4 王妃王女誘拐事件 ③
「な、何者だ貴様は⁉︎」
「どけっ! 構っている暇はない!」
「ぐわっ!」
押し退け蹴り飛ばし、エイジは廊下を疾走する。右へ曲がり左へ曲がり、階段を降りて扉を蹴り…
「エイジ様ー! こっちですわー!」
マップうろ覚えのせいで何度も違う方向へ進みつつ。
「よし、これだな、いくぜ!」
地下の、特に厳重な扉に手をつくと、ぐにゃりと変形させ飛び込む。
「ソラウ様、アリシア! どこだ……そこか!」
イグゼは部屋を見渡し、牢に閉じ込められた人質を発見すると、双剣を手に敵を流れるように切り伏せ、駆け寄る。
「今助けます!」
右の刃に業火を纏い、鍵を溶断。使い物にならなくなった短剣を放り投げつつ蹴り開けると、刃物を突きつけていた者たちが何かをする余裕も与えない速さで裂く。
「ふぅ……ご無事なようで、何よ…うわっ!」
「お姉様! う……うああぁぁぁぁ!」
王女を縛っていた鎖を外した瞬間、飛び付かれる。
「ああ、もう大丈夫だ、アリシア。よく頑張ったな、よしよし」
まだ若き彼女を抱き止めると、安心させるように頭を撫でる。
「ソラウ様! ご無事で!」
「ええ、なんとか。しかし、よくここまで来てくれた。イグゼに、騎士たちよ」
実年の女王は気が据わっているのか、落ち着いた様子で騎士たちに感謝し讃える。
「それではソラウ様、脱出を」
「こんな時くらい、母でもいいのですよ、イグゼ」
王女を優しく離し、王妃に手を差し出して引き上げる。
「おう、感動の再会だな。ターゲットは無事確保か」
「ああ、貴殿のおかげだ。さて、他の敵は」
「当然、もう制圧済みだとも」
「全く、流石の速さだ」
牢に寄り掛かるエイジに、真摯に感謝し、改めてその実力に感嘆を示す。
「む? イグゼ、この方は」
「ああ、この者は、魔王国の宰相だそうです」
「な、魔王国⁉︎」
女王ソラウは一瞬驚いた顔をしたのち、エイジに強い警戒と、イグゼに疑念を向ける険しい表情を見せる。
「少なくとも、現時点では仇をなすつもりはないそうです。貸しを作るためだと。信用はできませんが、信頼はできます」
「そうですか。お前がそう言うのなら、ひとまず信じることにしましょう」
警戒を解き、囲んだ騎士に促されるまま、王妃らは出口に向かって移動を始める。
「チッ…」
「逃がさんぞ!」
嫌そうに舌打ちしたエイジの前には、ボスと思わしき男と、十数人の実行犯が集っていた。
「まあ待ってろ、すぐ終わる」
そう言ってエイジがゆっくり銃を構える。頃には、ダッキがマシンピストルでボス以外は全員倒していた。
「ほらな? オレの出番すら与えてくれない」
「てへ、ちょろいですわ」
まさかここまでとは思ってなかったのか、一人残ったボスは戸惑う。
「そういえば聞いていなかったな。貴様は何者だ。そして、なぜ我が義母と義妹を攫うなどという蛮行に出た⁉︎」
王女たちから離れ、イグゼは誘拐犯に問い詰める。
「ふ、ふはは……なぜだと思うか?」
その者はゆっくり一歩二歩と後ずさる。
「俺たちはなぁ、帝国や王国からの流れ者さ。アンタらや魔王国の戦争のせいで、俺たちは住処を追われた。逃げた先はどこかって? 国境のスラムさ!」
「……ほう。どうやら、オレの蒔いた種も混じっているらしいな。これは、その尻拭いか……ま、報酬はあとでしっかりもらうがな」
エイジが自嘲している側でも、ボスの足と口は止まらない。
「そこの奴らと手を組んで、俺たちはこの生活を変える金を手に入れるためにやってんのさ! もし蹴られても、その女ども見せしめに殺してやったがな」
「あの、エイジ様? あの者随分余裕そうにペラペラとしておりますが、観念したんですの?」
「逆。諦めてなんかいねえ。おおかた時間稼ぎ。かつ、その奥の手によほど自信があるんだろうよ」
