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魔王国の宰相 (旧)  作者: 佐伯アルト
Ⅵ 宰相の諸国視察記 前編
168/291

5 亡国の刃 ②

 数分遡ること、戦場の中央にて。白金色の髪を持ち、煌びやかな鎧に身を包んだ高貴な姫騎士と、濡羽の髪を持ち、質素な黒き和装をした女侍が向かい合っていた。片や西洋剣、片や日本刀。構えは正眼と居合。彼女らの放つ重圧の前に、魔族も武士も、近付くことすら叶わない。


 その周囲だけ、静寂に包まれる。視線は交わり火花を散らし、緊張が満ち満ちた。それに慄いた魔族か武士か、身じろぎし鎧の音がカチャリと鳴る。それが合図となった。


「せあッ!」


 最初に動いたのは騎士。地面を力強く蹴ると、走り込んで距離を詰めつつ一瞬のうちに剣を上段に構え、渾身の力で振り下ろす。


「……ふっ!」


 その間合いを見切ったか、侍は小さく飛び退くと、すぐさま重心を落とし、抜刀斬り。


「くっ…ハアッ!」


 斬撃が外れた前のめりの姿勢から、まるで外れることを予測していたような速さで体勢を整える。その首のすぐ近くを切っ先が掠め、髪が数本切り落とされる。だが、それには全く臆さず、腹に重心を込めての突きを放つ。


「くぅ……やッ!」


 振り抜いた刀をすぐさま正面に立てて、僅かに角度をつけて突きを受け流す。とはいえ、その勢いに絡められ後ろに傾くが、それを無理に耐えず流し、突き返す。

「ッ! ぜあ!」


 体を捻り刺突を躱すと、回転するように大きく横薙ぎ。その時には侍は間合いにおらず、大きく離れていた。


「フゥーッ…!」

「ハァーッ…!」


 息を入れて、構えを直し、再び敵と目を合わす。


「『Enhance』!」

「力を貸せ、勾玉よ」


 騎士は魔術を唱え、強化の光に包まれる。侍は首から下げていた装飾を胸元から取り出すと、握り締める。その宝飾は、淡く赤い光を放ち始めた。彼女らの身体能力は、人を超えたものとなる。


 先程よりは近い間合い。テミスは左半身を引き、大きく上段に。それを見た女侍は、切っ先を上に向けて霞の構え。対上段の構えだが、果たして。


「行くぞ、ハアァ!」

「来い!」


 再び姫騎士が先に数歩踏み込み、飛び込むように剣を振り下ろす。その籠手を斬り捨てるべく、切っ先を上げるが


「なにっ!」


 その振り下ろしは予想より早かった。しかも間合いではない。


「ぐぅ…くっ!」


 すぐさま左足を踏み込んでの切り上げ。すぐさま刀を下ろし、上がり切る前に押さえ込む。しかし、まだ速度の出ていない段階でも少し体の浮く強さ。受け止めた刀からもみしりと悲鳴が上がる。だが途中で力を緩め、その反動を活かして上段に構え直すと、振り下ろす。


「く、刃が潰れるか…」


 すぐさま構え直したテミスによって防がれる。左下からの切り上げは剣の腹で受け止められ、物打ちが鈍る。左足を引き、それを軸足として放つ回転をかけつつの薙ぎも、斬撃を合わせられ刀身の中央が欠ける。


 それを危機と見たか、黒髪の剣士は退く。だが、逃さんとばかりに騎士はピッタリ追いすがり、袈裟斬りを放つ。


「やァ! …ッ⁉︎」


 だが手応えが軽い。テミスが斬撃を放った瞬間、間合いを見切り半身を引いて、中段で剣を横にし敢えて打たせる。その勢いのまま刀を下から上に回し、兜割を。


 この反撃を想定していなかったか、テミスは体を逸らすことしかできない。だがそれでも流石と言うべきか、これだけの動きで完全に避ける。


「うアッ!」


 その密着した体勢から体当たりし、敵の重心を乱しつつ間合いを開ける。そして、姿勢の崩れた侍に向かって、右下から左上に切り上げる。


「なんっ…!」


 だが侍は崩れかけた姿勢のまま、剣先を斬撃よりも下に当て、鎬で持ち上げるように大きく逸らす。返す刃で右から首を落とさんと振るが、テミスが剣から瞬時に離した左手により、勢いがつく前に掴まれる。


