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魔王国の宰相 (旧)  作者: 佐伯アルト
Ⅴ ソロモン革命
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8 異文化導入 ②

「おはよう」

「あっ、おっはよ〜」


 翌日も朝から呼び出しである。ちょうどエイジの午前の鍛錬が行われていた時と同じ時間帯。


「……もしかして、かなり練習した?」

「ハハハ、どうにもバレてしまったようであるなあ」


 挨拶からして流暢である。早くも各々の言葉遣いさえ確立し、魔族語の訛りさえあまり感じない。夜通し会話し、確認しあうことでここまで仕上げたのだろう。


「申し訳ございません、遅れてしまいました」

「同じく……。おはようございます、皆さま」


 シルヴァとテミスは、遅れて入室してくる。昨日のことを察されたくないがために。


「二人とも、おはよう」

「あっ…はい……おはようございますエイジ様」

「……おはようございます、エイジさん」


 その二人の対応は、どこかそっけない。二人がかりでも、なお劣勢だったことが悔しいらしい。


「いやしかし、まさか一日でここまで習得してしまうとはね、驚いたよ」

「お前の能力ありきではあるがな」

「ふふ、これでわたしも日本語話者ね」


「こんなに複雑だとは驚いたぞ。覚悟しろと言っていた意味が分かった」

「それにしても、随分言葉が多いのねェ。ベリアル様が言ってた魔族語の弱点……これなら補そうよ」


「まあ、日本語って外国語をそのままの発音で、そのままの概念として取り込めてしまう柔軟な言語だからね、語彙は凄まじく多いんだよ。……まあ、音節の少なさ的に発音がそっくりそのままってわけにはいかないが」


 ある程度分かるようになってきたところで、彼らはしみじみとする。だが、彼らはまだ知らない、日本語の真髄を。


「なるほど。じゃあ、また更に次の段階に進んでもいいね?」

「ん? これで終わりじゃないの?」


「ふっ、はははははは! これからが、本番だ‼︎」


 彼らには悪いが、今度は心を折りにいく。再び黒板を出し、漢字を書き始める。


「日本語にはまだ文字があるのさ! これを漢字という! この文字ひとつひとつに意味がある! 漢字の成り立ちには四つあるぞ。まずは、自然の事象を文字に落とし込んだ象形文字。この火や木といった漢字は、この絵が変化していった形というのがわかると思う」


 木や火を模した絵を、その漢字の上に描いていく。書き始めた瞬間、空気が変わった。


「そして、形として表しにくいものを表現するための、記号として作られた指事文字がある。数字とかだな」


 意味をその場に書いていく。しかし、書かれた漢字は数十ある。複雑な文字が、ひらがなを優に超えて存在している。そのことに気付いた幹部らの顔は……


「また、象形文字や指事文字同士を組み合わせて、元々の漢字とは違う意味を表すようになった会意文字がある。そして、片方が発音を表し、もう片方が意味を表す成り立ちの形声文字だ。このような漢字は二つや三つに分解することもできて、これらの要素を部首、及び、つくりと言う。じゃあ、これらもざっと簡単なものを書き出して、意味も書くから、ちゃんと覚えてね?」


 生気ややる気といったものが抜け出ていくのが見えた。軽く絶望しているのは間違いない。


「は……こんなの、やるの?」

「ああ、やるよ」


「いや少し待ってくれ。この漢字っていうのは、いくつくらいあるのだ?」

「うーん? 正確な数は覚えてないけども、確か常用漢字なら大体二千ちょいくらいかな?」


「に……にせん……」


 愕然としたまま固まる。彼らはどうやら日本語を舐めていたらしい。その落差が、彼らを追い詰めた。


「まあ、すぐには覚えなくてもいいよ。魔術よか圧倒的に簡単だし、数ヶ月数年かかってもいいさ」

「待ってください! エイジ……様は、何字ほど覚えていらっしゃるのですか?」


「ん? まあ……三千くらいは」


 漢字検定準一級はこのくらいのはず。おそらくそれよりは少ないだろうが、近い数は覚えているだろう。そう思って答えたのだが……畏怖のこもった目線が向けられ、エイジは焦る。


「やっぱりアンタおかしいわ!」

「うんうん、お前の国の言語はホントにおかしい! 平仮名、片仮名、更に漢字だと⁉︎」


「一応ここにアルファベット、ローマ字っていう、結構形式の違う文字とかもあったりするんだけど__」

「もうやめてくれ‼︎」


__おっと、オーバーキルだったかな?__


 さらに絶望的な追加情報の話が遮られてしまう。本当に心が折れてしまったか、と危惧し、フォローを入れようとする。が、


「難しい、難しいぞ…だが、諦めるつもりはない!」


__おや、まだ挫折したわけではなさそうだ。ならば__


「ふふっ、やる気があるなら私はとことん付き合ってやりますよ。では、例文を用意するので、書けるかはともかく読み方を覚えてください」


 簡単な漢字から書き連ね、逆に熱意を滾らせた幹部たちに教授を再開する。




 三時間後…


「よし昼だ! 一時休憩としよう」


 例文を書き、それを真似させて。百を超える漢字を詰め込ませた。そこで疲れた彼らにエイジは……今度は数学、ではなく算数を教え始めたのだった。まずは四則演算、加減乗除から。さらに情報を詰め込むような行いではあるが、科目が違えば使う頭の部分も違う。ましてや頭の良い幹部たちである、今まで無意識に計算してきた部分もあるだろし、理解には大した労力はかからなかった。


