ん、ワタシ、スケッチしてみるわね」


 興味本位でエイジは画具などを渡す。それを受け取ると、モルガンはペンで軽くサラサラと輪郭を描くと、絵の具で軽く色をつけていく。


「へえ、上手いな」

「でしょ? ワタシィ、こういうの得意なの。ほら、できたわ」


 あたりをつけた時点でよくできていたが、色が付くとよりそっくりに。こういう才能、羨ましいものだ。


「これで、ワタシも少しは役に立てるかしら。描いて欲しいのあったら言ってね」


「それは助かるが、量が量だ。全部やろうって言っても、膨大な品種がある。帰りの馬車で、ゆっくりやってみてくれ」


「ネイカ、お前、絵が上手かったよな。手伝ってやりな」


「私もや__」

「チナはダメ。アレを絵なんて呼んだら、おしまいっしょ」


 とてもショックを受けたご様子。本人は自覚がなかったのだろうか。というより、そこまで言われるほどのものとなると逆に気になる。


 と、そこへ、別のエリアに行っていた傭兵が数人、アリサーシャの下へ戻ってくる。


「隊長、調べてきやしたぜ」

「おう、旦那、確認してくだせえ」


 調査のメモを受け取り、パラパラとめくる。必要な情報、欲しい情報。それら調査結果がどれほど書き込まれているか、さっと確認。


「うん、問題無し。いい仕事をするな、この調子で頼むよ。それと、ここが見終わったらオレたちもそっちに行くから」


「だ、そうだ。とはいえボス、流石に今日はここを回るだけで精一杯ですぜ。もう日暮れ時が近い」


「そうか。夜通し回れればいいだろうが、大抵閉まってるよな……ていうか、アリサーシャ、さっきからオレの呼び方よく変わるけど、なんなん?」


「いやー、なんかしっくりこなくてよ」


 どうやら模索中らしい。距離感も計りかねているようだし、定着するのはしばらくかかるか。


「よし、じゃあちょっと急ぐか。細かい調査は明日、傭兵団にやってもらうとして」


 時間がないと分かるや、急にせかせかし出すエイジ。しゃがみ込んでじっくり眺めたり、買って食べて特徴をメモしたりということはしなくなって。流し見て、少し目に留まったものについて聞くくらい。さっきまでとまるで違う速度に、ついて来る者たちもやや戸惑う。


「確かに、その品について知っている者がいるなら、いちいち調べる必要はない。気になるものとか見覚えあるものを調べるくらいで……ん? まさか、これは……⁉︎」


 だが早速足を止める。興味を惹くものを見かけたらしい、そこに駆け寄ると、手に取って匂いを嗅ぐ。


「もしかしなくてもコーヒーか⁉︎」


 淡い緑色の豆のようなもので、独特の形状と香り。間違いない。親しみのある好物が現れたことで、エイジのテンションは目に見えて上がる。慣れているテミスやレイエルピナは、またかと言った感じで苦笑、あるいは微笑ましげにしているが、新入り衆はなぜこんなことになっているのか理解が追いついていない感じ。


