表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王国の宰相 (旧)  作者: 佐伯アルト
Ⅶ 宰相の諸国視察記 後編
171/291

1 お持て成し ①

 剣闘士や彼らが連れてきた志願者たちを押し付けて。エイジは祠に向かって歩いていく。


「お、オイ待て! どこに行くって⁉︎」

「魔王城だ、って言ったじゃないか」


 戸惑うようなガデッサも気に留めない。


「確かここから魔王国量だと……この大陸を南北に横断するようなものだな。とても長い旅路になるであろう」

「ははは、安心しろ。五分で着くから」

「……五分⁉︎」


 普段冷静なイグゼでさえ、驚いた様子。まだアレを経験したことのない者たちは困惑している。と、そんなことをしている間に、早くも辿り着く。


「ここだ。この中にあるものを使う」


 重厚な石製の扉を押し開ける。その中には、直径二メートルほどの魔術陣があった。


「先発隊は、オレとガデッサ、イグゼとカムイ、それからシルヴァ。後発はレイエルピナとモルガンにダッキ、エレンとテミスだ。はい、ビビってないで早く乗ってね」


 見慣れるものに警戒している彼女たちの背中を押して乗せる。


「結構、狭いものだな。手枷が邪魔だ」

「はいはい、向こうに着いたら外すから。満員電車よかマシってことで」


 全員がしっかりサークルの中に収まったことを確認すると、エイジは陣を踏みつける。瞬間魔力が充填されて、強い輝きを放つ。


「うわっ、なんだ⁉︎」

「騒ぐな。円からはみ出たら失敗して死ぬぞ」


 脅されて、ピタッと動きを止めるガデッサ。落ち着いたのを確認すると、エイジは意識を集中して魔術を発動する。すると、円周部から真っ白い壁が張られ、足元の魔術陣がスキャンするように迫り上がる。初めて見る彼女たちはみじろぎするが、三秒経たずに三メートル程まで上がり、完了。瞬間、フラッシュ。


「「うっ!」」

「ああ、目を瞑れって言った方がよかったか。ま、通過儀礼だ」


 その眩みが徐々に治まっていき。彼女たちが目にしたのは、見慣れぬ石壁の広い部屋。


「え、どこだここは⁉︎」

「はいはい、いいから早く降りる」


 当惑を抑えられない様子のイグゼの背中を押して、陣の上から下ろす。


「どうかな。これが魔王国の保有する、転移技術だ」

「転移、だと…」


 たとえ魔術に疎くとも、その凄さは分かるのか、先ほどからずっと冷静だったカムイすら驚嘆の呟きを漏らす。


「もう着いたのかよ?」

「まさか。ここは別の中継地点。本拠地まで直通させる馬鹿がいるか。下手すりゃ手薄な所から一気に本部まで攻め込まれて陥落だ」


 そんな話をしている間にも一分経つ。すると再び魔術陣が一人でに輝き、光に包まれると、その中から後発隊が現れる。


「当然転移陣にも弱点はある。まず、開通させるにはかなりの魔力と高価な魔術触媒を消費する。それは陣が大きくなればなるほど重い。そんで、開通したとしても発動には一定以上の質と量の魔力がいる。上級魔族格だな。魔力がなくても魔晶石を使えば発動するが……高品質の塊が一瞬で消えて無くなるのを見れば、少しは躊躇うようになるだろ。さらに実は消耗品で、一定回数使うと潰れるし、連続発動も出来ず、冷却時間が要るのさ」


 そうやってペラペラ喋りながら、エイジは別の部屋へ歩き出す。


「ほう、これはどういう仕組みなのだろう…」

「あ、バカッ! やめなさ__」

「お! 気になるか?」


 イグゼが余計なことを言った。レイエルピナが止めにかかるが、時既に遅し。


「オレはねー、この仕組みは量子テレポーションだと思っているんだよ。瞬間移動にも種類があって、空間を歪めてトンネルを作るワームホール、そして量子もつれを用いた量子テレポーション。量子にはスピンがあって、ペア同士、正式にはエンタングルメントの関係にある粒子は、片方の粒子の状態が観測されることで、もう片方の状態が距離等に関係なく一瞬で決まるという現象を応用したもの。ま、これ以上は言ってもわかんないだろうから割愛。あとは、魔法や超能力の類みたいなホントに訳のわからない瞬間移動……まあ別次元空間の経由かね。どちらにしても訳分からん」


