6 魔王城での暮らし(一週間目)②/2
五日目にはもう講義は終わってしまったので、予定より早く魔術の練習をすることになった。
「あの魔導書の魔術は覚えたかな?」
「ええ。ランク1なら半分ほどは。一つずつ覚えるというのは、一昨日の夜には」
「ほう、すごいな。では、実践してみせよ!」
初歩的な9属性の攻撃魔術を放つ。一度も失敗せず、もたつかず、流暢に。加えて回復や強化、防御魔術も使用する。
「なんと、まさか本当にできてしまうとはな。ここまで早く習得したものはあまり見たことがないぞ」
「いえいえ、この歳になってから魔術を始めた人がいないからでしょう。それに、魔王様がおっしゃった通り、コツを掴めばそれほどでもありませんでした」
彼の言うコツとは、まあ、慣れることだ。いくらかの法則を見つけるのはかなり苦労するが、一度理解できさえすれば簡単。二ヵ国語話者かつ数学が出来るような人なら、やり方をすぐに掴めるかもしれないらしい。必要なのは言語的センスと計算力(頭の回転の速さ)、地頭の良さである。
魔術とは暗記に近しいものがある。言霊を覚え、展開は公式の例題を丸ごと覚えるようなものである。暗記と言っても、そこに法則性がある。公式は覚えるだけでは使えない。初歩的なら丸暗記でもいいかもしれないが、高度になるにつれてそれは難しくなってくる。
「なるほど、お前の上達の速さに関してはおおよそ分かってきた。魔術については、初級までならお前一人の独学でどうとでもなるだろう。では一人では分かりにくいこと、魔力の制御について教えよう」
「へえ、魔力の制御、ですか…」
「ああ。魔力は魔術に使うだけではない。そのままの魔力でもいろいろなことができるぞ。このように」
魔王が掌に意識を集中させると、そこに紫色の光球ができた。その球からはかなりのエネルギーを感じる。
「魔術を使わずとも、この魔力を撃つだけで攻撃になる。特に幻獣は魔術を使うより魔力をそのまま放つ者の方が多いな。さて、魔力の性質や質についての知識はあるか?」
「……怪しいですね。先日教わった内容については覚えていますが。」
そのことを聞くとベリアルは魔力の光球を消し、話し始める。
「魔力を生み出す器官は、なんだ?」
「幻魔器。心臓のそばにあるんでしたよね。そして幻魔器の魔力は髪の色などに影響を及ぼす。さらには代謝との関係もある……」
「ふむ、完璧だな。まさか本当に覚えているとは。では、魔力の性質の話は、分かるかな?」
ベリアルはエイジの理解力に感心しながら、別の質問を投げかける。
「……いいえ。そちらの話は聞いていないはずです」
「そのとおりだ。では、お前の大好きな解説の時間だ」
ベリアルは、今日こそは長引かないように、と気を引き締める。なにせ魔力制御の指導には、かなり時間がかかるのだ
「魔力は、生み出す者によって性質が異なる。私の魔力とお前の魔力、レイヴンの魔力とノクトの魔力。魔力であるという根っこの部分は同じでも、質や得意とする属性なんかはまるで異なる。種族が違えば尚更な。それでも、この世に全く同じ質の魔力を持つ者はいない。それゆえ、他人に魔力を与えたり奪ったりする際は、取り込んでから一度自分の性質のものへ変換する作業が必要だ。」
まるでタンパク質のようだ(タンパク質はアミノ酸からDNAに従って組み立てられ、タンパク質という物質の特性は同じでも生き物一体ごとに組成が異なる。消化してアミノ酸に分解してからタンパク質へと再合成される)、とエイジは思うが口には出さない。口に出すとまたベリアルが困惑するからだ。
「先日ベリアル様は私の魔力が異質と仰られていましたが、それと関連が?」
「ああ。お前の魔力は普通は持ち得ないものだからな。今まで、全くとは言わないが滅多に感じたことはない。さらにタチが悪いのが、お前にその自覚がないということだ。おっと、お前が悪いわけではないから気にするな。しかし…私ですら戸惑うのだ、他の魔族はさらに不審がるだろうな……」
異質な存在に与えられたものだからか? とエイジは予想する。
「魔王様は、他人の魔力を感知することができるのですか。私には全くわかりませんが」
「魔力に長ければ分かるようになる。相手の魔力の量や質、性質、それどころか秘めた力、潜在能力も感じ取れるのだ。例え相手が姿を隠していても、魔力を検知することでおおよその場所を側ることもできる」
それができれば、不意打ちを避けたり、相手の力量を測ることもできるということ。魔力が感じられれば見える世界が変わるのではとエイジは期待を膨らませる。
「ちなみに空間に満ちる魔力、マナに関してはその手の性質ものが無い、全くのニュートラルだ。そのため吸収から変換までが楽なのだ。以上、質問は?」
