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魔王国の宰相 (旧)  作者: 佐伯アルト
Ⅶ 宰相の諸国視察記 後編
172/291

1 お持て成し ②

※注:一万字超え

 入った先にて。彼女らはほぼ無言のまま服を脱ぐ。その服の脱ぎ方一つとっても彼女らの性格がよく表れている。シルヴァとイグゼはきっちり畳み、レイエルピナとカムイは軽く畳んで、ガデッサとモルガンは無造作に脱ぎ捨てる。テミスとダッキに至っては、召喚能力でさっと脱いでしまう。そして各々積まれたタオルと手桶を持って中に入っていく。


 さて、ここで魔王城の水道事情を整理しよう。エイジが宰相就任直後の六月頭、魔王城の地下をくり抜かれてトンネルが掘られた。そこから急増の魔導具でポンプが作られ、地下三階と地上一階に水が引かれた。両方の階で水洗トイレが、地下三階には浴場、地上階には厨房などの水道としてだ。それから暫く、三階にも水洗トイレは増設された。


 加えて。以前の産業革命時に、労働者用の仮住まいに洗面台やトイレに流し、そして風呂など水道が導入。パイプの製造も容易になり、湯沸かし器などの魔導具もさらに発展を遂げたうえ、塩素などのお陰で浄水技術も発達。さらに油脂のおかげで石鹸等も作れるようになった。これらの発展あってこそ、現代にも迫る銭湯施設が作れるようになったのである。


 その銭湯の間取りは、両端に十ずつのシャワー、そして中央に三つ、円形の浴槽がある。直径三メートルの水風呂、五メートルの小型浴槽、そしてその倍ある大型浴槽。深さは全て五十センチで統一。そして現在水風呂が満たされ、小型浴槽が給湯中である。


「あら、先程の起動したばかりにしては、結構溜まっておりますのね……あ、先ほどの魔力はそういう……皆様方〜、身体を洗っているうちに丁度よく溜まりそうですわ。止めたり追い焚きの操作は、わたくしが知っているのでご心配なく」


 給湯器は小型浴槽に二機、大型に四機。小型浴槽が満たされるまでは十五分ほどかかるだろうか。入り浸りのダッキは結構詳しい。


「まずは身体を洗いましょうか。こちらの右のレバーを動かせばシャワーが出ますわ。左のつまみで温度調節ができますの」


 実演すると、ダッキはそのまま一番近いシャワーで身体を洗い始める。その隣にカムイが座ると、彼女を挟むようにシルヴァが。そこから二つ離れてガデッサとモルガンが。反対側三番目からテミス、イグゼ、レイエルピナと浴び始める。


「ふむ、なんだろうか。どこか感慨深いというか、懐かしい感じがする」


 まるで体が憶えているかのように、慣れた手つきでシャワーを操作し、髪を洗い始めるカムイ。


「おや。でしたらやはりエイジ様の言うように、カムイさんは同郷なのかもしれませんわね」


 髪だけでなく尻尾や耳も丹念にシャンプーをしているダッキ。


「馴れ馴れしく話し掛けるな女狐。あの場は遮られたために、仕方なく矛を納めたに過ぎん。拙はまだ貴様を赦したのではないと知れ」

「あなたとて、まだ信用されていないことを忘れないように。少しでも怪しい動きを見せれば、貴方を撃ちます」


 険悪な雰囲気を醸し出すカムイに、身体を洗いながらも鋭い敵意を向けるシルヴァ。ただでさえ信用できない、一時間前には敵対していた者である上、愛する者を傷つけられた怒りは相当のものであろう。


「……承知している。某の力が及ばず、同胞達の命が握られているともなれば、造反など企てるはずもない」


「ですが少なくとも、貴方の力を目の当たりにした者としては油断はできません。あの力であれば、私達を斃すことなど造作もないはずでしょうから」


「そうか……ちなみにそれはボディソープではなくコンディショナーだ。それとリンスはしっかり使うことを薦め……リンス?」


 指摘されて気まずい調子のシルヴァと、自分の発した言葉に戸惑うカムイ。そしてそれを微笑ましく見守るダッキ。


 一方、ガデッサとモルガン。シャワーに最も不慣れなこの二人はというと。


「ガデッサ、さん……そのカラダは」


 常に獣のような威圧感を放つガデッサに、モルガンは身体を洗う手を止めつつ、おずおずと話し掛ける。


「あ? これか」


 歪んだ左手と右足、失った左目と数本の指、体中に刻まれた傷のことを言っているのだろう。やはり来るかと裸体を晒した時から身構えていたが、それでも実際に言われると不快だ。元ギャングのボスだけあってプレッシャーは重く、増したオーラにモルガンはびくりとする。


