8 未来の宰相の試練
そして3週間と少しの鍛錬も終わりという頃、エイジはエリゴスからある提案をされた。
「お主の技術は十分に上達した。武器の扱いも、魔術もな。そこで提案なのだが、吾と実戦形式の試合をしないか? 勿論吾輩は幾らか手を抜く」
彼にとっては願ってもない申し出だった。自分の実力を確かめることができる。幹部相手に引き下がれれば大した成長だと言えるだろう。さらに、密かに練習していたチート級能力の実践には最適かもしれない。初見で格上相手に、どこまで押せるかどうかでその能力の有用性が証明できる。
「ああ、望むところだ、師匠」
師匠と呼ばれ嬉しそうにするエリゴス。
「じゃあ、僕が審判するよ」
面白そうにしながら修練場の中央、試合場所に立ち審判をしようとするノクト。これと対照にレイヴンは退屈そうに、
「フン、見ものだな。これで貴様があっさりやられれば、我々の努力は徒労になるだろうよ」
と椅子に踏ん反り返りながら刺のある言い方をする。
「………」
感情はわからないがエイジをジッと見ているエレン。恐らくだがいくらか期待をしているのかもしれない。
エリゴスとの試合のため、帯剣し槍を背にかけ、短剣と弓に盾とフル装備だ。そして修練場の中央で髑髏の騎士と向かい合う。相手は刃を潰した鍛錬用の大剣1本と大きなシールドのみ。こうして相対すると、彼はやはり気圧される。しかし怯える訳にはいかない。礼をして片手剣を構える。
「ではぁ、始めぇ!」
ノクトの気の抜けた号令で試合が始まる。開始直後、エイジは右手の剣を上に投げて、掌を相手に向け、
「炎よ」
軽く呟く。すると掌から魔法陣が展開され火球が飛び出した。今の彼は、ランク3の中級魔術程度なら詠唱の省略が可能なのだ。不意打ちのつもりだったが、エリゴスには通じず軽く防がれてしまった。だがそんなことは想定済み。このわずかな時間にいくつか強化魔術を自分に掛け、体に魔力を巡らせる。準備は整った。そして投げた剣をキャッチし、相手に突撃する。
「ウオォ!」
「フン」
軽く薙いだだけで人が軽く吹っ飛ぶほどの剣撃。しかし突撃は間合いを詰める為。攻撃の為ではない。目の前で突然止まったことでリーチが足りず、威力が下がった斬撃を下に受け流し、逆手にもちかえ替え斬り上げる。
「甘いな」
盾で弾かれる。しかしこれで終わりではない。
「食らえ!」
今度は風と闇属性魔術の同時発動だ。
「ぐっ」
直撃し少し怯んだ。実は魔術は撃つだけならば手を構える必要すらないのだ。意識すれば、体のすぐ近くならどこにでも、どの方向にも陣を展開できる。体から離れるほど威力は減衰してしまうが。怯んで距離ができたところをすぐさま左手に槍を持ち突く。しかしさすがは歴戦の勇士、軽く避けられてしまう。
「今のは見たことのない戦法だった。やるな」
それからは互いに押さず押されずの攻防が続く。頭で組み立てたパターンの魔術や複数の武器による初見のコンビネーションで不意を突く攻撃をするが、エイジの独特な動きのパターンに慣れてきたのか、徐々にエリゴスは見切り防ぎ、避けられてしまう。その時間が10分ほど続いた。絶え間なく攻防を繰り広げてきたので、集中しての長時間の戦闘にあまり慣れていないエイジは息があがり、集中が乱れはじめた。しかもそろそろ技が尽きてきた。早めに勝負を決めなければ。
エイジは後ろへ大きく跳躍し距離を空ける。
「そろそろ……決着をつけさせてもらいますよ!」
「うむ、来い!」
エリゴスが身構える。そこに彼は、槍を弓に番え放った。
「?」
武器を減らしたことを疑問に思っているようだ。続け様に短剣を全て投げ吶喊した。
「特攻か…」
がっかりしたように呟く。勿論投擲は防がれている。
「オォ!」
全力で剣を振る。がしかし剣を弾き飛ばされた。
「くっ…」
これで全ての武器を失った。
「これで、終いだ」
豪剣が振り下ろされた。
しかし、彼には当たらなかった。何故ならば、
「な、なんだと……!」
彼の両手は剣を握っていたからだ。
ガタッと後ろで音がする。レイヴンとエレンが驚き立ち上がった音だ。
「何が起こった⁉︎」
そして彼は敵にできた隙を見逃さない。二本の剣で相手の剣を全力で押し返し、そして
