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魔王国の宰相 (旧)  作者: 佐伯アルト
Ⅴ ソロモン革命
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幕間 秘書の不満 ②

 快楽で腰を抜かしてしまったシルヴァを抱き上げ、ベッドに運び優しく寝転がす。そしてエイジも少し間を空けて、その隣に転がる。


「大丈夫? 落ち着いた?」

「……はい、なんとか……」


 寝ながら見つめ合う二人。シルヴァはまたも恥ずかしがって頬を染め、目を逸らしたが。もうあれだけのことをしたのだ。今度はまっすぐ見つめ返すと、体を寄せる。彼の胸へ包まれるように密着する。そんな彼女を受け入れるように、エイジも優しく抱き寄せる。


「ッ……私は……なんて、ことを……あの、ような、ふしだらに……乱れた姿を」

「うん? ああ、ふふっ……可愛かったぞ、シルヴァ」

「ううぅ……」


 また照れた。それがいちいち愛々しくてたまらない。普段見せない表情、まあたまに見かけることもあったが、のせいでより魅力的に映ってエイジの方とてどうにかなってしまいそうだ。


「一つ、訊いてもよろしいですか?」

「ん、なんだい?」


「なぜ、私のことを受け入れてくださっ__」

「美人で器用で、冷静で強い優秀な……オレの好みだからだよ」


 食い気味に列挙された言葉に、嬉しがりながらもどこか悔しそうな様子を見せる。ずっとずっと、さっきから攻められっぱなしなのが、ちょっと気に入らないらしい。


「私は……まだ自分の素性を話しておりません……。それなのに、なぜこれほどに信じてくださるのですか…」

「それは、今までのキミの行動を見ていればわかるさ。シルヴァ、キミはオレに尽くしてくれた、誰よりも力になろうとしてくれたから。それに、正体なんとなく見当ついてるし」


 ハッとした表情で、再び目を合わせてくる。


「君の正体は龍、だろ? 竜じゃなくて龍、ワイバーンでなくドラゴン。そう、最上級の幻獣種だ」


 手が離れた。眼は丸く見開かれている。


「しかも、並の幻獣さえ凌駕する伝説的存在ときた。変身すれば、戦闘向き幹部と互角くらいの力はあるはずだろう。おっと変身の必要はないぞ、見せたくないならな」


 どうやら当たりのようだ、ひどく驚いている。


「なぜ……いえ、いつから……」


「ヒントはいくつもあったのさ。まずは、その金色の眼。同色の瞳を持つ者は、ダッキだ。何かの共通点があるように思っていた。次にテミスの証言と、彼女への反応。シルヴァの名を、ある御伽噺の中で見たとな。そして、そのお話は龍退治の物語。冷気を司る、美しく強い、煌めく銀の龍。その戦いの際用いられたのは、テミスの装備の原点とも言える。故に初めてテミスを見た時に、怯えるような反応を見せた。そして、アストラス。記された決戦の地は霊峰であり、かつてキミは近寄ることを忌避した。そして……レイエルピナと調査した時、ある洞穴でキミのものと思われる氷を見つけた。ついでに、本能的な勘だな。竜種としての、上位種への畏れのような感覚があった。いつから、という問いには、つい最近だと答えておこう……その顔を見るに、当たったようだな」


 全て言い当てられて観念したようだ。何も言えなくなって、口をモゴモゴさせている。しおらしくてかわいい。いつものクールさからは想像できないこの素振り、これがいわゆるギャップ萌えというものだ。


「じゃあ、次はキミの番だ。教えてくれないか? キミがここに至るまでの経緯を」


 シルヴァは躊躇うように、軽く目を伏せる。そして不安そうに、腕にキュッと力が入る。


「私は……魔王国に来るまでは、御伽噺と基本的に同じです。霊峰アストラス……そこで生まれ育ちました。私はただ、そこで静かに生きていたかった。……ですが、どこからか私の存在を嗅ぎつけたのでしょう、功名心に取り憑かれた人々による討伐隊が向かってきたのです……」


 煌銀龍はより険しい箇所に陣取り、必死に応戦したものの、多勢に無勢。じわじわと追い詰められ、最後は消耗しきって辛々洞窟に逃げ込んだところを封印されてしまった。


「龍退治の御伽噺では、ほんの数名の勇者のみが向かい、討伐されたとある。……脚色されたか。まあ仮にそうだとしても、この御伽噺の成立は数百年前だ。ということは……」

「はい……恐らく私は、何百年と封印されていたのです……」


 恐らく。実感なさげであるが、封印されていたならば時間感覚が狂っても仕方あるまい。


「思い出したくないのは分かる。けど、聞かせてほしい。封印されている間、キミがどうしていたのか」


「…………私は、封印されたことに気付いた時、何もしませんでした。アストラスはマナが豊富でしたし、私も傷ついていたので。傷を癒してから脱出しよう、そう考えていました。しかし……山の一角を崩した挙句、特殊な魔道具が用いられたようで……私は……脱出する術を失っていました」


