3 地下中央闘技場 ⑤
この不思議な光景に、観客たちは言葉も出ない。予選や決勝でこそ、力があるのは分かっていたが、どうにも面白みに欠けるものでブーイングを飛ばしていた。
だが、エキシビションならどうであろうか。彼の戦闘はその圧倒的な力によって、魔物が蹂躙するのではなく、魔物らが蹂躙された。これは本来想定されていた展開ではなかったものの、その悍ましくも迫力のある戦闘に、観客等は畏怖するか、或いは魅了されていた。
その寒暖差著しい中、何かが起ころうとしていた。
「観客の皆様方、本日はこの見せ物を鑑賞しに来て下さり、誠にありがとうござじました」
拡声魔術により、彼の声は闘技場全体に響き渡る。
「そんな皆様方に、さらなるショーをご覧に入れたいと思います」
エイジは司会者に向けて指を指す。なんだなんだと色めき立つ観客席。彼の次の言葉に注意が集まるが。
「シルヴァ、ダッキ……ここの観客、鏖な」
指に光が収束、ビームが放たれ、司会者席が爆ぜた。歓声が止み、静寂が訪れる。彼が何を言ったのか、一瞬理解できなかった。しかしそこより一呼吸置いて、理解してしまった観客たちは、恐慌状態に陥る__
「了解‼︎」
「承知いたしましたわ‼︎」
その前に、彼女らは動き出していた。各々武器を手に取り、戦闘準備は整う。
「さあ、ショータイムだ‼︎ 鏖殺の演目を始めようじゃないか‼︎」
エイジはすぐさま反転、観客席に光線を放つ。
「ハァッ!」
シルヴァも弓を引く。番られた矢は太く、強い紫紺の輝きを放つ。彼女が放った矢は、着弾すると大きく爆ぜた。
「ハイヤッ!」
ダッキは両手の指に薄紫の呪符を挟み込むと、投擲。真っ直ぐ飛んだ札は粘性を持つように壁に貼り付くと、強い輝きを放ち爆発した。
「これでもう」
「逃げ場はありませんよ」
爆発が起こった三箇所は、観客の出入り口である。退路を立たれた観客はパニックになり、動きは散り散りになる。
「わたくしも胸糞悪ぃので、少々本気モードで行きますわ」
ダッキが耳と尻尾を生やす。しかし、今回は少々趣が異なる。尻尾は太く短いものではなく、細く長い尾が九つ。
「おほほほほ! ハイ、サッ!」
ダッキが両手に持つのは暗器、鉄扇。逃げる観客に追いすがり一振りすると、同時に複数人が倒れる。その者らに共通しているのは、打たれたと思しき箇所が大きく陥没していること。人型とはいえ、幻獣の膂力は人体を砕いて余りある威力である。
「ふむ、なかなかやりますね。これは、私も負けてはいられません」
ダッキの投げた呪符が人体や席に張り付き、凄惨に吹き飛んでいくのを横目に、弓を構える。弓を水平に3シュート、容易く貫通し土手っ腹に風穴を開けていく。
「近接とて!」
備え付けられた双刃で以って頚椎を裂き、魔力弦で胴体を真っ二つに焼き切る。
「フゥーッ……これは、昔を思い出しますわね! せやっ!」
袖に隠した暗器、我眉刺で眉間を、心の臓を次々貫くダッキ。深く刺さった物は無理に抜かず、次の得物を出していく。
「わたくし、こういうのも得意でしてよ!」
足元に呪符を叩きつける。瞬間、煙が上がり、彼女の姿は溶け消える。
「ぎぇ…!」
瞬間、周囲から苦悶の声が上がる。視界が晴れて見えた先には、ワイヤで首を絞められた者がもがき苦しんでいた。そのワイヤの先端は、椅子に括り付けられダッキの姿はなく。
「あなた方のような下衆にかける慈悲などございませんわ。ホイサ!」
飛び上がった彼女が、札と同じ要領でクナイを投げる。苦無は数人を擦り、最後は或る者の腹や太股に突き刺さる。そしてほんの数拍置いた瞬間、掠った者たちを含め激しく痙攣し、泡を吹いて倒れる。
「如何ですの? 即効性の猛毒と、呪殺の術を組み合わせた苦内のお味は。それでは……いよいよ本気で殺しますか」
単発の技を一通り見せたのは、恐怖を煽る為だけのようだ。幻惑の札、爆発の札、肉を灼き尽くす支援に様々な暗器を組み合わせ、先程以上の速度で次々と葬り去っていく。
「わたくしの旦那様の為に、せいぜい苦しんで、死に候へ!」