「オオオォ……!」
右手に、この場に持ち込んでいないはずの大剣を持ち、振るった。その剣はエリゴスの肩にクリーンヒット。その反動で体を捻り、そしてすぐさま大剣を手放して、槍と短剣を持ち出しお手玉でもするかのように次々と武器を持ち替えて連撃を叩き込む。
「ぐぬぅ、何なのだこれは!」
なんとか立て直したエリゴスにより追撃は悉く防がれ、反撃の突きが繰り出された。エイジは躱すためバックステップ。そして剣を瞬時に5本、周囲に展開する。その剣はしばらく滞空した後、ひとりでに敵に向かって飛んでいく。そしてそれから彼はエリゴスを中心に円を描くように反時計回りに走りつつ、剣を投げ、魔術を放ち、矢を喚び出し撃った。波状攻撃によって体勢が崩れたところに再び吶喊。
「これが! オレの! 力だ‼︎」
両手に大剣を呼び出して全体重をかけ左から横薙ぎにし、同時に隙となる反対から剣を召喚して飛ばし、敵の剣を弾く。
「…!なんの!」
反撃のシールドバッシュ。しかしこれも届かない。防御魔術を使って障壁を張り防いだのだ。ジャストガードにより敵の体勢が大きく崩れる。
「これで、トドメだ!」
両手を前に構え魔術を早口で唱え、撃ち込む!
「『月の女神よ 例えこの 一時のみでも 汝が弓を 我に授けよ』! 喰らいやがれ、『DianaArrow』‼︎」
ランク5の光属性上級魔法だ。__獲った!__そう思ったが直撃しなかった。なぜなら…
「はーい、そこまでー」
ノクトが割り込み防いだからだ。
「勝負ありー。勝者、エイジクン。」
貫通力に優れた魔術だったのにノクトは容易く防いでしまった。やはりコイツは只者ではないだろう。
「おい、貴様! あの能力は何だ⁉︎」
レイヴンが駆け寄り問い詰める。
「これか?」
エイジは剣を手元に出す。
「これについては魔王様の前で話すよ。」
円卓の部屋にて、
「……ということがあったのです。まっことたまげましたなぁ、ハッハッハ!」
エリゴスがベリアルに事の顛末を説明した。
「ふむ、エリゴスから一本取るとは大した物だな。ではエイジよ、お前のその不思議な力について話してほしい」
__ついにこの時が来たか。あまり手の内は明かしたくないんだが__
「はい、わかりました」
一呼吸おいて頭を整理し、話し始める。
「ですが、俺がこの世界に来た経緯、まだ説明していなかったですよね」
エイジが話し始めたことで、彼に注目が集まった。
「互いに信頼関係も出来上がったので、そろそろもう明かしたいと思います。この説明をしないと能力についてうまく話せないので、まず話させてください」
__そろそろ頃合いだろう。そして、俺の能力を知ったら、彼らの表情がどうなるか、見物だな__
「私はこの世界に来る前、自身を神の遣いである天使だと名乗る正体不明の存在と接触しました。つまり元の世界から直接来たのではなく、そこを経由しました。ですがご安心下さい、彼らと接触したのはその時だけで今は関係ありませんし、あなた方と敵対せよとも言われておらず自由にしてよいとのことでしたので」
信頼七割、疑い三割と言った視線だ。まあ、実際いくらか虚偽が交えられているが。
「その時に、天使からこの世界にこのまま行くのはかわいそうだという理由で行く前に力を授けようと言われまして、その時に私は幾らか能力を得ました。ではまず一つ目。それは全ての言語に対する知識の理解と自動翻訳。話し言葉にも書き言葉にも対応します。本来私とあなた方が話す言語、読み書きする言語は違うのですが、難なく話せるようになったのはこの能力のおかげですね。頑張れば人より知性の劣っている魔族たちとも言語の概念さえあれば会話できるかもです」
この能力がなければまず魔族語を学ぶ必要があり、この世界についてとかをすぐには理解できなかっただろう。それ以前に転移直後にレイヴンに殺されていたかもしれない。