「これがスラムだ。病気と不潔と暴力が支配する街」


 そのガデッサに付いた泡は、みるみるうちに濁っていく。それを流すと、彼女は二度洗いを始める。


「当然、毎日腹が満たされるわけじゃねえ。アタシは今こそまだマシな方だが、他の奴らやアタシがガキの頃は、それはひでぇ貧相ぶりだ。……そのくせ、こんな無駄な脂肪の塊ばかりでかくなりやがって」


 彼女は、モルガンにも負けず劣らず豊かな膨らみに目を落とす。


「昔は邪魔だとしか思ってなかったがな。動き辛えし、ジロジロ見られるし。ま、今みてえに余裕があんなら別に気にならねえけど。……しかし、お前さんははまァ、随分と肉付きがいいな。まさに男がむしゃぶりつきたくなるようなってやつだ」


 自分の体から目を離すと、今度はモルガンの体を舐め回すように見る。


「それ、褒めてるのかしらァ?」

「オレはそのつもりだがな。……アンタ、サキュバスじゃねえのか? そういうのだと聞いてるが」


「そうナンだけどォ……ワタシは違うっていうかァ……」

「ふゥン。お前さんは、変わり者なんだな」


「きっと、ここのみんながそうよ。ワタシも詳しいことは知らないケド、みんなイロイロあったの」

「そうなんかねぇ……んじゃ、あとで聞いてみっかぁ」


 そう言いつつ、豪快に桶からお湯を頭に被って。そして、コンディショナーがなんたるかを聞いて、なよっちいなと思いつつも、それとなく付けてみるガデッサであった。


 その少し前。反対側。


「先程までは、まだ信じられませんでしたが……イグゼさんも、女性だったんですね」

「うぅ……異性とはいえ、妹以外に体を見せるのは初めてだ、恥ずかしいな」


 恥じらって身体をすくめるイグゼ。その代わりに、テミスの体を見る。


「ん? どうかしましたか?」

「いや、その、見惚れてしまってな。筋肉が多くて逞しいのだが、女性らしさもあるものだから」


 その言葉に、テミスも少し恥ずかしがる。テミスは腕や脚、腹などはくっきりとした筋が見えるほどしっかりした筋肉が付いているが、胸や腰回りは女性らしい丸みもある、均整の取れた体つきをしている。


「そうですか? ふふ、照れますね。私は重い鎧を着て、大剣を振っていますから。少し前まではコンプレックスだったのですが、彼に好きだと言われてからというもの、ちょっと自慢になりました!」


「はいはい、ごちそうさま」


 早くも惚気になり始めたテミスを、レイエルピナが呆れ混じりに刺す。


「ううん。すみません、つい。でもイグゼさんも、スラリとした恵体をしていますよね。そのスタイリッシュさには憧れてしまいます」


「そうか。そう言われると、自信がつくな。ところで、レイエルピナ、さんは、結構華奢なのだな」


 肉体年齢は十九と一番若いからでもあるが、その体格は八人の中では最も小柄だ。


「あら、非力だと思う? なら力比べでもしようかしら」

「いっ、いや……やめておこう。仮にも魔王様の娘だ、火傷……所では済まないのだろう」


「ええ、カケラすら残らず消し飛ぶわ」


 赫く輝く瞳に、吊り上げられた唇。嗜虐的な笑みを浮かべる彼女に、イグゼは背筋がゾッとした。


「もう、レイエルピナちゃん、脅しちゃダメですよ。イグゼさん、安心してください。レイエルピナちゃんはこんなことを言っていますが、根は優しい子なんです。レイエルピナちゃん、背中流しますよ」


