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魔王国の宰相 (旧)  作者: 佐伯アルト
Ⅶ 宰相の諸国視察記 後編
182/291

4 デザートハウンド ②

「見て見て! 見てくださいましエイジ様! 見たこともないような珍しいものがいっぱいありますわ!」


 街へ入ったダッキ。彼女は興奮であることを失念していたが、エイジはそれに気付いていながら敢えて何も言わなかった。この地方の人々の反応を確かめてみたかったのである。


「おや、お嬢さん、その尻尾は……もしかして獣人族かい?」

「ッ⁉︎ やっちまいましたわ……!」


 そう、耳や尻尾を仕舞わず、金髪や魔力の偽装もしていない。そのままの状態で公衆の面前に躍り出て、さらに無邪気にはしゃいでいたせいで、随分注目が集まる。


「おやおや、こんなところに獣人なんて珍しいねえ」

「狐のお嬢さん、その毛皮はお暑いでしょう。あちらにいい服屋があるわよ」


「あ……これはどうもご丁寧に、ありがとうございます」


 だが、この街の人々は驚いてこそいるが、接し方は好意的だった。想像と違った反応に、ダッキはちょっと戸惑った様子。


「どうやら、この街の人々はあまり偏見がないようですね」

「そうみたいだ。なら、オレも偽装の必要はないかな」


 平素ならば目立つことこの上ない銀髪と赤眼を、エイジは少しも気兼ねせずに曝け出す。そんな彼の様子に合わせ、シルヴァも顔を隠すこともない。


 とはいえ、流石に物珍しい存在であることに違いはないだろうから、視線は集まるのだが。ジロジロ見られると気になってしまい、居心地も悪い。


「おい、そこの兄ちゃん。その見た目、もしかして魔族かい?」

「ああ。しかも、魔王国の者だ」


 魔王国。その単語が出た瞬間、周囲に衝撃が走る。


「魔王国⁉︎ あの、帝国を壊滅させ、ルイス王国の王妃を救出したっていう……」


「な、何の用で来たんだ⁉︎」


「ふ、まさか戦争でもふっかけるとでも思っているのかい? そう思われているとは、哀しいねぇ」


 まったく落胆などしていない様子で、やれやれと首を振る。


「私たちは、視察できたのですよ。交易をする上で、どのような商慣があり、相場はどのくらい、品揃えはどうか。そういったことをこの目で見定めに来た」


「ほほう、商いですか! ならば歓迎です。ささ、ご覧ください」


 目的が分かるや、さっと態度を変えて揉み手する。商魂逞しいものだ。


「ところで、そちらの美しい女性は?」

「ああ、彼女は私の連れで__」


「もしかして兄妹かい?」

「い、いえ。違います」


 人の良さそうなおじさん店主に兄妹と間違われて、シルヴァは焦ったように否定する。


「へえ、違うのか。似ていると思ったんだがなぁ」

「そりゃ、あんた。違うでしょ。どこからどう見ても恋人、お似合いのカップルじゃないさ」


「似てる……恋人……お似合い……」


 その彼の妻だろうか、気立の良さそうな婦人にそんなことを言われると、赤くなってはにかむ。


「すまないが、私たちはただの主従だ。ともかく、色々見たいところだが……ダッキ」


 エイジはそれを淡々と否定する。そのことに対してシルヴァがちょっと不満そうなのはわかっているけれど、しっかり否定しないで誤魔化すと、冷やかされまくって溜まったものではなくなるだろう。