 そんな全員が分からないし興味もないような話を延々しながら、次の陣の前に到着。砦から魔王城行きの陣は二つある。陣の大きさも同等なため、今度は先発後発が同時に移動できる。


「で、量子テレポーションだと思ったわけは、時空を歪めている様子もないし、魔術だから理屈があると考えた。そして、スキャンで構成原子を分析しつつ、リンク先にエンタングルメントの関係の量子を作り出して、フラッシュの瞬間に状態を確定させた。だと思うよ。ま、詳しいことはわっけわかんね!」


 そんなことを言った瞬間に、再び光に包まれて転移を完了する。


「ほう、このような知識と考察ができるとは、やはり貴方は頭が良いのだな。しかし、そんな貴方でも理解できぬことがあるとは」

「ベリアル曰く、これは神代の魔術らしいからね〜。古代とか、おっそろしいわ。…………ん、古代文明?」


 斯く語りつつ、どこか引っ掛かったエイジは考え込む。


「ふっ、コイツが頭良い? それはないわ。だってよく色んなことやらかすもの」

「あ、わたくしもそれには同意ですわ! 彼、結構抜けているところがあるんですの。でも、そこがとても可愛らしいのですわ!」

「……やめてくれ」


 恥ずかしがって顔を背けるエイジ。そしてあり得ないものでも見るかのような目をする新入りたち。しかしエイジは照れ隠しするように、部屋から出てずんずん進んでいく。向かう先は階段だ。


「すまない、一ついいか。これからどこに向かうのだ?」

「そう焦るな。まずは、身だしなみを整えてもらう」


 どうでもいいことの解説ばかりはベラベラ喋るくせに、今後どうなるかについては多くを語ってはくれない。そのことに少々不安を覚えた様子。


「なあ、魔王国についてちったあ聞かせてくれよ。このお城だって色々見てみてぇし。アタシには何が何だかさっぱりだ」

「落ち着け。物事には、順序というものがある」


 聴く耳持たぬ。質問には耳を貸さず、あくまで移動を優先する。


「ほら、早く。それと皆、新入りからゆめゆめ目を離さないように。特にカムイ」


 そして振り返って注意する。その間も後ろ向きに歩く。そんな彼は、階段入り口に差し掛かると跳び降りる。後ろ向きに宙返りしながら、上から踊り場まで一気に。と、


「うわっ!」

「ッ⁉︎ っとぉ…」


 丁度登ってきた者の真ん前に着地することになる。幸い接触こそしなかったが、驚いたその者は尻餅をついてしまう。


「すまない! 大丈夫か⁉︎」

「い、いえ、だいじょうぶです、はい」


 エイジは手を差し出すが、彼はその手を取らずにそそくさと立ち上がる。怒っている、というよりは気まずい様子で。


「怪我はないか? オレが不注意だったばかりに」

「いえ、本当に、大丈夫ですから…!」


 そして書類を抱えると、せかせかと階段を駆け上がる。その背中を、参ったとばかりに頭を掻きながら、エイジは見送る。そしてバツが悪そうに目を逸らして、黙ってゆっくり一段ずつ階段を降りていく。


