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魔王国の宰相 (旧)  作者: 佐伯アルト
Ⅵ 宰相の諸国視察記 前編
169/291

5 亡国の刃 ③

注:一万字超え

 喧騒も薄れてきた戦場の中央で、カムイとエイジが向かい合う。そんな中、まず動きを見せたのはエイジだ。右手を口元へと動かす。


「一騎討ちだ! 手助け、干渉……手出しは一切無用!」


 一方的に宣言すると、エイジは刃渡り三十センチ程度の短剣を両手に持つ。突然現れた武器にカムイは一瞬戸惑うが、すぐさま霞の構えをする。


「じゃ、始めようじゃねえか。え、侍さんよォ!」

「ああ、よかろう。いざ尋常に……勝負‼︎」


 エイジは構えると、重心を低く。低姿勢で吶喊する。


「そんなんでいいのかぁ⁉︎」


 霞の構えは、刃を上に向けた対上段の構え。低い姿勢の敵には相性が悪いとエイジは見切っていた。それはカムイも同様。得意の構えであったがすぐに崩し、上段から振り下ろす。だが一息遅い。


「ッ! うくっ…」


 左手の剣でその斬撃を押さえ込むと、右手を顔に向けて薙ぐ。カムイは顔を逸らし、その剣を回避するも。


「はいなぁ」

「なっ⁉︎」


 斬撃を避けた、後ろ向きの姿勢。その瞬間右足を払われ、後ろへ倒れ込む。


「オラァ!」

「うぐっ!」


 ニヤニヤ笑いながら、敢えて一瞬見下すように溜めると、逆手に持った右の剣を振り下ろす。当然カムイは横に転がり避けると、立ち上がるようにして突きを放つ。しかしこれも、両手の剣を揃えて刀に当てると、太刀を押し退けつつ滑らすようにして接近し、再び顔目がけて短剣を振る。カムイは慌てて太刀から右手を離し、再び仰け反るようにして避けるが。