紫炎を纏い、血で紅に染まった鉄扇を開き、口元を隠すように構える姿は、恐ろしくもどこか妖艶であった。
「なるほど、なるべく苦しめてから殺す、ですか……ならば私もそうしましょう」
首を切り頭を撃つなど、即死攻撃ばかり繰り出していたシルヴァも方針を転換。右手に逆手持ちでダガーを取り出すが、そこに紫水晶を思わせる鋭利な氷がまとわりついていく。
「行きます」
もはや短剣ではない長さの刃を振るう。一太刀で数人を纏めて切り裂くが、その切れ味と強度は十分であり、生半可な包丁などでは逆に叩き斬られるほど。
「ひっ……ひぃ!」
そして斬られた傷口からは氷が侵食し、その者をたちまち物言わぬ氷像へ変えてしまう。
「これが、煌銀龍の真髄です」
長大な刃が、一瞬にして消失する。否、本来の刀身に凝縮されたのだ。紫よりも高まり、青白い輝きを放つそれをシルヴァは投擲する。投げられた短刀が地面に刺さる、瞬間、氷が一体を侵食し、恐怖に慄く観客たちに一切の抵抗を許さず、じわじわ氷漬けにする。
「逃がさない、と言ったでしょう」
一切の温もりなき絶対零度の声が、澄んだ空気に響く。同様の短剣を幾つも放ち、観客席の半分を冷凍。侵食する氷から逃げ惑うヒトの足を正確に撃ち抜き、転んで動けなくなたところを氷が飲み込んでいく。彼女の周りは、極地も斯くやの極低温に包まれていた。
「それでは、終わりと参りましょう」
弓を引く。貫通力、衝撃、爆発。全ての要素が最高たる必殺を幾つも射って、氷塊を粉々に砕く。
「やはり、ドラゴンというのは凄いですわねぇ」
そう呟くダッキも、トドメに呪符をバラ撒き、爆砕と炎上の阿鼻叫喚を作り出す。片や紫炎、片や紫氷。色合いは似つつも対極の温度により、会場には激しい対流が吹いていた。
「……オレの出番、ねえじゃねえか」
彼女らの戦いを見ながら、ちょうど真ん中にある観客席を細いレーザーでチクチクつついていたら、いつの間にか全体が焼かれるか凍らされるか、斬られるか貫かれるか、爆ぜるか毒に冒されるかで片付いていた。
「終わりましたわ〜、ダーリン!」
「ご命令通り、一匹残らず始末いたしました」
観客席の端から軽やかに、二人の秘書が舞台へ飛び降りる。舞台周辺の水は表面が凍り付くか、軽く煮立つかしていた。
「コワイ……ウチの秘書、コワイ……」
自分のことを棚に上げて、エイジは頼れるはずの秘書に恐れ慄いていた。
「何をしてらっしゃるんですの…」
「貴方様ならば、この程度のこと容易いでしょうに」
そんな彼に、さしもの二人も呆れ顔。
「なんだよ……魔族ってのは、こんな奴がゴロゴロいんのかよ」
「流石にそれはない。オレや彼女らはその中でもトップクラスだよ」
「わたくしたち、高位の幻獣ですので!」
「そこらの有象無象と比べられては困ります」
ダッキは自信満々に語る。シルヴァは……どうやら自分のことではなく、エイジのことを指して言っているらしかったが。
「とはいえ……はぁ、魔力を少し使い過ぎてしまいましたか」
「あ、ダーリン! 魔力少なくなっちゃったので、補給お願いしますぅ! キス…キス‼︎」
「まったく、張り切り過ぎだ……仕方ないなぁ」
「なっ!」
固まるシルヴァの前で、ダッキはイチャコラする。
「魔力の補給でしたら、別に手を繋ぐ程度の接触でも可能ではないですか‼︎」
「ふふふ、羨ましいならあなたもお願いすればいいじゃないですの」
「うくっ…」
人目がある中で睦み合うお願いをできるほど、シルヴァは強メンタルではない。しかし……今回ばかりはそうでもなかった。
「その……エイジ様、私も……お願いできますか? …あっ、んっ……」
言い切るや否や抱き締められて、優しい接吻を交わす。
「温かい……」
「さ、補給はいいか? 行くぞ」
夢見心地でしばらく惚ける二人だったが、声を掛けられるとすぐに我に帰り、彼の後ろにピッタリついていく。
「おい、行くって、どこにだよ⁉︎」
置いてけぼりを食らいそうになった決勝戦の闘士たちの中、唯一冷静でいられたガデッサが彼を追う。
