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魔王国の宰相 (旧)  作者: 佐伯アルト
Ⅵ 宰相の諸国視察記 前編
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3 地下中央闘技場 ③

 試合が終わり、エイジら勝ち残った者達は控室へと戻ってくる。部屋に入ると、いくつもの視線がバッとこちらを向いた。その数は残り二回の試合参加者数、およそ二百だ。もし勝ち残ったら誰と戦うことになるのか、それを彼らも知っておきたいのだろう。とはいえエイジは、この数もの視線を一身に浴びるのは苦手であるために居心地悪そうにしていた。特に、先ほどの試合でダークホース的活躍をしてしまったがために、注目が集まっていて尚更。


 その視線に耐えながらしばらくして、アナウンスが響き、次の試合が始まったようだ。


「そうだ、ガデッサさんよ」


 人が減り注目も薄れた頃を見計らって、隅っこで声を掛ける。


「なんだよ」

「さっきの試合で、武器落としちまったんだろ?」


「ああ。ま、こんな時に大して役立つモンでもねえ。もういいさ。アタシの武器は、この拳だ!」


 手のひらに拳を打ち付けて、自信満々獰猛に笑む。先程までの怯えっぷりは何処へやら。


「だが、身を守るための武器くらいはあった方がいい。君はどんな武器種が好みかな?」

「あ? わかんねえよ、そんなもん。オレは今までこの体一つで切り抜けて来たんだ、今更武器なんざ__」


「んー、じゃあ、オレが見繕おう。ちょうどいいもの持ってんだ」


 どこからともなく取り出したものは、長さ二メートルを超えるような長大な筒。全体的なカラーリングは、僅かに緑がかったメタリックな黒。直径も片手で持つには太過ぎるほどだ。


「どっから出してんだソレ…」

「特殊能力。ま、持ってみなよ。このままぶん回して棍棒として使っても良いし……」


 また何かを取り出すと、先端に嵌め込む。鋭利さを感じさせる銀色の刃だ。


「刃を装着すれば、片刃の斧となる。そこのスイッチを押し込むとロックが外せて取り外せるほか……さらにだ、手元のスイッチを押してみろ」


 指された箇所を押し込むと、ジュッという音と共に、実体刃の反対に限りなく透明な水色の刃が形成される。その色合いは、ガデッサの瞳とよく似ていた。


「新開発、魔力の固定化によるエネルギー刃の形成技術を応用した。これで実体と魔力の双方使い分けが可能だ。しかも全体は魔導金属製で、内部に魔晶石を内蔵しているから、魔力の無い者でも扱うことが出来る。どうだ、感動したか?」


「すげぇ……凄すぎて、凄さが分かんねえや…」


 流石の魔導金属製、内部が空洞に近いこともあり、見た目の割には軽い。20kgを下回るほどだ。


「研究途中の試作品だが、実用には耐えうる。暫定評価ランクはC+相当。改良すればまだ上がる。あそこの修練場や、決勝で試しに振るってみるといい、気に入ったようなら譲るよ」