「……んっ」

「ほら、素直なんです」


 テミスが自分の手を止めてレイエルピナの後ろに回ると、彼女もその長髪をかき上げて背中を晒す。その背中をテミスが手で優しく擦る。


「……あの、お二人の関係性は」

「ん〜っと、妹みたいなものですね!」

「なによそれ」


 ニコニコ笑いながら答えるテミスと、対極に不満気なレイエルピナ。


「ではレイエルピナさんにとってのテミスさんは?」

「えっと……まあ、友達みたいなものよ」

「わぁっ! そんなふうに思ってくれていたんですね!」


 テミスは手を滑らせて、レイエルピナに後ろから抱きつく。


「ちょっ、やめてよ!」

「とか言いながら抵抗しないレイエルピナちゃんは、やっぱり優しくて可愛い!」


「ううっ……なんだか今日のアンタやりにくいわ! なによ、もう! こんなことなら淡々としてるシルヴァの方がいいっての……」


 身じろぎしつつも、力ずくで無理に剥がすようなことはしない。


「……ふむ、いやしかし二人とも、綺麗な髪をしているな」


 腰まで届くスーパーロングにして、癖のないストレート。今は水に濡れているが、それでもその髪は艶やか。


「そうですか? 実は彼にも褒められたんですよ」

「わたしも言われたけど……まあ、アイツ髪フェチだし」

「おや、そんなことも知っているのか?」


 しまった、とばかりに嫌そうな顔のレイエルピナ。


「まあ、そのことは前話してたからみんな知ってるはずなんだけど。クリームがどうとかノクトに話してた時。でもその後、今より少し前に、髪について言われたことがあって……髪について語り始めて気持ち悪かったから、股間蹴っ飛ばしてやったわ」


 テミスはイマイチわからない様子だったが、イグゼはヒョッと顔を歪める。男性の多い環境で育ったからだろうか、その悶絶具合を想像してしまったのだろう。


「……それで、彼は?」

「アイツ、非戦闘時でも頭とか股とか胸とか、弱点には強い防御かけてるのよね。ニヤニヤしててムカついたから、今度は脛を蹴ったの」


「それでもやはり彼は…」

「悶絶してたわ。あの涙目で見上げる情けない顔……今思い出してもウケるわ!」


 またも嗜虐的な表情を浮かべるレイエルピナに、イグゼは戦々恐々。


「でも、レイエルピナの本気なら防御を貫通するでしょうから、初撃は手加減したと思いますよ。やはりこの子は優しいんです……追撃はエイジも想定して防御かけたのに貫通したから本気でしょうけど……」


「じゃ、代わるわ」

「ほら!」


 今度はレイエルピナがテミスの背中を洗う番。彼女もタオルでゴシゴシ擦るようなことはしない。


「レイエルピナさんは、生粋のサディストなのだな…」

「ん、まあね。でもあいつ、マゾじゃないから反応はイマイチなのよ」


「寧ろ、あの人はSですよ。戦闘でもベッドの上でも、ネチネチじわじわと執拗にしつこく攻めてくる感じです」

「……んんっ? テミスさんはエイジ殿のことが好きなのだよな?」


「はい、心の底から大好きですよ?」

「やっぱテミスってちょっとどこかズレてるのよね」


 洗いっこを済ませると、二人は仕上げにリンスを塗り始める。


「…………ベッド? ……ッ‼︎ テミスさん! まさか彼と関係を⁉︎」


 驚きのあまり立ち上がって叫ぶイグゼ。その彼女に反対側からの視線が集まる。


「う、うるさい! ここ響くのよ!」

「す、すまない……ところで、それは?」

「はい。私は彼と、一つに繋がったことがあります」


 生唾を飲み込むイグゼ。彼女とて、そういうことに興味が無いわけではない。


「それはど、どういった感じの?」

「やめておきなさいイグゼ、また惚気が始まるわ」


 興奮気味のイグゼをレイエルピナが制す。


「……まあ、こういった場所で話すことでもないので詳細は差し控えますが……そういえばイグゼさん、色気が増えたとおっしゃっていましたよね? もしかしたらこれもあるかも知れません」