「どっこい!」


 短剣を放り捨てると、その両手で戦棍を掴み。大太刀の平へ、渾身の力で叩きつける。瞬間、バキリという音と共に刀が砕け散る。


「なっ…に」

「ふ、へっ」


 強い衝撃で、未だ振るえる手を見るカムイ。刀は根本から折れており、かつての刀身は粉々になっていた。


「脆いもんだな刀ってのはぁ!」

「くぅ……やってくれる!」


「そんでもって、アンタにゃ悪いが、一瞬でカタ付けさせてもらうぜ!」


 戦棍をも投げ捨てると、両手を前に突き出す。展開するは赤、橙、黄の魔術陣。ランクは4。


「消えちまいなぁ!」


 あの宝飾で強化されているなら、致命傷にはなるまい。そう考えたエイジは魔術を解き放つ。しかし 


「鏡よ!」


 どこからともなく取り出した、否、虚空より現れた銅鏡を両手で構えると、魔術に向ける。そして接触、した瞬間、魔術は跳ね返り真っ直ぐエイジの元へ。


「なにっ⁉︎ ぐおわっ!」


 予想外の出来事に反応できず、着弾。彼の姿は爆煙の中に消える。


「ふぅーッ……これを使うことになろうとは。しかし、これで奴も………ッ!」


 だが。突如煙が切り裂かれるように晴れ、そこから彼が現れる。


「無傷、だと…?」

「おうよ。ま、今のは焦ったが。けどな、自分の攻撃でダメージを受けるなど三流よ」


 何事もなかったかのように、服についた煤をはたき落とす。


「無効化して二流、再吸収で一流だな。オレの場合、六割無効、三割吸収、一割ダメージだから。ま、二流さ。しかし、あの鍛錬がなかったら危なかったが」


 虎の子の宝具がさして意味を為さず、苦々しい顔のカムイ。


「しかし!」


 エイジがゆっくり回復している間に、カムイは右手に脇差しを持ち中段に、左手に打刀を持ち上段に構える。


「ほう、二天一流……いや、こいつは剣道の二刀流か」


 エイジも得物を変える。ブリューナク、槍斧だ。


「へへっ、オレとて別に無傷で勝てるたぁ思っちゃいねぇ。魔術が効かねぇなら…」


 槍を構え、突撃する。


「斬り刻むまでよ!」


 数歩踏み込むと、左足で大きく跳んで右腕を伸ばし、カムイを貫かんとする。その攻撃を見切ったカムイは左足を引いて体捌きで躱し、右の短刀でその背中を切りつける。


「ちょいさぁ!」

「うっ!」


 だが飛び込んだエイジは、カムイの少し前で利き足をついて加速。槍の有効間合いに入ると左足で停止、槍を下から回し、短刀を弾き上げる。


「はぁ!」


 すぐさま左の刀を振り下ろすが、


「ほいっと!」

「んなっ…」


 バックステップ回避。からの振り下ろしたタイミングで手首に蹴り。カムイの手から刀がすっぽ抜ける。


「クソッ!」


 大きく後退しながら失った刀の鞘を投げ捨て、一本の刀を腰から外すと目を瞑り、姿勢を低く鞘を持ち、いつでも抜刀できる状態で構える。


「居合い、抜刀術か。いいぜ、来いよ」


 その構えを確認すると、エイジは武器も持たずに両手を広げて、無防備に悠々と近づく。


「フゥーッ……」


 感覚を研ぎ澄まし、相手の足音から息遣い、害意に至るまでを感じ取る。一歩二歩と、まるで攻撃に移る様子もなく訝しげに思う。だが、あと数歩踏み込めば間合い。一瞬が永遠にも感じるような集中のなかで、殺気を極限にまで研ぎ澄まし。奴が間合いに踏み込んだ、その胴を断たんと刀を抜き__


「な、んっ」


 一歩踏み込んだ瞬間、違和感に気づき全ての集中が途切れる。刀が、動かない。


「ふん、隙だらけなんだよ。オレの前で目を瞑り足を止めるたぁ、いい度胸だなぁ! えぇ、女ァ!」

「くぅっ…」


 刀から手を離し、その場から離れるカムイ。しかしその刀は、手を離しても暫く浮いていた。


 カムイに近づく間、右手を突き出していたエイジ。その技は念力、対象は刀。だから抜くことはおろか、その空間から動かすこともできない。彼の念力は物体指定ではなく空間座標、加速度と圧力のベクトル指定だ。戦闘中は敵も自分も目まぐるしく動くために、自分の召喚した武器でもなければ、狙った対象に正確にかけることはできない。だが、納刀姿勢で静止しているなら、敵の武器を固定することなど造作もない。


「この、面妖な!」


 カムイは背中の日本刀を腰に回し、また抜く。


「チッ、オレが言うのもなんだが、何本持ってやがる……けどな!」


 彼が両手に持つは、カッターナイフ風の直刀。


「『十拳剣とつかのつるぎ』よ……ぬあァ!」


 読み合いも何もなく、一気に懐へ飛び込み、刺突斬撃を放つ。カムイはしなやかにその攻撃を受け流そうとするが、敵の手数が圧倒的に多く、しかも変に軽く捉え所のない攻撃であるため、ただ圧倒され押し込まれる。更にその攻撃、刃はしっかり立っており、急所こそ狙わないものの腰に提げている数振りの刀の紐を正確に切り、いつしか今持つものが最後の一振りになる。


