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魔王国の宰相 (旧)  作者: 佐伯アルト
Ⅶ 宰相の諸国視察記 後編
178/291

3 適応訓練 ③

 その二日後。魔王国は落ち着きを取り戻しつつあった。


 保護された地下スラム出身の者、そして武者達の取り調べが実施され、その末に彼らは魔王国の王国拠点周辺に留まることとなった。言語が通じず、腹の中が見えない者を国土に送るわけにもいかなかったためだ。しかしその代わり、拠点の大幅拡張と設備の充実が図られることとなった。


 また、カムイと共に集落を訪れたエイジによって、彼らの特有の知識や技術がもたらされることとなる。例えば作刀技術や、食品の加工、芸術品など。


 彼らとは、長であるカムイの同意を以って、獣人族や精霊達と同じく、保護する代わりに技術や労働力を提供してもらうという共存関係に落ち着く。


 それと、新入りの三人。ガデッサは頭を痛めながらも頑張って勉強して知識を詰め込み、カムイとイグゼは勉強しつつ簡単ながらもエイジの仕事を手伝ったりして。少しずつではあるが、彼女達も魔王国に馴染んでいった。


 そして、つい昨日。一時間半にも及ぶ魔王国の今後についての議論の末、エイジによる商業国家の視察が終わってから、魔王国も交易を始めようとという結論に達した。




 そんな日の、昼過ぎのことだ。


「で、今アイツは何してんの?」


「エイジ様でしたら、大きな仕事は終わりましたので、自室で報告レポートの最終確認とポルト視察のプランニングをしているものと思われます」


 あの八人は、地下一階に集っていた。お喋りや教え合い、仕事の助け合いや添い寝などで、着々と仲を深めていた。


「……私は突然呼ばれたわけだが、一体何をしようとしているのだ?」


 というカムイであるが、なんとなく察せないわけでもない。何故ならここは、訓練場な訳なのだから。


「ズバリ! もっとお互いをよく知るために、戦いましょう!」


 本当に、それ以外のなんでもない。


「ヒュウ、拳を交えてわかりあうってわけか。分かりやすくっていいねぇ」

「ところで、何故彼のことを気にする必要が?」


「だってこんなことしてるって聞きつけたら、アイツ止めようとするか乱入するかするでしょ。そうしたら、もう普通に続けてなんてられないわ」


「ちなみに、発案者は誰なんですの?」

「はいっ!」


「やっぱりアンタか脳筋皇女……最近さ、アイツに毒されてきてない?」

「本望です!」


「でしょうね……」


 呆れたようなレイエルピナ。しかし彼女とてやる気満々。レイピアと新開発のバズーカを手に、魔力を高めている。


「ねェ、コレ、ワタシもやらなきゃダメ?」

「もちろん、そうだろうな」

「……ぶー」


 渋々、彼女も鞭を取り出す。その頃には、幾らか差はあれど、もうある程度使えるようになった召喚能力で各々得物を取り出していた。


「さて……では、わたくしは力を抑えて戦うと致しましょう」

「確かに……半分は、ただの人間ですからね。不公平というものです」


「もちろん、拙者も神器を抜くような真似はしない。まあ、状況によっては勾玉は使わせてもらうが」

「…………分かったわよ! 加減するわよ! 全く……」


 集う視線に耐えきれなくなり、レイエルピナも滾らせていた魔力を鎮める。


「さて、イグゼさん。貴女は強化魔術を使えますか?」

「ああ、得手ではないが、ある程度は」


「となるとガデッサさん……これをどうぞ。強化用のマジックアイテムですわ。これで、ある程度は平等になります?」


「形式はバトルロワイアルだとして……ええと、ルールはどうしましょうか?」

「別にそんなんいらねえだろ。大怪我だけさせねえようにすればよ」


 ガデッサのそれを最後に、皆は中央を向いたまま円になるようにして距離を取る。


「合図はどうしますか⁉︎」

「私がコインを持っている! 地面に落下した時を開始としよう!」

「じゃあ、それでいいわ!」


 イグゼが中央に向かってコインを弾く。放物線を描くそれは中央の硬い部分に当たると、甲高い金属音を放つ。


 その瞬間、矢が魔術が斬撃が砲弾が投擲が刺突が放たれ、剣戟と衝撃の爆音が響き渡った。




「何やってんの君ら⁉︎」


 開戦から十数分後。焦った様子のエイジが地下一階の部屋に駆け込んでくる。


「あら、意外と遅かったわね」


 そこには。まだ余裕のありそうなレイエルピナが。そして、エイジの出現に気づいた皆も攻撃の手を休める。


「何してるのさ⁉︎」

「見てわかんない? 模擬戦してるのよ、も〜ぎ〜せ〜ん!」


 その割には、数名血を流したりはしているが。それでも、擦り傷程度の軽傷。魔術を使えばすぐ治る程度でしかない。


「見ての通り、みんな手加減してるわ」

「そのバズーカとダインスレイヴからは加減を感じられないけど」


「魔剣は呪いを封じたし、砲の出力は最低よ。それに撃つより攻撃を受け止める方が多いわ。身体能力が同程度だと、やっぱ全然当たんない」


「……ところで。この模擬戦の発案者誰?」

「あの脳筋皇女よ」


 彼女が顎でしゃくった先には、レガリアを発動させながらもある程度の制御を物にしたのか、余裕を残した様子のテミスが笑顔で手を振っていた。その調子に、エイジさえ額を押さえる。


「で、アンタは止めに来たの? それとも……参戦しに来たの?」


 問われたエイジは動きを止めると。正面を向いて笑みを浮かべる。


「なら、オレも戦うとしようか」


 解放率を三割にしつつ、目を瞑って中央へ進むエイジ。そして目を開くと、術が発動する。


「うくっ……」

「これ……は」


 レイエルピナとシルヴァ、ダッキに身体能力弱体化の魔術がかかる。対して、ガデッサとイグゼ、モルガンには強化がかけられる。次いで、全員に回復魔術、加えて防御強化術がかけられる。