「裏だよ。捕まってる闘士たちを解放してやんの」
降りたままの橋を渡り、正面砕けた司会席の下の門をくぐる。降りた先はただの環状廊下。しかし、そこだけ鉄格子が降りて、外から入れないようになっている。そして目の前には、所々に客の入る扉とは少し違う、無骨なドアがある。そこを蹴破り少し進むと、階段があった。
降りた先。そこには第二の環状廊下があった。その両側には、石牢と鉄格子。中には獣のように目をギラつかせた、傷だらけのヒトが入っていた。
「な、何だったんださっきのは……お、オイ! そこの貴様! 上で何があったか__ウギャア⁉︎」
「な、何をしやが…ガハァッ……」
見回りをしていた看守のような形の闘技場スタッフが、不審者であるエイジらに声を掛ける。だが、最早慈悲を捨てたエイジの召喚した剣により、全身串刺しにされる。さらに、上手いこと急所は外され、ジワジワと苦しむことになるような貫き方だ。
「さて、二人とも。牢を破壊し、剣闘士たちを解放するんだ」
「「了解!」」
彼の指示のもと、行動を開始する。鍵を撃ち抜き蹴飛ばして。変形能力を使い、凍らせて砕き、熱で溶かし爆破する。騒ぎに気付き、近づいて来たスタッフは、ついでに始末しておく。
突然に解放され、座り込んだまま戸惑う囚人こと闘士たち。そんな彼らを見下ろして、エイジは告げる。
「喜ぶがいい。そして、安堵するがいい。君らは、今日から自由の身だ」
いきなりそんな事を言われても、ただ当惑するだけ。だが動かぬ彼らに目もくれず、彼は次々と牢を破壊し、囚われの者たちを解放していく。
「行くアテがないならば、ともかくオレについて来い。何故こうなったのか、直々に説明してやろう」
今すぐには、特にやることも思いつかない。闘士たちはともかく、この不可思議な者についていくことにした。
全ての檻を破壊すると、エイジは舞台へと戻っていく。その後ろを、先程戦っていたばかりの者を含めた数百人がゾロゾロとついていく。
「さてと。では、何が起こったか説明する前に、まずやることがある。君らは舞台の上に乗ったら、出来る限り身を屈めなさい。うつ伏せになるのもいい。……では、やるとしようか。解放率、50」
エイジは舞台の中央に立つと、三対の翼を広げる。呆気に取られ、あるいは見惚れる者たちの前で、彼は翼の先端を体の真正面の一点に集める。その目線は、観客席に。そして、その一点には、おどろおどろしいほどの輝きを放つ、明る過ぎる橙色の光球が形成されて__
「翼指収束……いけよ、『Trialae Blaster』‼︎」
レンズフレアを放った瞬間、光線が放たれる。赤黒く禍々しいその光は、観客席を削り取り破壊、いや、消滅させていく。その間も、彼はゆっくりと体を回し、観客席の端から端までを破砕していく。その照射時間、実に三十秒であった。壁を貫いた光線はしかして、天井まで届き都市を崩壊させることのない絶妙な威力であった。
「よし、証拠隠滅完了!」
剣闘士たちはおろか、彼の秘書までもが茫然自失している中で、彼はスッキリした様子であった。
「あの、エイジ様? このようなことが出来るのでしたら、私たちを戦わせる意味などなかったのではありませんか?」
「いいや。……確かに、オレの世界にもボクシングやプロレスなどといった、娯楽としての格闘技はある。だがな、武器も魔獣も殺しも何でもアリ、ルール無用なこんなものは、到底看過できるものではない。そして、この見せ物を享楽した者もまた同罪。ならば、こんな恐怖も苦痛もなく死ぬなんて、割に合わねえだろ?」
「なるほど、そういうことでしたか。ダッキも、これを察して…」
「わたくし、過去の悪人狩りを思い出して、久々に滾り……いえ、気分が悪かったですわ」
ここにきて、ようやく正気に戻った闘士たちも、本当に何者なんだという顔で、エイジに注目を集める。
「では、話すとしよう。オレたちが何者で、さっき何があったかを。ガデッサ、説明手伝ってくれよ?」




