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魔王国の宰相 (旧)  作者: 佐伯アルト
Ⅴ ソロモン革命
145/291

8 異文化導入 ①

 開通式後翌日、いつもの部屋にて。


「では覚悟はいいですね? 始めますよ」


 黒板と、貝殻を加工して作ったチョークを出す。黒板を作るのはちょっと苦労した。


 今何をしようとしているか。それはこの前約束した、日本語を教えるという話だ。だが、幹部たちは思ったより暇なのだろうか、全員がいる。


「覚悟だなんて、大袈裟ね。それほどでもないでしょ? パパッと覚えてやるわ!」

「言ったね? あとで後悔しても遅いぞ」


 レイエルピナは、ホムンクルスへの知識の移植のおかげで前提知識があったとはいえ、帝国語、王国語が堪能である。語学には自信があるのだろう。


「早速始めよう。まず、文字を覚えてもらおうか」


 濁音込みの、平仮名を五十音順に書き、翻訳機能を切って発声していく。


「発音は、音節が少ないからわかりやすいと思うよ。ふむ、平仮名は覚えたね? じゃあ、次は片仮名を覚えようか」

「えっ、これだけじゃないの⁉︎」


「平仮名の別の形だよ。発音や並びとか同じだからわかるんじゃないかな」


 隣に片仮名を対応するように書き込む。


「では、今度は単語を覚えていこうか。」


 簡単な名詞と動詞を教えていく。それから形容詞と形容動詞、そして副詞。文法を交えながら、ここはゆっくり教えていく。しかし……


「多い! 分かりやすいが……情報量が!」


 早くも根を上げてしまったのは、言い出しっぺのベリアル。だが、大半の者が頭を押さえて唸るなどして、彼と同じ反応をしているようにも見える。


「この言語……どこかで見たような……」


 比較的覚えの早いダッキは、何やら馴染みがあるそうで。


「…………」


 凄まじい集中力を発揮し、一言も喋らぬシルヴァ。


「……ちょっと調子乗ってたかも」


 遂に弱気になるレイエルピナ。


「まあ、一つの言語を一朝一夕で覚えられても困るわけだが……何せ千年以上の歴史があるのでね」

「あっ……!」


 プライドを露わにしたエイジの真横で、テミスが何かに気付いたような反応をする。


「どうしたテミス」

「ふっふっふ……妙案を思いついてしまいました。思いついてしまった自分が恐ろしいですね」


 貞淑な彼女にしては珍しく、したり顔である。


「それは一体、何なのだテミス姫?」

「仕方ありません、奥の手です……エイジの能力、『全ての言語に対する知識の理解』発動‼︎」


「なっ…あっ、ちょっ……セコい‼︎」

「思いついた者勝ちです」


「ッ…その手がありましたか」

「わたしもやーろおっと」


「……一応止めておくよ、オススメはしないから」


 テミスの案を受けて、ここにいる者たちはエイジとのリンクで得た能力を使う。が、しかし…


「うっ……あっ…」

「頭、が…」


「そら見たことか。ズルするからそういうことになるんだ」


 膨大な語彙を一度に頭に入れ込んだために、情報が処理しきれず頭痛を引き起こす。エイジも魔族語や帝国語をインストールした際に同じような症状になったために、楽だと分かっていながら勧めかねていた。


「知ってたなら…早く言いなさいよ…」


 この時点ではまだ魔族語だ。しかしどことなく日本語風の訛りを感じる。


「そんでもって、君らの場合、適応されるのは話し言葉に限定される。そのうえで、君らの知らない概念に関してはインストールされない。母国語の訛りは訓練しないといつまでも残ってしまう。万能ではないことは理解したまえ。……さて、しばらくは頭痛で集中できないだろう、お勉強はここまでにしよう」


 能力を使ったのは彼らの意志だ。それに、以降スムーズになるのは間違いない。手元に辞書もあるし、心強い。


「勉強は終わりって……何をなさるのですか」

「ゲームだよ。娯楽や、その他文化をね……」


 部屋の端っこに置いていた箱を持って来ては、その中身を机にあける。


「それ、教材じゃなかったのかよ…」

「そうだよ。教材はアレに入れたし、いつでも出せる。んで、こっちは自作よ。オセロことリバーシに、トランプやUNO、将棋なんかもな。自作で拙いけど、遊んでみるかい? ルール教えるよ。麻雀に囲碁や人生ゲームもあれば尚よかったけど、難しいのと複雑なのとで……またマリナに貰おうかな? いやいや、くだらなすぎる……おっと、独り言が長くなってしまい申し訳ない。じゃんけんやダイスなどについても教えるから、さ、やろやろ」




 それから三時間弱。散々ゲームを遊び倒したのち、お勉強は再開される。話し言葉については…


「どう? 話せてる?」


 やや訛りはあるが、ほぼ話せるようになっていた。翻訳を切っても聞き取れるほどに。


「いやはや、なかなか難しかったぞ。だが、なんとかこの通り覚えられた」


 ゲーム中はずっと、練習を兼ねて日本語で話していたおかげだろう。日本語で特徴的な一人称や語尾なども、エイジの自動翻訳で感じていたニュアンスを採用、教え込んだおかげでもう使いこなしている。この辺りはさすが頭の良い首脳陣だけはある。しかもまだまだ柔らかいようだ。