「ふむ……ダッキ、気になるなら服屋を見てくるといい。気になるものがあるようなら買うよ」

「いいんですか⁉︎ やったぁ!」


 許しを得るなり、ダッキは嬉しそうに服屋へ駆け込む。それほど素直に喜ばれると、奢る側としても気分がいい。


「シルヴァ、君はどうする? 暑いの、苦手だろう」

「いえ、私はこの装備で充分ですから」


 対するシルヴァは興味なさげ。そんな彼女の装備はいつもの服。黒い色は光を集めて熱を溜め、肌を露出しているところは照られて暑そうなのだが。


「本当に大丈夫?」

「大丈夫です。それに……」


 その服がお気に入りなのもあるためか、変わらず彼女は頑なだ。


 加えて。彼女は右足でやや強く地面を踏む。するとそこを中心に、彼女の周りから鋭い氷柱が生える。


「このようにすれば、暑さも和らぎます」

「そうか。けどそれ、往来の邪魔でしょ」


 呆れ、咎めるような声音にシルヴァはハッとする。そして、気落ちしたように俯いた。


 実際は、往来の人々は珍しいものを見て感嘆したり、アメジストのような美しい氷に見惚れていたけれど。


「じゃあ、日傘くらいは買ったらどうかな」

「……では、そうさせていただきます」


 チラッと目に入った傘屋を指差すと、彼女にお金を渡す。そんなシルヴァが選んだのは、藍色の質素な日傘。


 ちなみに、科学的に考えると、日傘の色は光を反射する白色が上、光を吸収する黒が裏側の方がいいのだとか。


「エイジ様〜! 見てくださいまし! これ、かわいいですわ!」


 服屋で着付けしてもらったダッキが、外に出て見せびらかしてくる。


「へえ、サリーみたいだな」


 インナーの上から、身体中に長い布を巻き付けるような格好は、南アジアに見られる民族衣装風。布の柄は、黄色や赤紫など明るい色で構成されている。


「さて、おいくら……うっ、ちょっと高い……けどまあ、このくらいならいいだろう」


 平均よりも1.5倍くらい高かったけれど、ここは可愛い秘書のおねだり。かわいさとお仕事の労いに、目を瞑ることにした。


 おしゃれなものや派手なもの、ショッピングが好きなダッキと、気取らず堅実で倹約家なシルヴァの好みは、見事に正反対で面白い。




 さて、彼女たちの準備も整ったところで。エイジも黒いハットを被り、表情を引き締める。


「では相場を知ろうか。ダッキ、秤」

「はいっ!」


「シルヴァ、記帳」

「はい」


 準備は万端とばかりに、お次の二人は仕事道具を取り出す。先程までの浮ついた観光客みたいな時からは雰囲気がガラリと変わり、周囲の緊張も張る。


「ふむ……これは香辛料、こっちは薬草か。あっちは、装飾品ね。ほう、香水もあるのか」


「へえ、良い香りですわね……ふっ、はっくしゅっ!」


「すみません、よろしければこれの名称と効能をお教えいただけますか」


 芳香剤や調味料など、気分よさそうに嗅いでいたダッキ、スパイスを嗅いでくしゃみしてしまう。そんな彼女にエイジは顔を綻ばせる。その横でシルヴァは真面目に質問し、ガリガリとメモに品目など書き連ねる。