 猥談が始まるのかと身構えたレイエルピナも、肩の力を抜く。流石に節度はあったかと。


「でも、レイエルピナも他人事じゃないかもしれませんよ?」

「は⁉︎ なんでよ!」

「女の勘というやつです」


 意味ありげに含み笑い。向けられたレイエルピナは異議ありな感じではあるが。


「しかし、ということは、テミスさんは彼の恋人なのか」

「というわけでもないんですよね」


 意味が理解できない様子のイグゼ。ポカンとしている。


「お互いに好きで、体の関係も持っているのだよな……」


「はい。ですが、あくまで彼が私の好意を受け入れてくださっただけですし、愛情もお互い確かにあるんですが、恋人関係ではないんです」

「複雑な関係なのだな」


「ええ。それに彼、他の方とも関係を持っていますし。シルヴァさんとモルガンさん」

「……」


 イグゼからの返答はない。その表情は若干引き気味。


「でもそろそろ、ダッキさんも進展した頃合いでしょうか」

「なんでそんなことわか……あー、うん、それも」

「はい、女の勘です」


 そして、最後にイグゼが体を流すと、三人は湯船に浸かる。他の二組もほぼ同時に入浴。八人円形の湯船に等間隔で。


「ふい〜、極楽ですわ〜」

「ふむ、やはりなんというか、落ち着くな……」


 ダッキとカムイは肩まで浸かり、頭にタオルまで乗っけて、完全に慣れた様子でリラックスしている。しかしシルヴァは足先をつけたりはしているが、入るのにやや躊躇いを見せ、浸かるまで少し時間がかかった。


「……っあ〜、こりゃいいな。スラムには、こんなあったけぇモンもなかったしよ」

「……そんなに、酷い所なの?」


「ああ。このねえ指のいくつかは、冬に凍傷になって壊死したんだ」


 モルガンは押し黙る。訊いたことを後悔している風でもあった。


「……その、ガデッサ殿……そろそろ、聞いても良いだろうか」

「あ? まあいいぜ。良い機会だ。アタシは良いが、アンタらは聞かなけりゃよかったって思うだろうがな。……アタシは__」


 彼女は語る。その凄惨な生い立ちを、スラムの惨たらしさと醜さを。親の境遇、幼少期のトラウマから、暴力の実態を生々しく。果ては、エイジにさえ語らなかった日々の暮らしの過酷さをも。そして成り上がっても、幾度となく生命と尊厳の危機に遭遇したことも。


「ま、こんなもんさ。ご立派な身分のアンタらには縁のねえ話かもしれねえがな。で感想はどうだ、イグゼさんよ」


 ショックのあまり、顔色は悪く、すぐには口も開けなさそうな様子である。他の面々もゾッとした顔をしている。まさかこれほどとは。想像も及ばぬ程であり、彼が激しく糾弾したことが痛いほどにわかり、何より目を向けようともしなかった自分を深く悔いた。


「……思っていたよりも、ずっと酷いものだった。……彼が簡単に踏み込むなと言っていた意味がよくわかった。すまない」

「謝んな、気持ち悪りぃ。それによ、今更アンタが謝ったところで何も変わりはしねえ」


「とはいえ、その環境を作り出したのは我々貴族だ。私を恨むのは当然だろう」

「へっ、どうでもいいね。アタシにとって憎いのはアンタら凰壮だけじゃねえ。このクソッタレな世界全てだ!」


 その瞳の奥に、静かながら深く深い消えることなき怒りと絶望、そして底なき怨嗟を見たイグゼは縮み上がる。彼女から感じる恐怖と、人間の業の深さに。


「……ふーん」


 だが。その話を聞いてもなお、さほど大きな反応を示さない者がいる。


「いえ別に。自分だけ不幸ぶってるなと思って」

「んだと…? ならアンタの話も聞かせろよ」


「……いいわ。アイツにも話したことはあるからいくらか楽になったし、アンタも話してくれたから、お返しよ」


 次は、レイエルピナの番。自分は人工的に作られたホムンクルスという存在にして、存在意義は魔力製造と人体実験。家畜以下の環境で、生命力と同義である魔力を絞られ続け。あまつさえ神を降ろすなどという狂気の実験が行われたことさえも。そして、研究員も同胞も皆殺しにして脱出し、ベリアルに拾われたのちも体を蝕む神の力に苦しめたことも。……最後に、エイジに救われたことをおまけ程度にちょっとだけ話して。