「エイジ、少しいいか?」

「んあ? 何の用?」


 解散して頭を休めるように勧めたが、残ったレイヴンに声をかけられる。


「あまり大したことではないが、いや、お前からすれば大切なことなんだろうが……話がある。来てくれ」


 そうして案内された先は、城の周囲にある畑だ。


「見てくれ、豊作だ」


 煌びやかな一面の稲穂が風に揺れていた。


「おっ、もうこんな季節か。壮観だなぁ。いやしかし……まだ田植えから三ヶ月程度。やけに早いな」


「やはり豊かな土と十分な水、それから魔力。お前の言ったものが揃ったら、ここまで育ったぞ。だがやはり植物の病気や害虫、鳥獣の被害もあって当初の想定よりはかなり少なくなってしまったが……。本当はお前に対処法を聞きたかったが、それどころではなさそうだったからな」


 戦争したり、産業革命を起こしたり、能力の酷使でぶっ倒れたせいだろう。そこはかとなく申し訳なくなる。


「ところでこれ、冬の間魔族たちを養うのには?」


「いや……予測にはなるが、他の作物を含めても、残念ながら普通に足りない。例年よりは多いが、それでも全体の半分ほどにしか行き渡らないだろう」


「これほどの量でもか……これは輸出などしている場合ではないな。いくら成長が速いと言っても、冬までにもう一回、てのは無理そうだし。それにここ冷帯だ、そもそも向いてない環境なのに。魔術で温室を作るにしても、コストが……そうだ、春小麦とか芋とかトウモロコシの状態も見ないと」


 畑は平方キロメートル単位で広い。そのため見て回るには、飛翔し上空からざっと眺めることに。


「うん……初めてにしては上々じゃないか。さて、これを収穫したら根菜や葉物、秋蒔き小麦なども栽培の用意をしないと。まあこれも、ノクトが肥料を作れるかにかかっているが。で、だ。オレを呼び出したのは、見てもらうためってか」


「まさか。収穫を指南してもらおうと思ったのさ、あいつらと共にな」


 レイヴンが顎でしゃくった先。そこには幾人かの人影があった。


「あいつら…? ああ、ノクトにフォラス、エリゴスに……レイエルピナ⁉︎」


「あら、わたしがいたらまずかったかしら?」

「い、いや、そんなことはないが……」


 意外なあまり、つい驚いてしまっただけ。それにしても…


「なぜ君らがここに?」

「忘れたか? 吾らは汝に農業係として任命されたのだが」


「えっ……マジで? 記憶にねぇ……」

「おや、そうでしたか? 私は農作業用の魔道具の開発を任命されましたよ」


「僕は記録係だ。育成状況とか品質とか、その他もろもろのね」

「吾が農民たちへの指導係だった」


「んへぇ、過去のオレ優秀だなぁ」


 適当に任命でもしただろうか、そんな覚えはなかった。しかしそれならそれで好都合。


「そんな他人事みたいに……」

「だってマジで覚えてないんだもん!」


「そっ。まあいいわ。わたしはあなたがこんなことまでしてるって聞いて、興味持ったから来てるの。で、これを見た感想は?」


 仕事じゃないが、興味があるから来た。その言葉にこそ驚く。がしかし、そんな反応すれば睨まれるだろう、なるべく平静に質問に答える。


「そうだね、初めてにしては上々、いや、最高だ。まだ足りないと言うが、それならまた作ればいい。今栽培すれば冬に収穫できる作物もあるし、あまり期待はできないが魔導プランターでも作れるはず。だがな……何より嬉しいのは、大豆と米と小麦が揃ったことだ‼︎ この時を待っていたんだ!」


「へえ、なんで?」

「だって! 料理が! いっぱい作れる!」


「ふうん。どれくらい?」


 さっきよりちょっっとだけ、興味ありげな声が返ってくる。


「制圧した村の牛乳や卵、港で魚が取れるたろう魚も使っていいなら……新たな調味料も加味すると、ざっと二百種類以上の料理が出来るかな〜?」

「えっ、ホント⁉︎」


 食い付いた。目を輝かせ、エイジに詰め寄る。


「どうした⁉︎」

「ふふん、わたしはあなたの料理に関する知識と情熱は認めてるの。美味しい料理、期待するわ。そのためなら、いくらでも働いてあげる!」


「なんと……」


__レイエルピナ、キミ、美食堕ちしてたのか……そういえば。きっとテミスも喜ぶだろうな__


「帰ってきた時初めて食べた食事、普通に美味しかったもの。あなたの腕がメイド以上だと言うなら、期待しかないわ‼︎」

「おーい、僕たちは置いてけぼりかーい?」


「すまんすまん。さて、するならとっとと収穫するか。別に収穫なら数日かかっても良いが、オレら幹部にはあまり時間がない。さっさとやろう」


 つい、目を輝かせながら話してくるレイエルピナとの会話に興じてしまった。さっきから幹部たちの影が薄いようにも感じる。


「刈り取るのはいいとして、そのあとはどうすればいい?」

「燃やせぇ‼︎ 灰にすれば肥料にもなる。火事にさえ気をつければ一番楽な処理だ。終わったら早速料理を振る舞おう!」


「よし! 任せなさい! みんな、やるわよ!」

「レイ嬢……我々は城に戻ってお勉強です。収穫は民たちに任せておけばよい」


「ああ、時間的にもちょうど良いな。再開しよう」

「……」


 面白そうなことを目の前でお預けを喰らい、不満そう。どこか年相応のらしさが感じられる。なんとお可愛いことか。


「僕あんなに楽しそうなレイエルピナちゃん、初めて見るかも」

「そうだな。彼と親しくしてからというもの、明るい表情が増えた」


「いい傾向ですねぇ。見ててこっちまで嬉しくなってきます」

「見守ってきた吾らからすれば、感慨深いものがあるな」


 エイジに宥められ、しぶしぶ帰るレイエルピナを、幹部たちは微笑ましく見守っていた。


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