「ちょっと怒ってる?」

「……なんのことでしょう」


 明らかに不機嫌。エイジはもう、シルヴァの感情がおおよそ分かってしまうようになっていた。お似合いカップルをにべもなく否定されたせいであるのは違いない。


「ごめんって。……さて」


 ここにきて、エイジも目つきを鋭くする。その先には、ある木製の容器があった。


「これは一体何かな」

「これはますっていうんですよ。我々商人たちが取引を円滑にできるよう、連合が大きさを決めてるんでさあ」


「へえ、ポルトで通じる単位ね……これ、少し借りても良いでしょうか」

「おお、いいぜい。こんなんいっぱいあるからなぁ」


 その枡に魔術で水を並々注ぐと、それを全てダッキの持ったビーカーに注ぎ込む。


「容量は」

「一杯につき、およそ1.……94リットルですね」


「誤差を加味すりゃ2リットルってとこかね。体積も測って」

「はいっ! ええと……おお、底面は正方形ですのね」


「液体や粉なんかはこれで測られるだろうね。これ一杯あたりの値段を調べて行くことになるだろう……すみません、他にもこういった単位があればお教えくださいませんか」


「あ、ああ……あれもそうだぞ」


 指差された先には、樽が置いてあった。


「中身は、水っぽいな。うん、大体満杯。もう一個は空か」


 水が並々入ったその樽を、エイジは両手で抱き込む。


「お、おい、それは重いぞ……ええ⁉︎」


 その樽を彼がヒョイっと持ち上げたものだから、その場にいた者たちは仰天不可避。


「おーい、大きい計器」

「もう用意してありますわ」


 それを肩に担いで悠々と歩き、秤の上にゆっくり下ろす。その重さを記録すると、空樽も乗せて量る。


「どうよ」

「はい、容積は158リットルですね」


「大体160リットル……了解っと。この乾燥地帯では、水も貴重な商品となりうる。価格調査を。さて、と。単位が色々あるとなると、規模の経済を考慮する必要があるかね」


 魔族の身体能力を見せつけられ、彼らの目の色が変わる。だが、驚いた理由はそれだけではない。


「次は食材だ。ニンジン、キャベツ、芋にトマト、鶏肉、調味調……流石に多いな」

「エイジ様、これ一個あたりの値段が書いてありますけど、これに合わせますの?」


「いや、無作為に何個か取り出し、一キロあたりの値段を算出する。はい、ダッキ。そろばん」

「了解しましたわ。結構複雑ですのね……シルヴァさんは要らないんですの?」


「ああ、シルヴァは暗算が得意だからな。五桁くらいの四則演算はさっさと解いちゃうし」


 三人は並んで、同じ商品を取り出し、秤に乗せていく。一キロ前後になったら個数を数え、値段をつける。この三つのデータから平均を割り出すのだ。


 それを品目ごとに幾回も、別の店でも同じ品目を同様に、虱潰しに。繰り返すほどに慣れていき、一つの品目に一分もかからない。


「産地で値段も違いがあるからな。調べるべき情報は値段だけではないぞ、付加価値もだ」


 彼らが驚いたのは、相当に本格的な調査だったからだ。独自の単位を用いて、様々な要素を加味し、相場などを確認する。それも手際良く。


「…………シルヴァ、ダッキ。これを」


 とはいえ、商品を見られるだけというのは良い気はしないだろう。そのことに、周りの商人たちが放つオーラから察したエイジは、懐から袋を八つ取り出すと、それを四つずつ投げ渡した。その袋を彼女たちが受け取った瞬間、ジャラッという重々しい音が鳴る。


「見せてもらっているんだ、その礼に買い物くらいしてやらんとな」


 一つ一つの大きさは拳大ほどだが、特筆すべきは全てが同じ大きさということだろう。つまり、金貨や白金貨が大量に入っているということ。


 どのくらいかというと、商人の平均的な年収分くらいはある。しかもそれをポンっと軽く出したものだから、商人たちは目を見開き絶句する。


「に、兄さんや……これほどの金を、一体どこで」


 まさか魔族が、これほどの金を持っているだなんて思っていなかったのだろう。目の前の八百屋の店主がオドオドと尋ねる。


「ああ、これを売ったのですよ」


 エイジが懐から取り出したのは、手に収まるほどの大きさの、八面体のような虹色の結晶。つまり魔晶石だ。


「誤解のないように言っておくと、正規の手段で手に入れましたよ。強盗なんかしていないって」


 確かに、王妃救出の謝礼に資産を手に入れた。だがそれは、魔王城の国庫に眠ったままである。


「これ、なんだか知ってます?」


「まさか……!」

「なんだこれ。キラキラしてて……宝石か?」


 周りを見渡し聞いてみる。どうやら認知度は、半々といったところか。


「これは、魔晶石と言います。どんなものかというと、魔力を含む結晶でしてね」


 手に持つ石をシルヴァに渡すと、エイジは魔導具をいくつか取り出し蓋を開ける。そこに、シルヴァがナイフでカットした魔晶石をはめて、蓋をする。そしてスイッチを押すと、緑色の魔術陣が展開されて風が吹く。


「この通り、魔術の発動を肩代わりしてくれるのですよ」


 別の道具からはウォーターサーバーのように水が流れ、もう一つからは火炎弾が撃ち出される。


 その現象が披露された瞬間、どよめきが広がる。知見の広い商人と言えど、魔導具や魔晶石は非常に希少なものであるらしいことが伺える。


「この大きさと純度なら、攻撃魔術換算で下級なら五発、中級なら二、三発は撃てるかな。で、聞きたいのはここだとコレがどのくらいの価値になるかです」


「か、確認させてくれ! これがあれば、誰でも魔術が使えるってことで良いんだよなぁ⁉︎」


「概ね、その認識で間違い無いですよ。魔術陣は魔導具に仕込んであり、魔力は魔晶石が肩代わりする。発動の操作も簡単ですしね」


 その事実に、固唾を飲む商売人たち。それだけで、十分商売になることがわかる。


「その魔導具になら俺は二千出せるぜ!」

「な、ならこっちは二千二百だ!」

「魔晶石……それなら五百は下らねえぞ」


「……今売る気はないんですがね」


 競売のように、俄に騒がしくなった売人たちを宥めつつ。


「シルヴァ、ダッキ、家具の相場を調べてきてくれ。材質や強度、装飾やブランドなども欠かさず調べて。その次は工芸品や宝飾とかを頼む。さてと、塩の希少価値ってどんくらいですかね」