「わかった? アンタだけじゃないってこと。しかも、この悪夢のような研究は、どこかでまだ続いている。それを全て断ち切るまで、わたしの復讐は終わらない」

「そうかい……お前さんも、色々あったんだな」


「ええ、そうよ。……じゃあ次はテミス、アンタの話も聞かせてよ」

「えっ、私ですか⁉︎ その二人と比べたら、そんな大した話でもないのですが……」


 それでも、請われたならば話す。自分はかつて幻魔器が無かった、と思われており、優秀な魔力を持つ妹と、それを担ぎ上げる貴族たちから虐めにあっていたこと。それから父には守ってもらっていたが、それでも決して甘やかされることはなく。勉学と剣の鍛錬、弛まぬ努力によって自身を磨き。数々の謀略、妨害をも掻い潜り、第一皇女の位を守り通したことを。


「そうなのか。貴族サマには貴族なりの苦労があるんだな」


「はい。でもその頃の私は、劣等感に悩まされていて……でも、エイジが私をその窮屈な環境から連れ出してくれました。そして、コンプレックスに思っていたことを肯定してくれたんです」


「はいはい……今日のアンタ、やけにアイツのこと話すわよね」

「はい! 新入りの皆さんにも、彼の良さを知って欲しくって……ってシルヴァさん⁉︎」


 慌てたように、向かいのシルヴァに駆け寄るテミス。既にお湯に浸かってから二十分程度経っていたが、シルヴァは顔が赤く、ぐったりしている。


「すみません、のぼせてしまったようです……」

「む、無理しないで早く上がってくださいよ!」

「あら、ごめんなさい! お話に夢中で気がつきませんでしたわ!」


 自力で立ち上がるのも難しそうな彼女をダッキと共に運び出し、隣の浴槽から水を汲んでかけるテミス。


「……その、私も話したほうがいいですか、生い立ち……」

「無理はしなくていいですからね⁉︎」


 それでもシルヴァは話し始める。自分が幻想種、銀に煌めく龍、シルヴァであることを。


「えっ、それって、あの龍退治のおとぎ話のですか⁉︎」

「はい、その龍です。貴方の使う武具は、その時に使用されたものの発展型。奇妙な縁もあるものです」


 シルヴァも語り出す。そのお伽噺の詳細、真相を。軍団によって平穏を砕かれ、そして追い詰められた自分を封じ。魔王に封印を解かれたのちも努力をして、彼に巡り逢い、秘書となったことを。


「彼は、私の凍てついた心を溶かし、居場所を与えて救ってくださった……ベリアル様と同じ、いえ、それ以上の恩人で、愛しいヒトなのです」


「へぇ……シルヴァってドラゴンだったんだ。ちっとも知らなかったわ」


「それを言うなら私もです。貴方が神を宿しているなどと知りもしませんでした。それに、人造的に作られ、使い潰されるかもしれなかったなんて」


「……身近に感じていたものですが、知らないことばかりでした。そういえばこうやって話し合うこともありませんでしたね」


「わたくしたち、それなりに連むことはありましたけれど。思い返せば基本的にエイジ様関連か、仕事関係でしたわね」


「あらあらァ。だったら、もっとワタシ達だけでお話ししたりするのもいいかもねェ」


 古参組も、今更ながらだが、よく互いを知らなかったことに驚き、そして真相を知って感慨深げ。互いの理解と仲を深めるいいキッカケになっただろう。


「ところで、カムイさん。貴方はどういった経歴の方なのですか」


「拙者の過去は、あの男の言った通り憶えていない。幼少の頃、それらしき記憶はあるが、指摘されてからというもの、紛い物であると気付けるようになった。故に、語るに及ばず」