「くっ、この!」

「ハッ! うっ…」


 左手を離して騎士の右籠手を掴みつつ、刀を押し込み拘束を解く。そしてテミスに力負けしていること、右膝蹴りが来ていることから、すぐさま手を離して距離を取る。のも一瞬、彼女に構え直す隙を与えぬよう、今度は左から両手で頸へ刀を振るう。しかしその斬撃は、片手で受け止められる。そのままテミスは力を込めて押し返す。武者はその勢いを流し、反対から切り上げ。だが両手の振り下ろしとかち合い、甲高い音と火花が散る。真正面で当たった反動か、両者は弾かれ後ろに滑る。


 そこから間を置かず騎士は上段切りを、侍は突きを放つ。頭に向けての振り下ろし、眉間に向けての突き。その両者の点と線は一致し、一瞬掠った後、互いの目標へ向かう。だが掠めたことで軌道が逸れ、また双方顔を傾けたため急所には当たらず。そして、刀の鍔に剣が当たり止まる。そのまま両者刃を立て、中段に下げ、自ずと鍔迫り合いが始まる。


「ふっ、まさか人の身で、ここまでの技量を持つ者がいるだなんて、想像もしていなかった!」

「其方そこだ。この拙者と互角に打ち合える者が居ようとは、思い至らぬことであった!」


 鍔近くの刃が擦れ合う、乾いた音が鳴る。女武者は刃が潰れるのを厭ったか、剣の鍔に垂直に立てるように、刀の鍔で上から押さえ込む。今度は刃ではなく、鎬の削れる音がする。


「貴様はなぜ、私たちを襲ったのだ!」

「汝らが、我らの土地を侵したからであろう! お主こそ、疾く立ち去れば善いものを、何故戦う!」


「決まっている……守るべき者がいるからだ! 『Flash!』」

「うっ!」


 片手で抑え込めると判断したテミスは左手を離し、左掌を侍の眼前で広げ、閃光を放つ。その閃光に目が眩み、女武者は後ずさる。


「もらった!」


 好機と見て、騎士は一歩踏み込み、頸を落とすべく左薙を放つ。


「なにッ!」


 しかし。濡羽の強者は納刀しつつしゃがんで避けると、居合抜刀逆袈裟。テミスは二歩下がって避け、兜割を打つが、彼女は物打ちで剣の腹を弾き、一歩下がると突きを打つ。対して皇女はすぐさま手を戻し、右へステップしつつ右薙。それに武人は突きの方向へ数歩進むと、相手に向き直り、倒れ込むように刀で押し切る。当然テミスも対応し、再び刃の交差する鬩ぎ合いに。


「まさか、避けられるとは思っていなかったぞ。まるで見えているようだった」

「此方には、心眼という言葉があってだな。心の目だ。相手の気配、気合、殺気というものを感じ取るのだ。さすれば、見ずとも見える」


 女侍は、ゆっくりと目を開ける。


「そういえば、名前を聞いていなかったな、麗しき騎士よ」

「問われたならば答えよう。私は、テミスだ。では、貴殿は? 美しき強者よ」

「某の名は、カムイと申す。しかし、驚いた。貴君は正面からの戦いを好むものと思っていたが!」


 カムイが強く踏み込む。テミスは押し込まれた反動で押し返すが、手応えは軽い。カムイは手を引き、テミスをのめさせると、左足を軸に体捌き。刀を頭の上で回し、後頭部へ刃を振るう。だが皇女は敢えて自ら強く倒れ込み、斬撃を躱して前転。すぐさま立ち上がり、殺気の向きを判断すると、剣を目の前で立てたまま反転、一歩踏み込み刀の鍔を上から押さえ込んで出だしを封じる。


「ああ、前まではそうだった。だが!」


 そしてさらに強く押し下げる。腕が反動で上がった隙を突くように、下段を薙ぐ。しかし見切ったカムイは跳び上がって避けると、無防備な頭へ上段から大きく振りかぶり兜割。されど飽くまで牽制。振り抜きの隙は無く、すぐさまテミスは剣を横に、腹に手を添えて受け止める。


