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魔王国の宰相 (旧)  作者: 佐伯アルト
Ⅶ 宰相の諸国視察記 後編
175/291

2 澱み ③

「ええと、少し考えさせてくれるかしら……」


 彼女らは押し黙る。エイジが話したことを理解しようと。


「嫌いになろうが失望しようが、好きにしろ。本当のオレを知りたいと言ったのはアンタらだ」


 だが、それを待つつもりはない。そのまま逃げるように、戸に手をかけて。


「……へぇ、わかったわ」


 レイエルピナの言葉に、動きが止まる。


「エイジへ、まずは感謝を。ありがとうございます。言いにくいことであったでしょうに、私たちに話してくれたことを」


「貴方の、初めて見るような面の前に困惑もしてしまいましたが……もう大丈夫です。お陰様で、貴方のことがずっと、よくわかりました」


 テミス、そしてシルヴァが続き。そのあまりの内容に、とっても嫌そうな顔で振り返る。


「あ? この程度でわかられてたまるか」


「ええ、そうよね。わたしだって、わかろうとするつもりなんかなかったわ。でも、わかっちゃったんだから仕方ないじゃない」


「わたくしたち、先程お風呂場にて、お互いのことを話し合ったのですわ。そして……」


「ええ。どうやら、ワタシ達は同類。自信がなかったり、自分があんまり好きじゃないのよ」


 怪訝そうに、そして非難するように、害意たっぷりに睨みつけるエイジ。


「…………なるほど。今ようやく腑に落ちた。すまなったな、よく考えれば貴殿はそれほど矛盾した存在でもなかったようだ。全て聞いた今となっては、わかるとも」


「へっ、なんだ、思ったより簡単なことじゃねえか」


「私もだ。否定し批判するような言動の数々、謝罪しよう」


 続々と口々に、理解を示したような言葉を発する彼女達。流石にエイジも少しばかり気勢を削がれる。


「ああそうかよ。で、どうなんだ、オレの本性を知って。少しは嫌いにでもなっ__」


「いいえ? むしろ親しさを感じられて、ずっと好きになりました」


 唖然。予想外も程あるテミスの言葉に、頭が追いつかない。


「は……はぁ⁉︎」


「確かに、エイジは私たちの前では、強く振る舞おうとしておりましたからね。弱みを曝け出してくれた……すなわち、私たちを信頼してくれた、と感じられて嬉しいです」


「寧ろわたくし達に不満があると聞いて、安心いたしましたわ。わたくし上手くやれている自信なんてありませんでしたもの」


 反応は却って好意的。エイジはただひたすら戸惑う。


「お、お前ら頭おかしいんじゃねえか⁉︎ マトモじゃない」


「マトモ、じゃない? ……ふっ、ふふふふふ」


「あっははははは! 何言ってんの、おっかしー!」


「ええホント、今更よ」


 突き放すような言葉さえ、テミスを始めレイエルピナやモルガン、他の者達さえ可笑しそうにしている。彼女らは分かったと言った、だがエイジは何故こんな反応が返ってくるのか全くわからない。


「ワタシたち、生まれに立場、感性に特性や特徴が、普通じゃナイじゃない」


「だからこそ、なのかもしれません。私たちはまともじゃない、どこかおかしな人。そして、エイジも良くも悪くもそういうひと。だからこそ、同類同士とでもいうのでしょうか、相性がいいのかもしれませんね」


 彼女達は変わらず、穏やかな笑みを湛える。エイジは毒気を抜かれ、二の句が継げない。


「とはいえ。悪態や愚痴こそよく吐いていましたが、悪口を言うのは珍しいですね。しかも、敢えて突き放すような」


「フンッ、だからそれがオレの本し__」


「ああ、そういうことですのね。わたくし分かってしまいましたわ!」


「ほほう、何がかな?」


 エイジの言葉は遮られ、イグゼが興味を示す。そう、今は……彼女達のターンだ。


「エイジはツンデレなんですのよ。エイジはわたくし達のことが好き、とまでは断言できませんが、少なくともお気に入りではあるはずです。ほら、先程の話を思い出してくださいませ。彼は自身を否定なさるときに、わたくし達を引き合いに出してらっしゃいましたわよね? わたくし達と違って自分には才能がない、みたいなことを。裏を返せば、それはわたくし達は優秀だ、と思っているということせすの。自分を貶すことで、引き合いに出した相手を相対的に持ち上げているんですわ。そして、こうも言っておりました。自分には思い遣りなどが不足していて、自信がないと。ですから、自分を好くことでわたくし達に不幸になってほしくないから、敢えて嫌われるようなことを致しているのですわ!」