 目を閉じ、そっけなく会話を閉じる。


「そうですか。では、貴方の先祖の国の文化についてでも」


「話せば長くなろう。さすれば、貴殿と同様のぼせる者が出るやもしれん。機会があらば、話すと約束はしよう。さて、某からは女狐を指名しよう」


「指名、ですの?」

「む? 物語った者は、次に話す者を指名するのではないのか?」


「……あっ! 確かにそんなふうになっておりましたわね! おほほほ、ではお次はわたくしが」


 次はダッキの番。カムイとしても、彼女の口から聞いてみたいのだろう。そんなダッキは最初から、ただの一匹の魔獣だった頃から話し始める。事故から幻獣に覚醒し、山村で暮らし、都に出て。政を執ったのち、討伐未遂からの荒天漂流。現獣人の集落周辺で自己封印と覚醒を繰り返し、彼に返り討ちになって秘書に降ったのち、仲を深めたことまでも。


「ほう、それが貴様が精一杯考えた作り話か」

「むむう、失礼な! 本当の話なんですけどぉ」


「ふっ、わかったさ。そこまで言われれば信じるとも」


 その反応に皆が驚く。カムイが口元を緩め、初めて穏やかな表情を浮かべたのだから。


「あら、カムイさん…」


「貴君らは仲が良いのだろう。その前で話したことだ。それに皆、腹を割って話してくれた。ならばこちらも信じねばな。……あの男はともかくとしてだが」


「……ちょっといいか」


 カムイも少し打ち解けてくれた。そんな時に口を挟むのはガデッサだ。


「どうかしましたか、ガデッサさん?」

「アンタらの話聞いてっと、やけにアイツが出てくるが。お前さん方にとってあの男はなんなんだよ」


 その問いに、結構本気で考え始める五人。


「なかなか難しい問いです。少なくとも、私とテミス、ダッキに共通しているのは、居場所を与えてくださったことで救われ、愛し合ったことがあるという感じですか」

「でも恋人じゃねえんだろ?」


「彼は少し慎重なところもありますから。生涯を共にする相手として、見定めているのかと」

「貴女方は全員、所謂いいオンナだとは思うのだが?」


「ん〜、だとしたら、その中の一人を決めあぐねているのではないでしょうか」

「あー、確かに。結構優柔不断なところ、ありますわね」


「ふん、だったら全員オレの女ってやりゃあいいのによ」

「エイジクン、マジメだからァ、愛するなら責任が、とか言いそうよねェ」


「それに、かの男にそれほどの魅力があるものなのか? 複数人の女性を満足させられるような感じはしないが」

「わたしも同感」


「それは貴女がたが彼を知らないから、と言おうと思いましたが、レイエルピナがそういうのなら、否定はできませんね」


 一通り意見を交わしたところで。ふと皆口を閉じ、うーん、と考え始める。


「ええと、ではまあ。詳しくは、イグゼさんの経歴を聞いてからでもよろしいですの?」

「ああ、分かった。だが、私のは皆と比べれば、些か軽いものではあるのだが」


 遠慮しがちに口を開く。かつて自分は複雑な立場に生まれ、権力争いの道具として扱われたこと。そして男として振る舞うことを強要されて、いつしか女として生きることはもうできないと思っていたことを。


「ほらな、さほど重くもない」


「でも、自由に振る舞って生きることができないのは辛いです。私は、逃げようと思えば、皇女としての立場を諦めることはできたのですから。それに、身分を隠してではありますが、城下に出て市民と関わることも黙認されていましたし。……でも妹さんと仲がいいのは羨ましいですね」


 考えながらも、イグゼの話をしっかりと聞いていた皆。そして、その視線は一箇所に。


「えっ、あっ、ワタシ⁉︎ そ、そうよね、ワタシだけ話さないっていうのはない、わよね……最後かー、緊張するぅ」


 視線が集まって、キョドキョドし始めるモルガン。そんな彼女も自分について話し始める。自身の出身と特異性、異端さ。それにまつわる苦労話を。そして吐露する、彼と出逢って変わったこと、彼への想いを。