 掴む手が震えている。その手を優しく、しかししっかりと握る。


「思いつく限りの手を試しました。ですが……効果はなく、いつしか諦めて……」


 龍形態では、いかに大きな洞穴といえど手狭。彼女は人型になり……孤独と闇に耐えかねて、自らを氷漬けにした。


「私が解き放たれたのは、今からおおよそ二年前のことです…」


 調査に訪れたベリアルによって偶然発見され、魔王城に搬送。解凍されて今に至る。


「ベリアルが恩人だったのか……その恩義のために従っていたんだな」


「はい。ですが……長年の封印のせいでしょうか、今の私は……幻獣態に戻ることができないのです」

「えっ…」


 ふと頭をよぎるは、彼女との類似点が多いもう一人。彼女は長年の封印を経つつも、形態変化を自在にこなしている。何か差異があるのだろうか。


「力の大半も、もう振るうことは出来ません。私は最早、幻獣ではないのです」


「種族を隠していたのは、混乱を避けるためだと思っていたよ。……そうか、もう龍になれないなんて。それは辛いな…」


「そうでもありません。もう私は、二度と龍になどなりたくなかったのですから」


 龍である。ただそれだけのせいであのような目に遭わせられれば、自分の生まれを恨みもするだろう。


「…魔王城に来てからは?」


「恩に報いようと、自分に出来ることを探しました。しかし、龍になれない私の有用性は低い……それでも、何かの役に立つべく魔術を学び語学を修め、弓の鍛錬をしておりました。その時、あなたが現れたのです」


 ずっと伏せていた目が上がる。その目に、エイジはついどキリとしてしまう。彼女の目はとても穏やかで、愛おしそうに自分を見つめてくるのだから。


「私は、ベリアル様に助けられ魔王国に来てからも、安らげるような居場所はありませんでした。ですがあなたは私をそばに置き、正体を明かせずとも信頼し……私に、真に安らげる居場所をくれました。そして今、あなたは私に温もりさえも与えてくれた。あなたが、心を溶かしてくれた」


 甘えるように体を寄せて、顔に手を添える。


「私は、あなたに尽くしたい……私を救ってくださったあなたに、何かお返しがしたいのです。でも私に出来ることは限られて__」


「そんな、たいそうなものはいらないさ。ただ、そばに居てくれるだけでいい」

「エイジ様…」


 今にも泣き出してしまいそうな顔で、小さく頷く。


「ああでも。できれば、これからは様付けをやめて欲しいけどね」

「……善処します」


「オレは心の壁感じちゃうな〜」

「う………エイジ……」


「よく出来ました〜」


 エイジの方からも抱き寄せて、唇を重ねる。離した後の彼女の顔は、今日何度目かの、嬉しさと恥ずかしさでメチャクチャになってしまうすんでのところで堪えた表情になっていた。


「ありがとうございます、エイジ様」

「呼び捨て」


「エイジ……さん。ですが、このままでは私の気が収まりません。そういえばあなたは、確か龍の力が欲しいと、そう仰ったことがあるそうですね?」

「なっ、なぜ知っている⁉︎」


「ベリアル様から聞きました。そして、あなたは確か、ヴァンパイアでしたよね」

「ああ。血を吸ったことはないが……」


「なら私も、あなたの初めてを奪える、というわけですか………」


 どこか嬉しげにそう言うと、シルヴァは首を傾け、首筋を差し出す。


「私の血を吸ってみてください」

「なぜ⁉︎」


「いいですから、どうぞ」

「初めてだから上手くはないぞ⁉︎」


「私は構わないですから、つべこべ言わずに早くしてください」


 目が急かすようなものに変わる。先程までの穏やかな目は何処へやら。


「わかった……いくぞ」


 白く綺麗なうなじへ、口を近づけ牙を突き立てる。


「あっ…くっ」


 艶っぽい苦悶の声を漏らす。口の感覚と合わさり、その官能的な刺激は再び昂らせようとしてくる。


「終わりましたか…?」


 エイジが口を離すと、シルヴァは彼の胸に手を当て、何かの魔術を発動した。


「……あなたは、私と深く交わり、また体組織を取り込み、血を吸って私の魔力を得た。これで、条件は整いました」


「まさか……」

「試せば分かるかと」


 目を瞑り、意識を体内と魔力に集中する。体内を探り、それらしきものを掴むと


「ここだ!」


 己を縛る封印を解くと、翼と角、そして尻尾が生えた。翼と尻尾は銀色に煌めく鱗を持っており、翼においては飛竜に比べて皮膜が大きく、広げた際は雄大である。尻尾は両手で掴んで親指と中指がそれぞれつくくらいの太さで、飛竜のものより細く長く、しなやかでながらも力強い印象がある。白い角は側頭部から生え、やや捻れながら後ろへ流れている。


「これが君の本来の姿。その一部か……」


 しみじみと呟く。しかし受け取ったのはこれだけではない。彼女感じていた強い孤独感、そしてエイジに向けての、彼が気恥ずかしくなるほど強い恋慕の情。すなわち彼女の記憶と、感情の一部だ。


「不思議な感覚です。私が……私の一部が、あなたの中にあるなんて」


 必要な儀式を全て終えたシルヴァは、エイジにからみつくように体を寄せる。


「これからもよろしくな、シルヴァ」

「はい、これからも末長く、あなたのお側に」

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