「せぇアッ!」


 そして悉くを弾き飛ばしたのち、三歩退くと両腕を大きく上げ、二刀揃えて大上段から振り下ろす。


「動きがぁ……見えんだよ!」

「くうぅっ!」


 左手を峰に添え、辛うじて防ぐ。だが、強度が違い過ぎたか、折れこそしなかったが、十拳剣が当たった箇所の刃は大きく欠ける。


「かの気高き騎士が、まさか貴様のような男に惚れ込むとはな!」


 ジリジリと段違いの力で押さえつけられ、顔を歪ませながらもカムイは吠える。


「へっ、オレもそう思うな!」


 更に力を込め、カムイは片膝をつく。


「ああそうだ、まだ聞いてなかったな。女、名は?」

「拙者は、カムイだ…!」


「カムイ、ねえ。そうか、良い名だ」

「は?」


「殺し甲斐があるぜェ!」


 いきなり力を抜くと、伸びた体に蹴りを入れる。


「ぐぅっ……何なんだ貴様は!」


 倒れた姿勢からすぐさま復帰し刀を振るう。


「オレはぁ……」


 そんなカムイに何度も何度も剣を叩きつける。


「オレだァ‼︎」


 ある時右腕を大きく上げて叩き付ける。咄嗟にカムイが防いだ瞬間、遂に耐えきれなくなったか刀が折れる。その根本を左の剣で弾き飛ばし、完全に無防備に。


「ちょいさぁ!」


 そしてすぐさま左手から剣を離し、カムイの首を掴んで地面に叩きつける。


「かはッ…⁉︎」


 叩き付けた衝撃で、肺から空気が抜ける。


「逝っちまいなァ!」


 その瞬間を見逃さない。空気が抜けた瞬間、絞める力を強くする。


「ぅぐ…ぐ……」


 苦悶の表情を浮かべながら、エイジの左手を引き剥がそうと両腕で掴む。しかし、その力は徐々に弱くなって__


「ッ⁉︎ くっ!」


 殺気。危機を感じたエイジは首から手を離し、大きく飛び退く。だが、


「チッ、一歩遅かったか」


 飛んできた何かを、エイジは右手で受け止める。それは……斬り飛ばされたエイジの左前腕だ。


「…やってくれたぜ、ヤロウ」


 その顔を激痛で顰めていたが、以前よりはずっと冷静だ。それは何故か。


 彼はあれ以来、常に痛覚遮断をかけているのだ。といっても、全く痛みを感じないわけではない。痛みを感じなければ、体の異常がわからないからだ。そのため、意識や理性が飛ぶような一定以上の痛みを緩和する、そんな術を掛けている。同じ轍は踏まない。


「だがな、この程度すぐに再せ……あ、なんだ⁉︎」


 切断面は綺麗だ。だから以前の様にあてがえば、すぐにくっつくはずなのに。まるでその気配が無い。


「まさか⁉︎」


 カムイを見る。その瞳は翡翠、手に持つ剣の刃渡りは三尺ほど。そう、剣だ。両刃で反りがない。色は鈍い青緑。胸にある勾玉も、赫い輝きを放つ。


「あれは……神器か‼︎」


 それならば、自分の腕を切断したことも、再生が阻害されることにも納得がいく。なにより、鑑識眼を持つその瞳が間違いないと告げている。


「く、だったら!」


 前腕は光の粒子となり、エイジに取り込まれる。切断部を魔力に変換し、再吸収するという高等技術。さらに、


「うらぁ!」


 怖いがアロンダイトを持ち、肘から自切する。


「阻害されるのは負わされた箇所だけ。ならば上書きして……おっと!」


 殺気を感じてその場から飛び退く。瞬間、彼の居た場所を黄緑の斬撃が走る。出所を見れば、カムイが飛翔した斬撃と同じ色にまで輝いた剣を振り上げていた。


「ちったぁ余裕を与えてくれよ……擬似腕形成!」


 左腕を突き出すと、肘先から赤白い半透明の腕ができる。魔力で創り出した、急場凌ぎの策だ。


 再びカムイに意識を向ける。溜めは長く、弾速も遅い。しっかり見れば、避けることなど容易い。


「ッ⁉︎ その向きは!」


 だが、戦っているのは自分だけではないことを思い出したエイジは、斬撃の行き先を見る。


「危ねぇ!」


 戦っていたモルガン、そしていつの間にか到着し、その援護に入っていたレイエルピナとダッキを念力で突き飛ばす。一射目はどうやらテミスが気づき、シルヴァと共に避けていたようだ。