「これで、より対等じゃないかな?」


 そう言いつつ、エイジは出力を二割に下げると、いつもの得物を取り出す。


「さ、来るといい」


 挑発するようにウインクした。とはいえ、閉じた左目は髪に隠れているので軽く笑んだようにしか見えないのだが。


「では、いくぞ!」


 先駆けはイグゼ。炎を纏う双剣を手に斬り込み、怒涛の連撃を振るう。


 そんな彼女の猛攻に対し、エイジは上体を逸らし、巧みな足捌きで避けていく。さらに。ただでさえ隙の少ないイグゼの攻撃を避けつつ、


「そんな⁉︎」


 後方からのシルヴァの援護射撃をノールックで避けてしまう。避けられるとは思ってなかったのか、驚きの声が。動揺する彼女の二射目、三射目も難なく躱し__


「きゃっ!」

「あ、ごめんなさい!」


「気を抜くモルガンも悪いし、射線上をよく見なかったシルヴァも悪い」


 他の人への攻撃を誘導。更に指先から低威力のビームを放ち、地雷のようなダッキの呪符罠を誘爆させる。


「はいそこぉ!」

「くっ…」


 決めきれないと見て、飛び退いたイグゼ。しかしその胸を素早く撃って体勢を崩し、足を払って転倒させる。


「今、油断したね? ……っと」


 急いで後方宙返り。すると、さっきまでエイジの胸のあった場所を魔弾が貫いていった。


「チッ、また外した」


「バズーカは魔力のチャージが長い上に、必要魔力量が多いから射撃体制に入ったのが感知しやすい。それから、発射までのタイムラグも簡単に分かる」


「このっ!」

「オラァ!」


 砲撃が効かないと見るや、レイエルピナはレイピアを構えての攻撃。更に、その反対からはガデッサの挟み撃ち。


「おっとぉ?」


 だが、エイジは余裕。まずレイエルピナに対し牽制の突きを放ち、ガデッサの大振りな攻撃を難なく躱す。


 再度踏み込んだレイエルピナの斬撃を、踏み込みつつ受け止め超接近。そこに隙の少ない動きで放たれたガデッサの突きを直前で避けて、その攻撃はレイエルピナに当たる。


「うわっ、何すんのよ!」

「勝手にこっちの間合いに入ってくんのが悪りぃんだろ!」

「なんですって⁉︎」


 勝手に揉め始め、唸り合う二人からエイジは距離を取ると、ジャンプして足払いに放たれた鞭を踏みつける。


「ほいっと!」

「きゃあ!」


 更にそれを引っ張って転倒させる。エイジの体には、何度か鞭が当たっていたが、ノーダメージ。何故ならそれは幻影で、見切ったエイジは他を意に介さず本物のみを避けた。


「ほらほら、一人の攻撃じゃ当たらないよ〜。連携してごらん?」


 その言葉に、テミスとカムイは目を合わせると、同時に装備の出力を上げて踏み込む。


「はあぁぁぁ!」


 テミスの真っ直ぐな攻撃を受け流すと、カムイの刀が差し込まれる。


「せえッ!」


 そこに反撃を打とうとすると、テミスが防御あるいは攻撃を仕掛け中断せざるを得ない。


「くっ……」