「よし、なんとか形になったね。なら、今度は文章を作っていこうか」


 話し言葉の次は書き言葉だ。魔族語の文字は、アルファベットに似て、さらに比較的カクカクした字体である。そのためカタカナはともかく、ひらがなは苦手そうである。


「どうだい? 発音の音節と文字が一致するというのは。書きやすいでしょう? でもその代わり、発音の表現が少なくなってしまうのはネックだけど」


 それ以外にも、魔族語は主語から動詞、そして補語といった文法であるために、日本語のごちゃごちゃとしがちな文には苦手意識を見せていた。


 これらの要素から悪戦苦闘していたようだが。話し言葉での文法前提知識のおかげか、数時間の学習である程度様になった。


「よし、今日はここまでにしよう。続きはまた明日。一応オレは日付変わるまで寝ないから、質問があったら部屋に来てくれ。では、お疲れ様」


 十八時を回り、キリが良く、皆も疲れたようだ。一度に詰め込み過ぎても効率が悪い。


 疲れ切った皆と対照的に、比較的軽い足取りでエイジは自室へと戻る。次は何をどう教えるかを考えるために。




 部屋に戻ったエイジは、日本語最難関の要素たるものをどう教えるか練り、王国への進出や魔獣の調整案など諸々考える。その間も、ちょくちょく質問は来た。熱心なことだと感心しつつ教え込んでいたが、締め切りの零時前、ことは起こった。


「エイジさ〜ん! 教えていただきたいところがあ…る……ん………ですが……」


 珍しくノックも無しに突撃するテミス。締め切り前だから油断していたというのもあるだろう。しかし、そこで起こっていることが目に飛び込むと、言葉から勢いが失墜する。


「何を、しているんですか……シルヴァさん?」


 そこではベットに座るエイジにもたれかかるように甘える先客がいた。問うたテミスの顔は、笑顔のまま固まる。そこに陰を落としながら。


「何、とは? 見ての通り……」


 立ち上がると、膝に座り片腕を首に回す。そしてもう片手で彼の顎、首筋、そして胸元を撫で


「恋人として、睦み合っているのですが」


 挑発的な笑みを浮かべる。


__そんな顔、できるんだ……__


 バトルの始まる予感をひしひしと感じ、内心穏やかでなどいられるものか。どうやって対処するか……頭をフル回転させてご機嫌取りの方法を考える。ともかく、これ以上厄介にならないよう、遠隔で鍵をかけた。


「恋人、ですって……?」

「はい。つい昨日、彼は私の好意を受け入れてくれたのです」


「……気付けなかった」


 だがそれも仕方ない。恥ずかしがり屋さんのシルヴァは、外では互いに今まで通りの接し方をするよう徹してきたのだから。


「それなら、私だって! どうしてですかエイジ⁉︎」

「いや、あー…えっとぉ……」

「あっ……」


 言いにくそうにしているエイジから察したのだろう。そういえば、と思い出して。


「むーっ!」


 可愛らしくむくれると、ずんずんと部屋を突っ切って。


「なっ…!」

「彼が自分だけのだと思わないでください!」


 シルヴァの目の前でキスすると、空いている左腕に抱きついてアピール。


「これが、両手に花というやつか……」


 まさか、自分がこのような経験ができるだなんて思わなかったエイジは、どこか上の空でしみじみしている。


「エイジ! なぜ鼻の下を伸ばしているのです! 私を愛してくれるのではないのですか⁉︎」

「君だって別に、お付き合いしようって言ったわけじゃないじゃん」


 びくりとするシルヴァ。対するテミスは、しめたとばかりに不敵な笑み。


「これで対等ですね! ならば、彼に決めてもらいましょう!」

「エイジ……私とテミス、どちらを選ぶのですか」


 それぞれ、自信ありげな笑みを浮かべる。だが、見えてしまった。エイジには、その奥にある不安が。彼女らの根底にあるもの、自己肯定感の低さは同じなのだ。そして、エイジとも。


「はぁ……何バカなこと言ってんだ」

「ばっ…⁉︎」

「えっ…⁉︎」


「君らに優劣などあるものか。それぞれにそれぞれの良さがある。簡単には決められないな」


 二人の頭を撫で、優しく抱き寄せる。


「煮え切らない答えです…」

「恋人には、してくれないんですか」

「ややこしいことになりそうなので、保留でよろしく」


 二人はとても不満そうだけれど、されるがままに大人しく撫でられる。


「気持ちは分からんでもないさ。正式に恋人になって、安心したいんだろう。どこにも行かないように、誰にも取られたくないように。でもね……浮気される可能性があるとは思わないか?」


「構いませんが」

「気にしませんよ」


「えっ……」


 想定外すぎる答えが返ってきて、エイジは固まった。この二人、とても独占欲が強かったはずだが。


「エイジ様は、今やこの大陸で一番の影響力を持つ魔王国を統べる宰相ですよ?」

「それに、あなた自身の持つ力だって、強力なものです」


「そして私は、いえ私たちは、あなたに救われ、そして心惹かれたのです」

「それは、私たちだけが独占して良いものではないと思うんです」


「きっとあなたはこれからも、多くの方を救うのでしょう。そして、想いを寄せられるはず……」

「きっとその人だって、私たちと同じ思いだと思うんです。だから…」


__ほんっともう良い子たち!!!__


 と、内心感動してしまうが、そんなことより


「そんなに言われると、照れる……」


 美女二人に迫られ、顔を背けて照れ隠し。


「……あれ、二人とも? 顔怖いよ……のぁ⁉︎」


 気付くと押し倒されていた。


「エイジさん……そんな顔をしてはいけません」

「女だって、獣なのですよ」


__息ピッタリじゃん……__


「前までは攻められっぱなしでしたから…」

「今日は仕返しさせていただきます。覚悟してください」


 服をはだけさせ始めた二人にのしかかられ、捕食者の目で見下ろされる。だが、エイジは戸惑いこそすれ、恐れたり拒んだりすることはない。むしろ両手を向けて受け入れる。


「さあ、二人まとめてかかってくると良い」


 最早、さっきまで考えていたことなどどうでも良くなるのだった。

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