「お前ら、早く離れろ! 巻き込まれるぞ!」


 声を荒げて退避を促すと、解放率を二割から四割へ大きく引き上げる。そしてアロンダイトを手に、カムイへ向く。


「ヤロォ!」


 横薙ぎの斬撃を大剣化したアロンダイトで相殺し、通常の長さに戻すと、銀翼を広げて一気に接近。そのまま振り下ろす、と見せかけて後ろに回り込む。


「せぇア!」

「はぁッ!」


 背後に回り込んでの一撃にも、カムイは難なく対抗。緑青の刀身同士がぶつかり合う。


「やってくれたなぁ、カムイ!」

「くっ、しぶとい‼︎」


 鍔迫り合いから離れ、幾度か剣を交える。刀と違い丈夫だ、切り結んでも何の問題もない。双方の剣は更に高まり、白銀色を呈する様になる。


「だが、先のようにはいかん! 貴様に、引導を渡してやる!」

「チッ、調子に乗りやがって!」


 ぶつかる度に弾かれ合い、そして数度剣戟を交えれば再び迫り合いとなる。


「貴様のその神器……まさかなぁ。八尺瓊勾玉、八咫鏡、そして天叢雲剣……三種の神器か‼︎」

「くっ……何故貴様がそれを知っている⁉︎」


 カムイは激昂しつつ押し返す。


「へっ、お前からは、オレと同じ匂いがするぜ!」

「某が、貴様如きと!」


 カムイは力任せに押し出すと、再び大きく振り下ろす。エイジは飛翔し、剣の間合いどころか斬撃飛ばしでも届かない様な高所を、大きく速く旋回。そしてもう一度高度を上げると狙いを定め、自身の周囲に障壁を展開。すると、彼女目掛け一直線に墜落。


「『Ragnarok』!」

「ぐう…あっ!」


 カムイは後ろへ全力疾走し、飛び込むように緊急回避。そして着地、いや着弾した瞬間、墜落の衝撃が走り、一拍遅れて魔力爆散の爆風が吹き荒れる。だがカムイは振動が収まるとすぐに立ち、神器を構えると爆風を切り裂いた。そして、着地後の隙など少しも見せず突っ込んで来たエイジと切り結ぶ。