 やはり近接戦闘においては、この二人は格別なセンスを持っているようだ。数度相対したことしかなく、ましてや連携したことなどないはずだが、互いに巧みにカバーした連携を繰り出す。


 そして。テミスがその場で立ち止まると剣を大きく振りかぶり、カムイが一歩前に出て隙をカバーする。


「たあァァ!」


 テミスが裂帛の気合いを放った瞬間、カムイは横へ逸れる。その攻撃は、直撃コース。


 しかし__


「ッ……!」


 攻撃は弾かれた。威力の乗り切る前に、障壁によって阻まれたのだ。すかさずそこへ、エイジは体当たり。


 連携を崩すと、両手に盾を構えてカムイへ殴りかかる。盾には刃が立たず、受け流すことも難しい。カムイの戦法と相性が悪く、天敵と言える。


 それに元より防御用の装備であるために、攻撃を加えることも難しい。そのため反撃もままならず徐々に押し込まれていく。


「ぐふっ……!」


 そしてシールドバッシュを食らい、吹き飛ばされる。


「貴様……この短期間に、また強くなったのか」


「ふふふ、いやいや。流石にそれほどオレはセンスがあるわけじゃないさ。けどね、君らとは何度も、時に並び立ち時に相対した……だからさ、君らの戦い方の癖とか、そういうの分かってきたんだよね」


「私たちの動きを、もう見切ったというのか⁉︎」

「流石にこの程度できないと、君らと並び立つ資格はないと思うからね」


「私たちはまだ、あなたの動きを見切れてないんですが……」

「それは単に、オレは手数が多いからだ。よく見れば癖とか共通すること、簡単に見切られちゃうと思うけどね」


 そう言うと、皆に回復をかけたのち、再び中央まで戻る。


「さてと。じゃあもう一度、連携の練習してみる?」

「なんで、そこまで協力を進めるわけ?」


 さっき、足を引っ張り合って挟み撃ちを失敗したレイエルピナが不機嫌に尋ねる。


「そりゃあ……君らって、相性良いでしょ。まず、得物や戦法に被りがないから。同じ役割が二人以上いてこそ成り立つ連携もあるけれど、そこはほら、オレがいるし。それに、最近は仲良いみたいだしね。

 もし仮にそうでなくとも、全員が卓越した才能を持つ戦士だ。今のカムイとテミスみたいに、即興であそこまで連携ができるんだもの。極めれば凄いことになると思うな」


「ん〜、理由はわかったケド、練習ってどうすればいいの?」


「そうだねぇ……うん、最初はそれぞれのスタンドプレーでいいと思うよ。そこから偶発的に連携が生まれることがあるだろうし、それを体系立て、洗練し、昇華していくのがいいと思う。他には、事前に動きを打ち合わせしておくとか」


「要するに実践あるのみってことですね!」

「ところで、体系立てるって、どういうことですの?」


「例えば……フォーメーション・トリニティとか、コマンド『S-32』みたいな。動きをパターン化すれば、次どう動けばいいかすぐ分かるし、予備動作でこの連携がしたいんだなって察せるようになる」