「魔力の質の話は?」
「おお、忘れていた。魔力には質がある。言ってしまえば純度や密度だ。魔力の質が高いほど、魔術の燃費や威力が良くなったりする。質の高い魔力を持つものは大抵魔力の扱いに長けた上級魔族や幻獣などだ。おっと、聞きたいことはわかるぞ。お前の魔力の質は……相当良い。準上級魔族に匹敵するほどな。さらに、魔力制御の鍛錬をしていない状態でこれなのだ、まだ成長の余地はある。研ぎ澄まされれば全種族の中でも最上級になるだろうよ。さて、疑問はあるか」
「いえ、大丈夫です」
「そうか。以上が魔力の性質だ。では、制御の訓練に進もうか」
エイジからの質問は少なかった。早めに終わらせられた、とベリアルは安堵する。無論、エイジも少し遠慮していたのだが。
「ほうほう。では、コントロールできるようになることのメリットは?」
「まず、無駄な消費が抑えられたり、魔術発動時に魔力効率が上がる。少ない魔力で基準と同等の威力、同等の魔力でより高威力なんてな。次に魔力そのものを意識して流すことで、自身の身体能力や物の強度などを強化できる。そして、マナの吸収が効率良くできるようになる。特にマナから魔力を吸収できるようになれば、多く消費した時に素早く回復したり、食事がほぼ不要になったりする。というようにメリットだらけだが、自分ひとりで極めようとすると何十年と非常に時間がかかる。独学では平均して、魔力感覚を掴むだけでも数年、魔力を光球として扱えるようになるのにまた数年、というふうにな。だから私が手伝おうとしているのだ。私はこれに長けているからな、信頼してもらってよいぞ!」
近い概念は、『気』というものだろう。
「なるほど。では、手ほどきお願いします」
「良かろう。では、床に座って目を瞑り、集中しろ」
胡座をかいて目を閉じ、瞑想を始める。
「自分の中に流れる大きな力の流れ、それを捉えてみよ」
自分の体の隅々まで触手を伸ばしていくような感じでまさぐる。しかしなんとか何かをつかんだと思ったが、すぐにすり抜けてしまう。魔力が大きいからその存在が何となく分かるが、その大きさゆえに捉えにくい。
「う〜ん………」
「ふむ、難しいか? なら、これならわかるか?」
魔王様が背中に手を当てる。すると何かが流れてくるような感覚がした。
「はい、感じました」
「その感覚だ。忘れないうちにもう一度試してみたまえ」
再び自分の中の魔力を捉えようとしてみる。格闘すること数分間、魔王様のアドバイスの甲斐あり、ようやく捕まえた。
「よしっ、できた」
「ではその魔力を動かしてみよ。そうだな、右手に集中しろ」
目を瞑ったまま、掌を前に突き出し集中する。数十秒経って目を開けると、掌には2センチ程度の小さな球しかできていなかった。
「あ〜、全然出来ねぇ……」
「誰もが最初はそういうものだ。むしろ、私の補助ありきと言っても、お前は非常に良くできる部類だ。最初から魔力量が多く質も高い、というように順序が逆転しているのもあるかもしれないが……。いいか、魔族は魔術を習得するより魔力制御がうまくできる方が有利だ。来週から魔術を本格的に教えるが、それまでの間に魔力制御をいくらか物にして見せよ。中級魔術を教える時まで、午前は自由時間だ。教わりたいことがあるなら、声をかけてくれ。与えた指輪に通信機能もあるのでな、困ったらそれを使ってもよいぞ」
午後の鍛錬は、五日目から早くも対人練習だ。型の美しさを大事にする武道と異なり、この世界ではあくまで敵を倒すための技術だ。正しい型より、実戦で使えさえすれば良いと言ったところだ。
まずはエレンが対面に立ち、それに打ち込むところを横からエリゴス達が見て、改善点を指摘する。相手は攻撃せず、エイジの攻撃を受け止めるだけ。それを一週間経つまで続けた。
その間……
「おい! 重心が高い! 腰を沈めろ!」
「うむ、今のはよかった。その感覚を忘れるなかれ」
「角度ガ甘イ。ソレデハ、有効打ニナラン」
「おっと、構え崩れてる。それ危ないよ!」
「姿勢が悪い! 背筋を伸ばせ!」
「今エレンはわざと隙を作っていた。気づいていたようだが……次相手がどのように動くか、先の手を常に考え続けろ。本当は感覚だが、お主なら頭で考える方が向いているだろう」
「剣ノ重心ガブレテイル。振リ方ニ気ヲ付ケヨ」
「いいねぇ、どんどん上手くなってるよ! その調子だエイジクン!」
「ありがとう。君らのおかげだ」
このような指摘を受け続け、より鋭く、より冴えていくのだった。
そして1週間経つ頃には1人で帝国の一般兵を3人同時に相手取っても、身体能力のゴリ押しにはなってしまうが、勝てるだろうと評されたのだった。