 自説を滔々と語るダッキ。それが確かであるかどうかとエイジを見れば……顔を背け、歯噛みし、その横顔はうっすらと朱に染まっていた。


「そのお気に入りに、アタシらも入ってるってのか?」

「そうでなければ、丁重にもてなし、直々に案内して、この場に留めてはおかないでしょう」


「まっ、そりゃそうだな! にしてもよ……」


 ガデッサは、エイジを真顔でじっと数秒見つめると。少し前の態度とは一変し、にかっと笑う。


「ふっはは、おもしれえなお前さん!」

「……さっきまでの、世界の全てが憎たらしい、みたいな表情はどこいったよ」


「ああん? だってよ、こーんな面白そうなことが待ってんのに、ずっと不機嫌だったら勿体ねぇだろ?」


 冷笑ではない笑みを浮かべたまま、やれやれとばかりに肩をすくめるガデッサ。先程の刺々しい態度からは想像もできないような、そんな仕草だ。


「そうかよ……随分お気楽なこったな」


「ん……まあ、今となっちゃクソッタレスラムの苦しみなんざどこにもねえからな。今更気にするこったねぇんだよ。だからアタシだって伸び伸びと自分らしくいられる。そうさ、アタシを救ってくれたのはアンタだ。アイツららだって、お前さんに救われたって言ってる。胸張ってよ、誇りゃいいだろ」


 カラッとした快活な印象にエイジは、テミスとは違った眩しさを感じた。


「オレは異物だ、この世界にあっちゃいけないはずのモノだ。そんな部外者のくせに、干渉しすぎたのかもしれない」


「でも。今アンタは、みんなに受け入れられてるじゃない。それに、わたし含めこいつらを救ってるし。なにより、この国の人たちは、みんなアンタに感謝してるのよ。ま、あんまり会ってないから、わかんないのも仕方ないけどね。アンタ忙しないし」


 思いがけないところからの、その言葉に。エイジは目を丸くする。


「ああ、そうか。君が、私に居場所を与えてくれるように。私たちも、貴方の居場所となるべきなのだな……ふむ、私が何か返せるものがないかと悩んだが。ふっ、なんだ簡単なことがあったではないか」


「拙者とて、貴様の言が正しければ、異物なのだろうよ。しからば、共に在るのも悪くない。……貴殿の側に居るならば、或いは、其の機もあるやも知れぬし」


 レイエルピナ、イグゼ、カムイ。疑念或いは疑念をも抱いてくれた彼女らさえ、歩み寄る姿勢を見せたことが、エイジには心底意外であったらしい。


「なんで…」


 そんな言葉しか出ないが。


「んー……ま、そうね。分かったって言ったじゃない。だからよ」


「ああ。腹を割って、本心を話してくれたからな」

「吾はそれに依って、信じるに能うと思えたのみ」


 まるで心の内を読んだのかのような返答。当惑は深まるばかり。寧ろ通り越して恥ずかしい。


「はっ、照れやがって。かわいい奴だなぁ!」

「な、なんだと⁉︎」


「ウフフ、エイジクンが可愛いっていうの、よくわかるわァ」

「お前さんが年下だと思うとよ、弟みたいに感じるな。まぁ、兄弟なんていねぇんだが」


 彼女らは、エイジの拒絶なんぞ御構い無しに深入りする。だがそれは無礼というわけでもなく。踏み込んで澱を払い、闇を晴らして、寄り添って。彼を掬い上げるための行いだ。


「ま、ともかくだ。アタシらに、もうしこりはねえよ。アンタだって、そんなしけたツラは似合わねぇぜ? 前みたく不敵に笑ってりゃいいんだ」


「……オレはこんなにしたのはアンタらだ」

「ん〜、まだ病んでますわね。思ったより根深いですわ」


 ダッキがちょっと困ったように漏らす。だが、まだ攻勢が終わったわけではない。


「う〜ん、ワタシずっと考えていたんだけどォ、今やっと整理できたわァ」

「なにがよ」


「オレはオレだ、とかのくだりよ。感覚でなんとなく分かった気にはなってたけど、言語化するとこうね。まず、オレにして私のところだけど。今までワタシたちに見せてきた外側のことで、それは能力や幻魔器による混じり物でもあるのよね。で、いろいろな側面があるから、矛盾があってもおかしくはない。そしてエイジくん曰く、自分の理想で偽りの虚構だと。でェ、オレというのは今見せた核のこと。どうかしらァ」