遂に壁際まで辿り着く。その顔、先ほどよりずっと余裕そうで笑みまで浮かべている。
「俺は、俺たちをこんな目に遭わせやがった奴等に復讐してやるんだよ!」
「はぁ……矛先が違ってんだろうがよ」
呆れてそっぽを向いたエイジを気にかけることもなく、レバーを引き下げる。すると、ランプが緑に点灯し、ピーッというロックの解除されるような音がしてゲートが開く。そこから現れたのは__
「……さっきやり合ったばかりだってのに」
十体程度、さまざまな魔獣であった。しかもその大半は合成獣。
「おい、騎士さんどもよ! 一、二体は任せていいか」
「ああ、構わん!」
「オレが三体やる。君らは二体ずつ」
「「了解!」」
指示を出すと、エイジは即座に魔術を一つ展開。正面の魔獣を光の中に消し去り、敵を分断する。そこからエイジとシルヴァが右側へ、ダッキとイグゼたちが左へ分かれた。
「オラァ! はっ、ぬるいぜ!」
キマイラの顎をハンマーで叩き上げると、アロンダイトで腹を裂く。その追撃に、いくつもの剣が体をなぞり、削るように飛んでズタズタにする。倒れ込んだ巨体を避けると、ツギハギだらけな大熊の脳天に斧を叩きつけて一撃。
「ふっ!」
闘技場のものより不定形感が強いローパーに、シルヴァは冷気を凝縮させた短刀を投げつけ、何かをさせる間も無く氷漬けに。その氷像を足場にしつつ跳んで距離を取り、上下逆さのまま氷像もろとも蜥蜴の魔獣を貫く。
「ふぅっ…」
「後ろだ!」
「ッ!」
着地し油断した隙、彼女の後ろから大型の鳥型魔獣が、鋭い鉤爪を向けて蹴り攻撃を見舞うべく、空中から勢いよく迫る。
「ピギャア⁉︎」
その真横から魔力剣が数本直撃。着弾の瞬間爆ぜることで、その軌道を逸らし撃墜する。
「……お手を煩わせてしまい、申し訳ございません!」
「はぁ、無事でよかったが、油断するなよ」
「肝に銘じます」
シルヴァにしては珍しいミスだった。だがこれで、半分は倒した。エイジは周囲の安全を確かめると、反対側へ視線を動かす。
反対側を見れば、目立った外傷もないまま倒れた魔獣と、焦げ跡付きで傷だらけの死骸があった。そして今は、騎士たちが大型のアリクイのような魔獣と斬り合っており、ダッキは__
「くっ、このぉ!」
陸亀とゴリラが混じったような魔獣に大苦戦していた。鉄扇で叩いても全身を覆う甲殻に軽くヒビが入る程度であり、我眉指は貫通せず、苦内も弾かれ毒が効かない。有効打になりうる爆発性の呪符でさえ、その図体の割に素早い動きで避けられてしまう。
「うきゃ!」
この攻防の内、死角から迫った尻尾に弾き飛ばされるダッキ。それをすかさず、エイジが着地点に入り受け止める。
「怪我は、無さそうだな。さて、甲殻というのは関節部が薄いものだ」
「ううぅ……分かっておりますが、悔しいですわー! わたくしの得意分野は対人で、対人外の決定力は想定外ですのー!」
「はいはい、あとはやっとくから」
「ひぃん……力不足痛感ですわぁ……ありがとうございますぅ」
エイジはカッターのような剣を抜刀する。その剣に魔力を纏わせ、薄くも眩い紫の光が煌めくと、
「せあっ!」
上段から振り下ろす。その軌跡の延長に圧縮された魔力の刃が飛翔し、魔獣の腕を肩から両断する。そのまま強い銀の輝きを放つ刃を揃え、回転しつつ首の肉を削ぎ落とす。そして着地をすると、剣を軽く振って血を落とし収納する。そばを見れば、イグゼたちも魔物を討伐していた。
「な、なぜだ……あの野郎、俺たちを騙しやがって! 何が最高傑作のキメラだ!」
「違うなぁ。オレたちが強過ぎただけだ。さて……ではこの魔獣の仕入先を教えてもらおうか」
エイジが一歩迫ると、頭領は怯えたように後ずさる。そして…