「貴様のような下郎と、拙が同じだと…⁉︎」

「そうさ。お前はオレと同じ……日本から来た、異世界転移者なんだよ!」


「はっ、世迷い言を……うっ⁉︎ ぐあぁ!」


 頭痛が走り、咄嗟にエイジを押し飛ばして頭を押さえる。その脳裏には、見たことのない、しかし知っている光景が……


「隙ありィーッ‼︎」

「ッ⁉︎」


 だが、その光景について、考えに浸る余裕など与えてはくれなかった。カムイの頭痛に遠慮する様子も見せず切り込む。


「ビンゴ〜、のようだなぁ」

「ぐくっ……貴様は、何を……知っている⁉︎」


「へっ! 答える義理はねぇなァ!」

「ッ……おのれェ!」


 カムイは更に神器の出力を上げる。だがエイジもそれに合わせる。得物に込めた魔力を解放し、自身に強化魔術を掛ける。


「良いこと、教えてアゲルヨォ! 人の身で、神器を扱おうなどと愚行だ! 分不相応の武装ならば、それはテメェの命を削るぞ! 過ぎた力はいずれ大切なものを失う!」

「それが……どうした‼︎」


 青白い魔力、青緑の魔力。煌めき輝く極光の奔流がぶつかり合う。遠くから見れば幻想的。しかしその中心にいる者は死に物狂いだ。


「果たし合いの最中に、後のことなど考えていられるか!」

「そうかよ……なら止めてやる。テメェの鼓動と同時になァ‼︎」


 吠えると同時に、両者は大きく弾き飛ばされる。エイジも段階を一割上げ、八尺瓊勾玉もこれ以上ないほどに輝く。


「うぉおおアアアーッ!」

「ううぉオオオォーッ!」


 エイジは翼、カムイは足。それぞれ力を込め、戦場を飛び回り駆け回りながら、すれ違いざまに何度も切り結ぶ。交わる度に激しい衝撃、甲高い剣戟の音が響き渡る。最早技など関係ない、ものを言うのは力だけだ。


「オラオラどうしたよ女ァ!」

「くうっ……おおァ!」


 だがやはりと言うべきか。本来持っていた力を解き放ったエイジと、無理矢理に力を引き出したカムイとでは、格が違う。フルパワーを維持するためのスタミナと魔力の消費効率が段違い。ピークを過ぎたか勾玉の輝きは落ち、カムイの息は乱れる。カムイが両手で振り絞っているのに対し、エイジは片手で未だ余裕。


「何故、貴様のような男が、これほどの力を!」

「へっ! そいつぁ、テメェの持ってる神器とおんなじさぁ!」


「いぃっ……このぉ‼︎」

「なにっ…」


 勾玉が輝きを取り戻し、エイジの押し込みをカムイも右手のみで押しとどめる。そして左手をエイジの胸へ突き出す。


「八咫鏡よ!」

「不意打ちってのはぁ…」


 瞬間、エイジは地面を蹴り、上下を反転させる勢いで体を浮かせて、鏡から放たれる光線を避ける。


「こうやるんだよォ!」


 代わりに尻尾を生やし、先端をカムイの二の腕に突く。


「あうっ…!」


 瞬時に引っ込めたものの、左二の腕に掠める。尻尾の先端には、短剣のついた金具が括り付けられていた。


「りぃあッ!」


 人外ならではの死角からの攻撃にたじろぎ、回避の遅れたカムイ。その隙をエイジは見逃さず、着地後一瞬思い切り低く屈んでから、右足の中段後ろ回し蹴り。当然足先の短剣も飛び出て、カムイの右太腿を浅く切る。


「あとはぁ……嬲り殺しだ。行けよ!」


 そこから、どう足掻いても届かない空中十メートルほどの安全地帯にまで移動すると、四本の何の変哲もない剣を飛ばす。先程から全力での長時間戦闘での消耗、そして数十本を同時に操れるほど精度を上げたエイジが、少ない本数の剣に操作を集中していることもあるだろう。しかしそれを加味しても、カムイの動きは鈍く、若干の魔力強化しかされていない剣を前に翻弄されている。


「どうよ、ダッキを参考に暗器に毒腺を仕込んでみたんだが、効くだろう?」


 尻尾の先端や足裏で魔力を毒に変換、暗器に充填するなどという外道技。未だ使い慣れていないこともあり、高い格闘センスを持つイグゼやカムイには見切られて、しっかり当てることはできなかった。しかし、その麻痺性の猛毒は掠っただけでも効果がある。むしろ、弱っている体に注ぎ込みこそすれば、内臓の動きを全て止めかねない。


「はぁ…はぁ……くう、ああっ!」


 ウネウネとした滑らかな、或いは掴み所の無いのらくらした軌道で接近したかと思えば、一直線に突っ込み、かと思えば急に角度を変えて上がり落ち引き返し。疲労困憊、神器の反動、回った毒で体は思うように動かず、掠った剣でダメージも蓄積されていく。勝負あったな、そう感じたエイジはゆっくりと降下する。瞬間、カムイ__