「かつては憎み合う仇敵、そして今は愛する者である彼が言ったのだ。私の剣は真っ直ぐすぎるとな! 『Photon Edge』‼︎」


 ヴィクトリアが強い光を帯びる。突然の変化を警戒した侍は、刀を浮かせて袈裟斬り。だが全く同じタイミングで同じ袈裟斬りを放つ騎士とかち合う。


「くぅ……刃が」


 ぶつかった衝撃で再び刃が毀れ、纏った光の熱量で刀身が熱くなる。バスタードソードの刀身は、一回り大きくなっていた。


「だから私は、彼から手ほどきを受けつつ、魔術と搦手を学ぶことにしたのだ。確か、柔よく剛を制す、だったか」

「ほう、よく知っているものだ!」


 刀の状態をチラリとみたカムイは、何を仕掛けることもなく、ゆっくりと下がる。そして、重心を落としての脇構え。


「ゼアァァァッ!」


 気合を入れると、上段から斬り下ろす。対するテミスは冷静に、敵の重心と手の動きを見て剣を動かし受け止める。防がれる刀が弾かれたが、カムイはその勢いを利用し、胴を打ち、脚を狙い、切り上げと、次々と流れるように技を繰り出す。


「ふ、どうやら私にも、心眼とやらは使えるようだ!」


 次は突き、これは籠手から面の二段か。目を見て、殺気と敵意を感じて。テミスは最小限の動きで防ぎ、時に斬撃を合わせ、少し距離が空いたならば、左手から魔術を撃って牽制。そして激しくも滑らかな剣戟の後、幾度目かの互いの袈裟斬りがぶつかり合う。その末に…


「あっ、刀が…!」


 打ち合いを繰り返し、刃が潰れ欠け毀れた刀は、遂にへし折られる。


「功を急いたようだな。しかし、悪いがここまでだ……立ち去るのなら、今のうちだぞ」


「止めは刺さないのか」

「それほどのことは、されていないからな」


 相手の獲物を折ったことで、戦意は無くなったと判断したか。テミスは剣を下ろし、顔を背ける。……だが


「まだだ!」

「ッ! くはっ…」


 カムイの声を聞き、向き直るテミス。侍の手には、いつの間にか太刀が握られていて。不意打ちをためらったか、声をかけたのちの攻撃であったために、テミスも辛うじて受け止める。


「まだ勝負はついていない。先のようにはいかぬぞ?」


 刃渡り、実に四尺の大太刀。先の日本刀の倍だ。その鞘は背負われていた。さらに、先程まではなかった予備の刀が、腰に何拵も提げられていた。周りを見れば、他の武士たちが集まっていた。彼らが得物を失った頭領に投げ渡したのだろう。


「そうか。ならば受けて立つ!」


 テミスは八相、カムイは霞。


「イヤッァ!」

「タアッ!」


 テミスの斬撃と、カムイの切り上げはかち合うように見えた。しかし


「くっ…」

「シッ!」


 突然太刀筋は軌道を変えて、騎士の剣を越えて裏から押し流す。そして一旦引いての突き。テミスは左手を離し、戻すようにして無理矢理横から弾くが、届いたと思った瞬間には次の斬撃が。思わず下がると、矢継ぎ早に次の斬撃が。ジリ貧と感じ、焦って出した一撃は難なく受け流される。


__確かに、先とは違う!__


 本来の刀身なら二割程度の差。そして今や魔術で刃渡りは延長され、長さはほとんど同じはずだ。しかし、遠い。滑らかで鋭い斬撃を前に、間合い二倍の差があるようにも感じられる。大太刀ならば、手元の小さな動きで大きく動く。そしてその切れ味は西洋剣と異なり鋭く、掠っただけでも裂くために、断ち切るのでもなければさほど大きな勢いは要らない。繊細な動きと長い間合いで、槍よりもずっと戦いにくい。


 流れは変わった。先程は全くの互角であったが、武器と戦い方を変えたカムイに、テミスは圧倒される。長い間合いから連続して放たれる致死の攻撃。退がり防ぐのが手一杯で、苦し紛れの生半な手では軽く流されるのがオチ。


 頬を浅く裂き、鼻先を掠め、髪を軽く切り落とし、胸当てを削る。その切っ先は着実に迫る。あと数撃で勝負が付く、そう感じたテミスは大きく飛び下がる。逃がさん、その殺気を強く帯びるカムイは刀を後ろに大きく引き絞り、間合いを詰めつつ体を捻り首を狙う。テミスは迎え撃つように剣を中段に構えると、突きを放つ。