 相場調査を続行。魔王国の主力輸出財となりうる塩や木材、衣類に、はてまた鋼材など。サンプルとして取り出しては、実際に目利きしてもらう。


「それだけのモノ、一体どこから」

「特殊能力です」


 明らかに持ち切れない大きさの物を虚空から取り出すものだから、さらに不信感と驚きが増大する。しかしエイジはそこに踏み込むことをよしとせず、逆に質問を浴びせかけて封殺する。


「結構素直に教えてくれるものですね。何も知らない他所者であるのを良いことに、出まかせ言われてぼったくられるかと思っていた」


 しかし、それでも対等に、客として見てくれることが結構意外だった。もっと偏見たっぷりで、邪険に或いはおざなりに扱われ難航するとばかり。


「ははは、あんちゃん頭良さそうだし、嘘教えたら後が怖いからねぇ。しかも魔王国の代表となりゃ、新しい商売の機会ってもんさぁ。ここでてきとうな接待しちゃあ、後で損ってもんでしょう。ま、金持ってなかったら追っ払ってたがな」


 客じゃなかったら冷淡だったという意味だろうが、確かに市場に金も持たず現れたなら冷やかしに感じて嫌だろう。


「商人の嗅覚ってやつか……一つ、参考までにお聞かせ願いたい。魔王国との交易について、あなたはどう思っている?」


「そうだなぁ……あっしらも、魔王国にいい思いはしてなかったんだがねぇ。けども、あっちは人の目の届かぬ未開の地だ。兄ちゃんが見せてくれた魔晶石とか、植物や資源みたいな知らなかったり貴重なものがあるかもしれねえ。だとしたら商売のチャンスだ。それによ、魔王国とは商売成立しねえと思ってたんだが、あんたみたいによく分かってる奴もいるって分かったし。そうなりゃこっちも歓迎だぜ」


「そうですか……貴重なご意見ありがとうございました。ではこれとこれ、あとはこれをくださいな」


「おう、ありがとさん!」


 その後も、さらに離れた数軒で似たような聞き込みをして。日が暮れかかるまで一日中、この街の市場の相場調査を行った。エイジは食料品や珍しい小道具に原材料となりうる資材、シルヴァは日用品や有用な什器、ダッキは衣類や工芸品などを買い込み、買ったものは違えど皆ホクホク顔である。


「エイジ様、宿の手配が済みました。また、明日の首都行き便馬車の予約も完了しています。スケジュールの確認をお願いします」


「あら、明日は馬車ですのね。また飛ぶのかと思いましたわ」


「ああ。せっかくの機会だからな、たまには馬車に揺られてゆっくり景色を眺めるのも悪く無いだろうと思ってね」


「妙案ですわね。あ、旅館が見えてきましたわ」


 シルヴァの案内でホテルに入り、予約された部屋にチェックインしようとしたところで。


「ん……相部屋?」


「はい。コストは少しでも抑えたいですし、何より私達は護衛です。部屋を共にするのは当然でしょう。まあ、ダッキを別部屋にしたいというのなら今からでも遅くは__」


「それ、あんまりにもあんまりではありませんの⁉︎」


「冗談ですよ」


 シルヴァが冗談を言うのなんて珍しいものだから、ダッキは豆鉄砲喰らったような顔に。


「気にならない?」


「……一夜を共に過ごしたことがあるというのに、今更何を気にするというのですか」


 エイジの袖を摘むシルヴァは、恥じらいつつも期待するような上目遣い。その破壊力に、エイジは天を仰ぎ額を押さえる。


 そして、背にやっかむ視線が突き刺さるのを感じながら、彼らは部屋へとむかうのだった。

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