「お、オイ! アレを起動しろ!」
騒ぎを聞いてやってきたものに指示を出す。
「アレですか⁉︎ しかし制御が…」
「構わん、やれ!」
「……アレだぁ?」
エイジは訝しみつつ後退指示を出す。その彼の前で、あるスイッチが押される。
「へへっ……テメェらはこれで終わりだ」
ランプの色は緑から赤に変わる。厳重に封鎖されていた金属製の扉が、縦横縦と開き、奥にあったものが露わになる。
そのモノは、扉が開くと駆動音を響かせながら立ち上がる。太い二本の足を持ち、全高は3メートル強。両足の間には、蜘蛛の目のように赤いランプを光らせた、楕円形の胴体がついていた。厚みは1メートル強ほどか。
「いけ、ゴーレム!」
「これがゴーレムなわけあるか…」
そのパーツのほとんどは金属製で、ベリアルほどではないにせよ重厚感に溢れている。モーターの回転音と重い足音を響かせ、隔絶された部屋から歩み出る。
「ふっ、だがな。最終兵器なところ悪いが、無機物はオレのカモなんだよ!」
部屋から出る前に本体に飛び乗り、両手をつく。
「興味深い、解析させてもらうぜパイロットさんよ! さて、どんなこうぞ……は?」
エイジは固まり、そのまま振り落とされる。
「どうなさったのですか⁉︎」
「無人だった…」
呆然とした様子のまま呟く。凄さを知っているが故の恐怖だ。
「ゴーレムとて無人で__」
「あれは魂が封入されるか、魔力波による指示があって初めて動くものだ。これは魔力波はおろか、電磁波や音波すら無い!」
「はは、驚いたか! これが魔導タンクだ__ぐぼふぁ…!」
瞬間、本体の下に取り付けられた機銃が火を噴いた。残っていた者たちを蜂の巣にし、周囲の機械群を破壊する。
「危ねえ!」
その銃撃の先にいた騎士たちの前に立ち、障壁を張って銃弾を防ぐ。
「ダッキ! シルヴァ! そしてお前らは早くここから脱出しろ!」
そう告げた瞬間、赤い回転灯が光り、けたたましいサイレンが鳴る。
『警告、警告、原因不明のエラー発生、原因不明のエラー発生、五分後に自己破壊コードを実行します』
「な、なんて言っているんだ⁉︎」
アナウンスで告げられたことが理解できないのだろう、イグゼが焦った様子で詰め寄る。
「いいか、落ち着いて聞け。今流れたアナウンスは、この施設が自爆すると言っている。300秒後だ。そのうちに出来る限り遠くへ逃げろ。いいな⁉︎」
「エイジ様は⁉︎」
「オレはちと調べたいことがある。なに、安心しろ。オレの速度なら十分間に合うさ。人質は任せたぞ!」
エイジの目を見る二人。すると、すぐに振り向き、人質二人を抱えて走り出した。
「頼んだぜ。さて…」
一人残った彼は、魔導タンクと対峙する。
「魔導タンク……魔導技術で作られた戦車ってか。さて…」
チラリと視線を逸らす。その先には、まだ無事に残っている情報端末があった。
「解析しつつ倒すのに一分ちょい、アレを調べるのに三分、逃げるのに数十秒」
プランを立てると、再び魔導タンクに向き直る。
「攻撃力、運動能力、耐久性……見せてもらうぞ!」
再び火を吹いた機銃を掻い潜るように、股下を滑り抜ける。その動きを見ると片足を上げて踏み潰そうとする。しかし、ほんの少しだけエイジが潜る方が速かった。
「さあ、どうする……ちっ、やる!」
大きく跳び上がりつつ躯体を反転させる。そして、右肩の砲が向くと、砲弾が撃たれ、着弾と同時に爆ぜる。
「あっぶね! おっ?」
両足につけられた下向きの筒から何かが落ちる。円盤型のそれは、落ちると鍵爪を食い込ませ、赤いランプが光る。それに向けてエイジがナイフを投げると、当たった瞬間爆発する。
「地雷まで……あ?」
左肩後方から、四つ穴の空いた直方体が構えられる。そこから飛んできたものは