「なあ、これくれ!」


 エイジは興奮した様子ですぐさま一キロ弱買うと、その場で魔道具とフライパンを取り出して煎り始める。


「大将、それあんまり美味くねえですぜ。なんていうか、漢方みたいなもんで……何してるんです? 知ってるんですかい」


 アリサーシャが話しかけるも、聞こえていないかのように無視。フライパンをじっと見つめている。そのうちに豆はどんどんと焦茶色に。


 そこから適度なタイミングで取り出すと、臼で挽いていく。と同時にやかんでお湯も沸かし始める。


「おい、急ぐんじゃなかったのかよ」


 十数分経ったが、さっきの場所から十数メートルしか離れていない。直前のセリフと矛盾して色々と作業し始める、そのことに抗議する声が聞こえるが、やはり無視。


 挽いたものを、ティーカップに被せたパックに入れて、お湯を注ぐ。その側から、香ばしい香りと湯気が立ち上る。


 逸る気持ちを抑えてしばらく待ち。最後の一滴が落ちたのを見ると、パックを外してフーフー。そして、黒褐色の液体を口元に運び啜る。


「ああ……これだよこれ! やっぱりしっかりした物に比べると味は劣るけど、十分飲める」


 飲んだ瞬間、安堵したかのような顔をする。含んだ瞬間広がった、半年ぶりの風味に恍惚としたようでさえある。


「なんなのよ、それ」

「飲んでみるかい」


 興味を示したレイエルピナにマグカップが差し出される。飲みかけであるが、彼女はそれを一切気にする素振りもなく、エイジが口つけたところと同じところから飲む。


「うげっ! 何これ……にっが」


 独特の苦味に顔を顰める。だが吐き出さず、しっかり飲んだところは偉い。


「アンタ、こんなのが好きなの?」

「慣れると美味しいもんだよ」


 また、みんなが興味を持つことを見越していたか、エイジは人数分の珈琲を淹れて渡す。


「なあ、アリサーシャ。砂糖って、あるかな」

「ああ、あるにはあるがな。結構な高級品だ。なにぶん希少でね」


「南ならサトウキビ、北なら甜菜テンサイ。それに、コーヒーがあるってことはカカオがあってもおかしくない。カカオと砂糖があればチョコが作れる……アリサーシャ、テンサイっていう大根みたいな砂糖の原料になる植物があるんだが、知ってるか? あるようなら手に入れたい。今じゃないけど、栽培したいんだ」


「了解。留めておきますよ」


 一つ話をつけたところで。後ろを振り返って皆の様子を見てみる。やはり予想通り、みんな苦々しげな顔をしていた。


「私は、これ好きかもしれないです」

「私もだ」


 シルヴァとイグゼ、カムイあたりは好きそうだったが。それ以外はもう飲めなさそうだったので回収。


「なんかこれ飲むといいことでもあるの?」


「ああ。カフェインという物質が含まれていてね。覚醒作用、つまり目が覚める効能があるんだ。あとは利尿作用や共振作用。他にはポリフェノールとか色々入ってて、程よい量なら健康にいいんだ」


「そう、苦いだけじゃないんだ」

「なるほど。仕事中に飲みたい、とよくぼやいてらっしゃったのは、これのことでしたのね」


 皆の飲み残しを回収し、それを飲み干したエイジは。ふと何かに気づいたように周りをキョロキョロして。そして、愕然としたような顔。


「全然進んでないな……うん、このままだと時間かかりすぎて全然見切れないから、残りの時間はマジで急ごう」


「誰のせいでそんな時間かかってると思ってんのよ」


 とってもばつの悪そうな顔をして目を逸らす。そのまま逃げるようにさっさと歩いていく。


「ちょっと、置いてくな!」


 そんあ、色々勝手にフラフラするエイジから離れまいと、皆急いでついていく。


「なあ、我らは観光に来たのだよな。だが、今のところ奴に振り回されてばかりで碌に楽しめていないのだが」


「だよな。そうだ、こっそりと別行動して__」


「ダメです」


 その端で。脱走を企てようとした二人がシルヴァに耳を摘まれていた。


「なんだよ、ちょっとくらい良いじゃねえか」

「もし、はぐれたらどうするつもりです」


「別に迷子になったところで__」

「土地勘も金銭も人脈も無いのに、ですか」


「「……」」


 お説教を喰らって、何も反論できず黙する二人。そんな二人にシルヴァは、はぁ……とため息を吐いて。


「今日は無理そうですが、明日なら余裕もあるでしょう。その時に欲しいものでもあったら、エイジにおねだりすればいいのです。そうすれば、何かと対応してくださるでしょう。ほら、行きますよ」


「へ〜い」


 もう少しの辛抱だということで、渋々と。人通りの減った大通りを早足で進むエイジたちを、駆け足で追いかけて行った。




 それから、しばらく。完全に日が暮れた頃。大通りをなんとか一巡し切った一行は、疲れた面持ちで、デモンズハウンドの案内に従いホテルに向かっていたのだが。


「え、部屋残り二つ……?」


 宿に着いたは良いものの、まさかのトラブルである。


「ええと、オレとそれ以外ってのは無理め?」

「どうやらそのようだな。部屋は四人用らしい」


 イグゼの報告に一度項垂れると、皆の顔を見渡して、額を抑える。


「俺たちは野宿でいい。もしかしたら、夜中のうちに他の隊が来るかもしれねえんでな。てなわけでお休みよ大将。また明日」


 エイジがオロオロしているうちにデモンズハウンドは撤収し、取り残された一行は取り敢えず円陣を組んで話し合いを。


「君ら、どうするよ。オレは外でも良いんだけど」

「それは無しです」


「あ、じゃんけんで部屋分けっていうのはどうでしょう? 勝った四人、あるいは三人がエイジと相部屋ってことで」


「じゃあ、それで」


「いっくよ!」


「「「「じゃーん、けーん、ぽんっ!」」」」

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