「カムイ様!」


 ではなく、ほんの数人の生き残った武士たちがエイジを包囲する。だが想定済み、残心というものだ。……全然違うけど。


「チッ、水入りか。オイ、そこの一般兵。オレは言ったはずだぜ、一騎討ちだとな! 邪魔立てした分のツケを払え! 行けよ、ブレードォ‼︎」


 カムイに向けている剣とは別に、魔力で形成した剣を五十本程度飛ばす。狙いはやや下向きに一直線。その剣は武士たちに突き刺さり、その周囲も剣山として。


「『Destruction』」


 断末魔を上げることすら許さず、正確には断末魔が掻き消えるほどの爆発で残党を消し飛ばす。


「さぁてっと。毒の具合は、どうだい!」


 本来の敵に向き直る。どうやらこの一瞬の精度が落ちた内に、途中エイジも察していたが、飛ばしていた剣は全て砕かれていたようだ。しかしその代償は重い。肩で大きく息をして、剣を地面に突き刺し杖に。そこに全体重をかけ、立つのもやっと。その顔色は悪く、剣も勾玉も輝きを失っていた。


「はぁ……はぁ……ううっ」


 剣の柄から手が滑り、膝をついて頭を垂れる。


「終わったね」

「うぐ……まだ」


 誰の目から見ても趨勢は明らか。それでもカムイは立ち上がる。


「ふん、何が君をそこまで掻き立てる」

「敗北は、即ち死だ! 生き恥を晒すならば……げほっ……戦場で果てる!」

「ほー、修羅の国のお人でしたか。じゃ…」


 カムイの胸を蹴り上げると、剣が手から離れ、仰向けに倒れた彼女の上に覆い被さり、喉元に短刀を突きつける。


「周りをよく見ることだな」


 ここで漸くカムイは我に帰る。テミスとの戦い、そしてエイジとの一騎討ちから、周囲を全く顧みない無我の境地へと入っていたようだった。彼女は言われた通り、周囲を見渡す。その視界に映り込んだものは……


「見ての通りだ。いくさはもう終わっている」


 倒されながらも、息のあるまま捕縛されている武士たちの姿。エイジの攻撃を喰らった者も、辛うじて生きている。周りでは、最早誰も戦っていない。


「なんだと……我らが強者つわものたる武士もののふが」

「相手が悪かったな。オレたちは魔王国の者、魔族なんだよ。……ふぅ、ようやく落ち着いた?」


 呆れた様子でエイジは見下ろす。だが相手は何しでかすか分からないバーサーカー、その力は緩めない。


「魔族……通りで」

「彼らも息がある。今なら投降すれば、命までは見逃してやる」


「ことわ! うっ……ゲホゴホッ」


「無理すんなって。そんで、アンタは頭領なんだろ。だったら、臣下の今後のことも考えてやんなって。家族とか、いるだろう。ほまれにこだわるな、泥臭く生を渇望しろ。さあ、選択肢は二つ。生きる? ……なんだよ、死ぬの?」


 説き伏せられて観念したか、瞑目するカムイ。


「わかった、投降しよう」

「ようし。じゃ、交渉成立ってことで」


 カムイの右腕を掴んで引っ張り上げると、回復に解毒にその他諸々、ありったけ回復系の魔術をかけると、カムイの両手に魔術の手枷を嵌める。そこでようやく安心して、エイジは解放率を二十まで落とす。突然身体が軽くなって、且つ温かい何かが流れ込み、困惑しているカムイのことを気にする素振りもなく、手を引っ張ってズンズンと進む。向かった先は__