「いいのかよ、こんなモン貰っちまって」

「これが終わった後の、対価のことを考えれば、な」


 今更思い出したように表情が曇る。その顔からは、何も考えてなかったことを察するのは容易い。


「ああ、それと。これからは戦闘も激化するだろう。これを着ておけ」

「は? なんでそんなモン…」


 エイジは外套を脱ぐと、ガデッサに投げ渡す。


「着れば分かるさ」


 やや抵抗を覚えたようだったが、言われるまま羽織る。


「これがどうしたってん__うわっ!」


 ガデッサが着た直後、なんの勧告もなく、いきなりエイジは魔術を放つ。


「テメ、何しやがん…あ」


 煙が晴れると、ガデッサはエイジに食ってかかる。だが、胸に押しつけられた短刀を見て、言葉は途切れる。魔術や斬撃を喰らっても、衝撃以外何も感じなかったためだろう。


「この通り。じゃ、オレは一眠りするから。他の試合でどんな奴が進出するか観察しとき」


 修練の時間、そして鍛錬の時間。そのためにエイジは席を外してやることにした。端の椅子に寝転がる。


「んなこと、言われずとも分かってっさ……にしても余裕そうだな、腹立たしいぜ」


 ガデッサは、呑気にお昼寝を始めたエイジを恨めしそうに睨んでから、棍を担いで修練場へノシノシと向かっていった。




「チッ……オイ、起きろ」

「うわっ⁉︎」


 完全に無防備に寝ていたようだ。椅子を下から蹴り上げられて、驚き飛び起きる。


「はぁ……もう決勝始まんぞ」

「おや、もうそんな時間……ふぁ…」


 緊張感などどこにも無いように、緩慢に伸びをするエイジ。ガデッサのイライラは募る。


「強者の余裕ってやつかよ。ケッ、魔力があるとか羨ましいぜ」

「ん〜……で、どうかな、武器の使い勝手は」


「……まあ、なかなかだ。……なンだよ、その顔は」

「いやぁ? 気に入ってもらえて何よりってね」


 どこか素直じゃない態度もお見通しなエイジは腑抜けた顔。調子を崩され続けて、ガデッサは今にも殴りかからんばかりに青筋を立て、拳を握りプルプルしている。流石に助けてもらっている立場なので、そんなことはできないが。


「オラ、もう時間だ。いくぜ」

「は〜いよ」


 立場が逆転しているかの構図で、二人はゲートをくぐる。




 さて、予選も全て終わり、次は決勝だ。


 勝ち残った者たちは、決勝のステージに上がる。と言っても予選と同じ武舞台だが。周りを見渡せば、所々に血痕や装備の残骸らしきものが残ったままになっている。観客の盛り上がりはピークだ、きれいにすることよりも、早く次の試合を開始することを優先したのだろう。


「さあて、対戦相手はどんなのかな〜」

「勝ち残った強者揃いだ、強いのは間違いねえんだろうが……アタシの予想よりは弱そうだ、アンタの敵じゃねえよ。それに……本番はこれが終わった後だろ」


「それもそうだね〜。じゃ、オレは引き続き足だけ使うことにするよ」

「そうでもしねえと張り合いがねえってか」


 ガデッサに訊いたものの、エイジも対戦相手を観察する。すると驚いたことに、男女比は二対一。よくぞ生き残ったとも、こんなに女性がいるもかとも思ったものである。


「だが安心しな、アンタに出番はねえよ。オレが全員落としてやるぜ」

「そっか〜」


「その態度やめやがれ、気が抜ける」

「……了解」


 リラックスさせてあげたかったのだが、逆効果のようだ。諦めて、普段通り引き締める。


 そんなやりとりを済ませると同時に決勝が始まる。


「いくぜェ!」

「まあ待て落ち着け」


 すぐさま突っ込もうとしたガデッサの肩を掴み、制止する。


「興奮し過ぎだ。新たな武器と心強い増援のせいで、自信過剰になってんのが見え見え。隙だらけだ。仮にも決勝、そう楽な相手でもあるまい」

「……チッ、わあったよ」


 その言葉には説得力があった。ガデッサも渋々ながら従う。


 さて、ゴングが鳴ってしばらくしたが、開始と同時に選手がかかってくることはなかった。さすがは決勝だけある。だが、ジリジリと詰め、読み合いをしている。


「この中の、ざっと六割はオレらを気にしているか」


 一回戦で、静かながら圧倒的な力量差を見せつけたエイジ達。その存在を避けるようにして、それ以外が潰し合いを始めようとするが……


「とりゃっ!」


 ぶつかり合おうとした瞬間、飛び蹴りで両者の間に割って入る。分断するとその奥の者の武器を蹴り飛ばし、反撃の拳をヒラリと躱して別のターゲットへ。左右前後へジグザグ不規則な動きで接近し、猫騙しすると腹を蹴って転ばせる。この隙を高好機見て迫った者も、足をかけられて転倒する。ヘイトがこちらに向かうとガデッサの下へ逃走し、挟み撃ちされてもヌルヌル抜け出していく。


「おいおい……どんな戦い方だよそりゃあ」

「決勝でオレが取る戦い方。それは……他の選手たちもぶつかり合いを妨害しまくり、脱落を阻止することだ。そのまま時間切れまで、なるべく脱落者が出ないようにする。集中攻撃からは逃げる。以上。嗚呼、なんてつまらない戦いだろう! これはさぞかし観客どもも気勢を削がれるに違いない‼︎」