「そして二つ目、『自身の所有物を召喚、及び収納する能力』です。自身の所有物だと認識した物を私専用の亜空間に収納したり、それを手元に喚び寄せたりできる能力です。喚び出す時には、亜空間の孔を開けて、そこから取り出します。もしくは孔をあけず直接取り出すことも可能です。さらに手元に喚び出すだけでなく周囲に展開し、能力で指向性を与えて飛ばして、オールレンジ攻撃兵器の如く直接攻撃することもできるのです。更に一度ここに収納したものはよほど遠くにない限り離れた所にあっても回収できます。飛ばした武器はこれで回収していますね」
「なるほどな。弱点はあるのか?」
__うっ、言いたくないな。だが信用を得る為だ、仕方ない……__
「ええ、当然ありますとも。まず使用する度にある力を消費しますね。この力は生命力や魔力とも異なる私専用のエネルギーとなります。仮称“EP”。さらに、検証していないからまだ分かりませんが生物は収納できません。収納したら多分ですが死にます。怖いので実験したくはないですし入れる気もありませんが。ただ、有機物がダメというわけでもないようです。食品を収納することができましたから。そして、重要なのが『自身の所有物』という点です。自分の魔力を流したり、私専用の特殊な印をつけたり、しばらく持ち歩いたりすることでそれは私のものとなります。つまり、収納するまでにはそれなりに時間がかかります。しかし他人の物を奪うことはできません。例えば1人の人間に使い込まれたり他人の魔力が強く残っているような物は、物自体が拒むのでこれも収納不可ですね。実はこっそりエリゴスさんの剣で試してみてわかった事です。この能力があれば、兵站の面に於いて大きなアドバンテージになるかと」
さらにこの能力、亜空間について念じる(考える)と中に何が収容されているか分かるから何を入れたか忘れたり、何を取り出そうかと迷うこともあまりない。容量はほぼ無限だが念じることで大きさを変えられ、仕切りを作って分類することもできる。わかりやすく言うとゲームの持ち物欄みたいな感じだ。エイジは整理大好きだからこういうのとても助かっている。
「もう驚いておられる様ですが、こんなの序の口ですよ。三つ目は強大な魔力です。具体例を出さなかったので詳しい総量はわかっていません。今使えているのはほんの一部です。そしてそんな強大な魔力を制御するために四つ目の能力、能力の制限機能です。これにより出力の調整が容易く行えます」
どよめきが広がる。ややおさまるのを待って口を開く。
「そしてこれが最も重要な能力、『千里眼』です。この能力があれば現在の全てを見通し、未来すら予測可能です」
この場にいる全員が、あり得ないモノを見たかのように凍りついた。
「な、そんなの無敵ではないか‼︎」
流石の魔王様すら声を荒げる。
「しかし残念ながら今の私には扱えません。何となく使い方がわかっただけで、現在視はせいぜい遠見の魔術、未来視に至っては全く発動条件がわかりません。少し前にまぐれで発動しましたが、望んだ通りの時間や出来事を見ることはできませんし、発動したらなかなかのEPと体力を持っていかれました。しかも前回発動した千里眼で見えたのはたった数秒先。身に付けるは相当時間がかかりそうですね」
「そ、そうか…それは少し残念であるが、少し安心もしたな」
「これで以上です。どれもとても有用なのは間違い無いですし。千里眼はいざってときのとっておきなので、あってないようなものと思って下さい」
彼が隠している能力はまだあるが、言いたくないのと使い方わからないとで言う気はないようだ。千里眼だけ明かしておけば十分信頼されるだろう、一番の強みを曝け出したのだから、と判断してのこと。__まあ、他のは気が向いたら明かそうか。そしていずれ全ての能力を十全に扱えるようにしなければな__
「なるほど、辻褄は合う。では次に与える試練で以ってお前の能力を測り、その結果次第でお前を信頼し宰相の座に就く者に値するかを決めよう。エリゴス、彼はもう実戦に出られるかな?」
「おう、十分すぎるほどですなぁ」
「ふむ、エリゴスのお墨付きがあれば問題ないだろう。ではエイジよ、勅命を下す。明日より我らの前線拠点に赴き、戦果を上げて見せよ! さすれば汝を宰相と認め、政を任せよう。急なことで悪いがな」
魔王様直々の命令である。どうやらそれ次第で本当にエイジを認めてくれるようだ。
「喜んで拝命いたします、陛下」