「ロケット弾だと⁉︎」
流石に誘導こそなかったものの、弾の後ろから何かを噴射して迫ってくる。その弾速は遅く、秒速にして30メートルほどだったが、爆風付きであることを考えると、避けるのは困難だっただろう。
「まったく……なんでオレが研究始めた矢先にこんなもん出してくるんだよ」
予測していたエイジは大きく移動し避けていた。しかし、その存在が気に食わないらしい。こんなものがあるなら、自分の研究は無駄なのではないかと。
「さてと……大体わかった。これを作ったのがどんなやつかは知らんが……解体するか!」
アロンダイトを構える。三割にまで上げると一気に接近、本体の下を水平に裂き、機銃を切り落とす。
「……実態弾だったか。薬莢は回収してる? ふぅ……マジでなんなんだ」
ぼやきながら片脚を切り離し、機動力を奪う。射角の調節ができなくなった砲は捨て置き、ミサイルポッドを切除。ついたままの足から地雷もむしる。
「これで多分無力化。さて、思ったより時間かかったな」
一分半ほど。残りの時間でどのくらい出来るかはわからないながらも、無事な液晶に向かい、データを漁る。
一方その頃。シルヴァがソラウ王妃を、ダッキがアリシア王女を抱え、廊下を疾走していた。エイジと違ってルートを覚えた二人はスルスルと進んでいく。途中何が起こっているのかも分かっていないままに阻んでくる者たちを華麗に躱し、あるいは蹴り倒して進んでいく。
「私たちは先に脱出します! 後で合流を!」
「あなた方は馬を拾ったら、全力で走ってくださいまし!」
出口まであと数回曲がればという頃に、秘書の二人はいといよ本気を出して走る。
「残り時間は⁉︎」
「三分を切りましたわ!」
「でしたら、私たちだけなら二キロは離れられますか」
「イグゼさんたちとの合流を考えましたら、もう少し短くなりそうですわね」
「でしたら、爆風を防御する方向で」
「わかりましたわ!」
馬が繋げられている場所に向かって、全力疾走。その延長線上に目測二キロ弱、イグゼ達がギリギリ間に合うであろう距離で立ち止まり、人質を下ろす。
「爆発の威力がどれほどかは計りかねますけれど…」
「少なくとも、あの堅牢そうな建物を吹き飛ばせるというのなら、相当の規模でしょう。とはいえ、未知数ならば全力で防ぐのみです」
「爆発までの時間は…」
「おそらく一分を切っているものかと。私が氷を張ります、補強を!」
「ええ、やりますわ!」
左手を振るい、過冷却水をかけて壁を作る。その上に更に過冷却水をかけて、高さ二メートル以上の分厚い壁を作り上げる。そこにダッキが呪符を貼り付け、強度を増す。
「イグゼさんたちが見えましたわ!」
「おそらくあと三十秒程、間に合うか…」
切羽詰まった必死の形相で馬を蹴り、ギャロップで駆け込む騎士たち。そして彼らが氷壁の裏へ入り込んだ瞬間、大きな光の柱が昇ると、基地は大爆発を引き起こした。
「うっ……エイジ様!」
二キロほど離れた先でも爆風に大きく煽られる規模の大爆発。それは氷壁が軋むほど。エイジの脱出する姿が見えなかったシルヴァは焦る。しかし、
「ふぅ……あっぶねぇ!」
上空からゆっくりエイジが降りてくる。その手には、ワイヤーで釣られた魔導タンクと、壁から力ずくで引き剥がしたらしき端末があった。重量、合わせて三トン以上。
「ッ…! ご無事でしたか!」
「なんとかね。天井に穴あけてそこから飛んできた。けどまぁ、これが重いのなんの」
「わたくしたち、今回はあんまり活躍できませんでしたわ……」
「人質が無事で、予想外の収穫も得られたから、まあよし。お、来たようだぜ」
視線の先には、王国軍の増援が。秘書二人を慰めるように軽く撫でると、戦利品を引き摺りながら歩き始めた。