「お前って陰湿だよな」

「はっはっは、褒めても何も出ないよ」


「褒めてねえよ……っと、敵が来た。ちったあオレにもやらせろよ!」

「はいはい、やり過ぎんようにな〜」


 棍を担いだガデッサが、獰猛な顔で数歩踏み出す。


「オラァ!」


 相手が間合いに入った。瞬間、横凪に振るって吹っ飛ばす。


「へっ、かかってきな! アイツなんざどうでもいい、アタシが相手だ!」


 手にポンポンと棍を打ち、挑発的な表情を浮かべる。


「いくぜウラァ!」


 長大な棍を担ぎながらも、軽やかな体捌きで攻撃を避けていく。最適な間合いに入ると、棍と実体斧、魔力斧を切り替えて、効果的な武装で的確な攻撃を叩き込んでいく。棍で受け止めて殴り飛ばし、剣を実刃で叩き折り、防具を魔刃で焼き切って、棒の先端で突き込む。更にはエイジの説明しなかった機能、魔力部からの噴射をして勢いをつけ、後ろから円を描くように大上段で振り下ろす。その振動でよろけたところに、斧から手を離してフックを放つ。その隙に、陥没した地面から斧を引き抜く。


 使い慣れないはずの武器ながらも、その類い稀な戦闘センスが遺憾なく発揮され、歴戦の強者を相手に引けを取らず戦闘不能、その一歩手前まで追い込んでいく。


「こんくらいで良いんだろ⁉︎」

「すごいな、こうもやるとは」


 決め切れないのではない。脱落させたくない、というエイジの意思を汲み取っての峰打ちだ。内心舌を巻く。


「くっ、なんなんだお前らは⁉︎」


 圧倒的な強さを持つ二人組。その存在に慄いたのか、対戦相手が問いかけてくる。


「アタシらのことか。名前くらい聞いたことあんじゃねえのか? アタシはガデッサだ」

「ガデッサ⁉︎ あのガデッサか!」


「おお、有名人だね」

「……オメェが異端なンだよ」


 驚くと同時に、納得した様子を見せる闘士。その武勇は、地下街に広く知れているのだろう。


「その男は、何者だ」


 別の、女性の闘士が武器を構えながら問い詰める。


「ああ、コイツは……なんて言やいいか………ま、アタシにも得体の知れねえ野郎だ。正体も、参戦理由も本当の力も分かんねえ。名前すら知らねえ。ともかく言えるのは、共闘してるってだけだ」

「あれ、名前すら知らなかったの⁉︎」


「テメェ……まだ一度も名乗ってねえだろうがよ」

「だから名前呼んでくれなかったのかぁ。ボクの名前はエイジだよ」


「随分呑気だな…」


 相手方の闘士さえ、呆れたような顔をしている。


「正体に関しては、まだ全ては言えないがそうだねえ……見ての通り、通りすがりの魔術師ってところかな」

「は? 魔術師?」


 なりも戦闘方法も、魔術師のイメージからかけ離れてるから、混乱するのも仕方なし。


「一つ聞かせろ、何故貴様はここにいる」

「え? 暇つぶし〜」

「ひ⁉︎ ひまつぶ……」


 どうやら、その答えは意外が過ぎたようだ。全員がドン引きしている。


「貴様! この闘技場を舐めているのか⁉︎」

「どんなことしてるかは、なんとなく知ってるよん」


「……アタシが言うのもなんだが、安心しろ。コイツ、本当にバケモンかってくらい強いからよ。で、自称流浪の魔術師さんよ、いい加減魔術を使ったらどうだ」

「まだその時ではないなあ。……本番は、これが終わった後のエキシビションだろ? その時にでも、見せてあげるよ」


 そんなことを言いながら、刃を交えていた他所へと赴き、武器をはたいて頭を蹴ったり、武器を踏みつけ足払いをかけたり。とにかく牽制と妨害を行い続けていた。遊んでいるかのように翻弄し続けるエイジを前に、他の選手達の闘志も減衰していく。


 その調子での戦闘を続け、観客からの大ブーイングに包まれる中、二十分が経過する。当初三十人程度いた中から二、三人程度しか脱落しなかった。


 そして遂に、エイジの妨害で試合が全く動かないことに業を煮やしたのか、ゴングが鳴り響いた。狙い通り、と心中ほくそ笑みながらも、その表情は変わらない。本番はこれからなのだから。


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