「なるほど。ぐんとわかりやすくなりました」


 モルガンの話にシルヴァは頷き理解を示す。そしてエイジさえ納得する。実際のところ適当に言っていたので、こうも深掘りされて、しかもどうやら理屈も通っていることに自分が驚く。


「エイジ。少し話は変わりますけど。貴方は今までの全ては偽りだそうじゃないですか」


「ああ、そうだな」


 そこにすかさず詰問するのはテミス。


「つまり……私たちの愛を受け入れるだの、慰めるような言葉の数々も嘘だったってことなんですか?」


「………………ああ、そうさ。全て嘘だ」


「なんですか今の間は?」


 テミスはニヤニヤと、悪戯っぽく楽しげに、どこか嗜虐的な色さえ感じさせる笑みを浮かべた。


「エイジの美徳は誠実さです。私たちの想いを踏み躙る言動に躊躇した、そうでしょう?」


「ならばここに言い直そう。オレは君らのことなぞ好きでもなんでもない。寧ろ嫌いだ」


「貴方に関しての理解が深まった私たちに言わせれば、それはダウトです」

「ええ。先程言った通り、好きだからこそ遠ざけたいんですのよね」


「宰相としてだってェ、全く楽しくないってのは嘘でしょ? 時折、本当に楽しそうな笑顔してたもの」


「っていうかさ、アンタの深いところまで知った今。今までの色々思い返してみたら、アンタ私たちの前で素の感情を出してたこと結構あったのよね」


「ならばそれって。先程君が言っていたガワも、君の素ということになるのではないか?」


「なんだ。相当大回りしたが結局、オレはオレだ、という言葉に収束するのだな」


 ここぞとばかりに連携攻撃で畳み掛ける。皮を剥ぎ、偽りの深部を抉り取り丸裸にして、その上で素肌を新たな服とする。


「じゃ、改めて聞くぜ。アタシを幸せにするってのも嘘なのかよ?」

「…………」


 口をムニムニさせて目を逸らす。もうはっきり言って敵う気がしないが。


「……ウソだ」

「まだ言うかコイツ」


 レイエルピナが呆れた様子。といっても、笑みを浮かべていて。どうしようもない悪足掻きが可笑しいといった様子だが。


「……違うな、撤回したい。出来る気がしないんだ。オレはさっき語ったような人間だ、短所ばかりの人間だ。そんなオレが他人を幸せになんて出来るはずが__」

「できますよ」


 はっと顔を上げて声の主、テミスを見る。


「だって私はもう、幸せですから」


「それに、私にも言わせてください。短所がない人間なんていません。それに、短所があったっていいんです。それを補うために、私達が居るんですから」


「そうですわ。是非もっと頼ってくださいませ。全身全霊で力になりますわ」


 一人一人と目を合わせる。その熱く、潤んだ瞳で。


「もう一度言わせてください。ありがとうございます、貴方の本心を聞かせてくれて。そして、私も誓います。あなたが私にしてくれたように、私もあなたの全てを受け入ると」


 テミスのその言葉がトドメとなった。エイジの殻は、剥がされた。


「美味しいところを取られてしまいましたが……それは私も同じです。その短所も全て含めて、私は貴方が好きなのですから」


 そしてそれは、みんなの総意だ。


「……オレ、とってもめんどくさいよ」


「「「「知ってる」」」」


 皆、異口同音。しかも同時。


「ふ、今更過ぎるっての」

「そのようなこと、初めて会った時からわかるともさ」


「……立ち直るまで、時間かかるよ」


「しばらくこのテンションですのね? わかりましたわ」

「別に無理する必要はないわァ。マイペースで、ね」


「……わかった。じゃあ、魔王城を案内することとしよう」


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