「モルガンさん……あなた、エイジのこと大好きじゃありませんか!」

「ええ、それでまだ告白してないんですの⁉︎」


「ううっ、でもぉ……だってそう感じたのは本能だし、この想いが本当に恋愛感情なのかわからなくって」

「……随分としおらしいじゃない。アンタほんとにモルガン?」


 いつもの色気のある甘ったるい声、と最近は気怠さも混じっているような口調がなくなり、どこかナヨナヨしている。


「気にすることはありませんよ、モルガンさん。こういうのから始まるのも、あっていいと思います! その人が合うのかなんて、子宮で感じればいいんです!」

「テミス、アンタね……」


 相当なことを言っている彼女に、レイエルピナが呆れたようなツッコミ。


「……ふっ、いいんですか、モルガン? うだうだしているようでしたら、私が彼を独占しますが」


 と、突如割り込む者が。色っぽい、挑発的な笑みを浮かべたシルヴァだ。


「シルヴァ、ちゃん……? そんな顔が、できたんだ」


「ええ。テミスの会話が聞こえてきましたが……恋を経て、女になったから。でしょうね。ところで、いいのですか? このままグズグズしているようでしたら、突き放してしまいますが」


「モルガンさん、告白するなら早めがいいですわ。シルヴァとテミスさんは今日的でしてよ。彼女達の積極的なアプローチによって、エイジさんの心は傾いております。わたくしも焦って参戦しましたが、結構離されていますわ。……大丈夫ですわ。エイジさんは決して貴女の思いを蔑ろにする方ではございません」


「うん、それは、わかっているわ……」


 それでもまだ、うじうじした様子。自分のことがあるので言えないが、じれったい。


「……あー、分かったかもしれないわ」


 そんな様子を見て、レイエルピナが何かを思いついたらしい。


「もしかして、わたし含めみんなって、自分のことあんまり好きじゃないんじゃない? 自信がないっていうか」


 思い当たる節は、全員あるらしい。すぐ反論する者はなく、顔も伏せがちである。


「……まあ、アタシも自分は好きじゃねえよ。特に、この体はな。……そういや、アンタらは、アイツに救われたって言ってたよな」


「ええ、そうですわね。エイジさんは、わたくし達に居場所をくれました。それに、貴女にも誓ったはずですわ、過去の苦しみから解き放ち、幸せにしてみせると。ならばきっと、いえ、かならず彼は成し遂げます」


「そうかい、随分とまァ、信頼してンだな。だったらよ、アタシにとっての過去の払拭、救いは。この傷跡と病気の完治だ。へっ、できるもんかね」


「どうやってやるのか。までは答えられませんが、エイジならできると思います。私は、そう信じています。……イグゼさんにとっての救い、彼に求めることはなんですか」


「私は、そうだな……んん、すぐには出てこない。別に私は、苦しんでいるとは思っていないからな」


「でもイグゼさん。少なくとも、ここにいれば今までのしがらみは関係ありません。もし女性として振る舞いたいという想いがあるのなら、ここでは誰も咎めませんから。ここが、貴女の新たな居場所になるはずです」


「拙者にとっての救済か…。そうだな失った記憶を取り戻し、元の私を取り戻したいと言ったところか。あの者に出来るとは思っていないが」


「わたしは……神の力の制御はアイツのおかげでできるようになったから、救われたといえば、もうそうなのかも。けどわたしの本懐は、研究所を潰して復讐を完遂させることよ」


 各々思いを確かめ合い、顔を見合う。腹を割り、背景と心情を偽らず語り合い。彼女らはいくらか打ち解け絆も深まった。ところで__


「ソロソロ上ガッテハドウダロウカ」

「「「「うわっ⁉︎」」」」


 突如聞き慣れぬ声が響いて、数名が吃驚する。あまりに無口で微動だにせず端に立っていたために置物のようで、全員がその存在を忘れていたエレンだ。


「入浴ヲ始メテカラ、既ニ一時間ガ経ッテイル。エイジ殿モ待ッテイルダロウ」


「そうね、長風呂しすぎたわ」

「う……私もちょっとのぼせちゃったみたいです。フラフラ……します」


「それでしたら、水風呂でタオルを濡らして、顔や首周りを拭くといいですわ。それに、水分補給もしっかりと」

「ふっ、我慢風呂大会でもしているのかと思ったぞ」


 各々湯船から上がり、伸びをしたり水を被ったりシャワーをもう一度浴びたり。全員が上がったのを確認すると、最後にダッキが栓を抜き、皆は脱衣所へ向かった。


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