「そこ!」


 カムイは急に立ち止まる。そして剣の腹に打ち込むと、そのまま斜め下へ押し出す。そこから刀で絡め取るように反対側につけ、逆方向へ大きく持ち上げる。


「しまった…」


 予想外の動きに力が入らず、剣はテミスの手から抜ける。


「惜しいがその首、いただく!」


 武器を失い、体勢も大きく崩れたテミスの首へ、一切の躊躇いなく太刀を振りかぶる。 


「させるか!」

「ッ⁉︎」


 崩れた体勢を直さず、左手を右腰へ。そこに提げられていた円筒のものを手に取り構える。その筒を抜き取った瞬間、先端から光る刃が形成され、斬撃を受け止める。


「なんだ……其の得物は!」


 テミスは倒れるが、カムイが驚いているうちに素早く立ち上がり、光の剣を構える。


「通称ビームソード。魔力のエネルギーを固定化させて、刃を形成する武器だ。質量もほんの微量ながらあるからな、実剣と切り結ぶことができると彼は言っていたか……私も実戦で抜くのは初めてだ! たあッ!」


 バスタードソードなどという武器を使っていたテミスには、この剣は軽すぎる。しかし苦手な相手に対してならば、その取り回しの良さから肉薄できる。


 テミスはまだ扱い慣れていないからか、魔力の調整が苦手なため、刀身の出力は内蔵の魔晶石により一定。その刃渡りは先のカムイの日本刀程度。だがその状態での斬り合いは、再び互角のものとなる。むしろ、先程のように相手の力をうまく使えない分、カムイがやや劣勢か。近付かせないための斬撃を押さえ込み、接近して相手の間合いの内側に入り込む。左手で抑え込んだ刀が動けば、右に持ち替え防ぐと、軽い力で振るう。それがほんの近くを掠めるだけで、カムイの和服は焦げる。


 ほんの少し掠めるだけでも危険なのはどちらも同じ。カムイは間合いを合わせるべく後退、対してテミスは強気に踏み込む。光剣は片手でブンブン振るえるために、太刀を防ぐのは容易く。だがカムイとてその長い刀身を活かし、手の細かい動きで傾け、切り防ぎ流す。


「隙あり!」


 追い詰められながらも冷静に。相手の太刀筋を読んだカムイは、切っ先で円筒を弾く。


「ッ! ハァッ!」


 左手の得物を落とされた。だがすぐさま右手を高く振りかぶると、その手に剣を召喚し、振り下ろす。


「ぐっ…」


 予想外の攻撃に、咄嗟に大きく飛び退くカムイ。再び両者の間合いは開いた。


 両者ゆっくり長く息を吐く。テミスは剣に強い光を纏わせ、カムイの勾玉は妖しい輝きを強める。騎士は八相の構えを、侍は霞の構えをとる。この一撃で、決める。その緊張が高まり、殺気は爆ぜ__


「そこまでだ!」


 声が飛ぶ。その声にテミスの動きは止まる。だが、カムイはそうもいかない。相手を見据え、切り捨てる事だけを考えていた。しかし、それは有無を言わさず中断される。両者の間に剣と魔術が何発も突き刺さったためだ。牽制の剣で足が止まり、魔術の爆風で体勢を崩され、相討ちは遮られた。


「エイジ! 来てくれたんですね!」

「ああ、待たせたなテミス。よく持ち堪えた、後は任せな」

「……ところで、それは?」


 エイジは牽制を放ち相討ちを避けるべく、左手を突き出していた。しかし右手には、拳大の金平糖……いや、魔晶石を持っていた。そしてそれを、あろうことかボリボリと食っていた。


「いやさ…(ボリボリ)…向こうでさ…(ガリッ)…結構消費…(ゴリッ、バキッ)…しちまってな(ゴクン)。こうやって応急処置的に魔力を補給してんのさ。しかし、クソまずいな。ま、味なんて期待する方が間違いなんだが。さて…」


 魔晶石を完食したエイジは、カムイに向く。


「いやはや、侍 v.s. 騎士、とても見応えのある戦いだったよ。途中何度もヒヤヒヤしたけどね」


 そのままテミスに近寄ると、頬を優しく撫で、傷を癒す。


「痛いの痛いの飛んでけ! ……なんちゃって。そういえば、レガリア使ってないんだね」


 おまじないなんてらしくないことをした、とちょっと恥ずかしくなりながら、その鎧を見る。煌びやかではあるが、以前見た時よりは無骨なカラー。


「相手も本気を隠していますから。まだあの段階では、終わるつもりなどなかったのですよ」


 そんなことを言うてミスの顔をじっくり見るが、別に強がりというわけでもなさそう。割って入らなければ、もっと高次元の戦いをしていたのかもしれない。


「ふむ、其の男が、汝の申していた者か」

「ええ、真打ち登場というやつです。では、私はこれで失礼します」


 テミスは剣をしまうと、二人の間合いから離れていった。……その先で、疲れた様子も見せず、すぐさま武士たちと戦い始めたが。

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