「一体なんなんだ、あの男は」


 一部始終を見ていたカムイが、何とも言えないような顔で呟いた。


「そうね、アイツはアイツ、としか答えられないわ」

「カレのコト、実はワタシたちもよくは知らないの。ミステリアスよねェ」

「ま、ところどころわかりやすいヤツだけど」


 まさか独白に返事が返ってくるとは思ってなかったのだろう。意外そうに聞いたのち、彼の注意通り注目が集まっているのを感じて、居心地悪そうにおとなしく階段を下る。


 階段を一階降りた先で、エイジは腕を組み壁にもたれ掛かっている。そんな彼は、


「一見クールにすましているでしょう? けど彼、さっきのことで申し訳なくって、内心結構反省しているんですよ」

「余計なこと言わんでいい、テミス!」


 悪戯っぽく微笑むテミスと、内心見透かされた照れ隠しに、エイジはやや強い語気。そしてすぐさま次の階段へ歩き出す。


「随分彼と仲が良いのだな、テミス姫」

「ええ。彼とは、なんやかんやで二ヶ月ほどの付き合いですから。これほど長ければ、色々と見えてくるものですよ?」


 ちょっと自慢げに、そして嬉しそうな、はにかんだ笑顔に、イグゼは同姓ながらどきりとしてしまう。


「二ヶ月か……その割には、随分親しく見受けられる」

「え、そうですか? まあ、ほぼ毎日のように会って、言葉を交わしているからだと思います」


 そして周りに聞こえないように、距離を詰めて声を落とす。


「……そうか。それと一つ。テミス姫は、なんというかその……色気があるな。なんというか、同性であるはずなのだが、ドキッとしてしまった」


「んん? 色気、ですか……ああ、もしかしたら多分、恋する乙女とやらではないですかね、ふふっ」

「こ……恋⁉︎」


 前をいく彼の後ろ姿とテミスの顔を交互に、あり得ないものでも見るかのような顔で見る。その瞬間、エイジは小さくくしゃみする。


「そんなに意外ですかぁ?」


 不満そうにむくれる。戦場では毅然として格好良く、姫としてならば美麗で、女性としての色香も持つくせに、乙女らしい可愛さまでも備えるとは。心中、イグゼは完全敗北を悟った。


「ああ……騎士としての気高さを体現したかのような貴女が、彼のような男に惹かれるとは」

「だからこそ、かもしれませんよ」


 その件の男は、後ろをチラチラと見つつ、時に大股でゆっくり、時に小幅で早足で、忙しなくペースを変えている。先導できるように、しかし離れすぎない距離感というのを図りかねているらしい。それもそのはず、彼の背後には九人が思い思いの距離感で歩き、話したりしてペースが変動したりで、まとまりがない。かといって背後にばかり注意していると、前方不注意で先程のように突然人が現れても対応できないかもしれない。人数の多さ、城内部に詳しくない者の存在等で、どうにもやりにくいようだ。


 しかしそれも、次の階段を視界に捉える頃には改善した。彼女らそれぞれの歩幅や間隔が分かり、何より彼女らが勝手に合わせてくれるので、それほど気にしなくて良いというのがわかったのだ。


 そしてあまり気にすることもなく、会話に聞き耳も立てないようにしながら進み、階段へ辿り着く。その階段を降りようと一歩踏み出し。


「エイジ様!」


 横からの声に呼び止められる。その顔、彼は見覚えがあった。そう、直属の部下だ。


「何の要件かな?」

「はっ! 蒸気機関車三号機についてと、砦への線路の敷設状況。それと火器のふきゅ__」

「シッ!」


 報告途中に、その者はびくりと震えて話すのをやめる。エイジは唇に人差し指を当て、厳しい顔で睨む。


「その情報は、機密事項のはずだが。あの部屋の外で話して良いことなのか」

「い、いえ」


「それとも、緊急の案件なのか」

「……いいえ」


「そして、オレの後ろにいるうちの数名、君は知っているのか」

「いえ……それは」


 エイジは厳しく追及する。問い詰められた彼は、萎縮していく。


「オレがいるからと、軽率な行動は慎むように。少しは考えて行動することだ」

「はい、申し訳ございません」


「分かればよろしい。……ま、オレも人のこと言えねえけどな!」


 先程の厳しい様子から一転、一気に態度が軟化する。


「まぁ、まだミスはしゃーなし。けど、そろそろちゃんと引き締めてくれよ?」

「了解しました」


「あとで……まあ今日中には伺うから。あ、そうだ。ついでに一つ、頼まれてはくれないか」


 肩に手を置くと、耳打ち。その者は頷くと、離れていった。


「すまないね、待たせた。せめて行き先は伝えよう。地下三階だ」


 なかなか情報を明かしてくれない。そこにさらに耳打ちだ。その不満を感じ取ったか、ちょっとだけ明かす。この目的地で、ピンときた者がほんの数名いたようだが、エイジは気にかけず、たったか目的地目指して早歩きを始める。有無を言わさぬその歩調に、彼女らはただついて行くことしかできない。