「おお、なんかカッコいいな」


「さらに、同時に動くのも大人数なほどいいだろう。三人以上だったら、単純に手数が増えるだけじゃなくて、二人の連携に一人の遊撃を混ぜることで失敗のリカバリーが効くようになったり。ほら、さっきカムイとテミスの連携、片方崩したら崩壊しちゃったでしょう」


「確かに、この人数ならば組み合わせも無限大か」


 みんなは少しずつ、興味を持ってくれたようだ。エイジは満足げに数度頷くと、武器を手に取り、一番近くのイグゼに近寄る。


「さてと。じゃ、実際にやってみようか。まずはオレが合わせるから、テキトーにやってみて」

「了解した」


 イグゼは短剣を構え直すと、ガデッサに切りかかる。


「せっ! はあっ!」


 ガデッサはその攻撃を棍で受け止めるが、その隙にエイジは真横へ。ジリジリ後退するガデッサの真後ろにボウガンによる射撃を行い、気を逸らさせる。


「ぐっ、く……」


 その隙を突いたイグゼの攻撃が、数回ヒット。更にその間にエイジも距離を詰め、攻撃の合間に戦斧を振り下ろす。


「あっぶねぇ……」


 敢えてゆっくり、大振りなモーションだったから避けられたが、そうでなければ当たっていただろう。


 しかし下がったガデッサに、すぐさまイグゼは追い縋って追撃を見舞う。さらにその真後ろから、イグゼの脇スレスレを通って、急所を狙うエイジの槍が突き出されていく。


「四秒、下がって」


 更に後ろからイグゼに指示を囁く。その四秒後、彼女が攻撃の手を止め、軽くバックジャンプしたことで正面ガラ空きとなったガデッサに向けて、ボウガンによる射撃が直撃。


 そして、イグゼもただ下がったわけではない。剣に魔力を流すと、向きを揃えて体を捻り、上段から脳天へ振り下ろす。


 と、そこに__


「なにッ⁉︎」


 エイジが文字通り横槍を刺して阻む。さらにガデッサが慌てて振り上げた棍が直撃しイグゼを吹き飛ばす。


「追撃行くよ、足かけて!」


 すかさずガデッサに向かい、手をバレーボールのレシーブのように組む。そこに足をかけたガデッサを上に放り投げた。ここで意図を理解したガデッサは、落下と同時に斧を振り下ろす。


 イグゼは後方に転がり、余裕をもってこれを回避。着地後隙だらけのガデッサを攻撃しようとする。が、大剣を突き出し飛び込んできたエイジの前に、後退を余儀なくされる。


「お、おい、何がしたい__」


 突然の裏切りに、非常に困惑した様子のイグゼ。そこへ容赦無く、すぐさま横に飛び退いたエイジの元いたところを貫くように、戦棍の刺突が。更にその左右から、剣と槍が隙を補うように飛翔する。


「はい膝カックン!」


 そして、いつの間にか後ろに回り込まれていたエイジに羽交締めにされた上に、膝を崩され無防備に。その顔面に、トドメのフルスイングが吸い込まれるように迫って__


「はい、そこまでー」


 すんでのところで、エイジが柄を受け止めた。そして左手で、しっかりイグゼを抱き止めている。


「まあ、こんな感じだよ。最後の、オレ諸共ぶっ飛ばそうとしたのはどうかと思ったんだけどね」


 イグゼを立たせると手を離し、二人を労ってからまたしても回復させる。


「さっきの剣飛ばしのところは、複数人連携を想定した代用だ。……さあて、まだまだ余裕はあるかい? 続けていくよ!」


 エイジが全員に目配せすると、皆も同時に構えた。


 そして、それからもエイジとの連携、あるいはエイジを狙っての連携の練習を続け。その日の午後は目一杯、彼女たちとの模擬戦に費やしたのだった。


 ちなみに、そのせいでレポートの提出は大きく遅れることとなり、苦言を呈されたエイジが涙目になるのは別のお話……

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