「魔王ベリアル様、只今制圧完了いたしました」

「うむ、御苦労であった」


 主君の前で膝をつき、頭を垂れて報告する。ベリアルは、エイジがカムイとちょいさぁしていた辺りで、こちらに到着していた。


「して、状況は」

「申し訳ございません。私はこの物と死闘を演じていたために、周囲の状況を正確に把握する余裕はなく。報告は、将軍の方から」


「よい、承知した。ところで、王国への出張の成果は」

「はっ。あちらでの事件解決に一役買ったことで、王国との友好を結び、この周辺の土地を租借、金銭などの報酬も頂戴いたしました」


「それは上々。よくやった。早くに進出した甲斐があったな」


 報告、弁明を済ませると、エイジは厳粛に立ち上がる。


「ところでベリアル様〜」

「ん〜、どうした?」


 そして突然ノリが軽い。戦闘時と、さっきの礼儀と、そして今のと態度の豹変ぶりから、もう訳がわからなくなるカムイ。


「この女、オレの好きにしちまって良いですよね?」

「無論だ。お前が勝ち取ったものだからな」

「ありがとうございますぅ〜、陛下」


 最後の『陛下』のところだけ、やけに落ち着いた声。今さらりと語られた内容もさることながら、混乱して、もうついて行くことが出来ない。


「むしろ私が聞きたいのは、他の者達だが」

「彼らは一応、身柄を拘束しておいてください。彼らの処遇をどうするかは捕虜代表、この女の態度に懸かっていますから」

「おい待て、どういうことだ⁉︎」


 なんだか話が勝手に進んでいくので、慌てて割って入る。


「拙者を、如何すると申した⁉︎」

「ふん、このままお咎め無しで許されると思ったか。お前にはオレ達に弓を弾いた剣の責任を取ってもらう。具体的に言えば、身柄はこちらで拘束し、君らについての情報を提供し、敗者の定めとして軍門に下ることだ。部下の処遇はそれ次第」


「なん、だと」

「拒否権は無い。自害も許さん。さ、キリキリ歩け」


 相当屈辱だったようだ、唇を噛みながら俯いて、トボトボついてくる。先程の威勢の良さ、凛とした鋭い殺気を放っていた剣客としての姿とのギャップに、ついキュンとしてしまう。


 さて、次にエイジが向かった先は。馬車の方向だ。そこを見れば、秘書のシルヴァにダッキ、護衛のエレンとモルガン、テミスとレイエルピナの姫様。そして奥の、彼女らから割とすぐ近くの馬車に乗ったままのガデッサと、幌に囲まれ厳重に外から見えなくされたイグゼ。そしてお行儀よくお座りしている狼の幻獣。そんな彼女らの下に、戦闘上がりのすっきりした顔で、消沈したカムイの手錠を引いて、軽い足取りで向かう。


「やあみんな! 終わったぞブフォアッ⁉︎」


 その場にいた八人と一匹、唖然。るんるんスキップしてきたエイジの右頬に、シルヴァ渾身の左フックが炸裂したからだ。


「殴られた理由は、わかりますね? 殴った側も痛いんですよ」


 左手をヒラヒラさせながら、見下したように底冷えする声が響く。エイジはまだ魔力のままな左腕を見る。


「無茶、シタカラデスネ、ハイ……」

「理解しているようで、なによりです」


 ちっとも『なにより』じゃない顔で返事される。


「いや、でもほら!」


 左腕を突き出す。戦闘終了後からじわじわ再生していたが、今一気に加速し、一秒三センチの速さで元通り。やはり彼は規格外だと、その場の全員が見直す。


「この通り、すぐに再生バハッ!」

「そんなことを言っているんじゃないんです! これは折檻、分からせる必要があるようですね」


 次は右ビンタ。エイジは尻餅をつく。そして、誰もが呆然としている中で、シルヴァはエイジの襟首を掴むと、ズルズルと引きずっていく。仮設の本部天幕とは違う、ダッキと一夜を共にした宿のような建物へだ。


「スマン! みんな! すまん‼︎ 二、三十分で戻るから! それまで! 待ってて! ダッキ! トラブル回避は任せた! 戻るまで彼女らが鉢合わないようにあああぁぁぁぁ……」


 情けない声を上げながら、エイジの姿は建物の中へ消えていった。

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