 そして、最近は外部での仕事が主になったために、異様に人が少ない魔王城の中をスルスル進み。行き着く先は地下三階。そしてある廊下でエイジは立ち止まる。


「君たちには、この中に入ってもらう」


 廊下には三つの入り口があった。木製のスライド式扉で、他の扉と違い、温かみがある。そしてその前には、赤、青、そして緑の暖簾が垂れていた。


「が、少し待っていてくれ」


 エイジはノックをして呼びかけると、反応が無いのを確認して中に入っていく。そして中から魔力反応がすると、何かが動作する音が。と同時にエイジがなぜか魔力を引き上げ、何かをすると中から出てくる。


「待たせた」

「ここは、何なのだ」


「ここはね、銭湯だよ」

「あ? なンだそりゃ」


「お風呂。体を洗ったり、湯船に使ったりするんだよ」


 それでもなお、今一つ理解できていない様子。それもそのはず、入浴の文化を持つ者は多くない。少なくともここにいる者たちにはない。


「まあ、入ればわかるさ。では今のうちに銭湯のマナーを説明しておくね。赤の暖簾の先が女湯だ。入った先のロッカーで服を脱いだら奥へ進んで。お湯で体を濡らしたのち、このシャンプーで髪を揉むようにして洗い、それを流したらこのコンディショナーを撫でるように髪に塗ること。そしてボディーソープで体を洗う。体を洗うときはタオルにかけて泡立たせてから、体の汚れを擦り落とすこと。……本当はゴシゴシ洗うのは肌に悪いんだけどね、スポンジがないので少々我慢してな」


 彼が小脇に抱えた風呂桶から、ボトルやらを一つずつ取り出して解説する。その反応は頷く者と、まだあまり分かっていない者に分かれる。


「そして、身体を洗い流して汚れを落としたら、湯船に浸かるように。それと、タオルは湯船に浸けないこと。繊維とかで汚れてしまうからね。それと、入る少し前に、この入浴を風呂に入れてね。これ、温泉じゃなくて、ただお湯沸かしただけだから……覚え切れた?」


「わたくし、お風呂自体は何度か使ったことがあるのでわかりますわ。ボディソープにシャンプー、コンディショナーに入浴剤……知らない物もありますが、今覚えましたわ」


「頼もしいな。じゃ、任せた。……あーっと、もう一つ。エレンさんも中に入って、監視をお願いします」


 意外な人選に、彼女たちは驚く。確かに、この得体の知れない黒騎士にじっと見られているのは嫌だろう。


「ああ、けどご安心を。エレン、女性だから」

「ッ⁉︎ イツカラ」


「七月、帝国と戦争準備していた頃くらいには。ああ、イグゼしか聞いてなかったか。オレ、インキュバスの能力で相手の性別がわかるの。それだけじゃない、その気になれば後天的な性別変換をしたとか、性行為経験の判別、ジェンダーや恋愛対象の好みさえ分かる。まあ、その気になれば、だけどね。基本使ったことはない……風呂場でも鎧は脱がないんですか」


「アア、家訓ノヨウナモノデナ。親シキ者以外ノ前デ、兜ヲ脱グコトハデキヌ。スマナイ」


「ならせめて、浄化の魔術は使ってくださいな」

「承知シタ」


 一通りやり取りは済んだと判断したか、エイジは彼女らに背を向ける。


「じゃ、オレはやることがあるから、皆さんどうぞごゆっくり。女の子同士、積もる話もあるだろう。オレがいては話しにくいこととかね。じゃ、失礼するよ」


 手をひらひら振ると、エイジは階段へ去っていった。そんな彼の背中を見送ると、彼女らは一旦顔を見合わせたのち、扉を開けて浴場へと入っていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